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2018年9月13日 (木)

『フォト・ジャーナリストの眼』を読む

大手通信社にスタッフカメラマンとして採用されるも、海外特派員となる機会を得られないことを理由に退社。
フリー記者となり、
  ・内戦のエルサルバドル
  ・紛争のアフガニスタン
  ・貧困のフィリピン
そして、
  ・もうひとつの日本
と取材していく。

Photojournalistこんな喫茶店で読み始め。

取材対象は、戦場。
やがて、戦場から人間へ。
さらに、ひとりひとりへと。

著者は、
「こんな思いを込めて撮った」
「あえてこんなアングルでシャッターを切った」
みたいなことを言わない。

プロフェッショナルのフォト・ジャーナリストの眼で切り取った、
「信仰」の悲しさ
「努力」の悲しさ
「希望」の悲しさ
「病気」にさえある格差
「運命」にさえある格差
「自然」にさえある格差
のショットだ。
何も言われなくとも、写真の意図が浮かんでくる。

写っているすべての〝死〟が切ない。
写っているすべての〝生〟も切ない。

今夕、読了。

著者は言う、
ジャーナリズムの「善意」を信じていた。
ジャーナリズムには世界を変える力があると信じていた、と。

著者の撮った、
 子供
 兵士
 病人
 死者
 労働者
 笑う人
 酔う人
 歌う人
 泣く人 ・・・
は、しかし、歴史の中の誰でもない ただのヒト。
著者の写真も記事も、世界を1ミリも変えはしない。

著者は、こう書く。
…、炎天下の地面に座りこんでいた手足の痩せ細った少女。
「難民らしい絵になる」と思った私が彼女にカメラを向けた時、その少女がこちらを見て、ニコリと笑った。
「厳しい写真」、「難民らしい写真」ばかりを撮ろうとしていた私は、そんな自分が恥ずかしくなった。…

それも、ジャーナリストの眼で見た現実だ。

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