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2017年8月

2017年8月29日 (火)

チングルマ雑考 2

下の記事『チングルマ雑考 1』で、
〝チングルマとは不思議な名前だ〟
と書いた。

チングルマが〝稚児車〟から来ているということを最初に唱えたのは牧野富太郎のようだ。
『牧野日本植物図鑑初版(1940年)』には、

花が小さく花弁が輪状に配列<中略>稚児車(チゴグルマ)の転訛<中略>毛をつけた果実が放射状に出ているさまを子どもの玩具の風車にみたてたものともいふ。(原文はカタカナ表記)

とある。

日本最大(と言うことは世界最大)の日本語辞典の『日本国語大辞典(小学館)』は、その権威も最上位で、広辞苑の はるか格上。
格下の広辞苑にはチングルマの語源は記載されていないが、『日本国語大辞典』には、

和名は花が小さく花弁が輪状に配列<中略>稚児車(ちごぐるま)の転訛<中略>毛をつけた果実が放射状に出ているさまを子どもの玩具の風車にみたてたものともいう。

とあり、『牧野日本植物図鑑』の丸写し。
牧野富太郎の権威の大きさが分かる。

ところで、チングルマがおもちゃの風車に似ていると言うなら、実ではなく花のほう。
おもちゃの風車は4枚羽根。
しかし、チングルマの花弁は5枚。
であれば、〝チングルマ〟の名に ふさわしいのは大きな4枚のガクのシラネアオイとか、花弁が4枚のアブラナ科だろう。

話を戻す。
おもちゃの風車だという〝稚児車〟とは、いかなるモノなのか・・・

随分調べた。
ところが、〝稚児車〟、これが見つからない(^^;

もう一度、『日本国語大辞典』に当たってみる。

〝チングルマ〟の説明文中で〝稚児車〟に触れていながら、なんということ。
同辞典全20巻中に〝稚児車〟という単語は、この〝チングルマ〟の説明文中にただ ひとつあるのみ(^^;

日本最大の漢和辞典の『大漢和辞典(大修館)』にも〝稚児車〟という項目はない。

見つけられないはずだ・・・
稚児車〟を見たことのあるヒトはいないハズ(^^;

Photo『植物和名の語源探究』を読んだ。

こんな喫茶店で読み始め。

本書の著者も〝チングルマ〟が〝稚児車〟から転訛したものだと信じて疑っていなかったようだ。

その著者が、〝稚児車〟を調べる。

著者が『牧野日本植物図鑑』と『日本国語大辞典』にあたったのは、私と同じ。
私は ここから先はほとんど前に進めなかったのだが、本書著者の調査意欲は旺盛。

結局、行き着いたのは、 稚児車という日本語はない ということ。

オキナグサ〟の富山県立山での呼び名が〝チグルマイ〟。
〝チングルマ〟の果実が〝チグルマイ〟の果実によく似る。
そこから、〝チングルマ〟へ変化したというのが本著者の結論。(注)

『日本国語大辞典』全20巻中にたった1回だけ出てくる〝稚児車〟が、Googleでは40万ヒットする。
ネットにあるのは引用に引用を重ねた拡散情報ばかり。
引用元の情報が正しければ問題はないのだが、Googleで40万ヒットする〝稚児車〟はすべてガセ(^^;

『牧野日本植物図鑑』の改訂版にあたる『牧野新日本植物図鑑(1961年)』では、

本種に果実の様子の似たオキナグサ(きんぽうげ科)の地方名であるチゴノマイのなまったものとする説が有力である


とあり、稚児車説を引っ込めている。

〝チングルマの語源が〝オキナグサ〟の地方名の〝チグルマイ〟・〝チゴノマイ〟にあるというところに落ち着きそうだ・・・

私は、しかし、この〝チグルマイ〟・〝チゴノマイ〟が〝チングルマ〟に転訛したという説に納得していない(^^;
今のところ、表に出して言えるほどの裏付けがないのだが、私なりの〝チングルマ〟語源説がある。

話は変わる。
アブラコは大変に引きのいいサカナ。
アイナメが標準和名。
アユナミ)、あるいは滑(アユナメ)を語源とすると言われる。

北海道で竿を出す者としては、この巷に流れているアイナメの語源が気にならないだろうか。

17世紀末期の書物『本朝食鑑』には、
鮎に似た形を持つことから〝鮎魚女(アイナメ)〟と名付けられた。
とあることが根拠とされることもある。

古い資料だからと、無批判にありがたがってはいけない。
これには大いに疑問に思うべきだろう。
アブラコとのどこが似ていよう。

このアイナメの語源も随分調べたが、今のところ手がかり足がかりなし(^^;

(注)
チングルマの語源には、〝江戸時代の女児の髪型の唐子髷(からこまげ)からきた〟という説があるが、これは明らかにガセ。
文字として最初に見えるのは、1825年(文政8年)出版の『物品識名拾遺』のようで〝チンクルマ〟と記載されている。

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チングルマ雑考 1

登山者にもっとも知られている花は、チングルマだろう。

本州の山だと2500メートルくらいまで上がらないと見られないと聞くが、私の見た一番低い標高は、1309メートルの徳舜瞥山から1322メートルのホロホロ山への尾根ぎわ。
北海道では、1300メートル程度から上なら見ることができそうだ。
なお、高さが15センチあるかないかの大変に背の低い木なので、ササやハイマツなどの植生の強いところでは見られない。

羊蹄山は1900メートル近い山だが、ここでは見たことがない。

背が低いので、ほぼ上から見る花。
花弁は白。
しかし、雌しべ・雄しべの黄色が鮮やかで、それが花弁の白と葉の緑と混色し、開花した群生地は薄いオレンジ色に見える。
夏の花だと言われるが、そんなことはない。
昨年9月18日、紅葉の中岳(2113メートル)からの下山中に見ている。

この木は地面を低く這って生える。

花の柄が木の幹より長い。
つまり、木の本体よりも高いところに花をつける。
そして、その全てが天を向く。

Chinguruma【画像:上】
『SNACK BAR ちんぐるま』

大雪山系への入山基地のひとつ、層雲峡温泉。
標高650メートルで見つけた〝チングルマ〟(^o^)

【画像:中】
8月27日、赤岳にて。
1700メートル付近。

画像最底辺中央、白く見える花がチングルマ。

先行者がレンズを向けているのは、ウメバチソウ。

【画像:下】
8月27日、赤岳にて。

1900メートル付近。

高度を200メートル上げると、季節が移った。

群生チングルマの結実。
薄茶の長い綿毛の実をつける。

このあと、紅葉する。
大雪山系の秋の赤は、ウラシマツツジとチングルマ。

チングルマとは不思議な名前だ。

チングルマの語源は、以下のように説明されることが多い。
〝結実したチングルマは稚児車(ちごぐるま)に似ていることから、そう名付け られた。 なお、稚児車とはおもちゃの風車(かざぐるま)のことである。〟

Wikipediaをはじめとするネット上の情報の大部分が、この稚児車からの転訛説。

しかし、
チゴグルマ(稚児車)がチングルマへと変化するのなら、
チゴユリ(稚児百合)はチンユリへと
チゴササ(稚児笹)はチンササへと
変化しなければ理屈がたたない。

さて・・・

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2017年8月28日 (月)

〝足類〟(^^;

氷を20キロ搭載。

8時30分、出航。

20170828【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

って、オカはかすんで、ほとんど見えない。

【画像:中】
17分から19分、120メートルから140メートル。

ベタ底にイカ。
イカは頭足類。

ベタ底で乗る。
が、あがってくるのは、頭足類ではなくて〝足類〟(^^;

【画像:下】
船団が形成され、出竿数が増えればサメも散ると思うが・・・

今日は我が艇のみ。
逃げても逃げてもサメが離れず、イカ付け作業にならず(^^;

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2017年8月27日 (日)

大雪を歩く

道北バスの『層雲峡・銀泉台線』は、7月初めから9月末までの3ヶ月間限定運行。
当該便の愛称は『大雪山 赤岳登山バス』。
午前1便・午後1便の1日2往復。

今日、このバスに。

層雲峡6時発、銀泉台7時着。

20170827_2【画像:1枚目】
雪渓下のお花畑。

花はチングルマ。

私は野暮天。
花を愛でるとか風景を愛でるといった感性を持っていない(^^;
しかし、この風景の中では口笛が出てこようというもの(^o^)

ヒトは誰でも作曲家になれる。
私のクチビルから出てきたのは、即興曲(^^;
再奏不可(^^;

【画像:2枚目】
赤岳山頂、2078メートルにて。

今日は、
銀泉台 → 赤岳 → 白雲岳 → 白雲岳テン場にてテン泊(注)

明日は、
白雲岳テン場 →  北海岳 → 黒岳

と歩くつもりだった。

が、高度を上げるにつれ、風が速くなる。
赤岳山頂は、霧雨、風。
この風が、猛烈。

ザックを背負っているので横からの受風面積が増えているうえに、体の重心がかなり上がっている。
なので、白雲岳に向かう尾根に出ると、ストックを使って四足になり、体を小さくして風を正面から受け、カニ歩きしないと体を倒される。

白雲岳に向かった先行者が戻ってくる。
「この風では歩けない」と。

当然、私に歩けるわけがない。
山を下りた(^^;

【画像:3枚目】
1800メートルあたり。

大雪山系の秋は始まっている。
紅葉はウラシマツツジ。

山歩き時間6時間10分。
20112歩。

給水量は、
 ・200CC

(注)
登山者は、キャンプ場のことをテン場(てんば)、テントで泊まることをテン泊(てんぱく)と言う。

Gpslog












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2017年8月23日 (水)

『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』を読む

本邦の民俗学の調査・研究手法の創案、学問体系形成のスタートは柳田國男。
大変な量の仕事をし、書籍として残している。
この柳田國男の調査対象・研究手法が上品すぎるという批判がある。(注1)

本書著者も柳田國男を批判する一人。
〝性とやくざと天皇〟を研究対象にしていないと、柳田國男を批判する。

解説を書いているのは、自らのことを下ネタ学者と称する上野千鶴子。
この人の解説を先に読んでおくと、本著者の立ち位置・視点が分かり、本文が読みやすくなる。

Sexual_overturesこんな喫茶店で読み始め。

著者は播磨の出身、関西の人。
生れたのは1909(明治42)年。(2000(平成12)年没)
本書によれば、著者が民俗調査に興味を持ったのは1923(大正12)年とあり、14歳。

調査フィールドの多くが、大正期から戦後15年くらいまでの関西の農漁村、マチの商店街。
辞書やネット検索にかからない隠語が頻出し、最初はなかなかページが前に進まない。
が、しょせんは〝性〟のこと。
20ページも読み進むと、読書スピードが上がる。

柳田國男の民俗学に対し、〝性とやくざと天皇〟を研究対象にしていないと批判する著者だが、本著者自身も〝やくざと天皇〟は研究対象にはしていない。
もっと言うと、本著者の関心ごとは〝性〟のみ。

著者の柳田國男批判は、夏目漱石は官能小説を書かない、椎名林檎は演歌を歌わないと批判するのと同じような気がしないでもない・・・

〝これはもうとても筆にも、口にも及ばぬということで、まともに公開などできるもんでない〟といったフレーズが何度か出てくる。
著者自身が、〝まともに公開などできるもんでない〟ことごとの体験者。

フンドシ祝い・若衆入り。
こしまき祝い・女の講入り。
これが、〝まともに公開などできるもんでない〟世界への入り口。

御詠歌を2節歌い、般若心経を2回唱え、さて、コトの始まり、始まりィ。

戦前の〝教育勅語〟・〝修身教育〟、戦後の〝道徳教育〟・〝性教育〟は、少なくとも著者の調査フィールド内では、何の教育効果も発揮していない。

現実が示している。
オトナが言う、「良い子はマネをしないように」、と。
アホぬかせ、マネをしないわけがないじゃろが(^^;

ムラにもマチにも、ンなつまらないことを言うオトナはいなかった。
〝筆おろし〟は12、3歳、〝水揚げ〟は早ければ9、10歳、遅くても13歳。(注2)
都市化の進む前の日本のムラ・マチの、何とおおらかなことか。

嬶(かかあ)、娘、後家、尼僧、女中等々と少年・青年との性の交流。
現代人は、それを不貞とか乱交とか不純とかと言うけれど、ムラ・マチでは全てが合意。
水子にしたのも多かったようだが、タネが誰のものであれ、嬶(かかあ)の産んだ子はその亭主の子。

田植え歌、労働歌、若衆、女講、寄合。
ムラの文化もマチの文化も全てが〝性〟につながる。
それでムラもマチも維持されていく。

本夕、読了。

現代の話。
歌舞伎界に生まれた男の子は、12、3歳になると筆おろしされるのが秘密にもなっていない話。
本書に書かれているムラのオトコの子が男になる儀式に似ている。

本書に書かれているようなことは、以前に読んだ宮本常一の『海に生きる人びと』にも書かれていた。
実際に、そういうことだったのだろう。

民俗調査で得られることが、倫理的・道徳的・規範的・教育的であったら面白くも何ともない。
そもそもにおいて、倫理とは何か。
道徳とは何か。
規範とは何か。
教育とは何か。

いかに人々が権威・規制・金銭をコケにし、愉快に生きていたことか。

(注1)

って、知ったふうなことを書いたが、私は〝民俗学〟が何なのかも、〝柳田國男〟が何者なのかも知らない(^^;

(注2)
〝筆おろし〟は男の初体験、〝水揚げ〟は女の初体験のこと。

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2017年8月20日 (日)

みたいな計算は、何の役にも立たない(^^;

夏はイカ(スルメイカ)。
イカは頭足類。
サカナではない。

スレるということがないので、居場所が分かれば、あとは手返し。

5時15分、出航。

170820今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

雲が低い。
が、雨を降らす雲ではない。

理由は知らないが、稚内沖にしかイカがいないのだと。
稚内には30隻のイカ漁船が集まり、かの地の7月1ヶ月間の水揚げ量は500トン強とのこと。

今時期のイカ1ハイは200グラムくらい。

漁船1隻当たり一晩で3000ハイの水揚げ。
イカ漁船が装備している自動イカ釣り機は20台から30台。
となると、自動イカ釣り機1台では、150ハイ。

職漁船は1日10時間は操業しているだろう。

そこまで長く釣師が竿を出すことはないから、我々の手返しのほうが効率がよさそう(に思う)。

みたいな計算は、何の役にも立たない(^^;

イカがいない(^^;

正午、沖上がり。

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2017年8月19日 (土)

『カラスの常識』を読む

車の進行方向前方にいるカラスは、車が近付くと隣の車線に避ける。
カラスは車線の意味を知っている(ような気がする)。

絵鞆のカラスは、岩壁からカラスガイを剥ぎ取り、それを高いところから落としてカラを割る。
貝殻の中には食べ物があることを知っていて、その取り出し方も知っている。
ただし、生きた貝からエサを得るには、時間が掛かる。
だから、滅多にやらない。
もっと楽をできるエサ場を知っているのだろう。

Crowこんな喫茶店で読み始め。

著者は生態学を専攻した後、番組制作会社に就職。
NHKの自然番組の制作に多く携わったヒト。

カラスはヒトに近いところに棲むから、我々の目にもよく入る。
題名の通り、内容は『カラスの常識』。
本書に書かれている程度のことは、我々をそれほど驚かすものではない。

私の読んだのは第4刷本。
4刷目なのに、著者も編集者も校正の怠慢が過ぎる。

例えば、以下。

東京23区から出る生ゴミは年間65万トン。
カラスの食餌量は1日100グラム。
著者は、「これを元に単純計算する」と書き、23区の生ゴミで、
一億七八0八万羽
のカラスが生存可能だとはじく。

ひと桁おかしい。
一七八0万羽。

ほかにも、おかしな記述がある。

本夕、読了。

教科書として使うのにふさわしいのは誤記・誤植の多い本だ、と言った教師がいた。
本も、教師の言うことにも、無邪気に信用せず、疑問を持ち、確認することで学生は鍛えられると。

教師の怠慢のような気がしないでも・・・(^^;

170819今夕、KON-chan号を下架・係留。
日が沈み。もうじき水平線から赤色が消える。

今日 出航した艇長らの言は、「いない」、「ひとアタリもない」等々。

他の釣り人の言うことを、信用せず、疑問を持ちっていう態度は、私の常(^^;
氷を20キロ搭載した(^o^)

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2017年8月12日 (土)

『その他の外国語 エトセトラ』を読む

ゴルゴ13は少なくとも20語を理解する。
これはフィクションの世界。

が、現実の世界も劇画並み。
いや、劇画を超える。
トロイ遺跡を発掘したシュリーマンは18語を話せた。
19世紀のイタリア人メゾファンティは、30語以上。

Foreign_languageこんな喫茶店で読み始め。

著者の外国語に触れた最初は我々と同じ。
中学での英語から。

言葉を得ていく過程も、ごく平凡。
繰り返し勉強するしかないのだと。

両親とも日本人。
留学の経験もない。

本書に出てくるだけでも、ロシア語・チェコ語・セルビア語・ウクライナ語・ベラルーシ語・英語・イタリア語・フランス語・タイ語・スペイン語・ドイツ語・ポーランド語・クロアチア語・スロバキア語・ハンガリー語・スウェーデン語・デンマーク語・ブルガリア語・ギリシャ語・朝鮮語。

大学でロシア語・英語教師、NHKラジオでロシア語講師をしていた時期もあるが、現在はフリーランスの言語学者としてウクライナ語の文法書やベラルーシ語辞書を作ったり。

外国に出かけても、そこの郷土料理なんかには興味を持たない。
興味の全ては言葉。
著者は言う、「ことばならなんでも好きなんだろうな」と。

本夕、読了。

一昨年、駅舎が宿泊施設になっている比羅夫駅に泊まった時のこと。
ここで、一人旅のベルギー人と親しくなった。
かの国の公用語は、オランダ語、フランス語、ドイツ語。
彼は、この3語のほかに英語と日本語も使えた。
彼と私との会話は当然 日本語だったが、完璧な日本語だった。
彼は言っていた、「英語も日本語も難しい。勉強しました」と。

本書の著者も、
「勉強もしないで、『語学は難しい』と言ってほしくない」
と言う。
語学の難しさは、勉強した人でなければ分からないと。

中学1年で英語を放棄した私は、〝語学〟を語る資格なし(^^;

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2017年8月 8日 (火)

『世界一美味しい煮卵の作り方』を読む

瓢亭(ひょうてい)の卵は有名。
ただし、煮卵ではない。
ゆで卵。
うどんやそばに添えられるのも  ゆで卵。

煮卵とは、味付きゆで卵のこと。
煮卵をトッピングの具材とするラーメン屋も多い。
室蘭にはトッピングではなく、ボトミングで提供するラーメン屋がある。

おでん屋のカウンターでは、「ダイコン、ガンモ、煮卵」と注文しない。
おでんでは〝煮卵〟を〝煮卵〟とは呼ばない。
〝ゆで卵〟とも呼ばない。
ただの〝タマゴ〟。
だから、「ダイコン、ガンモ、タマゴ」と注文する。

〝煮〟卵というが、ゆで卵をタレに漬け込むのが一般的調理法のようだ。

Recipeこんな喫茶店で読み始め。

家庭に常備されている調味料と容易に手に入る材料を使い、かつ短時間・簡単に作れる料理が、1ページ、または2ページで紹介される。
ちなみに、〝世界一美味しい煮卵の作り方〟の紹介は1ページ。

水2リットルに塩35グラムとか、ゆで時間6分とか、600ワットで1分間とか、メンつゆの銘柄まで、調理法は具体的。

卵かけごはん・スパゲッティナポリタン。
ピザ・ガトーショコラ。
等々、レシピは全部で100。

短時間・簡単であることを主要コンセプトとしているが、手抜きはない。
ピザは、生地から作る。

本夕、読了。

電子レンジは魔法の調理器具。
本書で紹介される料理にも電子レンジが多用され、短時間・簡単化へ大いに貢献している。

我が家では、冷蔵庫(冷凍庫)と電子レンジの扉を各1回ずつ開閉するだけで、晩飯の準備が整うこと しばしば(^^;
短時間・簡単に限れば、本書に勝っていると思う。

それは、〝世界一美味しい〟晩飯ではないかもしれない。
が、我が晩飯を不味いと感じたことは一度もない(^o^)

さて、晩飯を食うか(^o^)

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2017年8月 6日 (日)

それっきり(^^;

町は濃霧。
そのガスに、水たまりを作るほどの雨が付いた。
しかし、家を出る頃にはワイパーの作動間隔は最長。

マリーナへの最後の交差点での信号待ち時に、ワイパーを止めた。
雨が上がった。

5時45分、出航。

170806【画像:上】
相変わらずの、濃いガス。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖上がり直前、このガスが晴れ、夏の陽射し。

【画像:下】
ヒラメ、アブラコ(リリース)、クロソイの順にアタった。

それっきり(^^;

正午、沖上がり。

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2017年8月 5日 (土)

『一週間で女を磨く本』を読む

・病室のベッドの上
・スキーゲレンデ
・標高700メートル以上の山中の岩場

そこでは、どんな男でも恋に落ちる。
そこで見る女性の、何と美しいことか。

・健康を取り戻した
・ゲレンデの雪が溶け、土の見える春になった
・2000メートルの山頂に立った後、下山してザックをおろした

あぁ、オレは何を見ていたのか。
たちまち恋から覚醒する(^^;

Brush_upこんな喫茶店で読み始め。

lesson 1 「今の自分」を見つめ直す一週間
lesson 2 「男というもの」について考える一週間
lesson 3 もっと「いい女」になる一週間
lesson 4 「心」までおしゃれに変える一週間
lesson 5 「自分らしさ」に自信がつく一週間

・恋愛の基本とは、許すこと
・誕生日をひとりで祝う―これこそ、ゼロから出発する本物の自立につながります
・愛が奪われそうになったらじたばたせず、毅然とした強さを持つこと
・仕事は自分の実力との戦いと言えます。 自分をコントロールできない人に、いい仕事ができるわけがありません
等々と、書かれているのは、読んでいるこちらが恥ずかしくなるようなフレーズの連続(^^;

ンなこと、小学生の女の子でも、鼻で笑うのでは。
中学生以上の女性なら、こんな本、手にも取らないだろう。

本夕、読了。

女はバカである。
大変なバカである。

こういう本を読むのは、オジさんに決まっている(^^;

・健康を取り戻し
・ゲレンデの雪が溶け、土の見える春になり
・2000メートルの山頂に立った後、下山してザックをおろし
そして、恋から覚醒した。

なのに、数日もたたずして、
・病室のベッドの上
・スキーゲレンデ
・標高700メートル以上の山中の岩場
にいないのに、男は恋に落ちる。

本書題名中、〝女〟と書いて〝じぶん〟と読ませる。
女は日々、〝じぶん〟を磨いている・・・

女はバカである。
大変なバカである。

が、男はそれに輪をかけてバカである(^^;

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2017年8月 1日 (火)

『定番すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』を読む

姉妹本に、『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』 がある。
本のシリーズ化を狙ってのネーミングだろう。

Bookこんな喫茶店で読み始め。

〝だいたい10ページくらいの漫画で読む〟と銘打ってる通り、長くて10ページ。
短いものは半ページ、2コマ。

スポーツと読書は推奨されるべきもの。
って、ホントかなァ。
それは肉体によく、精神を豊かにするものだとして勧められる。
スポーツは確かにそうだろうと納得できる。
が、文学作品を読むということが、言われるほどにヒトの精神を豊かにするものとは思えない。
文学作品を読むことで豊かな精神が養われたというヒトがいたら、是非 会ってみたいものだ。

そもそも、〝文学〟の定義を知っているヒトがいるとも思えない(^^;
ンなことに肩ヒジ張ることも・・・

本夕、読了。

アンデルセンの〝人魚姫〟を読んだヒトがどれほどいようか。
宮沢賢治の〝銀河鉄道の夜〟を読んだヒトがどれほどいようか。

その両方とも読んだヒトとなると、どれほどもいまい。
私は、その両方どころか、徳富蘆花の〝不如帰〟もチェーホフの〝桜の園〟も〝フランダースの犬〟も〝魏志倭人伝〟もあれもこれも読んだ、つもり・・・

本書のあとがきに、「原典を手に取る縁(よすが)となれば幸いです」とある。
原典を手に取らずしても、まァ、いいのでは(^^;

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