『考える粘菌』を読む
『風の谷のナウシカ』の封切りは、もう40年も前。
舞台は、最終戦争(火の7日間)から1000年先の未来。
地球は、(粘)菌類の森(腐海) 。
ナウシカが叫ぶ、
「この菌には〝意思〟があるのか」
と。
南方熊楠は、『風の谷のナウシカ』の封切りの更に50年ほど前のヒト。
彼の時代も今現在も、科学誌としての『Nature』の評価は高い。
その『Nature』に、南方の単著論文が51本も掲載されている。
歴代最多。
南方は、こう書いている。
「粘菌は動植物いずれともつかぬ奇態の生物にて・・・」
こんな喫茶店で読み始め。
本著者によれば、〝粘菌〟とは、
原生生物の一種の巨大(肉眼で観察できる大きさ
という意味)なアメーバ
肉眼では、ネバネバした物質の塊にしか見えない
そんな生き物らしい。
2000年、『Nature』に掲載された論文の、
Maze-solving by an amoeboid organism
(アメーバ状生物(粘菌)による迷路の解法)
は、共著ではあるけれど、本書著者が筆頭。
本夕、読了。
本書著者は、イグ・ノーベル賞とは「人々を笑わせ しかるのちに考えさせる研究」に与えられるものだ、と。
権威はまったくない。
賞金もない。
どころか旅費も滞在費も自腹。
そのイグ・ノーベル賞を本書著者は2回受けている。
本書副題は、
『生物の知の根源を探る』
書かれているのは、『Nature』に掲載された論文のこと。
また、その延長線上の2回のイグ・ノーベル賞、
’08年 単細胞生物の真正粘菌にパズルを解く能力がある
ことを発見したことに対して(認知科学賞)
’10年 鉄道網など都市のインフラ整備を行う際、真正粘菌
を用いて輸送効率に優れた最適なネットワークを設計
する研究に対して(交通計画賞)
のこと。
今も連続して続く研究のこと。
コメント
執行草舟氏が、腸内細菌に注目してますが、菌というのは、すごい頭がよいのですね。
gaminiさんは、
本書の最大の魅力は、単なる生き物の観察日記にとどまらず、「知性とは何か? 考えるとはどういうことか?」という本質的な問いへと思索が広がっていく点にあります。
「脳」がなくても「知性」は宿る
私たちは「考える=脳の電気信号」だと思いがちですが、粘菌は体全体の「管のウネウネとしたリズミカルな収縮運動(流体力学的な仕組み)」だけで、迷路の解を導き出しています。これは「身体そのものが計算機になっている」という全く新しい知性のあり方(身体性知能)を示しています。
人間の「お利口な知性」への皮肉
人間は言葉を操り、複雑な論理を組み立てますが、しばしばシステムを複雑にしすぎて身動きが取れなくなったり、全体最適を見失ったりします。一方で、粘菌の知性はシンプルで無駄がなく、常に生き残るための「最適解」を選び取ります。著者は、この粘菌のしたたかな生存戦略を「スマートな知性」と呼び、人間の傲慢な知性をユーモアを交えて諭しています。
等と言ってます。
投稿: tera | 2026年6月 8日 (月) 05:00
teraさん、こんにちは
2000年に『Nature』に発表した論文
Maze-solving by an amoeboid organism の最後に
primitive intelligence (原始的知性)
という表現を使っていることに英語ネイティブは違和感を覚えるようです。
それも大いに問題で、本書のお終いのほうで英語ネイティブ研究者も入って議論がされています。
geminiさんは、それには触れていないようなので、わきに置いておきます。
生物なのか何なのか、〝ウイルス〟でさえ変異によって環境変化に対応していきます。
遺伝情報のコピーミスによって変異が進むようで、偶然頼みなのですが、でもそれはprimitive intelligenceと呼ばないのか、粘菌のprimitive intelligenceとの違いは。
なんて議論は不毛ですね。
ヒトは自分の研究範囲、興味の範囲にどうしても拡大鏡を当てて見るようです、ネ。
投稿: KON-chan号航海日誌 | 2026年6月 8日 (月) 07:53