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2025年3月

2025年3月31日 (月)

岩内にて

以前、拙ブログに 『なぜかいい町 一泊旅行』を読む を掲載、 岩内 を話題にした。
その なぜかいい町の 岩内 に一泊。
岩内へは岩内線廃線跡をたどって。
岩内線については、拙ブログに 小沢駅にて で記事にしたことがある。

ところで・・・
戸籍に関する事務は市町村の仕事。
 戸籍を作る事務を〝編製 〟
 籍をアッチからコッチに移すことを〝移籍〟
 戸籍筆頭者(戸主)として新しい戸籍を作ることを〝立籍(りっせき)〟
という。

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岩内町内の私有地にある碑(注1)
碑銘は、
 『文豪夏目漱石立籍地』
左手遠景は岩内岳(1086メートル)

夏目漱石は江戸城下、徳川幕政最後の年に現在の新宿区に生まれている。
亡くなったのも新宿区内。
その漱石が、25歳のときに 岩内 に戸籍を移し立籍している。
東京に籍を戻したのは、22年後。
確実な証拠はないが、徴兵を逃れるためだったという説が有力。
その経緯を年表風に並べると、
 1867(慶応 3)年 生誕
 1892(明治25)年 岩内に立籍
 1914(大正 3)年 東京に移籍
 1916(大正 5)年 死没

漱石が、自身の本籍について書いたのは一度。
1912(大正元)年発行の『極北日本(高原操著)』(注2)に寄せた序文の冒頭に、 
 余は東京の場末に生れたものであるが、妙な関係
 から久しい以前に籍を北海道に移したぎり、今に
 至つて依然として後志國の平民になつてゐる。
と、籍を移した理由を〝妙な関係から〟とだけ。

『極北日本』を読んだ流れで、1966(昭和41)年に刊行された『岩内町史』も読んだ。(注3)
漱石が岩内に立籍した地番の まさに ここに居を構えていた家主の弟が町史編纂者に語った言葉が採録されていて、その言の最後は、
 当時北海道は戸主徴兵免除の時代であった

(注1)
この碑の正面画像は、ネットでいくつも拾える。
裏面画像は拾えない思うので、ここに。
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碑文は、 
 明治二十五年四月五日。文豪夏目漱石本籍を東京
 牛込より此處吹上町淺岡仁三郎方に移す。二十五
 才から四十七才まで二十二年間、その半生をここ
 に本籍を置いたゆかりの地である。
   昭和四十四年三月建之
                   岩内町

(注2)
『極北日本』の副題は『樺太踏査日録』。
著者の高原操(たかはら みさお )は朝日新聞社の取締役だった人。
漱石と高原は師弟関係。 
高原の旧制高校在校時の英語の教授が夏目漱石。
なお、今現在、『極北日本』を書籍の形で手にすることは かなり難しい。
が、所蔵書籍のデジタルデータ化を進めている国立国会図書館にアクセスすると、本書の全ページをデジタル画像で読むことができる
本記事末に、備忘ため もう少し書き写しておく。

(注3)
今や、市町村史の執筆を書籍編纂業者に外注する自治体もあるようだ。
が、『岩内町史』は岩内町役場職員だった人が ほぼ一人で編纂している。
力作。
かつ、町史・資料集の域を超えた読本となっている。

〈備忘録〉
 余は東京の場末に生れたものであるが、妙な関係
 から久しい以前に籍を北海道に移したぎり、今に
 至つて依然として後志國の平民になつてゐる。
 原籍のある所を知らないのも變だと思つて機會が
 あつたら一度海を越えて北の方へ渡つて見たい積
 りでゐたが、つい積計で實行の決心は容易に出來
 ず、來る年來る年を荏苒と暮して仕舞つた。
 二三年前ある知人が、あちらへ行くから一所に行
 かぬかとわざわざ勧めて呉れたが、其の時も都合
 が悪くて矢張愚図々々東京に殘つてゐた。
 戸籍面からいふと故郷ともいふべき北海道ですら
 斯の通りだから、其先の樺太へ旅行などは固より
 思ひも寄らぬ事で、樺太と云へば嘸寒いだらうと
 想像する位がせきの山であつた。

漱石は、その生涯中、一度も来道していない。

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2025年3月30日 (日)

『大人の休日倶楽部 4月号』を読む

〝大人の休日倶楽部〟 とは、JR東日本運営の有料会員組織。
私は そこの会員なので、倶楽部誌の『大人の休日倶楽部』 が毎月 送られてくる。

今月15日はJR各社のダイヤ改正日だった。
てなこととは関係なく、本誌内容はいつも通り。

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こんな喫茶店で読み始め。

会員には、JR東日本の営業路線を利用する際に いくつかの恩恵がある。
また、JR東日本が企画する観劇や食事への特典も。
その恩恵はJR北海道の営業路線を利用する際にも及ぶ。 
が、 運営しているのがJR東日本だから、本誌の内容は、首都圏居住者を対象としているものがほとんど。
いくつも魅力的な鉄路旅が紹介されているのだが、発着は全て東京駅。

本夕、読了。

大人の休日倶楽部会員への恩恵は、JR北海道の営業路線を利用する際にも及ぶと書いた。
ンで、今日、その恩恵を享受しに(^^)

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2025年3月29日 (土)

『100文字レシピ』を読む

著者は出版社勤務ののち、フリー。
料理本編集者でもあり、料理研究家でもある。
料理を自ら作るきっかけになったのは、栗原はるみの料理本の編集を手がけたことだと、本書カバーそでの著者紹介文に。

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こんな飯屋で読み始め。

1ページにひとつ。
横25文字に4行。
100文字でレシピを伝える。

1ページにふたつ。
横13文字に8行。
104文字で伝えるレシピもある。

出版社退職後に、調理師学校に通って本格的にフランス料理を習ったヒト。
習ったのはフランス料理だが、本書では和洋中韓料理の総数102のレシピが紹介される。

本夕、読了。

すぐ上で、和洋中韓料理と書いたが、和・和風洋・和風中・和風韓料理と言うべきだろう。
一般家庭に常備している調味料で、調理できるモノばかり。
カラーで掲載されている出来上がり写真にレシピ。
更に、その横や上や下に短い文章が添えられている。
これがいい。

しばしば言われる。
「コンちゃん。
 ブログに10行以上書くな」
と。
私もそう思う。
が、本書のような文章を作れた ためしがない(^^;

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2025年3月23日 (日)

『漢語日暦』を読む

表紙には、〝かんごひごよみ〟とふりがなが付いているが、〝かんごにちれき〟と読んでもいいと本書内に。
著者は中国古典文学(六朝(りくちょう)時代:3世紀初〜6世紀末)の研究者。

内容は、2月29日も含めた1年366日の歳時記。
366日に ひとつずつ漢語をからめている。

1月1日の元日から始まり、12月31日の守歳(しゅさい)で終わる。

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こんな喫茶店で読み始め。

漢語とあるが、〝四十七士〟とか〝落語〟のような日本語もあるし、〝空襲〟とか〝原爆(中国語だと〝原子彈〟)のような現代語もある〟
南天を〝なんてん〟と読み、雪人を〝せつじん〟と音読みする語を〝漢語〟と呼ぶ。
よって、〝とうふ〟と音読みする 豆腐 は漢語。

その 豆腐 は1月24日に あてられている。
書かれているのは、江戸末期の新潟の漢詩人家の 館 柳湾(たち りゅうわん) が戯れに作った詩。
その前半が、
 練漉(れんろく) 攻成って淡麗を甘しとす
 寒厨(かんちゅう) 時に復(ま)た簞瓢(たんぴょう)に伴う
練ったり漉(こ)したりして完成した淡白な うま味、
折々 我が家の貧しい食膳にも上がる
の意。

本夕、読了。

3月は1日、桃花水(とうかすい)で始まり、終わりの31日は三月尽(さんがつじん)。
今日23日は、踏青(とうせい)。
 青い草を踏む
の意。
春、野遊びのこと。

3月23日の歳時記の最後は、
 この時節を楽しまずにどうする
とある。
さァ、どうしよう(^^)

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2025年3月22日 (土)

『世界の音』を読む

私。
音楽に好き嫌いはない。
NHKラジオの5分間の短い放送の『音の風景』。
お囃子(はやし)、ビル風、僧の読経、鳥の啼き声、オートレース場のエンジン音等々。
これは欠かさず聴いている。
やはりNHKラジオの『ちきゅうラジオ』中の〝地球音クイズ〟。
これも聴く。
医師は聴診器で身体の、工場勤務者は聴音棒で設備の状態を探る。

本書は、聴く側ではなく、聴かせる側の話。
本著者の父は外交官で尺八の名取、母は三味線の名取。
著者自身はドイツ・オーストリアでピアノの調律と製作技術を学んだ人。

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こんな喫茶店で読み始め。

ウクライナのメジン遺跡(2万年前:後期旧石器時代)からは、加工されたマンモスの骨・牙、トナカイの角が集まった住居が発掘されている。
考古学・痕跡学・鑑識学・法医学などの手法を用い、それらは打楽器として使用されていたという結論に至っているという。
考古学的音楽学という学問分野があるらしい。

本夕、読了。

(以下、単純化のため基本振動についてのみ)
弦楽器は、弦の振動が音の源。

撥弦(はつげん)楽器のギターや琴など。
弦を弾くと、フレット(指)とブリッジ(駒:こま)が固定点(節:ふし)、その中央が最大振幅(腹:はら)となって振動する。

擦弦(さつげん)楽器と呼ばれるバイオリン・二胡など。
弦を押さえる指が固定点なのは分かる。
もう一方は、ブリッジなのか弓が弦をこすっている位置なのか。
バイオリンやコントラバスはブリッジにかなり近い位置に弓を当てている。
が、二胡ともなると、弓の当たる位置は駒からかなり離れている。
どころか共鳴器の胴からも離れている。

副題は『楽器の歴史と文化』。
振動の説明はない。

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2025年3月20日 (木)

『残酷美術史』を読む

西洋美術の大きな流れは、
ギリシャ・ローマ・初期キリストときて、ゴシック・ルネサンス・バロック。

多神教のギリシャ神話、同じく多神教のローマ神話、そして一神教のキリスト教を丁寧に説明しながら、西洋美術が紹介される。
西洋美術において、〝残酷〟な画題は事欠かない。
ギリシャ・ローマ神話には神々の間で多くの争いがあり、キリストは処刑されている。
殉教して聖者となった者は、すなわち処刑された信者。
戦争も革命もあった。

書名は『残酷美術史』だが、副題の『西洋世界の裏面をよみとく』気分で読み進められる。

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こんな喫茶店で読み始め。

印象派美術の誕生は、バロックから200年ものちの19世紀の終わり頃。
本書の残酷美術の最後は、その印象派画家のモネが描いた死。
モネの生涯はかなり複雑。
最初の妻カミーユが、次男出産後の肥立(ひだち)の悪さから32で逝く。
モネは、カミーユの死顔に色のグラデーションの変化を感じ、一心不乱に絵筆をふるう。
それが、パリ オルセー美術館所蔵の『死の床のカミーユ・モネ』。

本夕、読了。

義務教育課程では、美術(図画工作)は必修。
そのうち、絵画・彫刻などの鑑賞にはVRゴーグルを使って大きさ・質感を実感させる授業を行う日が来るだろう。
楽曲も絵画もAIによる生成技術が進化している。
個々人による創作はどう変わっていくのだろう。
私は、その変化の結果に大いに期待している。

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2025年3月16日 (日)

アッチへ行ったり、コッチへ行ったり

二寒五温
いやいや、
一寒六温
いやいやいや、
零寒七温
のペースで日差しが強まってきた。
春。
って、浮かれていてはいけない。
今日の夕刻から明日にかけては荒れるようだ。

今日の日出は5時46分。
6時、出航。

アッチへ行ったり、コッチへ行ったり。

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こんな風景の見える海域でも出竿。

掛かるのは放卵スケソのみ。
全てリリース。

9時30分、沖上がり。

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2025年3月 9日 (日)

『本の身の上ばなし』を読む

著者の出久根達郎(でくね たつろう)は、長く古書店勤務・経営を続け、作家デビュー('93年 直木賞受賞)した人。
本書は、その経歴があってこそ。

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こんな喫茶店で読み始め。

本の余白への書き込み。
フェルマーの、
 この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、
 この余白はそれを書くには狭すぎる
は世界的に有名。

井上ひさし愛用の小型国語辞書を見たことがあるが、これにも書き込みが。

本書には、夏目漱石と乃木希典が蔵書に書き込みをすることで有名だったとある。
漱石は、原書の『ハムレット』に、
 ナンダ馬鹿ナ
 イヤナ奴ナリ
などと書き込んでいる。

漱石が蔵書に書き込んだ文章は、すべて全集に収められている。
数多いる文豪で、それは彼だけのよう。

本夕、読了。

コンピュータプログラミング。
コメント(注釈)を書き込むことは、ソースコードを読んでもらう際にも、コーディングする者自身にとっても大事なこと。 
FORTRANだと、頭に〝 ! 〟をタイプしておく。
Cなら2種類。
 頭に〝 //  〟 とタイプ
と、
 〝 /* 〟で始まり 〝 /* 〟で 終わる間

書き込みの筆記具といえば、演歌では〝口紅〟が多用される。
ロックでも、
MY Hair is Badの『化粧』に、
 口紅で書いた 赤い糸じゃ
 あなたのこと 縛れなくて
これは、
 バスルームに
 ルージュの伝言
に刺激されたのかも。

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2025年3月 8日 (土)

『ぶれない人』を読む

・法律案の議決
・条約の承認
・内閣総理大臣の指名
そして、
・予算案の議決
は、衆議院が参議院に優越する。
要するに、上記が
衆議院を通過したら、参議院でどんなゴタゴタがあっても一定時間後に自然成立する。

今日の朝刊、一面トップ記事は、
 高額療養費上げ見送り

今年8月から高額医療費の自己負担額の上限を引き上げることを前提に編成された新年度予算。
その予算案が修正を加えながらも この4日に衆議院を通過した。
そのあとの方針変更だから、大いに異例。
この〝見送り〟に至った経緯の政府与党の腹のうちをさぐった新聞社の見解は、
 参院選影響考慮

この経緯を、メディアは〝朝令暮改〟。
あるいは〝迷走〟と表現している。
朝令暮改する人、迷走する人の対面が、本書で言うところの『ぶれない人』だろう。

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こんな喫茶店で読み始め。

著者は銀行員を経て、経営コンサルタント会社を起業。
いわゆるビジネス書を多数書いていて、本書もそのうちの1冊。
企業にいると、こういう人の話を聞いたり、聞かされたり、こういう人の書いた本を読んだり、読まされたりすることがある。
もっとも、私は、聞くそばから・読むそばから流れ出るマヌケ(^^;

本夕、読了。

著者のいう〝ぶれない人〟の定義は、
 自分の信念をしっかりと持ち、それを貫いている人
なんだと。
そうなるために、
 第1章 ぶれないための正しい考え方
 第2章 信念のある人になるために
 第3章 会社として、社員としての正しい考え方
 第4章 正しく生きるために
を、論語のフレーズ、パナソニックや富士通などの社風例、銀行員時代の上司の言葉などを肯定例・否定例として使い、著者は論を進める。
が、先にも書いたように、
 私は、聞くそばから・読むそばから流れ出るマヌケ(^^;
何も残らず(^^;

ところで、〝朝令暮改〟・〝迷走〟は、ネガティブ視しなければならない概念なのか。
〝ぶれる〟ことは否定すべきことなのか。
私はそうは思わない・・・

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2025年3月 2日 (日)

『男はなぜ化粧をしたがるのか』を読む

モナ・リザにはマユ毛がない。
マユ毛を抜くことが、16世紀のイタリア女性の化粧法だと説明する資料を読んだことがある。
実際には、絵の具が落ちたらしい。

ちょっと前の日本では、男女を問わず、マユを細く整えた極細マユを ここでもあそこでも見た。
今は見なくなった。

マユを細く整える、あるいは全て抜く。
加えて、ヒタイの両脇を剃り込む。
というワル顔も見なくなった。

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こんな喫茶店で読み始め。

『光る君へ』は10世紀の貴族社会を描いていた。
紫式部や藤原道長は、マユ毛を抜いて白く塗った顔にマユ(引眉:ひきまゆ まろまゆ)を描いていたはず。
当時の身分ある者は、それにプラスお歯黒(鉄漿:てっしょう・かね )。
しかし、確かな時代考証者がチェックしているNHKでも、演出家は俳優にその化粧法を強いていない。

マユの化粧法はああなったりこうなったり。
が、お歯黒は復活する化粧法ではないだろう。

本夕、読了。

明日は桃の節句。

我が家のひな人形には、〝引眉〟が確認できる。
なお、本来のマユはそのまま。

この化粧法でないと、現代人には違和感が強すぎるからだろう。

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イカスミスパゲッティを食べると、お歯黒顔を体験できる。

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2025年3月 1日 (土)

『裏日本』を読む

に対する山は、例えばJRの、
 山陽本線・山陰本線
放送会社の、
 山陽放送・山陰放送
のように生きた言葉。
が、日本に対する日本は ほぼ死んだ言葉で、
 表日本は太平洋側
 裏日本は日本海側
と呼称するのが普通。

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こんな飯屋で読み始め。

著者は中国近現代史を専攻する歴史学者だが、’03年、現役の大学教授のまま逝去。
本書は’97年に書かれたもので、すでに著者は闘病中だった。

30年ほど前のその頃、〝環日本海構想〟という言葉が歩き出し、15年くらい前までは外務省・国交省・経産省などから、
 環日本海圏
 環日本海経済圏
を含む文書が出ていた。
環日本海圏とは、日本・ロシア・中国・韓国・北朝鮮の日本海沿岸域。
〝構想〟具現化の旗振りの中核は新潟県。
日本が舞台に立とうとする気分が見える。

本夕、読了。

著者は、表日本の代表格の東京から裏日本の新潟の大学に赴任。
東京と新潟を行き来する生活。
で、表日本と裏日本の有形・無形の差を身をもって知ることになる。

日本のひとつの県が〝環日本海構想〟をマネージメントしていたくらいだから、30年前のロシア・中国・韓国・北朝鮮は新興国視できる対象だったのかもしれない。
元々考えていた〝環日本海構想〟は、日本の技術・資本と他国の人的資源を念頭に置いたもの。

が、経済力・工業力の点では、すでに中国・韓国とも日本を相手にしていない。
国際影響力の点では、もとより、ロシア・中国は日本のずっと上。
今、〝環日本海構想〟を言う者はいない。
環日本海諸国の関係は大きく変化したが、表日本の技術・資本と裏日本の人的資源の関係の変化は小さい。

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