« 2021年12月 | トップページ | 2022年2月 »

2022年1月

2022年1月30日 (日)

『官報複合体』を読む

副題は、『権力と一体化するメディアの正体』。
帯に、『メディアは国家権力の広報誌である!』とある。
官邸や役所から記者クラブに流される情報そのままの記事を指して、著者はそれを国家権力の広報と呼ぶ。

著者は、元日本経済新聞社記者。

Photo_20220130144801
こんな喫茶店で、読み始め。

20代で、社費で米国の大学院のジャーナリズム課程へ留学。
その時に学んだ米国流ジャーナリズムとは、
 ・情報提供者が匿名
 ・いずれ表に出ること、例えば、
  企業合併や新製品
は新聞記事にはならないのだと。

本著者、ふたこと目とは言わないが、四こと目、五こと目には、この米国流ジャーナリズムを持ち出す。
米国流ジャーナリズムへの本著者の肯定感の強さは、心酔というか何というか。
異様ささえ感じる。
その裏返しが、日本のジャーナリズムへの強い批判。

週刊文春は記者クラブから締め出されている。
が、いわゆる〝文春砲〟と称されるインパクトのあるネタを連発。
本著者が、まっとうなジャーナリズムと考えるのは、文春のような取材方法のようだ。

本夕、読了。

自身の所属する組織内では、第4権力者としての力量を発揮できないことを理由に辞職。(注)
執筆者・翻訳者として独立。
また、大学(院)でジャーナリズムを講じる職を得る。
自身がなせなかった米国流ジャーナリズムを体現できるジャーナリストを育てようとの意気込みが、書き込まれている。

自身がなせなかった・・・
だけど、そう・・・
ヒトには、言えるンだよなァ(^^;

(注)
私は、
 第1権力:国民
 第2権力:国家(立法・行政・司法)
 第3権力:ジャーナリズム
と習ったような気がするが、どうも間違って記憶していたようだ。
立法・行政・司法が第1から第3までの3つの権力。
それを監視、大衆へ伝達する機能を持つジャーナリズムを第4権力と呼ぶようだ。
最近は、SNS・ネット検索エンジンなどを第5権力と言ったりもするらしい。

| コメント (0)

2022年1月26日 (水)

次のバタっがくる前に

日の出が早く、日の入りが遅くなったのを実感する。

あれこれあって、今日の私は公休。

6時、出航。
東南東の雲が燃え、6時55分、雲の向こうで日が昇った。

2022012601
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
サクラマス海域。

寒さが緩み、どんよりとした空気。
オカがかすむ。

ヤマセ(東風)。

スケソが海面近くまで浮き、15メートルで泳がせる毛バリに掛かる。
どうかすると、10メートルで泳がせる毛バリにも掛かる。
どうかしなくても、7メートルで泳がせる毛バリにも掛かる。

とても、サクラマス釣りにならない。

で、思いっきりオカに寄ったら、スケソのタナが下がった。
この、思いっきりオカに寄ったのが、11時30分。

2022012602
バタバタっと、2尾。
次のバタっがくる前に、ライセンス制限時刻の正午。

| コメント (4)

2022年1月23日 (日)

が、今日は外道

サクラマス海域までは、1時間とちょっとの航海。
ライセンスは、日出から正午まで。
なのに、サクラマスを掛けようとの気概が大きく不足。
マリーナの開業時刻に合わせて8時出航。
実釣は3時間ない。

2022012301
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
風も潮も緩く、良ナギ。

誘導してくれたのは、僚艇SeaRoman。
サンクス。
入電時、かの艇では すでに4本だか6本だかあがったと。

2022012302
毛バリを25メートルまで落とすと、ソウハチ。
ソウハチのカタがいい。
が、今日は外道。

その上で、毛バリを泳がすとガツーン。
ガツーンのあとの、ガクンガクンがこない(^^;

35メートルまで落とすと、スケソ。

結局、マスは掛からず。

入港前に1時間、根で出竿。
ソイのカタがいい。
が、今日は外道。

| コメント (4)

2022年1月20日 (木)

さて、味はどうか・・・

私の作るスイーツ。
味は製菓業者に劣らない。
しかし、見ばえは製菓業者のものに遠く及ばない。

私の作るタラコ。
スイーツの逆。
見ばえは白老の業者に劣らない。
しかし、味は白老のタラコ業者のものに遠く及ばない。

サクラマス海域。
掛けようと思えば、1トンでも掛けられるほどスケソウが濃い。

私に言われてはスケソウが気の毒。
だが、私、スケソウのあのマヌケヅラがキライ。
だから、掛かるはしからリリースするのが常。
なのだが、昨日は、メスだけを15尾キープした。(注)

タラコ作りは簡単。
一晩の熟成で仕上がる。

Photo_20220120082601
白老の業者製に劣らない見ばえのタラコに仕上がった。
さて、味はどうか・・・

(注)

スケソウのメス・オスの見分けは簡単。
胸びれの短いのがメス。
昨日の出竿海域のスケソウのメス・オス比率は、メス10に対してオス1くらい。

タラコとして加工されるよりも、辛子明太子として加工されるほうが多いスケソウの腹子。
多分、辛子明太子にまで加工を進めれば、自家製でも ふくや のものに見ばえも味も劣らないものに仕上がるように思う。
まァ、しかし、私のやるのはタラコまで。

| コメント (2)

冬を食う

秋の網走湖に行ったことがある。

冬の網走湖で釣ったワカサギを頂いた。
それも、たくさん。
氷上にテントを設営しての釣りだったとのこと。

Photo_20220120083201
片栗粉をまぶして、唐揚げに。

釣人は、shinyaさん
ご馳走さまでした。

| コメント (0)

2022年1月19日 (水)

30メートル、スカ

あれこれあって、今日の私は公休。
で、昨夕、船内除雪。
その後、給油して、下架・係留した。

6時30分、出航。

西の空に明るい満月。
満月に照らされて、海は明るい。

7時00分の日出を、地球岬をかわし東上中に見る。

202201901
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
サクラマス海域。

満月を見ての出航。
だから今日は大潮。
潮が走る。

10メートル、スカ。
20メートル、スカ。

近くで出竿していた僚艇SIRIUSに、
『タナ、何メートル?』
と、私。
返ってきたのが、胸の前での両腕のクロス。
〝X〟(^^;

で、
30メートル、スカ。
40メートル、スケソが騒ぎ出し、
50メートル以深は、スケソの入れ食い。

202201902
ベタ底から20メートル上まで、スケソの反応が切れる。
その隙間に毛バリを落とすと、マダラ。

マスは掛からず(^^;

| コメント (4)

2022年1月16日 (日)

穏やかに明けたが

穏やかに明けた。
マリーナ開業時間に合わせて沖に出ようと、車を走らせた。

遊漁船は未明から出た模様。
マリーナ駐車場にも、すでに出航したヒトたちの車が多数。

2022011601
絵鞆岬展望台にて。
蜃気楼。
噴火湾口外を航海する本船が、水平線より浮いて見える。

2022011602
海保巡視船艇係留岩壁のあるL字埠頭にて。
『津波注意報発令中』を電光掲示するPL72 れぶん。

普段は、当直員の車が数台止まっているだけのL字埠頭だが、今朝は海保職員らの車が多数。
非常招集がかかったのだろう。

私がやろうとしているのは、サカナ釣り。
何だかんだやらねばならないことではない。
私は、出航を取り止めた。

帰路の車中。
ラジオからも、『津波警報』・『津波注意報』。

| コメント (6)

2022年1月13日 (木)

『目の見えない人は世界をどう見ているのか』を読む

キミの見る三角も、ボクの見る三角も、三角は三角。
キミの見る楕円も、ボクの見る楕円も、楕円は楕円。
ところが・・・
キミの見る黄色も、ボクの見る黄色も、黄色は黄色・・・、とは言えない。
キミの見る茶色も、ボクの見る茶色も、茶色は茶色・・・、とは言えない。

樹間に隠された敵基地を探すのに、色覚異常者を乗せた偵察機を飛ばした、という話を読んだことがある。
また、背景色に溶け込む昆虫を見つける能力の高い色覚異常者がいる、という話を読んだこともある。

個々人が、色をどのように見ているかの確認は大変に難しい。
が、個々人が、形状・寸法・遠近・数量などをどのように見ているかの定量化は、それほど困難ではないだろう。

Photo_20220113200801
こんな飯屋で、読み始め。

晴眼者が、光さえも失った失明者の視界を経験するのは容易。
目を閉じればいい。
では、先天的失明者は晴眼者の視界を経験できるのか。

すぐ上で、私は、
 晴眼者が、光さえも失った失明者の視界を経験するのは容易。
 目を閉じればいい。
と書いた。
著者は、それを明確に否定する。
晴眼者が考える〝見えない〟ということは、そんな単純な引き算ではない、と。

失明者は晴眼者の視界を経験できるのか。
失明者も、
 絵画を理解できる
 絵画を鑑賞できる
ということが、著者によって証明される。

本夕、読了。

著者は、生物学者を目指して大学に入るが、三年次に文学部に転向。
以後、美学者として第一線研究者として活動する過程で、当初目指していた生物学と美学をクロス。
著者なりの〝身体論〟を開拓していく。

本書々名は、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』だが、書かれているのは、著者自身の現時点での〝考え方〟・〝方法論〟。
ところで、私が、最後に石原式色覚異常検査表(石原式色盲検査表)を使った検査を受けたのはいつのことだったろう。

| コメント (2)

2022年1月10日 (月)

10メートル スカ

船上の雪かき、そして給油。
船を下架して、エンジン起動。

が、冷却水流量異常の警告灯が点滅、警報音吹鳴。
冷却海水管路中のU字部がシャーベット。
海水と不凍クーラントとの置き換えが十分でなかったようだ。

起動停止を繰り返すこと4回目で、管路開通。
8時30分、出航。

直近の釣行は12月11日。
だから、1ヶ月ぶりに沖に出る。

22011001
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

良ナギ。

しかし、もう、10時近い。

スケソのタナの上で、毛バリを泳がせる。
掛けたいのはサクラマス。

5メートル
スカ
10メートル
スカ
15メートル
スカ

それより沈めるとスケソ。
スケソならいくらでも掛けることができる。
しかし、間抜けズラの私が言うのもナンだが、間抜けヅラのスケソはキライ(^^;
タラコは欲しいが、今日のところは全てリリース。

で、再び、
5メートル
スカ
10メートル
スカ
15メートル
スカ

てなことやっている内に、胆振海区のサクラマス釣獲ライセンス制限の正午。

22011002
帰航は、根を経由して。

根の上に到着頃はシケの始まり。
加えて、根の上にもスケソがかぶさっていて、ワームが根に届く前に食われる。
ガヤが続けて2尾掛かったのちに、ソイ。
急速に海況悪化。
2尾目のソイを掛けることはかなわず(^^;

| コメント (6)

2022年1月 6日 (木)

『江戸の旅行の裏事情』を読む

著者は、日本近世史を専攻する歴史家。

江戸中期、1690(元禄3)年からの2年間、長崎の出島のオランダ商館に駐在した医師は、
 「この国(日本)はヨーロッパの都市の街路と同じくらいの人が
  街道にあふれている。彼ら(日本人)は非常によく旅行する」
と書き、自身も、1691年、1692年と2年続けて江戸までおもむいている。

同時期、伊勢松坂に住んでいた本居宣長は、1702(宝永2)年の4月上旬から5月末までの60日ほどの間の伊勢神宮の参宮者が362万人だったことを書いている。
1702年と言えば、日本の総人口が3000万人あるかないかだった頃のこと。

Photo_20220106203701
こんな喫茶店で、読み始め。

副題は、『大名・将軍・庶民 それぞれのお楽しみ』。

大名の参勤交代は、城内暮らしの総移動。
調理人同行、米から味噌・醤油、はては水、さらには漬物石まで持ち歩いたという。
常在の環境と一緒の移動では、旅行とは言えないだろう。

将軍はと言えば、職に就いている間のほぼ全てが江戸城内暮らし。
武士たちには、隠居するまで、長期間の旅行の自由はない。
旅行の〝お楽しみ〟にあずかれたのは、庶民。

本夕、読了。

伊勢参宮は、それだけでも庶民にとっては愉快なこと。
もっと愉快なのは、その参宮の行き帰りに寄る江戸見物。
江戸は新しい街。
が、ヒトが多いから、何でもある。
江戸の呉服屋、食い物屋等々、地方から出てきた者が知りたい行きたいスポットがまとめられた、今風に言えば江戸ガイドブックが出版されている。
東京駅南の丸の内側に、はとバスの広い乗り場がある。
東京のありとあらゆる見どころを案内する何十ものコースが用意されている。
そのコース案内のようなものかと。

| コメント (0)

2022年1月 2日 (日)

『サギ師が使う悪魔のロジック術』を読む

奥州藤原氏のもとへと都落ちする義経一行。
安宅の関の関守が、山伏装束の弁慶に、勧進帳を読めと命じる。
勧進帳など持っていない弁慶が、フトコロにあった巻物を広げ、あたかも勧進帳のごとく朗々と読み上げる。
歌舞伎十八番のひとつ、『勧進帳』の見せ場。
「ヨッ、はりまやッ!」
と、くるところ。
サギのようでサギではない。
関守は、一行が奥州へ落ちていく義経らだと知っている。

Photo_20220102111801
こんな喫茶店で、読み始め。

今の世。
今日もどこかで誰かが引っ掛かっているはず。
〝振り込めサギ〟
本書には、この振り込めサギ師らの手の内も書かれている。

本書、書名をキチンと書くと、
『サギ師が使う交渉に絶対負けない悪魔のロジック術』。
しかし、ヒトを説得しなければならない場、例えば、ビジネスの場、教育の場、布教の場などに適用・応用できる〝術〟。
いや、順序が逆だ。
ビジネスの場、教育の場、布教の場などで使われている説得術・交渉術を、サギ師らが使う。

本夕、読了。

1938(昭和13)年、〝水を石油に変える技術〟を考案したとの触れ込みを信じたのが時の海軍次官山本五十六。
その実験を指示、高級幹部軍人らの見守る中、水から石油ができる。
考案者には多額の報酬が支払われ、工業規模の装置建設が企画される・・・
が、これがとんでもないトリック。
サギ。
何よりも面子・プライド・誇りが優先する海軍高官らが手玉に取られたわけで、敗戦後になるまで隠されていた事件。

左を見たままで、右にパスを出す。
右にステップを踏んで、左に抜ける。
強打と見せて、力を抜く。
フェイント。
サッカー、バスケットボールのプロプレーヤーでも引っ掛かる。

誰もがサギに引っ掛かるのではなく、結局は、ダマされるヒトだけがダマされる。

本書名、
『サギ師が使う交渉に絶対負けない悪魔のロジック術』
だった。
〝絶対負けない〟というところからして、すでにサギ。

わざわざそれを読む私は、〝ダマされるヒトだけがダマされる〟の〝ダマされるヒト〟(^^;

| コメント (0)

2022年1月 1日 (土)

『宇宙はなぜ物質でできているのか』を読む

副題は、『素粒子の謎とKEKの挑戦』。
KEK(ケック)とは、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構(ou nerugii asokuki Kenkyū Kikō)のこと。

マイナス電荷粒子の電子の粒子が、プラス電荷の電子。
プラス電荷粒子の陽子の粒子が、マイナス電荷の陽子。
思いっきり大雑把に言うと、
 電子と陽子でできているのが物質
 陽電子と陽子でできているのが物質
粒子と粒子(物質と物質)が衝突すると消滅(エネルギーが他の粒子に変換)する現象が対消滅(ついしょうめつ)。

Photo_20211231091101
こんな喫茶店で、読み始め。

宇宙の創成期、粒子と粒子は、対称的に同数あったと考えるのが自然。
なのに、なぜ我々の宇宙は対消滅せず、物質に満ちているのか。
物質はどこへ行ったのか。

'08年のノーベル物理学賞は、
 ・自発的対称性の破れの発見(南部)
 ・CP対称性の破れの発見(小林・益川)

宇宙の創生は対称ではなかった。
対称性の破れ〟があって、物質が残った。
小林・益川理論が提唱されてから30年を経て、実験的に理論が証明される。
KEKがそれに大いに貢献した。

読了は、昨夕。

本書の執筆は6人の物理学者によって。

第三章は「小林・益川理論を検証せよ」。

KEKの加速器で、電子と電子を衝突させ、理論の検証実験を始める。
対称性は、はたして破れるのか。
理論通りに破れれば、小林・益川のノーベル賞受賞は確実。
実験チームは、実験を成功させ、小林・益川にノーベル賞を受賞してもらおうという思いを共有する。

その一方で、著者はこうも言う。
理論のほころびを明らかにしても、ノーベル賞級の発見。
理論とは一致しない現象を見つけたいという矛盾した気持ちもあった、と。

| コメント (10)

謹賀新年

明けましておめでとうございます

旧年中は、オカでも沖でも山の中でもネット上でもお世話になりました。
今年も、旧年と変わらぬ お付き合いのほど よろしくお願いいたします。

薄雲を通して日差し。

今日は、旧暦の11月29日。
旧暦の月末に近い。
なので、ほとんど欠けた月は太陽の右30°くらい、ほぼ同高度にある。
雲があって見えないのではない。
雲がなくても、太陽の光が強すぎて、その細い月を見ることができない。

見えたり見えなかったり。
基準次第、視点次第。
いやいやいや、話を面倒にするのはやめよう。

今年も、
 見えるものが見えなかったり
しながらも、
 見えるものが見える
という、当たり前の楽しい日々を過ごせそう。
過ごすつもり。

昨年中のあんなことやこんなこと
         ↓↓↓
20220101_20211231001001

| コメント (4)

« 2021年12月 | トップページ | 2022年2月 »