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2016年5月 1日 (日)

『カメラと戦争』を読む

昨夏、羊蹄山を喜茂別側から登っていた時のこと。
山に咲く花を撮りながら、私の歩速の1.5倍で追い抜いていった細身の女性。
彼女が手にしていたのが、ハッセルブラッド。
この時ほど、カメラを美しいと感じた瞬間はない(^o^)


米国出張中の著者は、訪問先の光学機器メーカーからヘッドハンティングされる。(注1)
日本で支給されていた額の10倍以上の給料を支払うという好条件。

日本に帰国後、上司に報告すると、「ひとの会社の社員を横取りしようとは、実にけしからん」と。

「だが、待てよ」とその上司。
続けて、「せっかく向こうがそう言うなら、先方の話に乗った形でしばらく向こうの会社で働いて、色々な情報を送ってくれ」

著者は米国で2年間勤務することになる。

 

Camerawarこんな喫茶店で読み始め。

その米国企業の研究所が、日本製としては初めてペンタプリズムを組み込んだカメラを6台購入した。
筆者が目の当たりにしたのは、2カ月後、内1台のフィルム巻き上げ装置が壊れたこと。
だけではなく、その後の2週間で、残り5台全てが同じ個所で壊れたこと。

ジョン・F・ケネディが大統領に就任して間もない頃の米国。
米国は自信に満ち、そして、〝安かろう悪かろう〟は日本製品の代名詞だった。(注2)
米ソ冷戦時。

冷戦終結を待ってリークされてきたのが、U-2型機に搭載されていたカメラレンズのスペック。(注3)
焦点距離36インチ(914ミリ)。
画角28°(注4)
このレンズを磨いて組み立てたのが、著者が米国で勤めていた会社。(注5)

窓なし作業室の普段は開けられない扉が一瞬開け放された時、このカメラが丸見えになった。
著者が行ったのは、〝見て見ぬふりして懸命に盗み見する〟こと。

ニコンのズームニッコール43-86ミリ(ヨンサンハチロク)は国産初の標準ズーム。
キヤノンは10年かかって35-70ミリ(サンゴーナナマル)を世に出して、これに追い付き追い越す。
開放中央解像度ミリ当たり224本。(注6)
単焦点に匹敵する解像度を有するズームレンズで、米国の雑誌には〝50ミリ標準レンズの死亡〟という記事が出たという。

'55(昭和30)年、発電ダム監視のためのズーム比4のレンズの付いた工業用TVを、水車・発電機の付帯設備として日立が独自開発して納めている。
独自開発するしかなかった。
キヤノンがズームレンズを開発する前。
どころか、ニコンがズームレンズを開発する前のことだったから。

光線1本がレンズの1面を通過する計算に要する時間は30分。
レンズ設計は新入社員。
のち、彼はスーパコンピュータの研究者になる。

本書は、光学技術者の話。
カタログからは読めない世界。

本夕、読了。

(注1)
著者は応用物理学者。
専門は光学。
企業内研究員を6年間勤めた後、大学に戻る。
テクニカルイラストレーターとしてもプロフェッショナル。
学生時代から『アサヒカメラ』に寄稿。

'00(平成12)年、死去。
享年69。

(注2)

品質管理がいい加減で、工業製品なのにアタリ・ハズレのあるのが当たり前なのがmede in Japanだった。
のちW・E・デミング博士の指導、輸出品取締法、それに基づく検査協会の設立などが奏功して、日本製光学機器の高品質が保証されることになる。

(注3)
U-2は、米国の成層圏を飛行する高々度航空機。
冷戦時、70000フィート(21300メートル)の上空からソ連邦領内に侵入・偵察していた。
1960年5月パリサミット崩壊、キューバ危機の重要キーワード。

(注4)
本書中に〝超極薄仕様のフィルムベースの長尺コダック〟とある。
画角28°を得るために、幅20インチ(508ミリ)くらいあるフィルムに感光させていたのであろう。
フィルム容器を大きくしないために、ベースを薄くしたものと。


ところで、画角28°でチェックしてみると・・・
U-2の機軸に1台、右左舷に各3台配置されていたというから、トータル画角は左右それぞれ98°。

真横まで写し込めていたことになる。

(注5)
ハッブル宇宙望遠鏡搭載の光学系も、当該社で研磨・組み立てられたもの。
現在はキヤノンと技術を提携する関係にある。

(注6)
1mm幅の中に等幅・等間隔に引かれた白黒直線を何本まで見分けられるかが解像度(解像力・分解能)。
単位は、本/mm。
150本/mmなら解像度優秀レンズ。

標準ズームでの224本/mmはいまだに破られていない記録(のはず)。

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