« みたいな計算は、何の役にも立たない(^^; | トップページ | 大雪を歩く »

2017年8月23日 (水)

『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』を読む

本邦の民俗学の調査・研究手法の創案、学問体系形成のスタートは柳田國男。
大変な量の仕事をし、書籍として残している。
この柳田國男の調査対象・研究手法が上品すぎるという批判がある。(注1)

本書著者も柳田國男を批判する一人。
〝性とやくざと天皇〟を研究対象にしていないと、柳田國男を批判する。

解説を書いているのは、自らのことを下ネタ学者と称する上野千鶴子。
この人の解説を先に読んでおくと、本著者の立ち位置・視点が分かり、本文が読みやすくなる。

 

Sexual_overturesこんな喫茶店で読み始め。

著者は播磨の出身、関西の人。
生れたのは1909(明治42)年。(2000(平成12)年没)
本書によれば、著者が民俗調査に興味を持ったのは1923(大正12)年とあり、14歳。

調査フィールドの多くが、大正期から戦後15年くらいまでの関西の農漁村、マチの商店街。
辞書やネット検索にかからない隠語が頻出し、最初はなかなかページが前に進まない。
が、しょせんは〝性〟のこと。
20ページも読み進むと、読書スピードが上がる。

柳田國男の民俗学に対し、〝性とやくざと天皇〟を研究対象にしていないと批判する著者だが、本著者自身も〝やくざと天皇〟は研究対象にはしていない。
もっと言うと、本著者の関心ごとは〝性〟のみ。

著者の柳田國男批判は、夏目漱石は官能小説を書かない、椎名林檎は演歌を歌わないと批判するのと同じような気がしないでもない・・・

〝これはもうとても筆にも、口にも及ばぬということで、まともに公開などできるもんでない〟といったフレーズが何度か出てくる。
著者自身が、〝まともに公開などできるもんでない〟ことごとの体験者。

フンドシ祝い・若衆入り。
こしまき祝い・女の講入り。
これが、〝まともに公開などできるもんでない〟世界への入り口。

御詠歌を2節歌い、般若心経を2回唱え、さて、コトの始まり、始まりィ。

戦前の〝教育勅語〟・〝修身教育〟、戦後の〝道徳教育〟・〝性教育〟は、少なくとも著者の調査フィールド内では、何の教育効果も発揮していない。

現実が示している。
オトナが言う、「良い子はマネをしないように」、と。
アホぬかせ、マネをしないわけがないじゃろが(^^;

ムラにもマチにも、ンなつまらないことを言うオトナはいなかった。
〝筆おろし〟は12、3歳、〝水揚げ〟は早ければ9、10歳、遅くても13歳。(注2)
都市化の進む前の日本のムラ・マチの、何とおおらかなことか。

嬶(かかあ)、娘、後家、尼僧、女中等々と少年・青年との性の交流。
現代人は、それを不貞とか乱交とか不純とかと言うけれど、ムラ・マチでは全てが合意。
水子にしたのも多かったようだが、タネが誰のものであれ、嬶(かかあ)の産んだ子はその亭主の子。

田植え歌、労働歌、若衆、女講、寄合。
ムラの文化もマチの文化も全てが〝性〟につながる。
それでムラもマチも維持されていく。

本夕、読了。

現代の話。
歌舞伎界に生まれた男の子は、12、3歳になると筆おろしされるのが秘密にもなっていない話。
本書に書かれているムラのオトコの子が男になる儀式に似ている。

本書に書かれているようなことは、以前に読んだ宮本常一の『海に生きる人びと』にも書かれていた。
実際に、そういうことだったのだろう。

民俗調査で得られることが、倫理的・道徳的・規範的・教育的であったら面白くも何ともない。
そもそもにおいて、倫理とは何か。
道徳とは何か。
規範とは何か。
教育とは何か。

いかに人々が権威・規制・金銭をコケにし、愉快に生きていたことか。

(注1)

って、知ったふうなことを書いたが、私は〝民俗学〟が何なのかも、〝柳田國男〟が何者なのかも知らない(^^;

(注2)
〝筆おろし〟は男の初体験、〝水揚げ〟は女の初体験のこと。

« みたいな計算は、何の役にも立たない(^^; | トップページ | 大雪を歩く »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』を読む:

« みたいな計算は、何の役にも立たない(^^; | トップページ | 大雪を歩く »