『松本清張の昭和』を読む
本書は、松本清張(’09[明治42]年ー’92[平成4]年)の評伝。
41歳で作家デビューして、82歳で逝去するまでに清張が残したのは、
著書総数 750冊
作品数 1000点
原稿用紙 12万枚
文字数 4600万字
こんな喫茶店で読み始め。
著者が書くのは、松本清張の
幼年期・少年期の貧困さ
高等小学校卒
有能な広告画家としての勤め人の経歴
英語力は海外旅行で通訳者が不要
だったこと。
本著者が何を言いたいのかというと、〝努力家〟としての清張。
しかし、と私は思う。
幼年期・少年期を貧家で過ごした作家はいくらでもいるし、吉川英治に至っては高等小学校も卒業していない。
そもそも〝努力〟しないと小説は書けないものか。
清張は〝努力家〟なんぞではなく、〝才能者〟なのでは。
本夕、読了。
新潮文庫には45冊の松本清張の著作があるそうだが、私は光文社のカッパ・ノベルスで、
『点と線』
『Dの複合』
『ゼロの焦点』
『砂の器』
を読んでいる。
なにせ著作量が多いので、後年の清張は専属の速記録者を使い口述で作品を作っているほど。
また、映画やTVドラマ化された作品は、繰り返しの作品化も含めて勘定すると十指に余る。
で、本著者が二度も三度もどころか四度も五度も書くのは、清張の所得が作家部門で長きにわたって1位だったこと。
本著者は、モノの価値を金額で測るヒトのようだ。
コメント
松本清張は、本も読みましたし、映画・ドラマもたくさん見たと思います。私は、清張の場合は、特別の天才というより、ある種の執念を伴った『努力の結実』のように感じられます。一度テレビで、彼が「人生の下にある、とうとうとした○○を描きたい」と言っていたのを今でも覚えています。○○は、忘れましたが・・。
投稿: tera | 2026年4月 6日 (月) 13:51
teraさん、こんにちは
下山事件や帝銀事件などにも説得力のある せまり方をしていましたね。
邪馬台国九州説などの古代史について書いたものも面白く読みました。
9時から21時まで執筆、かつ3本も4本もの連載を同時に進めていたのですから、強いアタマを持っていたヒトなのでしょう。
宮本顕治と池田大作の対談をセッティングしたというのも、強いアタマの持ち主ゆえのことでしょう。
映画やドラマにもいいものがありましたね。
投稿: KON-chan | 2026年4月 6日 (月) 22:28