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2019年2月

2019年2月24日 (日)

冬山を歩く 11

好天。
南寄りの風。
春をよぶ風だが、それが強く、我が小船では沖に出られない。

山へ。

 登り:西尾根コース
 下り:水元沢コース

01【画像:1枚目】
ペトトル川の源流をひとまたぎ後、登りに取り掛かる。

【画像:2枚目】
雪は締まって堅く、歩きやすい。

西尾根825メートルピークより望む山頂。

02

【画像:3枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は氷点下3℃。

強風。

【画像:4枚目】
水元沢コースへ至る広い斜面に立つ孤立木。

この斜面、夏はヒトの背丈を超えるササで視界が閉ざされる。
雪に埋もれた今、そのササは靴底の下。

トレース(足跡)無し。

03_2

【画像:5枚目】
倒木のアーチは、水元沢コースの重要ランドマーク。

向こうへ しばらく進んで、急斜面を下りて沢に出る。

見上げると、樹間に青空。

冬の静寂。

【画像:6枚目】
鷲別川を渡渉する。

この先、ひとまたぎでかわす小さな流れがある。
そこで下り斜面は終わり、登り返して200メートル高度を稼ぐ。

山歩き時間5時間00分。
16709歩。

飲食なし。

Gpslpg

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2019年2月20日 (水)

『本願寺はなぜ東西に分裂したのか』を読む

神社。
信徒は氏子(うじこ)。

寺。
信徒は檀家(だんか)。

檀家と呼ばずに、門徒(もんと)と呼ぶ寺がある。
真宗と浄土真宗の寺。
北海道に多い寺だ。(注1)

京都駅で新幹線を降りたら、駅構内を横断して京都駅の表口に相当する中央口から出る。
5分も上ル(あがる:北上する)ことなく大きな寺の境内に行き着く。
そこが、真宗(大谷派)の本山、東本願寺(お東:おひがし)、門徒の寺。

そこで90度左に向きを変え、西に入ル(いる:進む)こと、せいぜい5分で、やはり大きな寺の境内に行き着く。
そこが、浄土真宗(本願寺派)の本山、西本願寺(お西:おにし)、門徒の寺。

 

Honganjiこんな喫茶店で読み始め。

浄土真宗の宗祖は法然を師とする親鸞。
親鸞没後300年。
親鸞から数えて十代のちの十一世宗主の顕如(けんにょ)の頃、16世紀後半。
戦国時代。
門徒の武装力は、戦国大名並みにまで大きくなっている。

実際、顕如らは、織田信長に対して一歩も引かない抗争を10年以上も続けている。
本願寺が石山にあった時代で、本書の始まりもここから。(注2)

その後、
・雜賀(さいが:和歌山市)の鷺森(さぎのもり)
・和泉の貝塚(大阪府貝塚市)
・大坂中島天満(てんま:大阪市北区)
と移り(移らされ)、現在地の京都へ。

本願寺が東と西に分かれていく過程は、信長・秀吉・家康らが天下人を目指す争いと強く関係する。
裏付け資料の紹介が丹念で信頼性のある考証が続くのだが、私の知識ではついていけない(^^;

大変に読みづらい。
辞書必須。
近畿地方の地図必須。

本夕、読了。

京都の歴史は深い。
その深さの中で、建立が16世紀の終わりから17世紀初頭にかけての東本願寺・西本願寺は つい最近の寺院。
だから、観光者として京都を歩くヒトの ほとんどは東本願寺・西本願寺をスルーする。

しかし、実は まだ若く枯れ切っていないからこそ、20世紀、21世紀の現在の本願寺には大変に興味深いものがある。
それが整理された形で書かれるのは、300年後なのだろうが・・・


(注1)

寺の数だけでいうと、北海道で最も多いのは、真宗(東本願寺)。
次が曹洞宗。
その次が浄土真宗(西本願寺)で、その次に日連宗と続く。

北海道の寺は、入植者の出身地の菩提寺とリンクしているはず。
入植者の多くは東北・北陸の出。
そこでは、上記の宗派の信徒が多かったのだろう。
 
新十津川は奈良県からの入植者によって開かれている。
新十津川に、曹洞宗、日蓮宗の寺はない。
真宗3寺、浄土真宗1寺、そして真言宗の寺が2寺。
母村である奈良十津川村の歴史は面白そうだ。

伊達家の菩提寺は臨済宗。
しかし、伊達市内に臨済宗の寺はない。

これらについて、私なりの歴史観がないわけではないが、政治だとか思想だとか宗教だとかということを語るのは拙ブログの芸風ではない(^^;

(注2)
大阪城公園内。
大阪城天守から南へ5、6分。
1辺15センチばかりの石の角柱がたつ。
高さ1メートルちょっと。
この石柱の前に立ち止まる人は ごく少ない。

しかし、本願寺を語るのに ここは知っておかねばならない地。
石柱に彫られている文字は、『石山本願寺推定地』。

門徒らが信長との抗争の拠点としたところで、顕如の時代になって、ここから本願寺が東と西に分かれていく。

〝石山〟とは大阪市中央区の旧地名。
すでに江戸期には、その名称は消えていたようだ。

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2019年2月17日 (日)

冬山を歩く 10

1月3日が、直近最後の山歩き。
体がすっかりナマった。

冬の山の強風にさらされ、ナマった体を目覚めさせたい。

 登り:冬コース
 下り:夏道コース

19021701【画像:1枚目】
冬コースの雪は締まって沈まない。

樹林帯を抜けると、左から強風。
雪が舞い、体に当たる。
ジャケットのフードをかぶり、風に耐える。

小さな犬。
しかし、ついに、彼(女)らに、追いつけず、差は広がるばかり。

負荷を増やすためにザックに入れていた4リットルの水を、早々に捨てた(^^;

【画像:2枚目】
室蘭岳山頂にて。

里はプラスの気温。
山頂寒暖計は氷点下9℃。

19021706【画像:3枚目】
雪化粧のダケカンバの樹列に沿って、夏道に入る。

この山で一番使うヒトの多いコースだが、トレース(足跡)なし。
こちらは沈む雪。
大変に歩きづらい。

後ろからヒトの声が聞こえる。
が、振り返っても人影見えず。

再び、声。
振り返る。
人影見えず。

三度(みたび)、声。
振り返る。
人影見えず。

木に強風が当たって、ヒトの話声のように聞こえるのだ。
と、解釈したが、私の頭が変調していたのかも。

【画像:4枚目】
ヒュッテが見える頃、日が見えてきた。
下りてから、空が明るくなる。
山歩きでは、よくあること(^^;

山歩き時間2時間40分。
10265歩。

飲食なし。

さて、ナマった体が目覚めたか。
いや、まだまだ(^^;

Gpslog

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2019年2月11日 (月)

『マタギ』を読む

『漫画アクション』は第1・第3火曜日の月2回の刊行だが、創刊の'67年から'03年までは週刊だった。
この週刊時代の『漫画アクション』に、'73年10月から'75年3月まで連載されていたのが『マタギ』。
作者は矢口高雄。

30年ほど前に愛蔵版が出版されているが、重版の発行はなく すでに絶版。
今となっては 『マタギ』を読むのは難しい。
ところが、一昨年、山と渓谷社から文庫版で発行された。

Matagi_2こんな喫茶店で読み始め。

マタギたちが、単発のシロビレ(鉄砲)を背負いイタズ(ツキノワグマ)を追う。

猟場は、秋田県、奥羽山脈。
猟期は、山に雪が降る頃。
イタズがそろそろ穴にこもる頃。
あるいは冬を越して、山にベコノシタ(ミズバショウ)が芽吹く頃。
イタズが穴から出てくる頃。

マンガ。
マンガだから 許される表現がある。
その許される表現をマンガというのだ、と言えば、それまで。

マンガだから できる表現がある。

本夕、読了。

札幌の紀伊國屋やジュンク堂には山と渓谷社からの出版本をまとめた書架があるのだが、本書に限って いつも欠品。
Amazonからの入手かなァと思っていたが、室蘭市内のTSUTAYAにあった。

都会の本屋に『マタギ』がない。
本屋のマンガ本の書架の前に、子供たちがいない。
沖には若い釣師がいない。

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我が心も結氷(^^;

沖にも山にも行かない週末が続いた。

1月14日が、直近 最後の釣行。
1月3日が、直近 最後の山歩き。
すっかりナマった体に山の冷気を浴びせ、心拍数を上げ汗をかくべき頃だ・・・

が、強かった北西風が今朝は穏やか。
てことで、ナマった体の作り直しは あと回し。

マリーナのクレーンの稼動を待ち、8時、出航。

190211【画像:上】
寒い日が続き、室蘭港も波のない海域では結氷。

【画像:下】
地球岬を左手 正横に見るまで、あと数分というところで・・・

ン、船尾に違和感。
しばしの漂流ののち、帰港。

一投もできず。

港が結氷。
我が心も結氷(^^;

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2019年2月 9日 (土)

『歴史から消された兵士の記録』を読む

やってみせ
言って聞かせて
させてみせ
ほめてやらねば
人は動かじ(注)

以上は、帝国海軍トップだった山本五十六の言葉だと伝えられている。

彼は、前線基地の視察を目的にソロモン諸島を空路移動中、米軍機に襲撃されて死亡する。

その山本五十六戦死の報に触れたとき、
「ざまァ見やがれ」
「バカ野郎」
と言った帝国海軍々人たちがいたという。

言ったのは、沈められるために出て行くのと同然の命令を繰り返し実行させられていた輸送艦隊員とその護衛艦隊員だったことを、著者は取材から得ている。

「ざまァ見やがれ」 と言った者らの気持ちとしては、
山本五十六は、
 一度も、戦場で指揮を執ろうとしなかった
 ヒトに〝させて〟も、
 自分で〝やってみせ〟たことがない
そんな「バカ野郎」だから、「ざまァ見やがれ」な死をとげるのだ、ということなのだろう。

山本五十六を英雄とするヒトがいる。
山本五十六を悲劇の提督とするヒトがいる。
山本五十六をバカ野郎というヒトがいる。
歴史に残る者でなければ、
英雄とも
悲劇の提督とも
バカ野郎とも
言われはしない。

 

Recordこんな喫茶店で読み始め。

副題が、「無名戦士が語る最前線の実相」。

〝無名〟とひとくくりにされた兵士たちが、血を流す。
死ぬ。

歴史に残るヒトは極めて まれ。
ほとんど全てのヒトは、歴史の中のその他大勢。
〝無名〟、〝その他大勢〟の側に我々はいる。

本書は、
 イヤならやめる
 イヤなら逃げる
ということには絶対にならない、〝させられ〟、〝動かされた〟兵士たちの話。

〝無名〟、〝その他大勢〟は、
〝歴史から消される〟のではなく、〝歴史に残らない〟だけ。

〝歴史から消えてゆく〟兵士らの話。

本夕、読了。

(注)
ここまでは有名。
続きがある。

話し合い
耳を傾け
承認し
任せてやらねば
人は育たず。
やっている
姿を感謝で見守って
信頼せねば
人は実らず。

スローガンでヒトが動くかというと、そんな単純なものではない。
かと思えば、スローガンでヒトは動く。
スローガンでヒトを死に至らすこともある。

ヒトは言葉を持つ。
言葉を持ったヒトというのは、難しいイキモノだ(^^;

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2019年2月 3日 (日)

『USAカニバケツ』を読む

書いたのは、週刊文春に連載中の『言霊USA』の著者。
弊ブログでも、このヒトの著書を記事 ( 『マリファナも銃もバカもOKの国』を読む) にしたことがある。

副題は、『超大国の三面記事的真実』。

米国のあれやこれやを書いたもの。
著者の滞米期間が7年となる頃、20世紀の終わりから21世紀初頭の米国を書いている。

 

Usa_2こんな喫茶店で読み始め。

This is very, very, American.
(実にまさにアメリカ的だ。)
というフレーズが出てくる。

ホワイトトラッシュ(プアホワイト:貧乏白人)
ドラッグ
教会
音楽
ギャンブル
映画
雑誌
犯罪
プロスポーツ
等々・・・

〝very, very, American〟を本著者は、
〝何もかも派手で、バカでかくて、実は全部にせもので、裏側はカラッポ〟
と訳す。

本夕、読了。

ダメな環境から逃れられず、ダメな環境に居続けなければならない者が多いのは、別に米国に限らない。
こんな環境を〝カニバケツ〟と表現するようだ。(注)

〝カニバケツ〟では、〝足の引っ張り合い〟、〝出る杭は打たれる〟が行われているらしい。

(注)
〝カニバケツ〟という日本語はない(と思う)。

〝カニバケツ:crab bucket〟は米語。

以下は、 Urban Dictionary(米国人が運営している俗語辞書サイト)からの抜粋。

A crab bucket is what it is: crabs in a bucket.
When a single crab is put into a lidless bucket, they surely can and will escape.
However, when more than one share a bucket, none can get out.
If one crab elevates themself above all, the others will grab this crab and drag'em back down to share the mutual fate of the rest of the group. 

 

〝カニバケツ〟とは、バケツの中のカニのことをいう。
フタのないバケツに1匹だけ入れられたカニなら、確実に逃げることができるし、逃げることだろう。
しかし、バケツの中に何匹も入れられた場合は、1匹も逃げ出すことができない。
1匹のカニが他のカニの上に乗り上がろうとすると、ほかのカニがこのカニを引きずり下ろし全部のカニが同じ運命を共有することになるのだ。

〝カニバケツ〟とは、
足の引っ張り合い
出る杭は打たれる
キジも鳴かずば撃たれまい
みたいなことの比喩のようだ。

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