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2016年5月

2016年5月30日 (月)

『相対性理論』を読む

初版が'88年。
今年の2月発行の本書が44刷目。
2年で3刷というペースのロングセラーかつベストセラーでもある。

 

Theory_of_relativityこんな喫茶店で読み始め。

書かれているのはアインシュタインの第1論文。
それは、
 Ⅰ運動学の部
 Ⅱ電気力学の部
で構成され、特殊相対性理論の成立を示すもの。(注1)

本書内は、〔A〕・〔B〕の2編立て。
〔A〕は、アインシュタインのドイツ語の論文を忠実に日本語に翻訳したもの。
〔B〕は、〔A〕を初学者に取っ付きやすい言葉で書いたもの。

〝Ⅰ運動学の部〟に限って言えば、理解に使う数学は中学校1年生までのもの。(注2)

この〝Ⅰ運動学の部〟を、訳者の内山龍雄(うちやま りようゆう)は、
『これは科学論文として最高の傑作であり,その論旨の展開の美しさは芸術作品と称えても,決して過言ではない』
と書いている。
『相対性理論の原論文を〝観賞〟してもらう』
とも。

訳者補注と用語説明が大変丁寧。

ということで、〔A〕が理解できれば、〔B〕を読む必要はない。
また、〔B〕が理解できれば、〔A〕も理解できたことになる。

私は中学1年の範囲内の知識も抜けているから、〔B〕のページから読んだ。

光速度(C)は、毎秒約30万キロ。
例えば、

速度Vで進みながら、進行方向に光を発射すると、光の速度は C+V に増速
その逆方向に光を発射すると、C-V に減速

と、外にいる人に観測されるかというとそうはならない。
変わらず同じ速度C。
19世紀の終わり、精密な実験を行って得られた観測事実。

速度は、長さを時間で割ったもの。
C+V だろうと考えられるのに変わらず C ならば、
 ・時間の流れが遅くなった
 ・光の進む距離が長くなった
 ・そのいずれか、あるいはその両方
と考えたのがアインシュタイン。

横軸長さ、縦軸時間の直交座標に、直線が何本か引かれて説明が進む。
頭を空っぽにして、すなおに読めばいい。
赤青の色鉛筆を使うと、視覚的に理解ができる。

まァ、でも、私のガラでもない本を手にしてしまったものだ・・・

本夕、読了。
いや、読了したつもり(^^;

(注1)
特殊相対性理論は、「時間」と「長さ」の考察。
発表は1905年。

一般相対性理論は、「重力」が加えられて考察される。
発表は1916年。
なお、一般相対性理論は数学の訓練を積まないと手が出ない。
なわけで、私には一般相対性理論は永遠におあずけ(^^;

(注2)
Ⅱ電気力学の部は、義務教育の数学の範囲を超える。
〔B〕ではそこのところを、中学生に分る言葉で説明してくれる。

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2016年5月29日 (日)

ギューンと竿が曲がって、直後にピョンとはじける(^^;

6時40分、出航。

25ノットで沖へ。

160529【画像:上】
今日の出竿はこんな風景の見える海域。

一片の雲もない完璧な空。
ナギも完璧。

完璧でないのは、私自身。
夕べこしらえた仕掛けがマズかった(^^;
ギューンと竿が曲がること10回くらいはあったと思う。
曲がりっぱなしならいいのだが、ギューンと竿が曲がって、直後にピョンとはじける(^^;

【画像:下】
ギューンと竿が曲がって、直後にピョンとはじけなかったのが2回。
上品な釣果となった(^^;

マダラとクロソイが1尾ずつ。

13時、沖上がり。

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2016年5月28日 (土)

私の住めない街

道の駅〝花ロードえにわ〟は国道36号沿い。
この道の駅から西に、恵庭市恵み野南・恵み野西。
北に、恵み野東・恵み野北。
この恵み野東・西・南・北は住宅地。
集合住宅は極少なく、ほとんどが戸建て。
札幌のベッドタウン。

ここに戸建てで住もうという人は、相当な覚悟がいる。
どの家も手入れされた見事なガーデニング。
見てもらう、見られることを前提として手を入れている。

〝花ロードえにわ〟に置いてある絵地図には、見所の家の位置、苗字、見るに適した時期が記されているくらい。

私のような無精者は、恵庭にはとても住めない(^^;

160528_3私の住めない街。
恵庭に加え、倶知安も(^^;

倶知安駅から、北西に15分。

一面の芝ザクラ。

個人宅とのこと。
1日8時間程度の作業では、この規模の維持はできない(と思う)。

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倶知安駅にて

所用で倶知安。

私の立っているのは、倶知安駅の〝駅ウラ〟。

160528_2【画像:上】
ここには、'86(昭和61)年まで機関区があった。
今、機関区跡地には、公園、立派な体育館、パークゴルフ場が整備されている。

機関区があったことをしのばせる遺構はこれだけ。
電動転車台。
転車中心を示す架構の向こうに羊蹄山。

背中はニセコ連山。
イワオヌプリ・ニセコアンヌプリ。

キハ40の2両編成が長万部に向かって動き出した。

【画像:下】
駅ウラ、少し北。
菜の花畑。

羊蹄山の雪のすそが、1000メートルあたりまで上がってきた。
私の装備力で あの山頂まで上がれるのも、もうそろそろだ(^o^)

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2016年5月24日 (火)

『ライカでショット!』を読む

写真家の自著。
'14(大正3)年の生まれとあるから、今年で102歳。
本書は、著者88歳の折に出版。
復刻後、昨年 改稿されて出版されたもの。

 

Shot_by_leicaこんな喫茶店で読み始め。

絵の勉強をしながら、新聞のカット描きのアルバイトをしていた著者。
アルバイト先の新聞社の社会部長に声をかけられ、報道写真家として活動するようになる。
それが、'39(昭和14)年。

日本人女性として最初の報道写真家だという肩書で言われる人だが、ファッション誌などへのモデル撮影も多い。
'50(昭和25)年、本邦初の写真の個展を開いた時の展示はそれ。

絵描きを志していた人だ。
そんな絵心のある人が撮るのだから、初めての取材写真からして、露出が決まり構図も決まる。
その写真は世界35ヶ国に配信され、ドイツの新聞に載る。

ただし、その構図を得るために、脚立に立ち、地面に寝転がる。
いわゆる〝いいとこのお嬢さん〟。
足元はハイヒール。

多用したのがライカDⅢだったので、『ライカでショット!』というタイトルになっているが、感光サイズが6.5センチ×9センチのオートプレスミノルタや、更にふた回りも大きい4インチ×5インチのスピードグラフィック(スピグラ)も使っていたようだ。

撮る対象として何が難しいかといって、それは〝人〟だろう。
本書中には何点か著者が撮影した写真が載せられていて、そこに写っているのは人。
首相や著名作家も写しているが、デモ隊の学生や労働争議に参加する主婦たち、市井の子どもも写している。
人が写っていない写真もある。
それであっても、人を感じさせる。

多才な人で、油絵、フラワーアレンジメント、服飾デザイン、陶芸へと活動の場を移し、'65(昭和35)年頃から20年以上もカメラを持たない年月を過ごすが、再びカメラを持ち、今も現役の写真家。

102歳の今は、キヤノンのデジカメを使っているようだ。

本夕、読了。

私は、KON-chan号上でデカイさかなを写したい(^^;

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2016年5月22日 (日)

下心、大いにあり(^^;

下心、大いにあり(^^;
氷を20キロ、搭載した。

6時10分、出航。

ベタナギ。

160522【画像:上】
頭上は薄青く、ガスの厚みはそれほどない。
であるが、進めば進むほど、視程がせばまる濃いガス。

一昨々日(さきおととい)の前の日のことは、何と言うのだろう。

その何と言うのか知らない一昨々日(さきおととい)の前の日から一昨日まで、青マスが、
「ナンボでもいるよォ」
「入れ食いだァ」
だった海域へ向かうも、とても釣れる気がしない。

タモ網の向こうは、濃いガス。

11時、沖上がり。

【画像:下】
ディンギーに先導されての入港。

これ以上の上品はないだろう。
2日続けて、ボーズ(^^;

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2016年5月21日 (土)

本日、祭りのあと、あとの祭り

当地で青マスと呼ぶのはカラフトマス。
以前は胆振沖でも流し網漁で獲られていたようだが、今、胆振沖に入っているのはエビカゴ。

夏の暑い日、知床やオホーツクの海岸からルアーやフライで掛けるのが普通で、青マスを船から狙う人は滅多にいない。
滅多にいない人が、室蘭港を定置港にするB艇とかP艇とかH艇とかR艇とかY艇の船長。

青マスを掛けた、しかも、1人で15本だとか20本だとか50本だとか。
そんな数が聞こえてきた。
「ナンボでもいるよォ」
「入れ食いだァ」
と。

青マスにサクラマスが混じるらしい。
サクラマスに青マスが混じったという艇もあったようだ。

行かねばなるまい。

4時、出航。

160521【画像:上】
視程5メートルもない、ひどいガス。
それも、地球岬をかわす頃には視界が開けてきた。

先行艇はSea DragonⅡ
この艇に先導されて、爆釣海域へ。
Sea DragonⅡ船長、クルーの奥様、お世話になりました。

どうもありがとうございます。

【画像:下】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
昨日、一昨日、一昨々日(さきおととい)のお祭り海域。

ベタナギ。

そのベタナギに浮かぶ鳥が1千羽、3千羽、1万羽。
アカエリヒレアシシギ
ハシボソミズナギドリ
ウトウ
鳥の写真家、Libre船長に教えてもらった。

本日、祭りのあと、あとの祭り。

ボーズ(^^;

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2016年5月17日 (火)

『闇屋になりそこねた哲学者』を読む

日本には哲学研究者はいるが、哲学者はいない。
と、聞いたことがあったような、なかったような。

それはさておき、私は哲学(だけではないけれど)という学問を知らない。
知らないでこの記事を書くのだが、思索することを哲学、思索する人のことを哲学者とここでは表現することにする。

 

Philosopherこんな喫茶店で読み始め。

哲学者の木田元(きだ げん:'27-'99)の自叙伝。

この本は、編集者の著者に対する長時間かけたインタビューがもと。
編集者の聞き書き原稿に、著者が削除・加筆の手を入れて書になしている。

著者の、海軍兵学校(海兵)への入学が敗戦の年。
よって、海兵生活半年せずしていったん学業の場を離れる。(注)

自ら、喧嘩に強いと言う。
というのも、エリート軍人養成の海兵での、上級生から茶飯事としてされた鉄拳制裁。
短い海兵生活だが、殴られることを怖いと思わなくなったと。
海兵に進学できたということは、頭の切れは当然のこと体も頑健だったということ。
職業軍人になるために海兵に入学したくらいだから、そもそも はなから命を捨てている。
喧嘩に弱いわけがない。

そういう人が、本を読む。
英語をものにし、ドイツ語をものにし、ギリシャ語をものにし、ラテン語をものにし、フランス語をものにしと、哲学のための書を読むのに必要な語学を得てゆく。
読み方は精緻。
一字一句、全ての語を、全ての引用元を読む。
哲学者の書く本、哲学者の講義録というのは、そういう読み方をしなくてはならないものらしい。
また、そういう読み方をされることに耐えるもののようだ。

さて、私。
そういう読み方を求められる本を手にしていることが、もしかしたらあるかもしれない。
いや、ない。
釣り本にはない(^^;

本夕、読了。

(注)
陸軍士官学校(陸士)と海軍兵学校(海兵)は、帝国における入学最難関校。
敗戦時の当該2校の在校生は、無条件で帝国大学への編入学が認められたらしい。
著者は満州国官吏として大陸に赴任していた父親が上記特例措置期間内に帰国できず、学費の用立てができずに学窓から遠のくことになる。
山形の親戚を頼って一時そこに住むことになり、そこで市役所臨時職員・小学校代理教員・農林学校生と経る過程で、運び屋・闇屋稼業で大儲けする。
『闇屋になりそこねた哲学者』というタイトルはそこからきている。
なお、陸士・海兵在校生への特例措置が無効となったのち、著者は入学試験を受けて大学に入り哲学を学ぶことになる。

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2016年5月15日 (日)

春山を歩く 6

駐車場の車の数が多い。
大型バスの駐車もある。

 登り:夏道(南尾根)コース
 下り:水元沢コース

160515【画像:1枚目】
昨日より気温が低く、歩きやすい。

誰がしてくれているのか。
夏道コースには、花の名前を書き込んだ小さなネームプレートが地面に刺されている。
それも、高度を100メートルも上げない内になくなった。
夏道コースは花がとても少ない。

山頂にて。
バスで栗山から来たパーティだと思う。

曇り空。
しかし、雲底高く2000メートル以上。
眺望がよくきき、まだ頭に雪をまとったニセコの山々が遠望できる。

山頂寒暖計は10℃。
昨日より6℃低い。

【画像:2枚目】
水元沢コースに下りる。
東からの強風で山が鳴る。

水元沢は山頂から東にルートを取る。
だから、東からの強風をまともに正面に受けて歩くことになる。

それもわずかな時間。
カムイヌプリに連なる山陰になり、風が死ぬ。
さらに沢筋に下りると、風を全く感じなくなった。

鷲別川の源流域。
小さな滝が幾つもある。
昨日は50株ほどしか見なかったエゾオオサクラソウ。
今日は、200株以上。(注1)

【画像:3枚目】
飛び石伝いに渡渉する先行パーティ。

ひとまたぎできる小沢も含めると、渡渉回数は10回。
ここは5回目の渡渉点。

160515_3【画像:4枚目】
8回目の渡渉を終え、トドマツ人工林内の林道脇。
昨日も見た動物のフン。
新しい。

カメラがISO感度を上げ、さらに絞りを開いてくれているので明るく見えるが、肉眼ではここまではっきりとは見えない。

昨日はこれを見て、水をひと口飲んだ。
末期の水のつもりだった(^^;(注2)
その後にやったこと。
折りたたみナイフの刃を立てて、口にくわえた。
信号紅炎のキャップを外し、点火準備をした。(注3)

薄暗い中ではクマのフンに見えたこれ、タヌキのフン(^o^)(注4)

【画像:5枚目】
フンがタヌキのものだと分れば、林が出す酸素の濃ささえ感じることができる(^o^)

ウグイスの谷渡りのさえずり。

日が差してきた。

給水は、200CC
林道を歩きながら、
 ・伊藤製菓 しお餅 3個
 ・グリコ ビスコカフェオレミニパック 1個

山歩き時間3時間20分。
16474歩。

(注1)
西尾根・夏道コースに、この花は咲かない。
水辺にだけ育つわけでもなさそうで、水から遠い斜面にも見える。

(注2)
緊張で口の中がかわく、というが必ずしも当たっていない。
林道を抜け、水元沢コース最後の高度を200メートル上げてヒュッテに至るところで三脚を立てて写真を撮っている人を見かけるまで、昨日の私はナイフを口にくわえたまま。
よだれが、あごまで垂れるほど出ていた(^^;

(注3)
雪道と雨のあとの下り斜面以外は、ポール(ストック)は縮めてザックにくくりつけたまま。
ザックをおろさなければ、ポールを手にできない。
なお、クマよけに信号紅炎が効果を発揮するのかは疑問(^^;

しかし、ナイフがビクトリノックスのポケットナイフ。
刃渡り5センチ。
これよりは、頼りになりそうな気がする。

(注4)
昨日、低い感度のままで撮った画像を、山に詳しい人に見てもらって得た結論。
タヌキは同じところにフンをするそうで、それを称して〝タヌキのタメグソ〟というそうな。
確かに、細長いフンがたまっているのが分る。

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2016年5月14日 (土)

春山を歩く 5

釣行日和。
が、KON-chan号整備中。
本日休航。

春、他の花に先立ち野山に開花するのはエゾエンゴサクやエンレイソウなど。
それらを spring ephemeral(スプリング・エフェメラル)と呼んで、春の喜び・春のはかなさ・春の可憐さの象徴とする(人もいる)。(注)

スプリング・エフェメラルをそこ ここに見ながら、山を歩く。

 登り:西尾根コース
 下り:水元沢コース

160514【画像:1枚目】
西尾根825メートルピークに向かう途中、600メートルにて。
昨年、このあたりから西尾根825メートルピークにかけて群生するシラネアオイが開花したのは、5月の末だった。

この春、この山にはまだ雪が残っているが、シラネアオイの開花は早かった。

このあたり、そのあたりで花が咲く。
あそこで、ここで花が咲く。

【画像:2枚目】
700メートルにて。

ここまで上がると、やっと芽吹きが始まったところ。

芽吹き出したダケカンバの向こう、911メートルのピークを目指す。

暑い。

【画像3枚目】
室蘭岳山頂にて。
山頂寒暖計は16℃。

快晴。

展望良く、洞爺湖の向こうに羊蹄山、ニセコアンヌプリから西へ延びるニセコ連山。
手前に、先日登った伊達紋別岳・稀府岳、体を返すと駒ケ岳、はるかに恵山。
さらに体を返すとカムイヌプリ。

160514_3【画像:4枚目】
水元沢の急傾斜を下りて滑滝。
滝壺の水で顔を洗った以降は、鷲別川の源流の渡渉を繰り返して高度を落とす。

沢を走る流れの音。
鳥のさえずり、3種。
4種。
いや、5種。
日だまりで、ハネを立て広げするタテハ。
早くもミドリシジミが。

【画像:5枚目】
早瀬近くに、エゾオオサクラソウ。

給水は、400CC
 ・三菱食品 クレープスティックチョコ 4本
 ・イトウ製菓 カルケット 4枚

山歩き時間4時間00分。
19360歩。

(注)
ephemeral は はかない・短命なという意味。
spring ephemeral で冬が明け、他の花に先だって咲いて、たちまち姿を消す花という意味合いで使われる。
その意味ではエゾエンゴサクやエンレイソウなどよりもっと早く咲く福寿草もその範疇だが、福寿草だと花が強すぎて雰囲気が違う。
シラネアオイもしかり。
花が大きくて、その上に葉が大きくて はかなさからは遠い感じで、やはり雰囲気が合わない。

ところで、ephemeralは、名詞ephemeraの形容詞形。
多分、spring ephemeralは誤用法。
spring ephemeraが正用法ではないかと思う。(ウソかもしれない)

なお、本記事では慣用に従ってスプリング・エフェメラルと記載した。

Gpslog

 

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2016年5月13日 (金)

『「スコアブック」は知っている。』を読む

開始から終了までの経過を、紙1枚に記録できる競技には何があるだろうか。
私に思い浮かぶのは、野球・ゴルフ・ボーリング・囲碁くらい。

あァ、人生の開始から終了までなら、紙1枚もいらないのかもしれない・・・
スタンダールの墓碑銘が、〝書いた 愛した 生きた〟だったっけ(^^;

著者は、「ベースボール・マガジン社」の野球・サッカー・バレーボール・バドミントンなどの記者・編集者だった人。

 

Score_bookこんな喫茶店で読み始め。

本書は、取材過程で見た聞いた高校野球の人・ことがらに関するもの。

著者の高校野球の取材歴は長い。
春夏47大会を、甲子園記者席から見ている。
スコアブックの余白にメモを取りながら、付けたスコアは2000試合近くになるという。

本の表題は『スコアブックは知っている。』だが、著者は多分、自分で付けたスコアブックを見なくてもこの本を書けたものと思う。
何といってもやはりプロのスポーツ記者。
観察眼と記憶の整理は確か。

心底、高校野球が好きな人なのだろう。

多くの高校野球監督と話をしている。
この本の記述の多くが監督にさかれる。

世間は高校野球に、さわやかさ・いさぎよさ・懸命さといった いわゆる高校野球らしさを期待し求める。
例えば、攻守交代時の全力疾走
例えば、相手4番を敬遠するために苦しい練習を積み重ねてきたわけではない
と。
しかし、著者は世間の求める〝高校野球らしさ〟に必ずしも肩を持たない。

ある監督は、
「厳しい練習、日本一長い練習をやれば日本一になれる。スポーツは根性さえあればいける。ライバルより厳しくやればいいんだと考えていた時期がある」
と、たるんでい(るように見え)たりミスをした選手には走らせ・正座させ、夜中まで練習させていたことを自省する。

わずか3歳の年の差しかないのに、理不尽な上下関係のある選手間の先輩・後輩。
そして、それらせいぜい18の子どもたちの上に立ち、選手の起用からして胸先三寸なのが監督の立場。
1年たつと1/3の選手が入れ換わるのが高校野球。

ある監督は言う。
「監督というのは、自分が生きていく、生活していくための職業。」
また、
「選手は道具。選手を鍛えるのは結果を出すためだった。犠牲にした選手もいる」
と。

負けて、指導法を変える監督がいる。
全てが終わってから、指導法を省みる監督がいる。
何も変えない監督がいる。

本夕、読了。

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2016年5月 9日 (月)

春を食う

昨日のこと。
稀府岳に入山し左右が背の高いササの登山道を歩いていると、前方からの4人パーティがフキの詰まったレジ袋を両手に。

私に、
「下りる時に採ってくるといい。たくさんあるヨ」
と。

この山はフキ以外にも採れる山菜があるようで、私にもフキとコゴミが見えた。
脚が動きを止めるのを嫌がっていたので、脇には寄らず、結局、手ぶらで下りてきたが。

Photoウド。
これは山道からは見えなかった。

shinyaさんからの頂きモノ。

キンピラと酢味噌和えにしてみた。
いずれも私の作。

ごちそうさまでした。

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2016年5月 8日 (日)

春山(稀府岳)を歩く 4-2

西からの強風は吹き止まず。

伊達紋別岳から下りて、チトもの足りない。

ブルボン ふんわりバームオレンジショコラを1本かじって、稀府(まれっぷ)岳へ。

『北海道夏山ガイド①』にも胆振総合振興局の『登ろういぶりの山』にも紹介されていない山で、702メートルの低山。
稼ぐ高度も570メートル。

160508_6【画像:1枚目】
先に登った伊達紋別岳とは異なった植生で、背の丈を超えるチシマザサがせまる登山道を歩く。

足元はゴロタ。

しかし、高度を100メートルほど上げると、ササが左右に広く開け、足元からゴロタが消えて歩きやすくなった。
そこに、茎の青いフキが1万本。
コゴミが5千本。
残念ながら、コゴミの渦巻きが解けかかっている(^^;

【画像:2枚目】
小さなピークがあって、前稀府岳。
621メートル。
いったん50メートル高度を下げたのちに右の尾根を伝って、高度を上げて、あのピークを目指す。

伊達紋別岳同様、このあたりからは、見事に背の丈が50センチほどに揃ったササ原。

風は変わらず強く、山を鳴らして走る。
その風に、ササ原が波打つのは伊達紋別岳同様。

陽射しが強く、暑いのも同様。

【画像:3枚目】
稀府岳山頂。

この山でもエゾアオイスミレを見る。
給水は、200CC。

山歩き時間2時間30分。
11256歩。

低山だったが2座登ったことで、今日の累積獲得高度は、2424メートル。
トータル27635歩。

もう1座、室蘭岳に登るくらいの脚が残ったが、午後より所用。

稀府岳を下りて、登山靴を脱いだ。

GPSのロギングがうまくいっていない。
原因不明(^^;

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春山(伊達紋別岳)を歩く 4-1

西からの強風。

伊達紋別岳へ。(注1)
715メートルの低山だが、登山口から635メートル標高を稼がなければならない。(注2)

160508【画像:1枚目】
登山道はゴロタがなく歩きやすい。

ササの背が50センチほどと低く、それが見事に同じ丈に揃っている。
山を鳴らして走る風に、ササ原が波打つ。

陽射しが強い。

暑い。

【画像:2枚目】
前紋別岳山頂。
715メートル。

右手に、室蘭岳を北から見る。
背中に噴火湾。

画像左に見えるピークが、伊達紋別岳。

【画像:3枚目】
伊達紋別岳(山頂標識は〝紋別岳〟)山頂。

714.6メートルと、前紋別岳よりわずかに低いが、三角点はこちらにある。

【画像:4枚目】
後続者があがってきた。

画像正面、洞爺湖。
右に羊蹄山。

左に昭和新山、さらに左 有珠山。

160508_5【画像:5枚目】
エゾアオイスミレ。

『北海道夏山ガイド①』の記載は、「ほかの山ではあまり見かけないスミレである」

給水は、100CC。

山歩き時間3時間10分。
16379歩。

(注1)
正式名称は紋別岳。
支笏湖の東にも、866メートルの同名の山がある。
ここでは、『北海道夏山ガイド①:北海道新聞社刊』にならって〝伊達紋別岳〟と表記した。

(注2)
635メートルは、室蘭岳の水元沢コースの685メートルとほぼ同じ。

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2016年5月 6日 (金)

春山(カムイヌプリ)を歩く 3

Kaさんは、釣り名人。(注1)
そのKaさん、仔グマと寝たこともあるし、体にクマの噛み傷も持っている。
Kaさんの本業は、ヒグマの飼育・調教。

その彼が言うには、
「クマは臆病な動物。 鈴・ラジオで自分の存在を知らせるのは効果がある。 鳴らせば向こうから去っていく」

私、
「クマとバッタリ出会ったときに備えて、ストックを最長にして持っている。  こう目を突こうとシミュレーションしながら歩いている」

Kaさん、
「そんなものは役に立たない」
また、
「自分が風下にいたら、熊よけスプレーも役に立たない」

ということで。
ラジオの2本の単三乾電池を新品のエボルタに入れ替え、ザックのサイドポケットに入れた。
クマ鈴をザックに2個付けた。

Photo【画像:1枚目】
そして、これ。
これは、効果的だと思う(^o^)

昨年の11月に失効した信号紅炎を2本持った。

【画像:2枚目】
いつもは室蘭岳から縦走して山頂を踏むカムイヌプリを、今日は幌別ダム側から。

Photo_8登山口の標高は、240メートル。

【画像:3枚目】
胆振幌別川の源流を2回渡渉する。
流れのこちら、エゾリュウキンカ。

暑い。

【画像:4枚目】
残雪は、山頂手前にわずか。

山頂745メートルにて。

ここでザックをおろし、ガスバーナーに火をつけた。

眼下に室蘭港。
その向こう、噴火湾。
さらにその向こう、駒ケ岳。

本船の汽笛が、ここまで聞こえる。

山頂で、
 ・UCC 職人のコーヒー 1ドリップ
 ・明治 それいけ!アンパンマンの北海道牛乳 200CC(注2)
 ・グリコ ビッテ ショコラアマンド 3枚

山歩き時間3時間35分。
11172歩。

(注1)
名人とヘボとの間にある相場は〝倍半分〟といったところだろう。
ところが、Ka名人と私との間には誇張でも何でもなく、私の釣果を5倍するとKa名人の釣果、Ka名人の釣果を5で割ると私の釣果になる(^^;

(注2)
ひと頃、どこの乳業もロングライフ牛乳(常温保存可能牛乳)を出していた。
今現在、コープサッポロで手に入るロングライフ牛乳は〝それいけ!アンパンマンの北海道牛乳〟のみ。

Gpslog_3

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2016年5月 5日 (木)

春山を歩く 2

今朝がたまでの雨が上がった。
山へ。

 登り:西尾根コース
 下り:西尾根コース

道道107号室蘭環状線を走る。
標高350メートルまで、サクラの花がのぼってきた。

160505【画像:1枚目】
駐車場で入山準備をしていると、
「西尾根から上がるのなら、後ろに付かせて下さい」
と、ご婦人から。

一瞬の間もおかず、私、
「ご一緒しましょう」(^o^)

いざ登りに取り付くと、このご婦人、速い。

【画像:2枚目】
雲底低く、630メートルからは雲中登山。

脚の速いご婦人に あおられて、頭からの発汗がマイペース登行時の5割増し。
ゴアの帽子からの排蒸が間に合わず、ダラリダラリとたれる汗が目に入る(^^;

目をこすりこすり、室蘭岳山頂。

山頂寒暖計は6℃。

濃いガスで、展望極めて不良。
カムイヌプリまで縦走するつもりでいたが、来た道をもどることに。

ご婦人、速いはずだ。
某山岳会所属。
トンデモナイ人に、「ご一緒しましょう」と言ってしまったものだ(^^;

【画像:3枚目】
600メートルで、ノハラアザミの若葉。
ササ原を出入りするエゾライチョウ。

450メートルまでおりたら、ウグイスのさえずり。
エゾエンゴサクの青がそこ ここに。

画像は500メートル。
ミズナラの巨木の根元で花をつける、ミヤマエンレイソウ。

給水量は、200CC。
山頂で、脚の速いご婦人から頂いた、
 ・かし原 ひと口塩ようかん 1個

山歩き時間3時間10分。
16643歩。

Gpslog

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2016年5月 3日 (火)

叩かなくてもホコリの出る我が身(^^;

7時30分、出航。

Ohsumi【画像:上】
銀屏風沖0.6海里。
我が艇前方を左から右へと、微速6ノットで航行する輸送艦〝おおすみ〟。
KON-chan号は機関を中立にして、これを見送る。

〝おおすみ〟をかわしてのちの我が艇は、24ノットに増速。(注)
沖根へ。

南に進めば進むほどガスが濃くなり、沖根海域では0.1海里も視程がない。

【画像:中】
濃いガスをはさんで、根のこっちに我が艇、根のあっちにもう1艇いるのがレーダーに映る。

インチクを入れるが、ブルッという感触を2回得たのみ。

4ノットでチンタラチンタラ、帰航。
というのも、クラッチの油圧の効きがすぐ抜ける(^^;
それもいよいよ効かなくなり、追直漁港沖で漂流(^^;

道警の警備艇〝むろしお〟が見えた。
見えたが、あの艇に手を振って曳航してもらおうとは、ツユほども思わず。
叩かなくてもホコリの出る我が身(^^;
あとで、あれこれ叩かれて、あんなこと・こんなこと・そんなことまで我が身からホコリを出されちゃたまらん(^^;

【画像:下】
ガスの向こうから、Sea DragonⅡ
私がブルッという感触を2回得たのみだった頃、ダブル・トリプルどころか、ダブル×トリプルのセクスタプルまで得ていたとな。

濃いガスの向こう側、根のあっちにいたのがSea DragonⅡで助かった。

最後に、我が艇まで引っ張っていただく。
ご迷惑おかけしました。
どうもありがとうございます。

(注)
24ノットを海上自衛隊風に言えば、第三戦速に相当する。

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2016年5月 1日 (日)

『カメラと戦争』を読む

昨夏、羊蹄山を喜茂別側から登っていた時のこと。
山に咲く花を撮りながら、私の歩速の1.5倍で追い抜いていった細身の女性。
彼女が手にしていたのが、ハッセルブラッド。
この時ほど、カメラを美しいと感じた瞬間はない(^o^)


米国出張中の著者は、訪問先の光学機器メーカーからヘッドハンティングされる。(注1)
日本で支給されていた額の10倍以上の給料を支払うという好条件。

日本に帰国後、上司に報告すると、「ひとの会社の社員を横取りしようとは、実にけしからん」と。

「だが、待てよ」とその上司。
続けて、「せっかく向こうがそう言うなら、先方の話に乗った形でしばらく向こうの会社で働いて、色々な情報を送ってくれ」

著者は米国で2年間勤務することになる。

 

Camerawarこんな喫茶店で読み始め。

その米国企業の研究所が、日本製としては初めてペンタプリズムを組み込んだカメラを6台購入した。
筆者が目の当たりにしたのは、2カ月後、内1台のフィルム巻き上げ装置が壊れたこと。
だけではなく、その後の2週間で、残り5台全てが同じ個所で壊れたこと。

ジョン・F・ケネディが大統領に就任して間もない頃の米国。
米国は自信に満ち、そして、〝安かろう悪かろう〟は日本製品の代名詞だった。(注2)
米ソ冷戦時。

冷戦終結を待ってリークされてきたのが、U-2型機に搭載されていたカメラレンズのスペック。(注3)
焦点距離36インチ(914ミリ)。
画角28°(注4)
このレンズを磨いて組み立てたのが、著者が米国で勤めていた会社。(注5)

窓なし作業室の普段は開けられない扉が一瞬開け放された時、このカメラが丸見えになった。
著者が行ったのは、〝見て見ぬふりして懸命に盗み見する〟こと。

ニコンのズームニッコール43-86ミリ(ヨンサンハチロク)は国産初の標準ズーム。
キヤノンは10年かかって35-70ミリ(サンゴーナナマル)を世に出して、これに追い付き追い越す。
開放中央解像度ミリ当たり224本。(注6)
単焦点に匹敵する解像度を有するズームレンズで、米国の雑誌には〝50ミリ標準レンズの死亡〟という記事が出たという。

'55(昭和30)年、発電ダム監視のためのズーム比4のレンズの付いた工業用TVを、水車・発電機の付帯設備として日立が独自開発して納めている。
独自開発するしかなかった。
キヤノンがズームレンズを開発する前。
どころか、ニコンがズームレンズを開発する前のことだったから。

光線1本がレンズの1面を通過する計算に要する時間は30分。
レンズ設計は新入社員。
のち、彼はスーパコンピュータの研究者になる。

本書は、光学技術者の話。
カタログからは読めない世界。

本夕、読了。

(注1)
著者は応用物理学者。
専門は光学。
企業内研究員を6年間勤めた後、大学に戻る。
テクニカルイラストレーターとしてもプロフェッショナル。
学生時代から『アサヒカメラ』に寄稿。

'00(平成12)年、死去。
享年69。

(注2)

品質管理がいい加減で、工業製品なのにアタリ・ハズレのあるのが当たり前なのがmede in Japanだった。
のちW・E・デミング博士の指導、輸出品取締法、それに基づく検査協会の設立などが奏功して、日本製光学機器の高品質が保証されることになる。

(注3)
U-2は、米国の成層圏を飛行する高々度航空機。
冷戦時、70000フィート(21300メートル)の上空からソ連邦領内に侵入・偵察していた。
1960年5月パリサミット崩壊、キューバ危機の重要キーワード。

(注4)
本書中に〝超極薄仕様のフィルムベースの長尺コダック〟とある。
画角28°を得るために、幅20インチ(508ミリ)くらいあるフィルムに感光させていたのであろう。
フィルム容器を大きくしないために、ベースを薄くしたものと。


ところで、画角28°でチェックしてみると・・・
U-2の機軸に1台、右左舷に各3台配置されていたというから、トータル画角は左右それぞれ98°。

真横まで写し込めていたことになる。

(注5)
ハッブル宇宙望遠鏡搭載の光学系も、当該社で研磨・組み立てられたもの。
現在はキヤノンと技術を提携する関係にある。

(注6)
1mm幅の中に等幅・等間隔に引かれた白黒直線を何本まで見分けられるかが解像度(解像力・分解能)。
単位は、本/mm。
150本/mmなら解像度優秀レンズ。

標準ズームでの224本/mmはいまだに破られていない記録(のはず)。

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ポツラポツラのままで終わり(^^;

釣行日和。
ということで、7時15分出航。

25ノットの高速航海で沖へ。

160501【画像:上】
どこへ行ったやら。
小一時間さがすもソウハチは見当たらず(^^;

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
沖根。

羊蹄山の白がまぶしい。
海面からの照り返しがまぶしい。

【画像:下】
サカナの気配はあるのだが、出竿艇も多い。
どの根の上にも船が乗っている。

KON-chan号は小さな根の上に乗った。

しかし、本日、長潮だが速い。
我が艇の装備力では、仕掛けが走って釣りにならない(^^;
1尾掛かったのち、しばらく無反応。

風・潮ともゆるんだ10時頃になって、ポツラポツラと。

ポツラポツラのままで終わり(^^;

正午、沖上がり。
マゾイが2尾混じった。

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