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2016年4月

2016年4月30日 (土)

春山を歩く 1

西からの強風。

山へ。

 登り:西尾根コース
 下り:夏道(南尾根)コース

家を出る前に、防風目的で冬のあいだ着ていたゴアのジャケットを、たたんでザックに入れた。
ニットの帽子を、ゴアのハットに変えた。

160430【画像:1枚目】
この山で、この春 初めて花を見る。
エゾエンゴサク。

春かと思いきや。
しかし、アラレが落ちてきた。

【画像:2枚目】
ペトトル川渡渉に掛かった頃には、粉雪に変わった。

寒い。
たたんでザックにおさめていたジャケットを取り出した。

まァでも、表題を『山を歩く』から『山を歩く』に変えた。

【画像:3枚目】
山頂にて。

山が鳴る強風。
雲が低い。

ここから、水元沢に下りたかったが、クマの足跡情報(^^;

山頂寒暖計は1℃。

飲食なし。

山歩き時間2時間45分。
14631歩。

Gpslog_3

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2016年4月26日 (火)

『太陽に何が起きているか』を読む

太陽研究の第一人者、宇宙科学研究所(ISAS:アイサス)の常田所長の手になるもの。

 

Sunこんな喫茶店で読み始め。

地球は、南北の磁極が数十万年を単位に入れ換わる〝地磁気逆転〟が起きる。

〝太陽磁気逆転〟は、それよりもはるかに短ピッチの11年。
黒点の増減も11年で繰返す。(注)
かと思うと、中心核から出た光子が太陽表面まで出てくるのに10万年。

著者は、東芝が天文学科出身者に初めて入社内定を出した人。
この時の東芝の対応がオトナ。
東芝は彼に入社内定を出し、ASTRO-A(太陽観測衛星「ひのとり」)ミッションでの修行後に入社をするよう勧める。

著者はASTRO-A後の太陽観測衛星にも継続して携わることになり、結局 東芝には就職せずに現在に至る。
しかし、企業内研究者としても成功した人だろうと思う。

米国の人口は日本の2倍とちょっと。
その米国の太陽研究者は日本の10倍。
太陽研究に付く予算は日本の数十倍という。
それほどの米国だが、日本主導の太陽観測衛星計画に乗ってくる。

東芝の対応もそうだが、この世的な損得から離れた世界とは、何と大人な世界なことよ。

インターネット環境を近くに置いて読み進めるべき本。
太陽観測衛星「ひのとり」・「ようこう」・「ひので」からの動画データのISASサイト内のURLが紹介されていて、それへのアクセスが本書の理解には必要。

ところで、仏語・伊語だと男性名詞の〝太陽〟が、独語だと女性名詞。
露語だと、中性。
民族の気質が、覗けるような気がする。

本夕、読了。

(注)

太陽活動の活発期には黒点が増え、不活発期には黒点が減る。
活発時には太陽の明るさが増し、発する熱量も増える。
それは、地球の人間の観測にかかるほどの変化で、地球の気温も11年をピッチに上下する。
黒点が多いと発する光・熱量とも減りそうなものだが、同じく増える白斑による光・熱量の増加が黒点によるマイナス効果にまさるとのこと。

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2016年4月24日 (日)

洋上はベタベタ、最良ナギ

日出が4時40分。
4時30分、出航。

150424【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
地球岬と駒ケ岳を結ぶ線上の中間あたり。

反応は悪くなかったが、網入れ作業の漁船が寄ってきて海域離脱。

【画像:中】
以降は、サッパリ。

群れが小さく、すぐ抜ける。
忘れた頃にポツリ・ポツリ。
浮きソウハチ釣りの雰囲気からは程遠い。

今日の同乗は、仕事仲間のSさん。

洋上はベタベタ、最良ナギ。
陽射しは鋭く、防寒着を脱いだ。

【画像:下】
昼近くになってから、もう少し西に動いた。

動いた先が良かった。
入れ食い。(^o^)
かつ、カタがいい。

タナ25メートル。

ここでの30分間で、今日の全釣果の6割をあげた。
入れ食い継続中だが、あと処理を考え竿をおさめた。

船中、220枚。

12時30分、沖上がり。

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2016年4月23日 (土)

『世界の宗教は人間に何を禁じてきたか』を読む

この四月発行の新しい本。
文庫本だが書き下ろし。

宗教雑学を寄せ集めた色もの本だろうとページをめくっていったが、いやいやどうして。
著者は歴史・宗教学の専門家。
素人相手に書かれた薄い本だが、しっかりとした構成の上に歴史・傍証が書かれている。

 

Religionこんな喫茶店で、読み始め。

どんな霊的体験をしようが、どんな奇跡を起こそうが、悟りを得ようが、それだけでは教祖たり得ないし、宗教は開かれない。
その教えを信奉する者を得ることが必要。
その上で、世代から世代へ、この人からあの人へと伝えていく機能が必要。

それは「教える」・「教わる」ことなのだから、学校教育システムと全く同じ。

欧州の伝統大学の起源はカトリックの修道会の手によるものだし、綜芸種智院を開いたのは空海によるものといった歴史事例を持ち出すまでもなく、〝料理教室〟や〝子どもサッカー教室〟などと少しも違うシステムではない。

〝朝題目に夕念仏〟
この言葉を節操のないこと・定見のないことと負の意味で使うのが、現代人には一般的。
だが、日本における初期の仏教界では、各派の学僧たちが文字通りに〝朝題目に夕念仏〟を行い各宗派を学んでいたらしい。(注)
どの宗教でも、そのごく初期には他宗排斥なところはなかった。

詳論に入る前に、数行でその要約が掲げられている。
その編集方法が私向き。
大変に読みやすい。

私の釣りは、世代から世代へ、この人からあの人へと伝えられてこなかった、我流(^^;
〝朝言い訳に夕言い訳〟(^^;

本夕、読了。

(注)
日蓮宗で唱えるのが題目で、南無妙法蓮華経。
浄土宗で唱えるのが念仏で、南無阿弥陀仏。
天台宗では今でも、朝に題目、夕に念仏を唱えるという。

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2016年4月21日 (木)

『私の本棚』を読む

中学校に上がった時のこと。
女の美術教師が言ったのは、
『自分の絵を見られることは、自分の裸を見られるのと同じ。 恥ずかしいこと』

自分の釣果や読んだ本をネットで公開するというのも同様。
大変に恥ずかしいこと。
私は恥知らずだから、やっているが(^^;

いや、恥は知ってるつもり。
だから、自分の心情を濃くかもすような釣果画像は掲載せず、ごく記録的に。
大ウソ(^^;

また、1000行費やしても書き足りないほどに動悸が早まる読後感を持つことや、徹夜でページめくり続けることもあるけれど、それらは胸の内に。
大ウソ(^^;

 

Booksholfこんな喫茶店で読み始め。

23人が『私の本棚』を書いている。
23人の職業は色々。
作家・俳優・画家・登山家・農学者・哲学者・武道家・写真家・編集者等々。

〝本棚〟を文字通りに本を並べるタナの意と解釈して書いている人が8割くらい。(注1)
本棚(書斎)の写真を載せている人が半分くらい。

武道家。
『若草物語』や『赤毛のアン』を読んで、少女たちは行動する前にあれこれ考えることを知る。
少女たちには〝内面〟があると。
対して、『宝島』『十五少年漂流記』の少年たちの逡巡や葛藤は、〝行動の停滞〟で〝内面〟がないと。

で、それを感じるのが小学4年の時。

登山家。
テントの中で吹雪の音を聞きながらの停滞日。
その時 ザックから出すのは俳句集・漢字の本。
仲間と句をひねる。
コンニャクの漢字を確かめる。

ところで、読書は美徳、ほめられることなのか。
『論語読みの論語知らず』とか。
結果が〝論語知らず〟となっても、〝論語〟を読むだけ悪くはないように思う。

私が読むのは釣り本ばかり。
本を読んで釣果が上がるのであれば、それは私には意味のある読書かもしれない。
しかし、釣り本を読んだことで、釣果が上がった経験は一度もない(^^;
(注2)

本の表題だけ見て本を買う。
私が釣られている(^^;

本夕、読了。

(注1)

『私の本棚』というテーマを与えられて23人中の8割が、「本の収納がどうたらこうたら」とか「並べ方がどうのこうの」という内容の文章を書くというのは私には予想外だった。
本の収納のための本棚に、誰が興味があろう。

例えば、『オトコの台所』というテーマを与えられて、「台所の広さがどうたらこうたら」、「ナベの置き場所がどうのこうの」なんぞとは書かないと思う。
『オトコの台所』というテーマなら、〝男がタマに作る手料理〟のことだろうというのが私の感覚。

『私の本棚』という表題で私の期待した内容は、「こんなヒトのこんな本を読んでいて、ウンヌン」とか「あんなことに興味があるので、これとこれを読んで、ウンヌン」みたいなこと。

(注2)
そもそも、地図を読むとか時刻表を読むとか電化製品の取り説を読むとか囲碁の棋譜を読むとか新聞を読むとかは読書ではない。
写真集や画集や辞書も含まれそうだ。
そのつながりで、釣り本なんぞも読書にならない。
という人が、(私は違う感覚を持っているが)ほとんど(だろうと思う)。

が、写真家が寄せた『私の本棚』は、以下の通り。

紙袋ひとつと二冊の本を持つホームレスの老人を知る。
二冊は広辞苑と大英和で、いつもどちらかを読んでは老人は独り言をつぶやく。
写真家は思う。
最高にうらやましい本との付き合い方だ、と。

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2016年4月18日 (月)

『裁判官の爆笑お言葉集』を読む

〝法律〟という観察でき定量化できる〝実体〟が、この世のどこかに埋もれているわけではない。
法律は、基準も尺度も全て人が考え 人が組み上げるもの。
法律は だから、緻密かつ全方位的に頭を使える人、つまり頭のいい人によって作られ扱われる(ものだと思う)。

何年か前の話。
判決文には、
 ああいうことを行い、こういう結果となった。
 そのことは法律のナニナニのコレコレに触れるので、懲役N年が相当
  である。
と書くだけでいい。
判決文を読み上げたら、それ以上 何も言う必要はない。

そうあるべきだとそれを実行し続けたために再任不適当となりかけ、自ら職を辞した地方裁判官がいた。

司法管理職側の考えは、裁判官が判決決定に至るまでの考察なり、法律用語で表現できない意見なりを書くべき・言うべきだというもの。
要するに、もっと長い判決文を書くべき、法廷で話すべきだとの考え。

本書に書かれているのは、その〝もっと長い〟に相当する部分。
法曹用語で説諭とか付言と呼ばれるもので、権利として裁判官に付与されている。
本書で扱われているのは、口頭で発せられる説諭が多い。

ここでは、用語の定義とか法曹界内と外での用語の使い方の違いといった面倒な話には触れない。
よって、裁判官と判事はどうとかこうとか、判決文と判決書はどうとかこうとか、説諭と付言はどうとかこうとかといった話はしない。
ここまで書いた内容もそうだが、以下も私が理解できる言葉で。

 

Judgeこんな喫茶店で読み始め。

〝爆笑〟とあるが、〝素の人間の言葉〟、〝なまの言葉〟という意味合い。

早い話、裁判官による講釈・説教。

犯罪者同然の私が読むと、〝チッ〟ってのもあるし、〝エラッそうに〟ってのもあるし、〝ンなこと言うオマエはどぉなんだ〟ってのもある(^^;

例えば、
「さだまさしの『償い』の歌詞を読めば、なぜ君たちの反省の弁が人の心を打たないか分るだろう」
と、殺人少年に説諭した裁判官がいる。
〝さだまさし〟と言われた時点で、少年の腹の中は〝ケっ〟だったろうと思う。

しかし、著者にほんの少しの裁判官批判もない。
著者が法曹志願者だったからかもしれないが、全編きわめて肯定的・好意的な文章がつづられる。

こういう、無条件の肯定・好意で埋められた本というのは、趣味の本でさえ滅多にない。
裁判官の言葉よりも、この著者の心根の気持ち良さが印象的。

本夕、読了。

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2016年4月17日 (日)

絵鞆マリン倶楽部安全祈願祭

昨日は船を係留。
今日 朝いちの短いナギを使うつもりだった。
つもりだったが、雨(^^;
未明の雨は、どこも予報できなかった(^^;

結局、沖には行けず。

ンなこと言っても何かが変わるわけではないが、「いやァ、寒い」
とても、外飯(そとめし)という気分ではない。

160417【画像:上】
本日、絵鞆マリン倶楽部の安全祈願祭。
神事も工場内で。

私は、パワーランチ作りに参加。

【画像:下】
パワーランチ。

豚汁
ジンギスカン
チャーハン
焼き鳥
つくね
エビから揚げ
オニオンリング
フレンチポテト
蒸しホタテ
等々。

豚汁の、ささがきゴボウと半月玉ねぎは私の手によるもの(^o^)

ごちそうさまでした。

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2016年4月16日 (土)

凪いだ海には仕掛けを入れてみよ

〝春に三日の晴れなし〟なんだとか。
それを〝春に三日の晴れはなくとも二日の晴れはある〟と解釈する私は、アホかもしれない(^^;

そんなアホなのに、風の読み違い。
山を歩いた。

下山後、車の山道具を釣り道具に乗せ換えた。

15時20分、出航。
ベタナギ。

25ノットの高速航海で、沖へ。

160416f【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

【画像:2枚目】
海がかきまぜられた直後の今日。
魚の様子はどんなだか。

〝案ずるよりも産むが易し〟とか。
また、〝馬には乗ってみよ 人には添うてみよ〟とか。
それを〝凪いだ海には仕掛けを入れてみよ〟と解釈する私は、アホかもしれない(^^;

海がかきまぜられた直後の今日。
と、書いた。

だけではなく、遊漁船をはじめ何艇も竿を出した直後の根でもあった(^^;

キープサイズは釣り上げられたあと(^^;
こんなのばかり、暇なく竿を揺らす
竿を曲げる、と書けないのが残念(^^;

全数リリース、9尾。
17時15分、沖上がり。

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雪山を歩く 4

高曇り。

山へ。

 登り:水元沢コース
 下り:西尾根コース

160416_2【画像:1枚目】
気温が上がり、加えて木々・草々の呼吸熱・発芽熱。
山全体が温温(ヌクヌク)している。

下のほうでしか見えなかったフキノトウの黄緑が、590メートルまで上がってきた。

水元沢コースの重要ランドマーク、滑滝にて。

【画像:2枚目】
山頂にて。

積雪が随分減った。

山頂寒暖計は9℃。

【画像:3枚目】
ササを埋める深い雪の頃の西尾根は、霧氷樹林帯を抜けたあとは等高線を下げないルートを取ると歩きやすい。
今は、2万5千分の1地形図で等高線を5本下げて、ササやぶから のがれなければならない。

825メートル、西尾根ピークに至る尾根にて。
厳冬期には雪庇が成長する尾根。

西尾根コースは、山頂からここまでの間、ダウンがあってアップがあってが4回。
ここが4回目のアップ。

脚の速い先行者が、西尾根ピークに達したようだ。

ここ以降は、ペトトル川渡渉後のわずかな登りまで、等高線を下げるだけ。
西尾根580メートルで、ウグイスの鳴き声。

Gpslog

全給水量は、300CC。

山頂で、
 ・キッコーマン 豆乳紅茶 200CC
 ・森永 ガトーショコラ1個

山歩き時間4時間20分。
18981歩。

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2016年4月12日 (火)

『稼ぐギャンブル』を読む

「月に40万」
と言う仕事仲間がいる。

頭に「競馬で」
、お尻に「稼いでいる」が付く。

この人、競馬新聞なんか読まない。
血統どころか、馬の名前も騎手の名前も知らない。
賭けるために使う情報はオッズ(配当)だけ。
Excelのセルに、締め切り間近のオッズを入力。
で、締め切り直前、Enter。
彼のパソコンには、オッズ入力後にEnterキーを押すと、当たりを予想した馬券をネットで購入できるマクロが組まれてある。

統計学の知識を使っているのは確かだが、それだけでもないらしい。
時々、実績をチェックしてパラメータをいじるのだというのだが、私には彼が何を言っているのか分からない(^^;

賭けるのは、中央競馬開催の土日のみ。
2日24レースのために、彼がパソコンの前に座るのは延べで3時間もないはずだ。

月曜の朝、彼は言う。
「競馬で月に40万稼いでいる」

 

Gambleこんな喫茶店で読み始め。


著者は、お笑いトリオのインスタントジョンソンのじゃい。(注)

競馬の還元率(回収率)は法律で決まっていて、75%。
パチンコは店が決める。
80%くらいらしい。
マージャンは、技量が同じ4人で囲めばチャラ。

以下は、本書に出てくる数字を機械的に計算してみたモノ。
本業ではなく、全てギャンブルで上げた数字。

皐月賞・安田記念・天皇賞と3週連続で当て、コルベットを買う。
3週で1000万。

競馬・パチンコ・マージャン。
10年で3000
万。
それで、マンションを買う。


その7年後、賭博の神にほほえまれている彼、それが2700万で売れる。
その7年間でギャンブルでの稼ぎが2300万。
合せた5000万でマンションの買い替え。

最初の10年が、年300万。
次の7年が、年330万。

私の仕事仲間の実績が年480万だから、この程度は稼げるようだ。

研究。
研究。
研究。
そして、冷静。
ただし、博才がなければダメだと。

インスタントジョンソンのじゃい氏、ギャンブラーとしてのウデが買われ、競馬・パチンコ誌への執筆が多いようだが、本業の芸人活動が増えるとギャンブルの稼ぎが減るという。

私の話。
若い頃、ある仕事で大チョンボ。
後始末をするために大慌てでデスクを離れようとしたら、上司が呼び止めた。
「コンちゃん、オマエ、運はイイほうか」
私、「運が良ければ、こんなコトやってません」

上司、運のイイ同僚を運のない私のサポートに付けてくれた(^^;
ほどなく、トラブル収束。

博才がないのに、私の魚釣りはギャンブルそのもの(^^;
毎度、負けている(^^;

(注)
インスタントジョンソンのじゃいを知っている人がどれほどいるのか。
私は、この本を読むまで知らなかった。
しかし、本書中にはサラっとしか書かれていないが、お笑い芸も真剣・熱心に研究に取り組んでいることをうかがわせる。

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2016年4月10日 (日)

雪山を歩く 3

晴れ。
しかし、西風やまぬ。
ということで、今日も山。

 登り:夏道(南尾根)コース→室蘭岳山頂
 縦走:室蘭岳山頂→596メートルコル→カムイヌプリ山頂
 下り:カムイヌプリ山頂→596メートルコル→水元沢コース

160410【画像:1枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は2℃。

北西方向から流れの速い断雲が入るが、それもわずか。
このあと、陽光をさえぎる雲はとうとう現れず、気温が上がっていった。

【画像:2枚目】
室蘭岳山頂から、東方向を見る。

ピークがカムイヌプリ。
596メートルまで高度を下げたのち、あのピークを目指して746メートルまで登り上がる。

【画像:3枚目】
カムイヌプリ山頂にて。

画像右が北、左が南。
南側、狭い範囲だが地面が出ていた。

今日も気温が上がった。
水元沢、最後の渡渉点ではタテハの飛ぶのを見た。

全給水量は、
・300CC

カムイヌプリ山頂で、
 ・キッコーマン 豆乳うめ 200CC
 ・レフボン オレンジスコーン 1個

水元沢コースの最後の渡渉後、高度を200メートル上げながら、
 ・黒豆のドン(Targa船長からいただいたもの)50粒

山歩き時間6時間35分。
25273歩。

Gpslog以下、きーさんへの私信。

貴ブログ『キーさん便り』の記事「きょうから」に、私、〝室蘭岳のもっともポピュラーなコースの夏道(南尾根)だと、駐車場から山頂まで往復6000歩くらいです。〟とコメントしました。
済みません、間違ってました。
往復ではなく片道です。

今日、駐車場から夏道コースを山頂まで実際に歩いて計ったら5937歩でした。

駐車場の標高が400メートル。
思いっきり単純化して見積もると、山頂が911メートルですから、1歩で9センチ高度を上げる勘定ですね。
一般住宅の階段が1段20センチくらいですから、山の1歩はその半分。
ただし、一般住宅だと2階に上がるのに12段からせいぜい15段しかありません。
1歩当たりで稼ぐ高度は半分ですが、必要歩数は400倍くらいあることになります。

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2016年4月 9日 (土)

雪山を歩く 2

風強く、沖に出られない。

ということで、山。

 登り:西尾根コース
 下り:水元沢コース

160409_2【画像:1枚目】
ペトトル川の源流にて。
すっかり雪がなくなり、ここを渡渉後、しばらくは霜柱を踏んで高度を上げていく。

【画像:2枚目】
ササの葉がバチバチと音を立てる。
降ってきたのは、粒の小さな固い雪。
それも15分くらい、倒木に雪粒がわずかに乗っただけ。

このわずかな降雪後、風が変わり東から流れていた雲が西から流れ出した。

【画像:3枚目】
600メートルから上は締まった雪。
雪の厚みが減り、雪に埋もれて上のほうの1節か2節しか見えていなかったササが、4節、5節と見えるようになってきた。

室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は5℃。

【画像:4枚目】
山が鳴る強風。
しかし、雲が取れて気温を上げる陽射し。

暑い。

160409_6右の手袋を、左肩の前でザックの背負いバンドにはさむ。
左の手袋を、右肩の前でザックの背負いバンドにはさむ。

ジャケットのファスナーを下げ、胸に風を入れる。

根開き(ねあき)。(注)
山が目を覚ました。

【画像:5枚目】
水元沢コースの596メートルコルから下、雪が残るのは日陰だけ。

570メートルにて。
このあたりは、昨秋の落ち葉を踏んで歩く。

【画像:6枚目】
460メートルにて。

雪解け水を集めて流れる滑滝の水量が多い。
ここよりひとつ下の渡渉点、私の脚の長さでは靴を濡らさないで通過するのは難しい(^^;

山歩き時間、4時間40分。
18832歩。

給水量は、
・250CC

水元沢コースの林道を歩きながら、
・黒豆のドン(Targa船長からドッサリいただいたもの)40粒

(注)
〝雪根開き(ゆきねびらき)〟ともいうようだ。

雪は注ぎくる陽光の80%ほどを反射する。
樹皮の陽光を反射する割合は、せいぜい20%くらいのもの。
樹皮は温まりやすい。
根開きができる理由が以上。

この時季、表面はガチガチなのにその下の雪は柔らかいということが多い。
さらに進んで、空洞ができることもよくある。
落とし穴みたいなもの。
だから、これを踏み抜くことがある前提で脚を使う必要がある。

Gpslog_4

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2016年4月 3日 (日)

『海に生きる人びと』を読む

ヘボは承知。
それでも釣師のつもり。
だから、表題の本を手にした心境は分かってもらえるだろう。

 

Miyamoto_tsuneichiこんな喫茶店で読み始め。

書かれているのは日本のこと。
ややこしい言い回しはない。
薄い本。
が、この本、喫茶店でお茶をすすりながら読み進められるようなレベルのはるか上(^^;(注1)

著者の宮本常一(つねいち)は大学者。(注2)

本書の後書きに、「海に生きる人びとの歴史のごくあらましを見て来た。ほんとにあらましにすぎない」とある。
そして、「もう1冊書き足してもよいと思う」とも続く。

彼の著作集、既刊は51巻。
別集が15巻。
調査は徹底していて、書くことも徹底している。
著作集にまとめられていないものが、まだまだ随分残っているそうだ。(注3)

日本列島を対象とする民俗学者・文献史学者は定住を基準とするものだ。
と、本書巻末で解説にあたる現役の民俗学・歴史学者の言。
その解説者によれば、宮本常一の思考は定住の対極の移動に基準があるのだとか。

我々が〝遠征〟と称して地元を遠く離れた水域で竿を出すことがあるように、海に生きる人びとは遠い昔から移動し、ある者たちはそこで集落を作り、ある者たちは戻り、ある者たちは さらに移動して行った。
長崎から能登まで、一家で犬猫まで一緒に家船(えぶね)で移動する。(注4)
船で寝泊まりしての移動。
移動先での寝泊まりも船。
かと思えば、その逆、能登から長崎に向かう者たちがいたりする。
和歌山・三重・淡路島・小豆島からも、長崎に出稼ぎ漁に向かう。
5百年以上も前の記録を著者は紹介する。

海に生きる人びととは、生きるための糧を海で得ている人のこと。
海人(あま・かいと・うみんちゅ)。

塩を作る。
ワカメを刈る。
テングサを採る。
潜ってアワビをとる。
マグロを瀬に追い込み突く。
クジラにモリを打つ。
海賊となる。

海人の移動は旅。

本夕、読了。

(注1)
地理に強い人なら、何ということなく読み進められるのだろうが。
地名が2百も出てくる。
海に生きる人びとが住む地域だから、岬や浦に近いところだけかと思えば、海のない信州や近江、丹波・備中の地名も出てくる。
本書に書かれている地名の地図上の位置が分からないと、何も読んでいないこととほとんど同じ。
私の地理の知識では、全然読み進めていけない。
また、義務教育課程で教科書として与えられる程度の地図帳では、歯が立たたない。
平凡社大百科別巻の日本地図帳を持っているが、これでももの足りない。

(注2)

生年、'07(明治40)年。
没年、'81(昭和56)年。
山口県の人だが、職は大阪に求めている。
小・中学校教諭だったが、病弱の人だったようで病気休職を繰り返している。
40歳近くになってから生家の農家を継ぎ、また農業指導に全国を歩いている。
大学で民俗学・文化人類学を教授するのは57歳から。

(注3)
現地を歩く調査は徹底している。
調査フィールドの古老に話を聞くためだろう、民家での宿泊は1000泊になるという。
戦災で調査ノート100冊と原稿1万2千枚を焼失したというが、それでもこれだけの著作を残している。

(注4)
移動・漁・寝起き、生活のいっさいがっさいに使っていたのが家船(えぶね)。
そこで生活する人のことも家船という。
ほんの50年ほど前まで、隅田川河口域、淀川河口域などに浮かべた家船で万を超す人が生活していた。
香港映画には、中華家船がしばしば映る。

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2016年4月 2日 (土)

雪山を歩く 1

ヤマセ(東風)の強風。
山へ。

3月はナギに恵まれた週末が多く、雨の6日を除いて沖で竿を出せた。
最後に山を歩いたのは2月27日。

今日は、しばらくぶりの山歩き。

登り:西尾根コース
下り:夏道(南尾根)コース

160402【画像:1枚目】
里から雪が消えた。

防風着の下のダウンジャケットを、フリースジャケットに衣替え。
アイゼンをザックに入れ、スノーシューはザックにくくり付けた。

ペトトル川の源流にて。
登りに取り付くあたりは、すっかり雪が融けた。

表題を、『冬山を歩く』から『雪山を歩く』に変えた。

【画像:2枚目】
しかし、低山とはいえ、やはり山だ。
山中は、雪。

600メートルから上は雲の中。

西尾根825メートルピークにて。
雪庇が崩れた。

800メートルを越えた頃から、世界が変わる。
腐ってザクザクだった雪が、ここまで高度を上げると堅くガチガチに締まり、ポールの石突きのほんの先しか刺さらない。
その下は、氷化した雪。

【画像:3枚目】
霧氷樹の枝をくぐって歩く。

風で音をたてて大きく揺れる枝から、霧氷が落ちて真横に飛ぶ。

猛風。

【画像:4枚目】
山頂寒暖計は、氷点下1℃。

濃いガスで、見通しが悪い。
水元沢コースを下りようと思っていたが、夏道(南尾根)コースを下りることにした。

山歩き時間、2時間55分。
14467歩。

飲食なし。

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