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2021年1月27日 (水)

『椿井文書』を読む

日本最古の歴史書の『古事記』の成立は712年。
その原本は残っていない。
我々が見ることのできる『古事記』は、書写に書写が重ねられた後世の写本。
この『古事記』は偽書ではないかという説が、江戸時代から根強くある。

18世紀の終わり近く、福岡市志賀島(しかのしま)で、水田耕作中の農民が見つけたとされている『漢委奴國王』の金印。
これにも偽造説がある。

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こんな喫茶店で読み始め。

「つばいもんじょ」と読む。
〝椿井〟とは、かつて山城国(やましろのくに:現在の京都府の一部)にあった地名。
また、苗字でもある。
池田町の池田さんのようなもの。

〝椿井文書〟とは、近畿一円に残されている多量の文書・絵図。
本書では、その数量を数百点という書き方で表現している。
本書で触れているだけでも200はある。
多くの異なった筆跡、多くの異なった絵のタッチ、多くの地域の写生があるが、それらは椿井政隆(1770年-1837年)が一人で書いた文書、一人で描いた絵図。
寺社の縁起・合戦に参加した人物の系図など、地域・年代も含めて矛盾なく符合してはいるが、話半分・ウソ半分。
著者は、筆跡・絵のタッチの違いにも関わらず、それが一人の手によるもので、デタラメな歴史文書であることを証明していく。

〝椿井文書〟とは、手の込んだ高等なイタズラといっていいだろう。
それに現代人が見事に引っかかる。
1980年以降に発行されたものに限っても、〝椿井文書〟を正当な資料として郷土史に引用している近畿の市町が20。
21世紀になってからに限っても、3市町。

近畿圏の律令国名(旧国名)が分かる地図を手元に置いて読む本。

本夕、読了。

フェルメールの贋作を描き、それをナチの富豪に売ったオランダ人のハン・ファン・メーヘレンは有名。
このイタズラの質も高等。

自分の推理したストーリーに合わせた自白を拷問で引き出して、いくつもの えん罪を生み出した紅林 麻雄(くればやし あさお)のやり口はイタズラを超えている。
犯罪。

日本には旧石器時代があった。
それが真っ赤なウソ、旧石器時代は捏造だったのが発覚したのは'00年。
イタズラの手口が幼稚。

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コメント

すごーく判りやすく現代語解釈した古事記を、数年前に読みました。
あらすじは既知だったので特に感想はなかったんですが、神さまってすんごく人間くさいなあって思いました。なんか、その辺りが胡散臭いなあって(笑)

旧石器時代は捏造だったんですかー。
それって、ナウマン象の時代?(ざっくりしすぎ)
ちょっとナウマン象には思うところがあり。。いやナウマン象が悪いわけではないんですけど。

あと、関係ありませんが黒曜石は好きです。
つやっつや!
(駄弁失礼しました)

投稿: めりー | 2021年1月28日 (木) 09:37

めりーさん、こんにちは

駄文にお付き合いくださり、その上 コメント、ありがとうございます。

JB64、もうすぐ納車。
楽しみですね。
しばらくシケが続くようです。
なので、頭をJB64の方に全部持っていけるってことで、シケ続きも悪くないのかなっと(^^)

現代語訳されたものでも、私には古事記に手が出ません。

この本、大変に読みづらい本で、ポストイット40枚、本の隅を折ること16ページ、鉛筆でのライン総延長1mばかり。
で、結局『椿井文書』は偽書ですよですから、読後感に清々しいものはありませんでした(^^;

あァ、私の書き方が悪かったようです。
それも私の能力の現れ。
そのままにしておきます。

旧石器時代は、大きく前期・中期・後期と分かれ、日本列島には前期・中期旧石器時代はなく、従って前期・中期旧石器人は日本列島にはいなかったというのが、日本の考古学の一番強い学説のようです。
旧石器時代はナウマン象とかぶります。
ナウマン象に何かありましたか?

夕張の土産品だったか赤平の土産品だったか、砕くために小さなハンマーが添えられた石炭に似せた飴がありました。
飴を砕くと黒曜石そっくりでした。

十勝石が黒曜石ですね。
私も小さな破片を持っています。

投稿: KON-chan | 2021年1月28日 (木) 11:45

ずううっと時化予報ですねえ。
来週末は新月期になるので道東を狙っていますが、今週はとりあえず一休みです。

ポストイット40枚!16ページ!なんと1m!!(笑)
KON-chanは十勝の辺りへ行くことがあるでしょうか。
日高の山を越えると向こうは遙かなる平原。海も遠いので、あまり機会がないでしょうか。
十勝には遺跡が沢山あるようですね、知りませんでした。
星撮りに忠類へ何度か行きましたが、小さな町かと思いますけど街灯がたいへん立派で、星があまり見えません。
しかも、大きな工場なのか牧場なのか、夜中にも煌々と証明をつけている施設があちこちにあります。
どうやら私はあの辺りには縁が無いようです。
(忠類がナウマン象発掘の地であることはご存知でしたか)

黒曜石。
あの艶やかさは魅力ですね。
宝石と呼ばれてやたらお高い石よりも、私は黒曜石のようなふつうに天然石と呼ばれるもののほうに気持ちが向きます。

投稿: めりー | 2021年1月28日 (木) 12:40

この本、人名・地名がたくさん出てきて、『椿井文書』を書いた人がそれらを矛盾が生じないように絡めているので、何ページか前の固有名詞を憶えてないとワケが分からなくなるンです。
で、私、固有名詞を憶えていられないのでマーキングが必要。

忠類のナウマン象は有名ですね。

大雪山系に入った帰り、旭川に出ないで南下。
帯広・大樹・広尾・襟裳を経由して帰ってきたことがあります。
その時に、忠類を通過しています。

道内の〝市〟は全て踏みました。
まァ、でも、北緯44°より北、東経142°より東に行くというのは、かなり気合が必要ですね。

めりーさんの行動力というか走行力というか、スゲーなァといつも感服というか圧倒されています。

投稿: KON-chan | 2021年1月28日 (木) 13:58

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