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2018年3月

2018年3月31日 (土)

雪山を歩く 1

気温は高く、空は青。
沖に出て出られないこともなさそうで、あんな艇やこんな艇は出たンだろうが・・・

山へ。

 登り:水元沢コース
 下り:西尾根コース

18033101【画像:1枚目】
山に、もう雪は降らないだろう。
ということで、表題を、『冬山を歩く』から『雪山を歩く』に変えた。

腐ったザクザク雪で、大変に歩きにくい。
雪でおおわれていても、植物の生活熱のせいなのか地面上の枯葉の腐食熱のせいなのか、雪中に空洞ができている。
踏み抜くと太ももまで埋まるが、その場所を予測できない。
足の踏み出しを慎重に慎重に。
ではあるが、踏み抜き、6回(^^;

滑滝にて。
滝も壺も開いた。

この左の急斜面を登って、谷から尾根に出る。

【画像:2枚目】
596メートルコルにて。

室蘭岳山頂は、このコブをかわした向こう側。
ここから、300メートルちょっと高度を稼ぐ。

18033102【画像:3枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は5℃。

「室蘭山岳救助隊」のザックカバーが見える。
室蘭山岳会のスキーツアーパーティだろう。

【画像:4枚目】
山頂から見る室蘭港。
モヤって眺望が悪い。

18033103_2

【画像:5枚目】
山頂より見る西尾根825メートルピーク。

画像奥は噴火湾なのだが、モヤで海が分からない。

【画像:6枚目】
ペトトル川の源流をひとまたぎしたあと、2万5千分1地形図の等高線を3本登り返す。

樹間に白鳥ヒュッテの赤い屋根が見えてきた。

山歩き時間4時間30分。
20391歩。

飲食なし。

Gpslog

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2018年3月28日 (水)

本日、ボーズ(^^;

良ナギ。
正午、出航。

室蘭がロケ地の映画、『モルエラニの霧の中』第一部の公開は一昨年。
私はこの映画を見ていない。
と言うか、『モルエラニの霧の中』という映画の存在自体、つい1週間前には知らなかった。

18032801【画像:1枚目】
室蘭水族館北側には、臨港道路の祝津絵鞆線を挟んで〝道の駅みたら〟や〝室蘭温泉ゆらら〟や〝エンルムマリーナ〟が建っているが、元々そのあたりは海水浴ができた遠浅の海。

画像奥に見えるのは大黒島。

水族館には船着き場があり、大黒島や本輪西に船が通っていたという。

今はオカと大黒島の間に防波堤が築かれているが、小型船が通過できる切り割りがあるから、船か泳いで渡るかしないと大黒島には上がれない。

ということとは何の関係もないのだが、KON-chan号に、映画監督、男優、カメラマン、撮影助手とを乗せて大黒島へ。

どういう経緯があったのかは、さておいて。
本日、上記作の第二部に当たる『モルエラニの霧の中 冬の章』の撮影に協力することに。

【画像:2枚目】
大黒島に向かうKON-chan号船中で、カメラレンズが男優に向けられる。(注1)

北海道開発局の港湾業務艇〝みさご〟が女優・撮影スタッフ・撮影資材を乗せて、我が艇の後ろから。(注2)

〝みさご〟からは、我が艇にレンズが向けられている(らしい)。
大撮りでは、芸がない。
波と島と山と工場と、そして白い航跡が見えるよう、思いっきり引いたカットを期待したい(^o^)

と、オイラ、監督気分(^^;

大黒島の桟橋に、もやいを取る。

18032802【画像:3枚目】
ロケ風景。

青ジャンパーの若い俳優が演技中。

【画像:4枚目】
先の日曜日。
貧釣果で帰ったその日に、脚本を渡された。

こんな喫茶店で、読み始め。

監督の頭には映像イメージがあるのだろうが・・・
物語を作るというのは、やはり特別な才能のなせるワザ。

私には全くイメージできず(^^;

映画の完成には、今年いっぱいを要するらしい。
公開されたら観ようと思う。

本日、ボーズ(^^;

(注1)
オイラ、俳優としてスカウトされたンだとすっかり勘違い(^^;
女優も来ている。
もしかしたら、カラミがあるかも。
ってんで、今朝は風呂に入って入念にヒゲを剃って家を出た。
ってところが、イヤらしい(^^;

オイラには一瞬もレンズは向けられず(^^;

(注2)
以前、私はこの港湾業務艇〝みさご〟に乗船している。
'10年9月のことで、その時のことは、拙ブログに〝登別漁港祭りで『みさご』に試乗〟という記事にして掲載した。

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大黒島を登る

大黒島は国内でこそ地元の者しか知らない無人島だが、海事に携わる者にはオルソン島として国際的にその名と位置を知られている島。
上陸には、当局の許可が必要。

18032803_3【画像:上】
左手前、恵比寿島。
防波堤の先、大黒島。

春がすみ。

18032803_4

【画像:中】
島頂にて。

釣行時、大黒島灯台を右上に見上げて防波堤を出る。
海上から見るぶんには美しい灯台なのだが、灯を消して既に40年を超える。

廃墟。

【画像:下】
ペリー率いる米国艦隊の日本来航は、1853年。
それより60年近くも早い1796年、英国船が噴火湾に入っている。

その際、事故死した水夫を埋葬したのが大黒島。
オルソン島は、水夫の名前に由来している。

枯れ草の向こうに見えるのがハンス・オルソンの墓碑。
灯台を向いてたっている。

Gpslog_2

山歩き時間25分。
2629歩。

飲食なし。

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2018年3月26日 (月)

『マリファナも銃もバカもOKの国』を読む

マリファナも銃もバカもOKの国とは、米国のこと。

著者は、映画評論や米国の世相をルポルタージュするフリーライター。

Usaこんな喫茶店で読み始め。

本著者は、日本で雑誌の創刊・編集などに携わったのち渡米。
すでに滞米20年ほど。
本書には、それほどの時間 住み続けた米国が書かれている。
見る対象は米国人には当たり前のこと。
よって、ガイド本やネットでは拾えないことばかり。

通りすがりだからこそ、旅だと言え、旅情が生まれる。
が、住んでいる者は生活者、そこで生きねばならぬ。
旅は書けても、生活者、生き方を書ける人は滅多にいない。

米国の生活者、生き方が本書には書かれている。

営利目的ではないマリファナ・大麻の使用や所有は罰しない。
そんなことにいちいち対応していたら、ムダに税金が使われるだけ。

独立戦争最初の激戦地はバンカーヒル。
英国正規軍を迎え撃ったのは素人集団の民兵。
国民の銃を所持できる権利は、ここに始まる。

プロバスケットボールチームのオーナー(白人)が、チームの主力黒人選手らをさして「ヤツラを食わしているのはこの俺だ」と。
それら差別的発言に、彼はプロバスケットボール界から追放されるが、他チームのオーナー(白人)がこう言って彼を擁護する。
「この国ではバカでも許されるんだ」

本夕、読了。

本書は、週刊文春に『言霊USA』として連載が続いているコラムの、'14年3月から'15年3月分までを収録したもの。
日本で生まれ育ち教育を受け36歳で米国に渡った著者は、米国生活者の目で米国の路地を見、米国の空を見る。

しかしと言うかやはりと言うか、異邦人の目で米国の路地を見、米国の空を見る。
だから、全てのコラムにおいて最後の一文が日本人の視線。
この最後の一文を書かなければ最上級のコラムになるのに、書かずにはいられない。

釣師の書くブログも最後の一文が余計なのに、書かずにはいられないのと同じ(^^;

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2018年3月25日 (日)

時合を外したか(^^;

昨日は、所用で札幌。
で、今日の出航は、マリーナの営業開始合わせ。

8時00分、出航。

19032501【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖根。

【画像:下】
アッチの海域で竿を出した艇は、3人で竿を出して船中150尾を超したンだと。

コッチの海域も、魚探には映る。
が、これが掛からない(^^;

ソウハチを欲しいというウチがあるので、ソウハチ海域に浮かび、根の時合待ち。

ソウハチは、食い良く、30分ほどで40枚。

再び根の上に浮かぶもスカ(^^;
時合を外したか(^^;

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2018年3月21日 (水)

解除されているが、ボーズ(^^;

休日でナギ。
いいことだ(^o^)

胆振沖太平洋におけるサクラマス釣獲規制期間中の出竿許可時刻は、日出から正午まで。
が、15日をもってその規制が解けているから、ゆっくり出てゆっくり帰ってきたらいい。

釣師(のつもり)たる者。
ンな気分じゃいけない。
早く出ることができるのなら早く出る、それに限る。

5時00分、出航。

18032101【画像:上】
今日の日出は、5時38分。

地球岬をかわし、針路90度で航海中、春分の日の太陽が昇った。

【画像:下】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

出竿時間規制は解除されている。
解除されているが、正午15分、海域離脱。

規制期間中の釣獲上限は10尾。
その規制も解除されている。
解除されているが、ボーズ(^^;

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2018年3月18日 (日)

冬山を歩く 16

昨日と変わらない風・波予報。
出て出られないことはないのだが、昨日が昨日だったから(^^;

よってもって、山へ。

 登り:水元沢コース
 下り:西尾根コース

10日の逆回り。

厳冬期仕様だった山装束から1枚脱いだ。
春秋装束に、プラス防風ジャケット。
イン・アウト2重仕様だった手袋も、1枚モノに変えた。

01【画像:1枚目】
朝早くに入山したソロ登山者がいたようで、アイゼン跡が見える。

スノーシューを背負ってきているが、締まった雪で沈まない。
私もアイゼンで。

700メートルから上は、カリカリ雪。
氷化した雪を、アイゼンの爪の噛む音が頼もしい。

この斜面を上り詰めれば山頂。
無雪期はササの濃い斜面。
その斜面を斜めに登れば脚への負担が減るのだが、直登(^o^)

【画像:2枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は氷点下1℃。

晴れの予報だったが、ハズレ。
一瞬の日差しもなし。

03【画像:3枚目】
山頂から、来し方を振り返る。
画像中央に見えるコブの裏から、高度を上げてきた。

画像奥は、太平洋。
あの水平線の向こうがサクラマス海域。
風・波は西から東。
つまり、右から左。
だから、海岸寄せる波は穏やか。
昨日は、これにだまされた。
マス海域は、右から左への深い波だった(^^;

【画像:4枚目】
樹氷はほとんど見られない。
この枝をくぐって西尾根へ。

04

【画像:5枚目】
西尾根から見る室蘭港。

本船の汽笛が聞こえた。
長音一発。

【画像:6枚目】
ペトトル川の源流をひとまたぎ。

山歩き時間4時間00分。
16006歩。

飲食なし。

Gpslog

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2018年3月17日 (土)

水深ゼロメートルの釣り

日出は5時45分。
その頃には もやいを解きたかったのだが、朝イチに野暮用。

ってことで、出航は9時を回った。
北西風、強い。

防波堤を出ると、白波。

20180317【画像:上】
イタンキの丘から見た胆振沖太平洋はナギだった。

だった。

マス海域に近づくと更に風が強くなり、従って波が深くなり立っていられない。
釣りにならない(^^;

ならないが、仕掛けを入れた。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

【画像:下】
サルカンが海面上に見えるところで、リールの水深カウンターをゼロリセット。

と、竿先がクックッ。
リールのカウンターゼロメートルで、サクラマス(^o^)

2投目。
15メートルでスケソ。
3投目。
15メートルでスケソ。

胆振海区におけるサクラマス釣獲規制は3月15日で解除。
正午までだった出竿時限も解除されたわけだから、海域離脱時刻も制限なし。
しかし、海況が釣りの継続を許さない。
4投目はなかった(^^;

往航、1時間10分。
帰航、2時間30分。

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2018年3月14日 (水)

『世界を変えた暦の歴史』を読む

ヒトが暦を必要とし、それを作り上げてきた話。

Calendarこんな喫茶店で読み始め。

「作戦開始はヒトハチマルマル(1800)。 時計を合わせよう」
なんていう、局所・局時的な暦の同期作業は、ヒゲゼンマイとテンプの機械式腕時計の時代を舞台とする戦争・アクション映画でよく見るシーン。
今どき、年月日時分の狂ったパソコンを使っているヒトは滅多にいないが、今どきでなかった頃、同期の取れていないコンピュータは珍しくなかった。
だから、システムの暦(時刻)を合わせる作業はフィクションの世界でなくてもあった(現在でもある)。

UNIXをOSに採用しているシステムは多いが、その暦を知ると、ヒトの考える時間の短さに情けなさを感じたりはしまいか。

GPS衛星から得る暦は高精度。
一方で、高度に発達した文明世界の話の銀河標準暦(スターウォーズ)、宇宙暦(スタートレック)のいい加減さ。
多分、監督でさえ、1日の定義を言えないのではなかろうか。

紀元前6世紀の古代ギリシャでは、すでに日食を予測できていたという。
はるかに時代が下った邪馬台国(2~3世紀)では、暦も時刻も、どころか、四季の観念もなかったことが魏志倭人伝に記されていることが本書で紹介される。

日本では5世紀中頃になって大陸の暦を知る機会を得る。
その暦の作成のための天文測定手順や暦の運用方法を記したマニュアルは数冊に及ぶものだったらしい。

暦を作るのは、大変に難しい。

今現在を生きる我々が、過去200年分の天体観測データと自由に使える10000日間を与えられたとして、5世紀の知恵に届くどころか、紀元前6世紀の古代ギリシャ人の知恵にも、いったいどれほどのヒトが肩を並べられようか。

本夕、読了。

私は釣師のつもり。
だから、釣行日の月齢(潮)はチェックする。
が、〝つもり〟が後ろに付く自称釣師だから、月齢を釣果に結び付けられたことは一度もない(^^;

胆振海区におけるサクラマス船釣り釣獲規制は、12月15日から明日3月15日まで。
今度、KON-chan号がサクラマス海域に浮かぶ日は規制解除後ということになる。

釣師のつもり。
今日が何月で何曜日なのかは知っているけれど、今日が何日なのかを即答できないことしばしば(^^;
ナギなら、大みそかでも元旦でも沖に出ていくオイラ(^^;
だから、春分とか夏至とか3月15日とかは全然 関係ない。

釣師に暦は不必要・・・

ナギの休日、でもってサカナの掛かる日、それが我が好日(^o^)

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2018年3月11日 (日)

ホッの釣り

昨日は、山から下りてマリーナへ。
燃料を満タンにして、KON-chan号を下架・係留した。

今日未明、南の空に下弦の細い月。
すぐ左に土星。

日出は、5時55分。
5時30分、出航。

18031101【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

2ヶ月ぶりのマス海域。
水は澄み、やがてベタナギとなった(^o^)

スケソが濃い。

【画像:下】
スケソの魚影が切れた。
と、毛鈎を入れるのだが、数分でスケソがわんさかやってくる。
これが、デカイ。
スケソにソウハチが混じる。
毛鈎を底近くまで落とすとポンタラ。

ポンタラ1尾のみキープ。
他の外道はすべてリリース。

私のサクラマスへの釣欲は極めて控え目(^^;

 1尾も掛からなくとも、まァ、そんなもンでしょう(^^;
 1尾掛かれば、ホッ(^o^)

ホッの釣りとなった(^^;

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2018年3月10日 (土)

冬山を歩く 15

風が落ちた。
が、沖に出て行ける海況ではない。

山へ。

 登り:西尾根コース
 下り:水元沢コース

2月25日の逆回り。

18031001【画像:1枚目】
気温が上がり、木曜の昼から金曜の朝にかけて里は雨。
雪も随分減った。

だから、山も。
と、里の気象と山を単純にシンクロさせて考えてはいけない。
800メートルから上は、別世界。
むしろ、雪が増えた。

ツボ足なのだが、表面がクラスト(氷化)し締まった雪なので歩きやすい。

この樹氷の枝をくぐって山頂へ。

【画像:2枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は氷点下1℃。

ここで、雪を沸かし、コーヒーを淹れた。

18031002

【画像:3枚目】
水元沢ルートの596メートルコルへとつながる広い雪の斜面。

ウサギの足跡もない。

【画像:4枚目】
背中は鷲別川の源流の沢へ下りる斜面。

画像ずっと奥のダケカンバ。
その1本に、ツタウルシがからみついている。
これが、秋になると紅色鮮やかに。

一昨年の秋。
私が いま立っている ここに緋毛氈を敷き、ひとり野点(のだて)をするソロの女性登山者を見たことがある。
美しい秋だった。

「お前は、本当にそれを見たのか」と問われると、返答に窮する・・・
私は、まぼろしを見たのかもしれない・・・

なんぞと、白い世界で紅色の思い出にひたっていられる時間は せいぜい3秒。

このあたりから腐った雪で、どうかすると腰まで埋まる(^^;
かと思うと、右脚だけが太ももまで埋まり、左脚は埋まらない。
その逆だったり。

この先、ザックにくくり付けてきていたスノーシュー(西洋かんじき)を履いて歩いた(^o^)

北から南へと飛ぶサーブ340の双発ターボプロップ音が。
ここは、丘珠と函館を結ぶ〝V2〟航空路の ほぼ真下。

Gpslog

山歩き時間4時間45分。
16072歩。

全給水量は、
 ・150CC

室蘭岳山頂で、
 ・可否茶館 ブルーマウンテン№1 1ドリップ

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2018年3月 8日 (木)

『オッペケペー節と明治』を読む

19世紀最後の年の1900(明治33)年に録音されたレコード盤が、'95年に英国で発見されている。
いま確認できる限りでは、日本人の最古の歌声の音源だとのこと。
youtubeで、その日本人の最古の歌声を聞くことができる。(注)

歌は、〝オッペケペー節〟。

Oppekepeこんな喫茶店で読み始め。

1889(明治22)年頃から、2年ほどの内に日本中に知られる流行歌となった〝オッペケペー節〟。
その流行に大きく関わったのは、落語家で新派劇役者だった川上音二郎。
川上一座は、米国・欧州へも公演して回るに至る。
youtubeで聞けるのは、川上一座がパリ万博で公演した際の録音。

ところで、国産蓄音機の販売は1910(明治43)年。
小学校で音楽が教科として採用されたのは1907(明治40)年。
ラジオの定時放送の開始は1925(大正14)年。

〝オッペケペー節〟の流行はそれより前。
〝オッペケペー節〟は、どのように流行していったのか。

著者は、それを鉄道網の充実、声文化から文字文化への変化に解を求める。

新橋・横浜間の鉄道の開通が、1872(明治 5)年。
上野・高崎間 1884(明治17)年
新橋・神戸間 1889(明治22)年
上野・青森間 1891(明治24)年

男性の就学率、
1886(明治19)年 62%
1902(明治35)年 96%

新聞雑誌総発行部数、
1883(明治16)年    5730万部
1892(明治25)年 2億4420万部

と。

実は、〝オッペケペー節〟はネタに過ぎない。
明治とは、〝オッペケペー節〟の流行といった程度のエポックをネタにしてさえ、本を1冊書けるほどの時代であったことが本書で知らされる。

本夕、読了。

本書では触れられていないのだが、私は軍隊(帰郷軍人)による情報の地方拡散の力が大きかったのではないかと考える。
帝国陸海軍の創立は1871(明治4)年で、同時に軍楽隊も組織される。
徴兵制の始まりが、1873(明治6)年。
陸軍2年、海軍3年で兵役免除で帰郷。
それと一緒に、情報が地方に移っていったのではなかろうかと。

さて、〝オッペケペー〟とは何なのかに答えるには、

すっとこどっこい
タマゴの親じゃ、ピヨコちゃんじゃ、ピッピッピヨコちゃんじゃ、アヒルじゃガァーガァー
ずいずいずっころばしごまみそみそずい
おちゃらかおちゃらかおちゃらかホイ
やァーれんそォーらんそォーらんそォーらん
えんやらどっこいしょ

とは何なのかに答えるほどに困難(^^;

(注)
歌として残っているという意味での最古の音源。
日本人の声が録音され、その音源が日本にもたらされ再生された最初の記録はもっと早く、1889(明治22)年。
駐米公使だった時の陸奥宗光の声。

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2018年3月 4日 (日)

サンクス、Sea Dragon

週末釣師のみならず、出航日に制限のない釣師にとっても竿を出せる海況の日の少なかった2月だった。
さて、3月はどうなることやら。

風が吹く予報。
なので、今日も山を歩くつもりだった。

が、昨日 船を下架・係留、今早朝 沖に出た艇があると。

で、マリーナ営業開始の8時を待って、我が艇も出航。

180304【画像:上】
今朝の予報だと、地球岬をかわして太平洋に出る航海は ちと気持ちが悪い。

噴火湾内へ。

きょうの出竿は、こんな風景の見える海域。

見えているのは、昨日のうちに船を下架・係留し、今早朝に出航していたSea Dragon

我が艇の到着時には、すでに、30尾だか40尾だかあげていたところ。(大いに驚愕)
そのSea Dragonに誘導されて、我が艇も根の上へ。

サンクス、Sea Dragon。

【画像:下】
雨が落ちていたが、気になる量ではない。
良ナギが続いた。

13時、沖上がり。

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2018年3月 3日 (土)

冬山を歩く 14

2月。
沖に出ていける海況だった週末は、1回だけ。

3月。
始まりは荒天。
1日は雪の付いた東からの強風。
2日はそれが南から西へと回って、前日にも増す強風。

今日。
西からの風が強い。
と言っても、釣師基準で言うところの〝強い風〟。
冬の山なら 並みの風だ。

沖には出て行けない。
しかし、山は歩ける。

スダレの滝往復。

01【画像:上】
だんパラスキー場のリフト乗り場では、搬器の掘り出し作業中。

里は大した積雪ではなかったが、山は随分と積もった。
4、50センチは増えただろう。

いつもは入山口から遠い駐車場に車を入れるのだが、まだ除雪されてなく、それはかなわず。
スキー場ロッジに近いところに車を入れた。

【画像:下】
画像奥がスダレの滝。

ペトトル川にオーバーハングしているガケからしたたる水が凍る。

わずかしか歩いていないのだが、ここでザックをおろし、雪を沸かしてコーヒーを淹れた(^o^)

にしても、こういう写真を掲載するってのが〝いかにも〟で、その感覚が この上もなくイモ(^^;

Gpslog_2

山歩き時間1時間00分。
6565歩。

全給水量は、
 ・150CC

スダレの滝で、
 ・可否茶館 ブルーマウンテン№1 1ドリップ

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