『脳から見たリハビリ治療』を読む
練習しないと自転車には乗れない。
しかし、一度 自転車に乗ることを覚えたヒトは、次に乗るのが5年ぶり、10年ぶり、30年ぶりだったとしても倒れずに走ることができる。
体が覚えている。
体で覚える。
職人
スポーツ選手
楽器奏者
体が覚えている
体で覚える
そんな言い方をするが、はたして、本当にそうか。
こんなイートインカウンターで読み始め。
死因の50%、入院患者の20%を占める三大疾病。
がん・急性心筋梗塞・脳卒中。
この内、脳卒中は体にマヒが残ることが多い。
本書は、マヒからの回復のためのリハビリテーションについての素人相手の解説本。
脳の運動野の部分的機能不全がマヒの原因で、脳は再生しない。
だから、脳卒中で損なわれた運動機能を回復させるための療法には、ほんの最近まで、枕ことばとして〝経験的に〟が付いたという。
脳の機能不全があっても、運動を繰り返すことで、マヒが軽減・解消する経験的事実。
それを科学的に説明できる者はいなかった。
本夕、読了。
例えば、
脳卒中によって指を動かす指令を発する神経細胞が死ぬ。
指がマヒするのだが、そのマヒした指を動かす訓練を続ける。
と、手指の運動をつかさどる領域の隣、手首の運動の指令を発する神経細胞が手指の運動の指令も発するようになる。
脳の機能が元に戻るのではなく、新たな神経回路ができるのだと分かったのは20世紀も間もなく終わる頃。
著者は、そのことを〝リハビリテーション医学の革命的事件〟と呼ぶ。
革命とは、筋肉を動かすことによって、
失った機能を再学習
するとしていたリハビリテーションが、
新しく神経回路をつくる運動技能の学習
に変わったことを言う。
さて、上で、
体が覚えている
体で覚える
そんな言い方をするが、はたして、本当にそうか。
と書いた。
そうではない。
覚えている
覚える
のは、体ではなく脳。
コメント
おはようございます。
「体が覚えている」とは、よく使われる言い回しですね。
それは「脳が覚えている」のが正しいということ。
では、忘れるのは「体」ではなく、「脳が忘れる」ということですね。
はるか昔、ナン十年も関わって手が覚えていた所作がありました。
そのほとんどは忘れてしまいましたが、ほんの一部をまだ手(ではなく脳)が覚えています。
人の脳の神経回路は未知ですね。
脳が忘れるのは、神経回路が切断されるのだという解説を見たことがあります。
DTT(diffusion tensor tractgrahy)を少しだけやっていました。
臨床機ですから画質に限界があり、ごく太い神経束を描出するに留まりましたが、あれはなかなか興味深いです。
正常側、それに比してイベントを受けた側。切断された神経束。
リハビリ後に、それが少しだけ回復する様。
拡散の技術は勢いがありましたから、今後もっと進展する分野でしょう。
未知の世界が少しだけ、明るくなるかも知れません。
投稿: めりー | 2021年5月17日 (月) 03:31
めりーさん、こんにちは
『白い巨塔』は、何度か映画化、TVドラマ化されています。
その最後のシーンは、病室のベッドで主人公の食道外科医の財前五郎が死を前にして昏睡する様子。
手術の基本手技を忘れないようにとイメージトレーニングを欠かさなかった財前五郎の最期は、両手を宙に上げ縫合糸を結ぶ動作。
田宮二郎と岡田准一の演技を見ていますが、同じ動作ですね。
ゴルゴ13は薬品を使った拷問時にも、自身の正体を言いません。
なりすましていた商社員としての所属を言います。
やはり、「体が覚えている」と表現したいところです。
本書では、リハビリ効果をPETやfMRIを使って脳の活動を可視化して説明している章があります。
DTTも含めて、このあたりは応用物理学者の出番ですね。
リハビリの効果は、全くの素人の私でも理解できます。
どころか、500年前のヒトにも分かっていたと思います。
リハビリによる運動機能を回復をさせる神経回路ができることが分かったのは最近になってからですが、そんなことは体が分かっていたンでしょうね。
私は〝脳〟なし。
反射神経だけで生きています(^^;
投稿: KON-chan | 2021年5月17日 (月) 08:37