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2018年9月21日 (金)

『喪失』を読む

古い本。
福田章二の1959(昭和34)年の著作集。

著者が大学1年生になる春休みに書いた『蝶をちぎった男の話』
著者が大学2年生になる春休みに書いた『喪失』
の短編2本と、
著者が大学3年生になる春休みに書いた『封印は花やかに』
と題された中編がおさめられている。

Forfeitureこんな飯屋で読み始め。

『封印は花やかに』の発表から10年の沈黙ののち、本著者が庄司薫の筆名で発表したのが『赤頭巾ちゃん気をつけて』。

時系列を逆に、この『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読んでから、本書を読むべきだろう。

本書に描かれているのはとがった青春。
舞台は〝いかにも〟のハイソな世界。
対して、『赤頭巾ちゃん気をつけて』に描かれているのは、清潔でスマートな青春。

とがった青春にしても清潔でスマートな青春にしても、都会のイカした学力優秀生の青春。
例えば、
 ・鼻づまり
 ・居眠り
 ・試験前の一夜漬け
 ・立ち小便
 ・水圧の低いシャワー
 ・生活習慣病
などというカッコの悪い描写は出てこない。

都会のイカした学力優秀生でなくては得られない世界を、都会のイカした学力優秀生が描く。
そこに違和感はないのだが、さて、著者自身は平常心でいられたのだろうか。

年を重ねた自分が、自分の〝若さ〟を振り返って見る景色は まァ何とカッコの悪いことか。
我々でさえそう思うのだから、著者の思いは いかばかりかと。
だから、〝スマートな青春〟を書いた著者は、〝とがった青春〟を描いた時代の自分自身を大いに恥じたに違いない。

さァ、しかし。
若いヒトも、ご老体も、ンなことで恥ずかしがっているようでは、自意識過剰。
自分が思っているほどには、 はたのヒトはアンタに関心なんぞを持ってはいないって。

本夕、読了。

『赤頭巾ちゃん気をつけて』は映画化されている。
主人公の薫クンを演じたのが、現東映会長の岡田祐介。

俳優としての岡田祐介と小説家としての庄司薫は、見かけ・雰囲気がよく似る。
が、大学生の福田章二と小説家の庄司薫は同一人物だが、雰囲気が大きく違う。

福田章二が、大学生の福田章二を〝演技〟していたのか
庄司  薫が、小説家の庄司  薫を〝演技〟していたのか
両方だろう。

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