『満鉄調査部』を読む
満鉄、南満州鉄道株式会社。
〝鉄道株式会社〟だが、会社設立の目的は運輸を主業とすることではない。
〝株式会社〟の形を取ってはいても、実体は満州経営・殖産のための国家機関。
学校・病院の運営から発送電、ゴミの収集や消防なども活動範囲だったという。
その満鉄の「調査部」は、満州経営・殖産のための調査研究・ブレイン組織で、今の企業でいうところの「経営企画部」などに似る。
ただし、規模がとても大きい。
図書館数で30以上、調査部スタッフだけでも2千4百人。(注1)
調査・研究・企画の対象は大変に広く、地勢・気象・民勢・資源・経済・産業・文化は言うに及ばず、農学・物理学・化学・冶金学なども。
【画像:上】
満鉄調査部をテーマにした本はたくさんあるが、私が入手したのは平凡社新書。
この本、薄いうえに文字が大きい。
つまり文字が少ない。
私向き(^o^)
こんな喫茶店で読み始め。
【画像:下】
大連駅にて。
満鉄本社の所在地は大連。
満鉄調査部の本部も同じく大連にあった。(注2)
本記事は、『満鉄調査部』を読んだということを話題にしているのだから、大連図書館あたりの画像を掲載するのがふさわしいように思うのだが・・・(注3)
『満鉄調査部』を1冊読んだ程度の私では、話が続かない。
まァ、続ける必要もないのだが(^^;
拙ブログの芸風に合わせ・・・ということで、今朝の大連駅の様子を。(注4)
(注1)
調査部は満鉄の1セクションではあるが、そういうくくりで扱えるような枠をはるかに越えた組織。
広辞苑でも「満鉄調査部」と独立した見出し語が立てられているくらいだ。
満鉄調査部の有形・無形の影響を、中国においてはもちろんのこと、戦後の日本の現在に至っても見つけることができる。
(注2)
本社々屋及び調査部本部が入っていた建物は現存。
保存も良く、当時の執務室の様子をうかがうことができる。
(注3)
現在も、大連図書館の分館として使われている。
満鉄調査部が多くの優秀な人知と時間と予算とを使って調査研究して残した情報は、満州の統治権が帝国から人民共和国に移動後の今々現在に至っても重要資料。
それゆえ、図書館に保管されているそれら資料へは、我々一般人ではアクセスが面倒。
(注4)
大連駅は設計・施工監理とも日本人によるものだが、満鉄発足時の路線網自体は、元はと言えば帝政ロシアが敷き経営していたもの。
ロシアの軌間(レール幅)は5フィート(1524mm)と広い。
満鉄はそれを国際標準軌間の4フィート8.5インチ(1435mm)に改軌している。
帝国軍の降伏後、'55年に中国に返還されるまでの11年の間、鉄路網は再びロシア人(ソ連軍)によって経営されることになる。
その際、ソ連軍は軌間を5フィートに戻してシベリア鉄道に接続させることを計画するのだが、実行にはいたらなかった。
大連駅の表口に当たる南面は、ネットに多数の画像が転がっている。
裏口に当たる北面は、ネットでは見たことがない。
ということで、今朝の大連駅北口前を(^o^)
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