『古典落語100席』を読む
PHP文庫。
PHP研究所編。
監修は立川志の輔。
こんな喫茶店で読み始め。
本夕、読了。
百席を、「現代SFもびっくりの奇想天外な噺(はなし)」とか「ま、お座りなさいの奥義指南」などと八つに分類、並べてある。
一席が見開き2ページ。
落語の〝古典〟とは、江戸元禄期頃(17世紀後半)から大正期あたりまでに作られた噺を言うようだ。
歌舞伎や講談とだいたい同じくらい、浪曲よりやや長い歴史を持つ大衆芸能。
風俗、時刻・長さ・金銭の単位などは当然のこと現代と違うが、庶民相手の演芸ゆえ、そのことによって話が分からなくなる、ということはない。
『目黒のさんま』『長屋の花見』といった誰でも知っている古典がおさめられているのに、同じく古典に分類される『寿限無』は載せられていない。
どうも、『寿限無』は駆け出し噺家の口慣らし・練習噺で、落語一席として勘定には入れないらしい。
読売新聞夕刊のコラム『よみうり寸評』では、話のつまみ部を落語から取ることがよくある。(注1)
落語は罪のない作り話だということが、その理由になっているのだと思う。
また、落語一席の話の核心を言ってしまえば、それはごく短く言える。
わずかな字数しか与えられていない『よみうり寸評』を書くには、その核心の短さに使い勝手の良さがあるということもあるのだろう。
見開き2ページで一席分を書き込めている本書がその証拠。(注2)
落語一席、その一席の核心を言ってしまえばごく短いとすぐ上で書いた。
それを笑わせる噺に仕立て、高座にかけてメシのタネにする。
これすなわち、噺家の〝芸〟。
(注1)
「よみうり寸評」は、四半世紀以上にわたって同一執筆者。
話のつまみ部に落語を多用するのは、この人のペンの〝芸〟風なのだろう。
この〝芸〟風、「よみうり寸評」のみならず、結構あちらこちらで見られる。
(注2)
一席が10時間を越えるという大長編落語もあって、本書でも古典落語百席の内の一席として見開き2ページで紹介されている。
さすがに、これだけの大作ともなると、見開き2ページでは一席全部の紹介はムリ。
同じく大長編がもう一席、これも同様。
いずれも、三遊亭圓朝作。
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