『大名格差』を読む
北村桃児(きたむら とうじ)作詞の、
歌謡浪曲『あゝ松の廊下』
には、以下のセリフが入る。
放してくだされ梶川殿
五万三千石
家をも身をもかえりみず
上野介(こうずけのすけ)を討つは
将軍家の御威光と役職を笠に着て
私利私欲に走る人非人を斬るためじゃ
その手を放して下され梶川殿
北村桃児とは、三波春夫の作詞家としてのペンネーム。
家をも身をもかえりみず
に吉良上野介を討とうとするのは、播磨赤穂藩 五万三千石の藩主 大名 浅野内匠頭 長矩󠄁(あさの たくみのかみ ながのり)。
こんな飯屋で読み始め。
斬られた吉良上野介は四千二百石の旗本。
だが、官位は、
内匠頭 従五位下(じゅごいのげ)(注)
上野介 従四位上(じゅしいのじょう)
と、上野介が上。
将軍家の御威光と役職を笠に着て
というセリフがこれ。
衣装、その色、江戸城入城の際にカゴから降りる場所に至るまで、大名には細かい規則で差が付けられていた。
本夕、読了。
NHK大河ドラマ『光る君へ』の舞台は平安中期。
役者も それを観る方も現代人。
なので、演出家は、
「行っちゃおゥかなァ」
などと、平安貴族を演じる役者に現代人口調で話させる。
が、「死ぬ」を「みまかる」と言わせるところは、やはりNHK、時代考証に抜かりはない。
ところで、裳(も:平安時代の和式ロングスカート)に隠れて あらわには見えないが、まひろ(紫式部)ら平安女性は片膝をついて座っている。
いわゆる正座は もっとずっとあとの座り方で、ここにも確かな時代考証。
男は近世までアグラ。
徳川幕府は、将軍の前では大名・旗本を含む臣下の者に正座を強いた。
仮に将軍に手を出そうとしても、この座り方ではひと呼吸遅れる。
(注)
官位職を言うとき、〝従〟を〝じゅう〟と発音しては笑われる。
この場合、〝従〟の発音は〝じゅ〟。
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