« 2015年12月 | トップページ | 2016年2月 »

2016年1月

2016年1月31日 (日)

〝その気〟が揺らぐ(^^;

昨日のこと。

南の空に、これからやせていく下弦の月。
寒い。
吐く息がたちまち凍る。

160130【画像:上】
昨日の日出は6時52分。
6時30分、出航。

(画像は、室蘭マリーナの釣りっこ情報より。よく見ると、写っているのはKON-chan号。 見られています。 悪いことはできません(^^;)

無風、ベタナギ。
防波堤を抜けてからは、25ノットの高速航海で沖へ。

【画像:中】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

28’海域に大船団。
サクラマス海域。

24’海域に移動。
21’海域に移動。
18’海域に移動。

【画像:下】
〝その気〟になれば、助宗・ソウハチ・ソイは掛けられる。

サクラマスを掛ける〝その気〟で、沖にいる。
だから、助宗・ソウハチ・ソイなんかを掛ける〝その気〟には、これっぽっちもならない。

しかし、我が心の内とは裏腹に、私が握る竿を曲げるサクラマスのアタリはなし(^^;

これっぽっちもなかった〝その気〟が大いに揺らぎ、少量を(^^;

クロソイ   2尾
ソウハチ 14枚(リリース11)
スケソウ 11尾(オールリリース)
アブラコ   2尾(2尾ともデカイ。 デカイが2尾ともリリース)

160131_2【画像:4枚目】
昨夕は、登別温泉で新年会。

今日未明、露天風呂から見上げた空に、半月。
風穏やか。
それ行け、沖へと〝その気〟が、・・・

が、室蘭沖、強風。
〝その気〟が崩れる(^^;

| コメント (4) | トラックバック (0)

2016年1月24日 (日)

『魯山人の真髄』を読む

北大路魯山人が書いたもので、今まで文庫に収録されていなかったものをまとめたもの。
38文おさめられていて、一番古いものは'31(昭和6)年(48歳)。
一番新しいものは'59(昭和34)年(76歳)、魯山人没年のもの。
このことから分かるように、魯山人があちらこちらに書いたものの寄せ集めだから、それぞれは短く内容は雑多。(注1)

 

Book_5こんな喫茶店で読み始め。

上記経緯で編まれた本なので、書き散らかしの駄文ばかりが集められているのだろうとページをめくったが、さにあらず。
短いなりにどれも力が入っている。

魯山人は大変にエピソードの多い人だが、第一番目にあげられるのは、彼の美食家としての面だろう。
自ら調理しヒトにふるまいもする。
しかし、本書におさめられている食う話はごくわずかで、『第1章 料理』に4つの短文がおさめられているのみ。

最初が、『私の料理ばなし』。
次が、『アワビの宿かり作り』。(注2)
その次が、『湯豆腐のやり方』。
4文目が『家畜食に甘んじる多くの人々』。

書かれたのは順に、'59年、'36年、'33年、'52年と時系列を追っていない。
『家畜食に甘んじる多くの人々』を最後に置く、こういう並べ方こそが編集者の見識だろう。(注3)
まさに、魯山人は、ああこう言ったあとで、『家畜食に甘んじる多くの人々』みたいなことを言うヒト。

魯山人にとっては、自分の感覚・嗜好こそが絶対善。
世のヒトは皆そうだが、彼はそれが度外れ。

自分のことを言っているだけならば、罪がない。
彼は罪つくり。
『家畜食に甘んじる多くの人々』という題目で文を書くごとく、ヒトをバカにし・ののしり・悪態をつくのが常。

彼が相手にするのは、〝家畜食〟など決して口にしない豊かで品格の高い資産家で、教養があって枯れた審美眼を持つヒト。

庶民・凡人なんぞは、ハナからバカにする相手にさえしていない。

その上で、長幼・伝統・序列・階級、そんなこととは全く関係なく、正面切って、ときにはよせばいいのに刊行物上で個人名を出して小バカにする。
なんてもンじゃなく、大バカにする。

それは、家系の良さや成功者へのねたみ・そねみといったイヤらしい心根から出るものではなく、自分の感性のまま 思いのまま。
酸っぱいを酸っぱい、赤いを赤いと言うのと、彼にとっては同じことなのだろう。

で、「(自分のような)天才でなければわからないものかも知れない」と、しれっと書く。
実際、彼は多能な天才。

そんな人間だからパトロンが離れていくのだが、捨てる神あれば拾う神あり。
そして、捨てる神より拾う神のほうが大物。

魯山人の創作者としての実力のゆえだろう。

本夕、読了。

(注1)

〝雑多〟と書いたが、〝雑〟文が束ねられているという意味ではない。
〝色々〟とか〝様々〟とか〝多々〟という意味での〝雑多〟。
魯山人の才能範囲自体が大変広く、彼をいう時の肩書をざっと並べても、画家でもあるし陶芸家でもあるし書家でもあるし料理人でもあるし篆刻家でもあるし文筆家でもあって、どれも一流。

茶の湯、生け花、建築や造園にも一家言を持つ。
それらをひとくくりにして、彼を芸術家と紹介することが多いが、そういう枠内にはおさまらない人物。
従って書く対象が広い。

(注2)
アワビの宿かり作りの〝宿〟とはアワビの貝殻のこと。
蒸して切ったアワビを貝殻に戻し、三杯酢で食べる。
魯山人のオリジナル料理のようだ。

(注3)
本書の編集が誰なのかは巻末の解説にも書かれていない。
出版社の編集者によるものなのだろうが、よく考えて並べてある。
ただし、漢字へのふりがながかなり意地悪で、読めるものに付けられて、読めないものに限って付けられていない(^^;
私の国語力では読めない字が頻出、漢和辞典を引くこと50回余り。
また、広辞苑クラスの辞典では意味を見つけられない語句・成句も50を超えた。

魯山人のみならず編集者さえも、私のような無知・無教養な者を、ハナから相手にしていない(^^;

| コメント (4) | トラックバック (0)

情報に接したのが、オカに上がってから(^^;

良ナギ。
この時季、ナギならマス海域に行かねばならぬ。
しかし、今朝はあれこれあって、出航8時30分。

160124【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖根。

【画像:下】
根の上15メートルくらいのところに、濃い反応。
その反応にサビキを入れると、20センチあるかないかの小サバ。

インチクで、アブラコ、アブラコ、クロソイ、ガヤ。
キープサイズは掛からず。

登別沖90メートルで、浮きソウハチ入れ食いの情報。
その情報に接したのが、オカに上がってから(^^;

手ぶらで帰航(^^;

| コメント (2) | トラックバック (0)

2016年1月23日 (土)

冬山を歩く 10

この時季らしい降雪のあった週だった。
今日は西の季節風で、それがこの時季らしく強い。
我が小船では、沖に出られず。
これもこの時季の常態。

登り:水元沢コース
下り:西尾根コース

160123【画像:1枚目】
入山直後、日に輝きながら舞う針状結晶の雪。
積もる間もなく、ほんの数分で止んだ。

日が出て、気温が上がった。
帽子から耳を出して高度を上げる。

この右を上り詰めて、20メートル下ると596メートルコル。
そこから、左のピークを目指す。

【画像:2枚目】
山頂にて。
山頂寒暖計は、氷点下5℃。

山頂標識の向かって左の支柱上に、誰が置いたか小さな雪ダルマ。

【画像:3枚目】
三角点から北西を望む。
雲を載せた羊蹄山。
手前、洞爺湖中島。
左、ニセコアンヌプリ。

【画像:4枚目】
ペトトル川の源流の渡渉を終え、高度を40メートル登り返してヒュッテ。

山歩き時間、4時間50分。
16837歩。

給水なし。

西尾根を歩きながら、
・不二家 ハートチョコレートピーナッツ 3枚

冒頭で、〝今日は西の季節風で、それがこの時季らしく強い。〟と書いた。
しかし、今日の室蘭岳、山中を渡る風の穏やかさが終日続いた(^o^)

Gpslog_2

| コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月18日 (月)

『プロ野球 見えないファインプレー論』を読む

今、少年たちに一番人気のあるスポーツはサッカーだろう。

私のハナタレ小僧時代は野球だった。
一人なら、壁が相手。
二人ならキャッチボール。
人数がそろえば三角ベース。(注1)

著者は仁志 敏久。(注2)

 

Bookこんな喫茶店で、読み始め。

ファインプレーとあるが、というほど重い話が書かれているわけではない。
見えないということが主眼。

横っとびでヒット性のライナーをキャッチするのはファインプレー。
しかし、素人目にはどうってことなく見えるプレーにも、ファインプレーがある。
それを、著者は見えないファインプレーとよぶ。

プロ野球選手の技術は、当然のことプロ級。
そのうえで、考えて守り、考えて走り、考えて打っているのだと。

守備に定位置というのはないという。
打席に立つ者の技術を研究し、その場での意図を読み、打球の飛ぶ位置を予測し守備位置を変える。

だから、副題が『いいところに守っていたのは偶然ではない!』。

投球も読む。
著者は1番を任されることが多かった。
試合の前日から、相手投手に先頭打者として立つ様子を頭に描く。

高校野球だと、打席に入ると一球ごとにベンチの指示をあおぐチームがほとんど。
小学生の野球でもそんなチームが多いらしい。
学童・学生野球では監督が絶対で、子供相手に怒鳴る。
そして、監督は『基本』と叫ぶ。

著者は言う。
自分で考えなければならない。
野球は応用動作。
考えて練習をしなければならない。
監督は選手に求めていることを説明できなければならない。
『基本』とは、いったい何のことを言っているのか。
それを説明できる学童・学生野球の監督は滅多にいないと。

著者が考えて具現化した〝見えないファインプレー〟の記録は、
シーズン最多先頭打者ホームラン 8本
シーズン最高盗塁成功率 100%(22盗塁)
シーズン最高守備率 0.995

釣りもそうだろう。
考えている人ほど工夫している人ほど釣果がいい。

私は感性の釣師(^^;

本夕、読了。

(注1)
セカンドベースを除いて行う野球。
必要人員は最低3人。
ピッチャー、キャッチャー、バッター。
次打者がいないのでホームランでないとアウト。
しかし、守備が手薄だからランニングホームラン頻発。
私の町内会のルールでは、ホームを踏んだら守備に回ることになっていた。
4人以上集まると、野手が増える。
この場合は、守備にいた者が抜けて次打者に出る。

(注2)

'71年生まれ。
常総学院・早大・日本生命・'95年巨人・'07年横浜(現、DeNA)・'10年米独立リーグ ランカスター。
'10年現役引退。

| コメント (2) | トラックバック (0)

2016年1月17日 (日)

今日ではなかったようだ(^^;

日出が早くなり始め、今日は7時02分。
6時30分、出航。

良ナギ。

160117【画像:上】
水温が高いようで、今季、胆振沖ではサクラマス好釣果の話は聞こえてこなかった。
私のウデでサクラマスを掛けることができるのは、もう少し先かもしれない。

この〝もう少し先〟というのは、一週間後かもしれない。
明日かもしれない。
もしかしたら、今日かもしれない。

今日かもしれないならば、行かねばならぬ。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
白老沖、サクラマス海域。

【画像:下】
終日(ひねもす)艇では、本海域到着間もなく掛かったようで、タナが20メートルなのを教えてもらう。

が、我が艇ではヒットなし。
今日ではなかったようだ(^^;

帰航途中、沖根に浮かぶも不釣(^^;

ヤナギノマイとクロソイが2尾ずつ。
小さい。
リリース。

14時、沖上がり。

| コメント (2) | トラックバック (0)

2016年1月12日 (火)

『羆撃ち』を読む

雪の積もった山に入ると、シカ・ウサギ・キツネ・エゾライチョウの足跡をそこここに見る。
しかし、それら山の住人の姿を見出そうと左の斜面を見上げ、後ろを振り返り、右の沢筋を覗き込むのだが、ついさっき付けられたばかりと思われる足跡の持ち主の姿でさえ、滅多に見ることはできない。(注1)

 

Bookこんな喫茶店で、読み始め。

そんな動物を追う。
冬はシカ。
春からはクマ。

8時間、12時間。
いや、2日、3日と足跡を追う。

著者の生まれ育ちは、小樽。
幼少時より、日曜ハンターの父親に連れられて山に親しみ猟に親しんだ人。
大学卒業時に、彼が選んだ道は職猟師。(注2)

獲物を追い、走り登り、走り下り、沢を渡り、尾根を越え、木陰に身をひそめ、樹上の枝に取り付き、シュラフカバーとツェルト(ビバーク用簡易テント)にくるまって寝る。
2日も3日も追い、撃つ。

斃(たお)したその場で、皮をはぎ、解体し基地にしているテントまで運ぶ。

たいへんに筆力のある人。
伝える文章自体に、山を走り、獲物を背負って歩くたくましい筋肉の力を感じさせる。
強い、とても強い。

腹を割き、まだ蠕動(ぜんどう)を続けている腸を引き出す。
解体しながら、命の温もりを残している肉片を口に入れる。
雪で冷やした肝臓をほおばる。
裏返して雪で洗った腸に、プリン状に固まりだした血と刻んだ腸間膜を詰め込んでブラッドソーセージを作り、塩ゆでして食う。
焚き火であぶった心臓の鉄の味をウマイと感じる。

3日も追って斃したクマは、皮だけでも40キロ。
それをテントまで運ぶ描写は、読んでいる私の背骨をきしませ、腰に荷重を感じさせ、足の親指をしびれさせる。

猟犬として育て上げたアイヌ犬のフチとの交流。
別れ。

斃したシカの目が凍り出すことまでを描写できる著者。
クマの頭にとどめの一発を撃ち込み、何が起きたのかを知らぬままに目を開いたままこと切れたクマのまぶたを閉じさせるのも同じ著者。
そして、鼻にできた悪性のポリープで余命いくばくもないフチを安楽死させようとライフルを構えるが、撃てないのも同じ著者。

Amazonからのレターパックには、この『羆撃ち』と
「山歩きが楽しくなる本を見つけました。お楽しみください!」
とのメッセージ。

フチを失ってからの著者は、牛を飼うかたわら、職猟師を始めた頃と同じように一人で山を歩き獲物を追っているようだ。
一人で山を歩く孤独と自由は、私も共有できる感覚だ。

本夕、読了。

〝山歩きが楽しくなる〟本。
贈ってくれたのは、I佐長。
どうもありがとうございました。

(注1)
著者が職猟師になったのは'67(昭和42)年。
その際、見込んでいた年間所得は、ヒグマが1頭で30万円。
ほかに、シカ 2頭、キツネ 20頭、エゾライチョウ 20羽を獲ることで、合計 80万円。
支出が、狩猟用車の維持費、燃料を含めての生活費が50万円。
ただし、山での生活が年に11ヶ月間。

当時の国家公務員の中級職の初任年給が、賞与込みで50万円くらい。

(注2)
私が山を歩いていて見たことのある動物は、降雪前だと、エゾリス・エゾシマリス・エゾシカ・トガリネズミ・アオダイショウ。
鳥も随分見るが、私に分かったのはアカゲラ・エゾライチョウ・ウグイス・ウソ。
雪上に残った足跡だと、エゾシカ・エゾユキウサギ・キタキツネ・アライグマ。
(アライグマは何年か前、誰かが飼っていたものを山に放したと聞いた)
ただし、雪の時季に姿を見たことのあるのはエゾシカのみ。

| コメント (2) | トラックバック (0)

2016年1月10日 (日)

冬山を歩く 9

昨日と同じく、今日も北西の季節風。
沖に出られないのは、昨日と同じ。

昨日と違うのは、山の歩き方。
昨日とは逆に、

登り:西尾根コース
下り:水元沢コース

160110【画像:1枚目】
昨夜は降雪。
量は少なく、西尾根の825メートルピークまでの新雪は20から30センチといったところ。
足首までしか埋まらない量。
しかし、新雪の下がガチガチ。
アイゼンを付けて高度を上げた。

手前の斜面を上がり、尾根を伝って、あのピークを目指す。
この時点では、アカゲラが木をつつく音が聞こえ、青空も見えていたが・・・

【画像:2枚目】
800メートルを超えると世界が変わる。

825メートルピークで、ザックを降ろし、埋まる深雪に備え、アイゼンからスノーシューに換えた。

霧氷樹林の枝をくぐる頃、雲の底が下がってきた。

【画像:3枚目】
山頂にて。
山頂寒暖計は、氷点下7℃。

【画像:4枚目】(注)
鷲別川の源流の渡渉を繰り返し、高度を下げる。

雪が降ってきた。

山歩き時間、5時間20分。
15644歩。

給水量は、
・100CC

山頂で、
・森永 あまおう苺ケーキ 2個

(注)
水元沢コースはトレースなし。
西尾根から上がってきた人に、挨拶がてら「どちらから下りますか」と。
「西。お宅は」
「水元にしようかと」
みたいなやり取りがあり、結局、二人とも水元沢コースへ。

にわかパーティの相棒、速い。
滑滝直近のロープ場までは、何とか付いていけたが、そこまで。
「かまわず、先に行って下さい(^^;」

下山後、入山届け簿を見て分ったのだが、この方、私よりかなり年配。
で、 ヒュッテ→西尾根→山頂→水元沢ルート→ヒュッテ を3時間25分。

私も、同じルート。
今日の私の実歩行時間、4時間35分(^^;

Gpslog

| コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月 9日 (土)

冬山を歩く 8

里に雪が降った。
山も積もっただろう。

北西の季節風。
我が小船では沖に出られない。
新雪を踏みに、山へ。

登り:水元沢コース
下り:西尾根コース

160109_2【画像:1枚目】
入山届記帳ポストから250歩ほど登って、200メートル高度を落として沢に出る。
そこから、鷲別川の源流の渡渉を繰り返して沢を抜ける。
596メートルコルまで高度を上げる間は、積雪少なくツボ足。

ルート上に人の足跡は見えない。
画像の足跡は、シカ。

【画像:2枚目】
596メートルコルでスノーシューを付け、山頂までの深雪の斜面に臨んだ。
風は強いが、降り積もった雪が舞い上がることもなく、視界はクリア。

短い時間だが、日が差した。

【画像:3枚目】
山頂にて。

山頂寒暖計は、氷点下8℃。

【画像:4枚目】
スノーシューを付けて急斜面を下るのは難しい。
なので、急斜面のロープ場をかわすため、825メートル西尾根ピーク直近まで等高線を上げて歩いた。
雪でヤブが埋まらなければとても通過できないルートで、標高で50メートル以上 高く巻く。

そこに至る前。
霧氷樹林の枝をくぐる。

西尾根の825メートルピークでスノーシューを外し、以降、ツボ足。

全山、新雪。
しかし、量は少ない。
ヒュッテから駐車場までは、だんパラスキー場のリフトを左手に見る並行路。
ゲレンデはブッシュが見え、スキー場の営業を始められず。
リフトは停まったまま。

山歩き時間、6時間05分。
17094歩。(注)

給水量は、
・150CC

596メートルコルで、
・日糧製パン くるみ餅 1個
山頂で
・森永製菓 カレ・ド・ショコラ フレンチミルク 4枚

(注)
深雪部では、足から体に伝わるショックが少ない。
また、深雪斜面の登りでは、歩行速度が極端に落ちる。
そのせいだろう、歩数計のセンサーが正確に歩行を拾っていないようだ。
実際には、もう少し多いと思う。

Gpslog

| コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月 7日 (木)

『テキヤはどこからやってくるのか?』を読む

的屋と書く。
フーテンの寅さんの職業。
香具師(ヤシ)、ろてん商のこと。
香具師という言葉は江戸時代から有るようだが、テキヤのほうは新しい言葉らしい。

テキヤ自身は自らを、〝露商〟と書くそう。
広辞苑には〝ろてんしょうにん〟という項目が立てられているが、表記は〝露商人〟。

以下、本記事中ではそれらの言葉を区別せず、〝テキヤ〟で統一する。

小さな神社の小さな例祭にも縁日がたち、テキヤが商売していた。
いつごろからか、テキヤに代わって、町なかに店(たな)を構える商店・飲食店の臨時出張露店やPTAや町内会が出す模擬店が並ぶようになった。
遊価・販価が大きく下がった一方で、射幸心をあおる出品物やインチキ・マガイ・子供だまし物が並ばなくなり、結果、少しも面白くなくなった。
子供だって子供なりに、テキヤの出し物のアタリの確率はゼロ、並べられているものは子供だましなことを知っていた。
それを知ってはいても、子供は子供。
子供が子供だましに心を揺さぶられるのは当然だろう。

子供だけではない。
テキヤが仕切っていた縁日では、大人も心を揺さぶられていたのではないか・・・

 

Bookこんな喫茶店で読み始め。

テキヤは血縁で受け継がれてきた業ではなく、親分子分関係で伝承されてきた業。
また、文書で残されたものは少なく、活動内容はほぼ口伝。
著者の考証は、フィールドワークでの会話から得られた情報を元に進められる。

副題は『露店商いの近現代を巡る』。

さて、〝テキヤはどこからやってくるのか〟。
それは、ごく近所からやってくる。

フーテンの寅さんのように、トランクひとつぶら下げて日本中のあちらこちらで啖呵(たんか)売りをして、その夜の酒代と宿賃を稼ぎ歩くようなテキヤは創作の世界だけの人物のようだ。

テキヤは一匹オオカミではなく組織員。
そのテキヤ組織にはテキヤ組織なりの決まり・仁義があるが、その上でちゃんと〝公のお墨付き〟を得て店を出している。
道路占有許可を警察から、飲食物提供許可を保健所から得て商売をしているわけだ。
戦後すぐはGHQに露店商同業組合を認めさせ、治安の維持さえ請け負っている。

著者は、東京墨東(隅田川中流東岸域)地区を主な縄張りとするテキヤ組織を聞き取り調査し、それを博士論文にまとめている。
その論文の一部を製本出版し、聞き取りの相手をしてくれたテキヤ本人たちにも手渡している。
が、読んではもらえなかったいう。
『テキヤはどこからやってくるのか?』は、彼らにも読んでもらおうと、読みやすく作り直したもの。

読みやすくしたとは言っても、その下敷きとなっているのは博士論文。
薄い本だが、学者精神は少しも脇に置かれることなく、硬い文章で、因果、時系列、傍証が緻密に記述され、きわめて説得性の強い内容。

テキヤは親分子分関係の組織。
扱うのは、確率ゼロ、子供だまし。
どころか、大人だましまで。
なのに、大人さえ心を揺さぶられる。

それらは、そうかっちりと説明できるほど理屈のあるものではないだろう。
納得はあっても、説得はない。

本書も、テキヤには読んでもらえないと思う(^^;

本夕、読了。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月 3日 (日)

冬山を歩く 7

北西の季節風。
我が小船では、沖に出られない。
で、山へ。

体がなまっていて、少し負荷を与えたい。
風はあるが、雲が高く、降らない予報。
ということで、長いコースを歩いた。
累積獲得高度は2020メートル。

登り:西尾根コース
下り:水元沢コース

160103【画像:1枚目】
気温が上がり、夕べの里は雨だった。
さすがに山に降ったのは雪だったが、その量は少なく、それも締まっている。
今日は山頂までツボ足で。

山頂にて。

山頂寒暖計は、氷点下5℃。

【画像:2枚目】
昨日は650メートルまで雲が降りていて、視界が閉ざされた中での山歩きだった。
今日は北西から風が走るものの好天。

水元沢コースにトレース(踏み跡)は見えない。
が、今日のように視界が開けてさえいればルートは得られる。
スノーシューを付け、水元沢コースを下った。

この画像の背中にあるのは、私のトレースだけ(^o^)

【画像:3枚目】
800メートルまで下りると、ウサギの足跡。(注1)
それと並行して、しばらく歩く。

【画像:4枚目】
596メートルコルまで下りたら、このコースを登ってきた人が二人。
彼らから、「コルから下は、ツボ足踏破可能」とのことで、スノーシューを外した。
入れ替わりに、彼らがスノーシューを付ける。

急傾斜を下りて一息つく場がここ、滑滝。
流れる水が少ない。
シカの足跡多数。

ここから、渡渉を繰り返して、沢を抜ける。(注2)

山歩き時間、5時間30分。
18543歩。

・給水 150CC
滑滝で
・ロッテ クランキービスケット 1枚
・森永 リーフィパイ 1個

(注1)
ウサギは〝止め足〟を行う。
足跡の始まりも終わりも突然。

(注2)
2万5千分の1地形図では、鷲別川を2回渡渉したら沢を抜けられるように見える。
実際には、本流5回、支流5回の渡渉が必要。
また、2万5千分の1地形図に表示されているより、もう少し上から川が始まる。

Gpslog

| コメント (2) | トラックバック (0)

2016年1月 2日 (土)

『殺しの軍団柳川組』を読む

'58(昭和33)年、柳川次郎を組長に組織されたのが柳川組。
それが、'69(昭和44)年に解散するまでの話。

副題が、『山口組全国制覇の先兵たち』。

 

Book_2こんな喫茶店で、読み始め。

切った張ったが比喩でも何でもなく、文字通りの〝切った張った〟の世界。
のみならず、刺す、撃つが加わる。
極道。

「アンタと死ぬ」は演歌。
女が男に言う。
極道の世界では男が男に、「アンタと死ぬ」。

柳川次郎は「アンタと死ぬ」と言う人間が、幾人も寄ってくるカリスマをまとった人物。
極道の世界でなくても大成した人物に違いない。

解散後、山口組の幹部に取り立てられたり、自身が長となって組を立ち上げる者が何人か出る。
極道界の有能人物を多数抱えていた組だった。

8人で大阪で組織された柳川組が、奈良・京都とシノギ(極道用語で〝稼業〟のこと)の場を広げ、岐阜・石川・富山・北海道と勢力を拡大する。
その間、10年足らず。
最盛期の構成員は1700名。

「けんかに良い悪いがあるかい。勝たなメシの食いあげや」

けんかに強く、バカでなければ極道に入れない。
しかし、けんかに強く、バカなだけでは極道を生きてゆけない。

本夕、読了。

| コメント (0) | トラックバック (0)

冬山を歩く 6

160102_5風力発電の風車のプロペラが止まった。

無風。

今日のナギは短い。
急げや急げ。

ということで、6時50分にマリーナに着くも、シケに備えた係留ロープを解くのに手間取り、出航は7時20分。

しかし、防波堤を出ると、すでに西からのウネリ。

40メートルの黄ブイまで沖出しするも、間もなく風が降りてくる雰囲気。
Uターン。
着岸すると同時くらいに西風が吹いてきた。

一投どころか、竿さえ組めなかった(^^;
航海時間、25分。


帰宅すると、南の窓から日差し。
山装束に着替えた。

登り:西尾根コース
下り:夏道(南尾根)コース

と、年末28日と同じルート。

160102_2【画像:1枚目】
ペトトル川の源流をひとまたぎして、登りに取り付く。

気温が高く、氷化した雪の上に乗った新雪が粘っこい。
靴は埋まらず、せいぜいくるぶしまで。
靴底の溝だけでグリップがきく。
ツボ足で高度を上げた。

【画像:2枚目】
雲底が低く、650メートルからは雲の中。
景色が煙る。

825メートルの西尾根ピークを過ぎ、雪庇帯を抜けたあたりから雪質が変わり、埋まりだす。
ザックをおろし、スノーシューを付けた。

風に雪が混じってきた。

【画像:3枚目】
山頂にて。

山頂寒暖計は、氷点下1℃。

【画像:4枚目】
水元沢コースを下りたかったが、トレースなし。

風を遮る樹林帯ルートの夏道コースを使って、高度を落とした。
このルートは積雪が少なく、岩カドが見える。
画像の位置でスノーシューを外しザックにくくり付け、再び、ツボ足となった。

山歩き時間、3時間10分。
13449歩。

飲食なし。

Gpslog

| コメント (2) | トラックバック (0)

2016年1月 1日 (金)

あけましておめでとうございます

旧年中はオカでも海でもネット上でも、大変お世話になりました。
本年も旧年中と変わらぬお付き合いのほど、よろしくお願いします。

この世を支配している物理法則は、時間(s)・長さ(m)・質量(kg)・電流(A)・温度(K)・物質量(mol)・光度(cd)の7つの単位で書き表せるそうで。
調理師なら、時間・長さ・質量・温度
医師なら、時間・長さ・質量・温度・物質量
農家なら、時間・長さ・質量・温度・物質量・光度
自動車整備士なら、時間・長さ・質量・電流・温度・光度
が常用する単位でしょう。

釣師の常用単位は2つだけ。
〝長さ〟と〝質量〟。
これだけあればこと足りる そんな世界に、昨年もデカイ・小さい、掛かった・バレタと楽しい時間を過ごしました。

魚釣りは、〝納得しやすい〟遊びです。
掛からなければ、〝魚がいない〟。
魚がいても、〝腹の減った魚がいない〟。
腹の減った魚がいても、〝仕掛けやルアーが腹の減った魚の鼻先を通過しなかった〟。
仕掛けやルアーが腹の減った魚の鼻先を通過しても、〝仕掛けやルアーが今日の魚には合わなかった〟。
などなど、自分を納得させる理由を無数に見つけることが可能です。

で、私は開き直って言うのです。
「ボーズの日でも、好釣の日と同じ気分で竿を納めることができる」
と(^^;

今年の私も、自分を納得させる理由を見つける釣行を続けることでしょう・・・(^^;

 ↓↓↓↓ は昨年中のあんなことやこんなこと。

160101

| コメント (12) | トラックバック (0)

« 2015年12月 | トップページ | 2016年2月 »