« 1時間の釣り | トップページ | 『生存者の沈黙』を読む »

2018年1月21日 (日)

『楽譜の風景』を読む

ヒトの起源は何百万年も前。
その何百万年も前のヒトの持っていた五感は、現代人より鋭かったのか どうだったのか。

何百万年も前と言わず、5千年前、1万年前のヒトなら その持っていた五感は、現代人より敏感だったに違いない。

Scoreこんな喫茶店で読み始め。

ヒトに聞かせるレベルにまで楽器を鳴らせるようになるには、反復かつ長時間の訓練が必要。
何より、〝才能〟が必要。

なのに、指揮者は譜面をチョコチョコっと勉強して、長い訓練を経てスキルを獲得した楽団員の前に立って棒を振り、聴衆から一番 喝采を浴び、一番多くギャラをもらう。
だが、・・・
と、著者は書く。

楽譜を解釈し、楽団員にそれを奏でさせるのが指揮者の仕事。
指揮者自身の練習は、楽譜を前にして頭の中で演奏を繰り返すこと。
頭の中で本当に音を鳴らすことを繰り返し、曲想を高めていくのは苦しく辛いことだ、と。

暗譜して、指揮台には楽譜を持ち込まない指揮者がいる。
最初にそれをやったのは、目の衰えた指揮者。

今それをやっている指揮者は、それがカッコいいからというのが理由。
同じ理由で、著者も暗譜。

暗譜に失敗。
残り百何十小節というところで、演奏を止めてしまうという とんでもなくカッコ悪い事態に陥ったことも。

本夕、読了。

音楽の解釈は、個人の感じ方。

ゴーストライターの作った曲を、〝魂の交響曲〟だとか〝未来への予感をはらんだ交響曲〟などと賞賛して実にカッコ悪いことになった現役作曲家・作家がいた。

音楽の解釈は、個人の感じ方。
5千年前、1万年前の聴覚を持つヒトなら だまされなかった・・・とは言えないだろう(^^;

« 1時間の釣り | トップページ | 『生存者の沈黙』を読む »

コメント

こんばんわ。
洋楽も難しいですね。
和楽器もそうですが、昔からある物って
出来上がっていますので大変です。
三味線と洋楽のコラボレーションが
よく取りざたされていますが、若い方々は一時期
そういう方面に進みがちです。
ただ、民謡は指揮者が居ません。
なぜなら、伴奏は後から出来たからでしょうね。

語ればきりがないので、また今度です。
でも楽しいupでした。

来月出船します。今年も宜しくお願い致します。

投稿: きーさん | 2018年1月25日 (木) 20:28

きーさん、こんにちは

きーさんのような専門家を前にして素人の私が言うのもなんなのですが、芸能の世界は深いですねェ。
雨の正月だったので、モルエで三味線の演奏会の席に座っていました(^o^)

月が変わるまで、寒いシケの日が続きそうです。
凪いだら出ましょう。
今年もよろしくお願いします。

投稿: KON-chan | 2018年1月26日 (金) 02:13

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/48442/66287565

この記事へのトラックバック一覧です: 『楽譜の風景』を読む:

« 1時間の釣り | トップページ | 『生存者の沈黙』を読む »