備えあっても・・・
吉村昭の作品には題材を海に求めた資料的なものが多く、私も『陸奥爆沈』『深海の使者』『三陸海岸大津波』などを読んだ。
最後にあげた『三陸海岸大津波』。
作品中に何度も出てくる地名は、田老(たろう)。
田老村、のちの田老町(2005年、宮古市と合併)である。
明治以降、三陸沿岸を襲った大津波は
1896年(明治29年)明治三陸地震
1933年(昭和 8年)昭和三陸地震
1960年(昭和35年)チリ地震
1968年(昭和43年)十勝沖地震
による4つ。
田老町は、明治と昭和の三陸地震による津波によって人口の半分を失うという甚大な被害を受けたことから、高さ10mの防潮堤を構築、'60年、'68年の津波来襲時には人的被害ゼロという成果をあげるに及んでいる。
そして、2003年(平成15年)、宮古市となる前、田老町は『津波防災の町』であることを宣言している。
備えがあっても、それは人の知恵が及ぶ人智の範囲内。
今回の津波は、田老の備えを越えた・・・
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