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2025年10月

2025年10月31日 (金)

『天皇家の恋愛』を読む

英国王チャールズ3世の公邸は、ロンドンのクラレンス・ハウス。
週末はウィンザー城に居を移す。

今日の報道では、チャールズ3世は、
 ウィンザー城敷地内(のロイヤル・ロッジ)に住む弟の
 アンドリュー王子をここから追い出し、
 同時に〝王子〟の称号を剥奪したとのこと。
要するに、兄弟の縁を切る、王室から出ていけ。
発端はアンドリュー王子の未成年者への性的虐待疑惑。

アンドリュー王子が王子となっても、王室の血統は血統。
彼の英国王々位継承権が8位なのは変わらない。

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こんな喫茶店で読み始め。

副題は、
『明治天皇から眞子内親王まで』

皇位継承者がむかえる結婚相手は、次の皇位継承者を出産する。
もっと、はっきりと、次の皇位継承者を出産せねばならない。
だから、昭和の天皇以前の天皇は側室を持った。
側室といえども、選ばれた家柄・健康を持つ子女。
皇統の維持は、恋愛の結果とはいえない。

本夕、読了。

ヤンゴトなき かたがたであっても人類。
アンなことも思えば、コンなこともしたい(のだと思う)。

現代の皇室。
 美智子・紀子・雅子が皇室に入った経緯
 清子・眞子が皇籍を離れた経緯
には、お膳立てされた成り行きも、当人同士での成り行きもある。

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2025年10月26日 (日)

『死刑囚238人最期の言葉』を読む

キリストの死は はりつけによる。
多くの人が見る中で、ヤリで突かれる。
ルイ16世、マリー・アントワネットの処刑は屋外で行われたので、多くの見物人が集まった。
ギロチン台を囲む群衆の様子を描いた絵が残されている。
チャウシェスク夫妻の銃殺刑やサダム・フセインの絞首刑はライブに近いかたちで我々の目に届いた。
いずれも裁判によって死刑判決を受けている。

袴田事件。
昨年の9月、釈放されるまで44年、死刑囚の立場にいた。
死刑判決も無罪判決も裁判による。

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こんな飯屋で読み始め。

副題は、
『A級戦犯からシリアルキラーまで』

〝最期の〟とあるが、刑場で言った言葉もあるし、遺書として残した言葉もある。

本書から 二つ三つ
 ・未来がない死刑囚に反省など無意味
 ・ウソやろ、かなわんなぁ
 ・私はやっていない
・・・・・・・・・・・・・・・・・

本夕、読了。

日本の場合、執行が告げられるのは当日7時25分の朝食後。
なお、土日祝祭日・年末年始に執行はない。
だから、昨日、今日と執行はなかったはず。

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2025年10月25日 (土)

『他人の手帳は「蜜」の味』を読む

今も使っているヒトがいるのかどうか、シャープの電子手帳。

お薬手帳、母子健康手帳なんていうのもある。
『暮しの手帖』は雑誌。

私は、コクヨのキャンパスノート6号(A6)をズっと。
今は同型のリング版を。
胸ポケットへの おさまりがいい。

本書で紹介される手帳は、スケジュール手帳が多い。

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こんな喫茶店で読み始め。

副題は、
『禁断の読書論』

喫茶店や無人駅なんかに置かれている雑記ノートを想像して読み始めたが、違う。
雑記ノートなら誰かに読まれることを意識している。

そんな意識のない手帳に書かれているのは、スケジュール。
その余白に、
 発熱 37.6℃
とか、
 えっち
とか。

ときに日記に近い長さの文章もあれば、ペンの試し書きのようなグルグルラインも。

本夕、読了。

あるヒトの手帳には、北海道に新婚旅行に行った日程が書かれ、その同じページに、

 やっぱり人生で大切なのは
 「何を意識して過ごすか・・ ・ 」
 ボクは多分
 「痛み」
 なんだと思う

と。

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2025年10月19日 (日)

『冒険者たちの心理』を読む

高山・海洋・南北極地・岩壁・渓谷。
それらのアタマには、〝初〟・〝難ルート〟・〝単独〟・〝厳寒期〟、そして〝死〟が付く。
そこへ臨む者たちの心理を分析した書。

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こんな喫茶店で読み始め。

副題は、『彼らはなぜ命を賭けるのか』

未登の冬山に、単独行で臨み遭難死。
なんていうのは、
 ンなのは、冒険ではない
 無謀だ
と、誰にも同情されない。

〝冒険〟を定義する必要があるとは思えない。
が、本書の多くのページが、〝冒険〟を定義することにさかれる。
著者は、登山家で山岳誌編集者。
著者自身が、〝初〟・〝難ルート〟・〝単独〟・〝厳寒期〟、そして〝死〟に興奮している。
なので、論調にロジックが とおっていない。

本夕、読了。

1日40本の喫煙をズーっと。
っていうのも〝冒険〟かもしれない・・・

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2025年10月11日 (土)

予感は予感

暑い、暑いと言っていたのが、ついこのあいだ だったような気がする。
一昨日は、寒露。

今朝は冷えた。
8時30分、出航。

地球岬をかわしたのちは、針路90度。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
雲間から見る青が濃く深い。

水深130メートルで、仕掛け投入。
着底と同時、イカ。
ただし、1ハイ。

であっても、好漁の予感。

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予感は好漁。
だったが、予感は予感。

正午の沖上がりまでに あがったのは6ハイ(^^;

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2025年10月 8日 (水)

盛岡も銀河ドリームラインも遠野物語も

前の記事で、イーハトーブ船長らが蕎麦を打ってくれたことに からめて、銀河ドリームラインを話題にした。
ところで、ニューヨークタイムズの『52 Places to Go in 2023(2023年に行くべき52ヶ所)』の、
 1位はロンドン
 2位は盛岡
だった。(注1)

岩手といえば、宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』と柳田國男の『遠野物語』。 
ってことで、盛岡も銀河ドリームラインも遠野物語も。

都府県で面積が最大なのは、岩手県。
最大と言っても、北海道の5分の1もない。
 東室蘭 ー 遠 野 の往復乗車券
 東室蘭 ー 新花巻 の往復の特急・新幹線
のきっぷを手配、あとは行き当たりばったり。

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往路の は
やぶさ車内で『遠野物語』を読み始め。
二戸駅あたりで読了。

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花巻から銀河ドリームライン 釜石線。
単行のキハ100の最前には、起点から終点までカメラを構えた鉄子。(注2)

銀河ドリームラインの終点は釜石。
釜石から三陸鉄道リアス線に乗り継ぎ。

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岩泉小本(いわいずみおもと)でJRバスに乗り換え、岩泉町で下車。
岩泉町は、まつたけ祭りの初日。
ここで、マツタケ料理のフルコースを。

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マツタケと岩泉ヨーグルトを自宅に発送後、JRバスで盛岡へ。

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盛岡市内で、コーヒーブレイク。

1953
開運橋。
橋下を流れるのは北上川。
この橋を詠んだ宮澤賢治の歌がある。(注3)
リベット接合

勤め先が岩手県内にも事業所を持っていたので、この地を踏むのは初めてではないが、仕事は仕事。
今回は、拘束なし。
で、秘境線の山田線(盛岡駅ー宮古駅)も往復。

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赤線が、今回の旅程。
宿泊は、
 花巻
 遠野
 岩泉
 盛岡
で。

(注1)

ちなみに、
 '23年は 19位に福岡
 '24年は  3位に山口
 '25年は 30位に富山
       38位に大阪
が、記事にされている。

(注2)

鉄道好きの男性をテツ・鉄 と称し、
鉄道好きの女性をテツ子・鉄子 と称す。

(注3)
賢治が詠んだのは二代目の開運橋。
 そら青く
 開うんばしの
 せとものの
 らむぷゆかしき
 冬をもたらす
陶器製のランプが灯されていたようだ。

初代 1890(明治23)年
二代 1917(大正6)年
今の橋は三代目で1953(昭和28)年の竣工。

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2025年10月 2日 (木)

『JTB鉄道地図』を読む

先日の絵鞆マリン倶楽部の秋の釣り大会では、イーハトーブ船長らが蕎麦を打ってくれた。
イーハトーブとは、宮沢賢治(1896年ー1933年)の造語。
彼の故郷の岩手を理想郷に見立てた語。

てなこととは関係なく、『JTB鉄道地図』を購入。

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こんな喫茶店で、読み始め。

ずっと使ってきたのは、徳間書店の『日本鉄道の旅3D地図帳』。
が、旅程部分のページを破ってポケットに入れて出かける、という使い方をしてきたためすっかり本が痛んだ。
また、東日本編・西日本編と分冊になっていて俯瞰性に欠けていたため、代替としてJTB版を。
地図はデフォルメがよく練られていて、製本は蛇腹式。
海航路・都市間バス路線・ロープウェイ、なんと この地図、湖の遊覧航路まで書き込まれていて旅欲を誘うこと、誘うこと。

本夕、読了。

話を冒頭に戻す。
宮沢賢治といえば『銀河鉄道の夜』。
だから、宮沢賢治が生きて死んだ岩手には、銀河ドリームライン(釜石線:花巻ー釜石)がある。
この路線は北上川に沿う。

以前、仕事で、花巻空港ー釜石を2往復している。
2往復とも、並走する国道283号を使って。

イーハトーブ船長の蕎麦から連想が進んだ。
銀河ドリームラインに乗ろうか、と・・・

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