『占領期カラー写真を読む』を読む
ハリウッド映画では、宇宙船内の調子の悪い電子機器を両こぶしで叩き、
It has to be made in Japan.
と俳優に言わせる演出が見られた。
日本の映画鑑賞者向けのサービスだろう。
今、ハリウッドでは俳優に、
It has to be made in Japan.
とは言わせない。
It has to be made in China.
と言わせる。
帝国敗戦後、1952(昭和27)年まで、日本からの輸出品には、
made in Japan
ではなく、
made in occupied Japan
と記されていた。
本書に載せられているのは、その occupied Japan 時代の日本国内で撮られたカラー写真。
全240ページほどの本だが、その4分の1のページがカラー写真。
また、モノクロ写真も多数。
撮影者のほとんどは、米国陸軍々人・軍属。
こんな喫茶店で読み始め。
当時、GHQ(占領軍)は、日本が南氷洋で行う捕鯨を監視。
捕鯨母船には GHQの捕鯨監督官が乗っている。
船は1万トン級の戦時標準油槽船を捕鯨母船に改装したもの。
解体されるデカいクジラの上に捕鯨監督官が立ち 写真に収まっている。
フィルムはコダクローム。
本夕、読了。
麻生太郎の首相就任は、'08年9月24日。
その翌日、彼は国連総会で一般討論宣説を行なっている。
が、そのスピーチ開始早々、同時通訳音声を総会出席者のヘッドホンに送信する装置に不具合があり、議長が最初からやり直すことを要請。
その時、麻生首相は、
It is not japanese machinery, not?
と応じ、総会会場で笑いをとっている。
これに、occupied が入っていたら笑いにはならなかっただろう。
made in occupied Japan
は、安かろう悪かろうの代名詞だった。
コメント
「made in Japan」が信頼の証の時代に育ちましたが、はじめは、「occupied」が付いていた時代だったのですね。
投稿: tera | 2025年12月15日 (月) 08:42
teraさん、こんにちは
私も、made in occupied Japan を知らない世代です。
ところで、GHQによる本土の統治は1952年まででしたが、米国民政府による沖縄の統治は1972年まで続きました。
それだけ長くoccupied Japan であったのに、本土人も沖縄人も英語を使えるようになりませんでした。
残念です。
https://kon-chan.cocolog-nifty.com/konchans_logbook/2016/02/post-482d.html
made in Japan も今はどうなンでしょうねぇ。
投稿: KON-chan | 2025年12月15日 (月) 18:00