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2019年1月24日 (木)

『珍品堂主人』を読む

著者は井伏鱒二。
〝珍品堂〟とは骨董商の屋号。

骨董を通じて目をかけられた資産家に引き立てられ、高級料亭の支配人となる。
やがて、そこを追われ、また骨董の世界に戻る男が主人公。

 

Masujiibuseこんな喫茶店で読み始め。

主人公にはモデルがいるようで、北大路魯山人に請われて料亭星ヶ岡茶寮(ほしがおかさりょう)を切り盛りした秦秀雄(はた ひでお)。

本書には、骨董商人としてよりも、料亭支配人としての主人公の記述が多い。
秦秀雄は北大路魯山人と並ぶ鋭い味覚の持ち主であるとともに、ヒトをもてなす技を持っていたヒトだったよう。
本書内にも、下げられた器の中を見て、料亭客が何を好み何を好まないかをカードに整理し、次回以降の来訪に備える気のつかい方が表現されている。

著者の井伏鱒二も旧家の息子で、食にも骨董にも強い人物だったが、主人公の力を描き切れるほどの舌・目を持っているわけではない。
だから、主人公の、
・皿・器の調達
・接客女中の採用
・味噌・ネギの購入先への訪問
などの記述に、著者の苦労が読み取れる。

本夕、読了。

骨董品がホンモノかニセモノか。
ホンモノなら、どれほどの値が付くのか。

本書巻末の白洲正子のエッセイ「珍品堂主人 秦秀雄」に、骨董品の値踏みを生業とした秦秀雄の素顔が描かれている。
オンナに目がなく、手も早い。

美しいモノをカネで評価できるのが、資本主義経済の便利さ。
美しいモノをカネで評価するのが、資本主義経済の悲しさ。

悲しさを知る者が、一流の骨董屋、オンナたらしになれるのならば話は美しい。
が、ニセモノと知っていながら、それを売りさばくみたいな汚い商売も彼はした。

ただし、オンナに使うカネはすこぶるキレイ。
〝これは〟と感じ入った骨董には、工面してカネをつくり自分のものにする。

美しいモノには、〝惜しみなく〟カネを使う主人公の生き方が見事。

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コメント

愚生如きの井伏鱒二といえば、なんと言っても竹竿の釣り、広島はあのせまっ苦しい鞆の浦の釣り、初心者の太宰治との釣り、そして開高健との釣りetcが、貴ブログより脳裏に浮かびます。

ありがとうございます。

その開高健著の、或いは読破されていることとはおもいますが、何某をもじったタイトル「完本 私の釣魚大全」の中に登場させている老師/井伏鱒二、いわゆる師匠と弟子の釣行、語らい・・・(p243)が書かれております。

両者ともに、極めた者だけが知るであろう、ホンモノの味わい、それが釣り、美食、骨董、女・・・、最高の人生を説いて、否解いておりますね。

ご無沙汰しております。

本年もkonchann様にとって、味わい深き年でありますよう、願っております。

投稿: 3 | 2019年1月29日 (火) 18:27

与作さん、こんにちは
お久しぶりです。

井伏鱒二と言えば、我々には何より先に〝釣り〟ですね。
弊ブログでも、以前に、  『釣師・釣場』を読む  と題して記事にしています。
http://kon-chan.cocolog-nifty.com/konchans_logbook/2015/01/post-8989.html

「完本 私の釣魚大全」は私も読んでいます。
おっしゃっているのは、『井伏鱒二氏が鱒を釣る』のことですね。
この本の『戦艦大和はまだ釣れないこと』と『ツキの構造』の章に、左下隅を折ったページがあります。
今 読み返して、なぜ折ったのか理由が分かりません。
私の読書の程度のほどが知れますね(^^;

確かにこの二人は極めています。
極めた人が描写するホンモノは、それが人間関係であれ、食うことであれ、もちろん釣りのことであれ、ページをめくる手が止まりませんね。

投稿: KON-chan | 2019年1月29日 (火) 20:59

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