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2017年3月 3日 (金)

『釣魚雑筆』を読む

著者はロシアの作家、セルゲイ・アクサーコフ。(注1)
ロシア語で書かれた最初の〝釣り本〟とのこと。(注2)
初版の発行が1847年。

 

Photoこんな喫茶店で読み始め。

グラスやカーボンを得られない時代、かつ竹を産しないロシアでの竿作りから話は始まる。
ラインは馬毛・絹糸。

大陸国ロシアの釣師だから、出竿は川・湖で。(注3)

すでに、ロシアでも毛鉤が使われていた時代だが、著者自身は毛鉤釣りをしたことがないと書いている。
釣法はフカセのエサ釣り。

100ページ近くを使い、『釣りの技術について』と銘打って、
・第1
 釣りの技術でもっとも大切なことは、釣り竿を上手に<後略>
から
・第16
 魚は8月と9月には高いところを、その他の月は<後略>
まで。

現代の釣師の常識とは噛み合わないところもあるのだが、まァ、釣師の言うこと、ンなことに あぁこう言っても始まらない。
そもそもが釣師。
はなから常識なんぞ、持ち合せているわけがない(^^;

全250ページ中、140ページで釣りの対象魚25種が紹介される。
内、アブラビレのあるサカナは、イワナ・ヒメマス・イトウ。
日本人に分かるのは、このサケ科の3魚とウグイ・ドジョウ・コイ・フナ・ナマズくらいだろう。(注4)

この本を読んでも、我々の釣果が上がることは絶対にない(^^;
釣りというよりは、旅行先のロシアで川魚料理を食べるような機会のあるときに開く本だろう。

本夕、読了。

趣味のこと、遊びのことは、傍(はた)のヒトには分からないのだが・・・
とは言っても、サカナ釣りだから、やっていることは大したことではない。
大したことではないのだが、やっている本人は大したことをやっている気分。
著者もこの気分に満ちている(ようだ)。

君の気分、あなたの気分でもある。
で、ボクの気分でも(^^;

(注1)
生年1791年・没年1859年。
竿を出せるような規模の川池を自領地内に持つ貴族。

(注2)
本書外でアクサーコフ自らが、本書を〝ロシア語で書かれた最初の釣り本〟と書いているようで、その言葉を本書翻訳者が解説に引用している。
ところが、本書を読み進んでいくと、アクサーコフ自身が、1812年出版のロシア人作家レフシンの『釣り人の本』を読んだと書いてあって、本書が〝ロシア語で書かれた最初の釣り本〟ではないことが明らかになる。

翻訳過程で何か混乱があったのか、アクサーコフが間違ったことを書いているのか。
後者だろう。

〝釣り本〟といえば、イングランド人 アイザック・ウォルトンの『釣魚大全』をあげなければならない。
『釣魚大全』の初版発行は1653年。
『釣魚雑筆』は『釣魚大全』から2世紀のちの出版ということになる。

(注3)
ロシア語に区別があるのだろう、本書中では〝小川〟・〝川〟・〝河〟と使い分けられている。
この順で川の規模が大きくなっているのかと思うが、さにあらず。
訳者には、この使い分けを訳注に付けてほしかった。

また、止水は〝池〟または〝掘り池〟と表現されている。
〝掘り池〟はともかく、大ロシアの釣師の言う〝池〟だ。
本記事中では、〝池〟を〝湖〟と書き改めた。

なお、本書中に地名がたくさん出てくる。
が、河川の具体名の表示は ごく少ない。
湖沼にいたっては具体名の表示はひとつだけ。
著者が実際に出竿した河川湖沼がどこなのかは全然分からない。
この徹底さは、現在の釣師にはマネのできないところ。

(注4)

サカナの写実的なイラストが掲載されている。
が、オショロコマだと紹介されているサカナのイラストにはアブラビレがないし、魚体もサケ科には見えない。

写実〝的〟ではあるけれど、写実ではなさそうだ。
コイ・フナなど良く知っているサカナのイラストを見ると、背・腹・尻ビレがやや誇張されて描かれている(ように見える)。


時代背景を簡単に示す。

1653年 アイザック・ウォルトンが『釣魚大全』を出版

1791年 セルゲイ・アクサーコフ誕生

1812年 ナポレオンのロシア遠征

1812年 レフシンが『釣り人の本』を出版

1847年 『釣魚雑筆』が出版される

1853年 クリミア戦争開戦―1856年 終戦

1859年 セルゲイ・アクサーコフ 死没     

1917年 ロシア革命

1986年 日本語訳出版

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