『飛行伝説』を読む
ソニー・マガジンズ社のヴィレッジブックス。
著者はイタリアの航空ジャーナリストのジョルジョ・エヴァンジェリスティ。(中村浩子訳)
39の話題が綴られている。
第1話は『リリエンタールが宙を舞った』。
昨日午後、こんな畳の部屋で読み始め。
本夕、読了。
最後の第39話は、『「ムッシュー・コンコルド」の引退』。
日本でもこのところ、〝やっと〟という感じで製造・建設・整備の現場への女性の進出が目に付き出した。
天井クレーン・トラッククレーンの女性オペレーター、女性建築士・監督者を知っているし、旅客機の女性整備士も見たことがある。
先日搭乗したJAL1645便の、「操縦室よりこんにちは」と始まったキャプテンの挨拶は女性の声だった。
第38話は、『私はジャッキー、地上最速の女』。
ジャッキーとはジャクリーンの愛称。
〝地上最速の女〟とはジャクリーン・コクランのこと。
1906年5月11日生まれの米国人。
’47年:時速755.6キロ、レシプロ機での当時の世界最高速(搭乗機:P-51)
’53年:女性初の超音速飛行(搭乗機:F-86)(注)
’60年:女性初の空母への着艦とカタパルト発艦(着発艦:インディペンデンス、搭乗機:T-38)
上で、ジャッキーの生まれを1906年5月11日と書いた。
ジャッキーの誕生日は、いや誕生日どころか実は生年さえもはっきりしない。
彼女の誕生日は、米国が与えるという形で決まったもの。
雇われ農婦・美容師・看護師・化粧品会社員とキャリアを変遷する過程で、飛行学校に通ったジャッキーは、そこで操縦の才を発揮する。
3日後には単独離陸、3週間を経ずして操縦免許取得。
第二次大戦時には、英国と米国で軍務につく。
また、雑誌記者として日本の降伏調印式の場に立ち会うといった歴史的エポックに漬かるかと思えば、化粧品製造・販売の実業家としても成功する。
生年さえも定かでないほど幼い頃からの孤児で貧しかったジャッキーは、小学校さえも卒業していないのだという。
(注)
ノーマル仕様のF-86では音速を超えられない。
カナダ製のエンジンに換装している。
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