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2015年12月

2015年12月31日 (木)

’15 楽しく釣りができました

今年も、多くの船長さんたちに、好釣海域へと誘導していただきました。
お世話になりました。
どうもありがとうございました。

151231ではあっても、思い描いている釣果・釣法を具現化させるウデには全く何の進歩もなく、下品な釣欲をいだきながらも相も変わらずの釣果上品の日々でした。
まァ、この釣果上品というところが、我が艇の我が艇たらんところであるわけなのですが(^^;

釣りは〝思いがけなく〟とか〝ラッキーヒット〟とか〝どういうわけか〟もそれなりにうれしいけれど、やはり〝狙って〟掛けたいものです。
思いだけの〝狙って〟ではなく、1尾目は〝思いがけなく〟とか〝ラッキーヒット〟とか〝どういうわけか〟であっても、次のアタリからは、あるいは次はアタらなくても、その理由を説明できる釣りをしたいものです。

てなことを、時には思いながら竿を出しました。
〝時には〟ってことだから、それ以外、つまり ほとんどは何かを考えて竿を出したわけではないのですが・・・、ハァ(^^;

でもしかし。
あんな釣り、こんな釣り。
今年も楽しく釣りができました(^o^)

良いお年を。

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大晦日の釣り

8時、出航。
本日、大晦日の釣り。

天気予報は、昨日より今日の方が悪かった。
が、外れ。
良ナギ。
24ノットで沖へ。

151231【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖根。

【画像:下】
ホッケ。
昨日の今日だから、1尾目からキープ。
しかし、4尾目はこなかった。
4尾目がこないのだから、5尾目、6尾目、・・・がくるはずがない。

こないはずだ、アザラシがアッチでもコッチでも(^^;

10時、沖上がり(^o^)

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2015年12月30日 (水)

1尾目からキープすべきだった

風が落ちた。

8時30分、出航。

151230【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
沖根。

日が差した。
しかし、沖はうねりが残り、落ちたはずの風も結構なもの。
我が艇の装備力では、とても釣りにならない。

とても釣りにならないが、そこはそれ。
仕掛けを入れる。

婚姻色で黄色くなったビール瓶サイズのアブラコ。
続けて、婚姻色で紫色になったビール瓶サイズのアブラコ。
いずれもリリース。

その後、ホッケが続けて4尾。
いずれもリリース。
5尾目を、キープした。

で、6尾目はこなかった(^^;
1尾目からキープすべきだった。
6尾目がこないのだから、7尾目、8尾目、・・・がくるはずがない(^^;

【画像:下】
結局、5尾目のホッケと、クロソイが1尾と、きわめて上品な釣果(^^;

北西風に乗って真っ黒い雲。
ほどなく、沖は吹雪。
13時30分、沖上がり。

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2015年12月28日 (月)

冬山を歩く 5

北西の強風。
沖には出られない。

登り:西尾根コース
下り:夏道(南尾根)コース

151228【画像:1枚目】
古い雪の上に、新雪が乗っているが、大した積雪量ではない。
結晶の細かい、密度の高い雪で、踏むと鳴る。

ペトトル川の源流を渡渉し、登りに取り掛かる。

わずかに空から雪。

【画像:2枚目】
800メートルあたりから、世界が変わる。
雪が急に深くなり、場所によっては股間まで埋まる。
が、ラッセル距離はわずか。

スノーシューを背負ってきているが、結局、使わずにツボ足で歩き通した。

西尾根ピークの825メートルから前方を望む。
尾根上に成長した雪庇(せっぴ)。
画像の雪壁を左手にして進み、前方の雪庇を右に巻いて尾根から顔を出す。

白鳥大橋の風速計で20m/s近くあったから、このあたりでは20m/sを超えている。
ここをかわすと、霧氷樹林をくぐって歩く、夢の世界(^o^)

【画像:3枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は、氷点下10℃。

南尾根から上がった二人パーティーの先行者が、水元沢コースをスキーでおりたようだ。
シュープールが2組。

【画像:4枚目】
私は、樹林帯を歩く夏道を使って高度を下げた。
このコースは、高度を150メートルも下げると霧氷が消える。
コース上の雪は締まって、靴も埋まらない。

山歩き時間、3時間15分。
12419歩。

給水なし

山頂で、
・柳月 十勝この実 1個

Gpslog_2

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2015年12月27日 (日)

『小説家のメニュー』を読む

音楽評論家には〝聴き屋〟を雇っている人がいるという。
コンサートやCDをその評論家に代わって聴き、その内容を雇い主の評論家に伝えるのが〝聴き屋〟の仕事。

阿刀田高はエッセーの中で、自ら〝読み屋〟を雇っていると書いている。
立花隆も〝読み屋〟を使っている。(注1)
彼の出版物の最後に掲げてある参考文献の数は、何人もの〝読み屋〟がいてこそ。
懸賞小説・懸賞論文などは、審査員のところに持ち込む前に、主催会社の多数の社員で読んで数を大きく絞り込むという。
これも〝読み屋〟と言っていいだろう。

津軽育ちの奥さんが津軽弁で書いた小説を東京言葉に直し、それを自作として発表していたのが創作者としての才能に乏しかった深田久弥。
こうなると、この奥さんは〝書き屋〟といったレベルのはるか上。
事実、のち、このことが世間に知れ渡ることになり、彼は盗作者として長いこと文壇に戻れないことになる。

ところで、〝食う話〟を文字にするのは、大変に難しい。
普段、ワンコインランチを食っているサラリーマンが、たまの旅先での あれ食った・これ飲んだ話なんかは、聞くほう読むほうの側にいてさえ赤面させる。
言うほう書くほうが素面でいられるのが、大いに不思議。
って、オレのことか(^^;

Bookこんな喫茶店で読み始め。

小説家の書く〝食う話〟というのは、稿料稼ぎの余技だろう。
話を作り、言葉を操るのが本業なのだから、別に〝食い屋〟を雇わずとも、お茶の子さいさいで書けると思う。
〝聴き屋〟、〝読み屋〟は分るが、そもそも〝食い屋〟はありえないことでもあるし。

ましてや開高健。
使いこなせる日本語の単語数は、私の100倍や1000倍で きかないだろう。(引き合いに私を出すのもナンセンスだ)

それに加えて、筋金入りの美食家・健啖家。
彼の妻子も料理・飲み食い本を多数出すような、そんな環境で生活した人。
語学に堪能だった人で、各国語で本を読み、世界中を旅歩き、釣り歩き、食い歩いている。
そんな人が書く〝食う話〟だ・・・

・・・・・・

小説家なら、お茶の子さいさいで〝食う話〟を書けるだろうと上で書いた。
しかし、何ということ。
小説家でも〝食う話〟は書けないようだ。

書いてあるのは、遠い向こうにあって、一般の日本人にはなかなかアクセスできないものばかり。
ベトナムのネズミ料理、ストックホルムのアイスクリーム、ブリュッセルのチョコレート、ブラジルのパイナップル、アマゾン河口の島マラジョのアボガドスープ・・・

北海道に住む者に、長崎のクエ、京都の賀茂なすを語るようなもので、〝食う話〟にこういう類のものを取り上げるのはご法度、ズルイ。
遠い土地の食い物ではなく、ソバやカレーライスを題材にしたのなら、彼の筆力でも稿料を取れる文章は書けなかったと思う。

彼にして、〝食う話〟の表現は、
○我が舌を疑った
○言葉もない
○・・・・・・!!
○絶品である

ワンコインランチサラリーマンが使う表現と、何ら変わるところなし。

読んだのは、東京海上火災(現、東京海上日動火災)の保険代理店に向けた情報誌『ザ・ステイタス』に連載された12編を一書とした本。(注2)

本夕、読了。

(注1)
世に出るCD、現にたった今 公演されているコンサート、それらをあまねく聴くのは1日24時間の中では絶対に無理。
雇い主たる評論家の域にまで耳が熟してない者が聴いてダメ評価であれば、聴く価値がなかったのだから、その分は時間を経済できたことになる。
ということなのだろう。

〝読み屋〟の役目も同じ。

ヒトに聴いてもらっても、読んでもらっても、あるいは聴いても聴いていなくても、読んでも読んでいなくても評論はできるようだ。
以下はその例。

レコードの時代。
立派なオーディオルームとオーディオセットを持つ音楽評論家が亡くなった。
同業仲間が、そのステレオセットを見て驚いた。
アンプとスピーカーをつなぐケーブルが、R-L、L-Rと逆接続。
亡くなった評論家は、ずっと長いこと、左右逆にスピーカーをセッティングしていたことに気付いていなかった・・・

まァ、そんなもの。
あるいは、私の作り話かもしれない(^^;

(注2)
東京海上火災が東京海上日動火災となった今も、『ザ・ステイタス』が発刊されているのかどうかは不明。
読んだ本は、神田神保町で見つけた。

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2015年12月26日 (土)

冬山を歩く 4

今朝は、この時期らしい寒さとなった。
風も冬の季節風、北西。
その風が強く、沖には出られない。

登り:水元沢コース
下り:夏道(南尾根)コース

152126【画像:上】
コース上にトレース(踏み跡)なし。
シカの足跡は、この滑滝の付近まで。
キツネとウサギの足跡も、さらに高度を200メートル上げたところで消えた。

締まった古い雪の上に、昨日・今日の新雪。
その深さは大したことなく、800メートルより上はスネまで埋まるが、それより下はクルブシまで。
全ルート、アイゼン不要。
ツボ足で歩いた。

トレースはないが、新しい赤テープのマーカーが要所要所に掲げられていて、ルートを見付けやすくなっていた。(注)

この滑滝の左から急登に取り掛かる。

【画像:中】
山頂まで残り高度150メートルといった付近から、細かい雪。
山頂標識が、その細かい雪でかすむ。

山頂寒暖計は、氷点下9℃。

【画像:下】
夏道コースは自然樹林帯を歩くコース。
落葉した裸木の林だが、風をさえぎってくれる。

樹林の大部分はダケカンバ。
大木はミズナラ・シナノキ・ホオノキ。
アオダモも見えるが、バットを作れるほどの太さはない。

山歩き時間、4時間05分。
18058歩。

飲食なし。

(注)
このマーカーをうるさく思う登山者も多い。
山に入る前に体を作り、地図・地形を読んでルートを得るところからが登山だという考えがその根底。
ルート確保のために個人が一時的に付けたマーカーは、下山時に回収するのはマナーとしても、案内用として付けられているマーカーもゴミだとして回収するという人も山によってはいるようだ。


GPSロガ-がの部分でうまくトラッキングできていない。
原因不明(^^;

Gpslog

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2015年12月23日 (水)

冬至の翌日

冬至の翌日。
日出がいよいよ遅くなり、今日は7時02分。
7時30分、出航。

低く小さいのだが尖って硬い波。
船速を上げられない。
18ノットで沖へ。

151223【画像:上】
15分あたりに船団が見えるが、その手前14分ちょっとで船を止めシーアンカー投入。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
水深、70メートル。

ここまで来る必要はなかったかも知れない。
6分あたりから反応があった。

50メートル付近に濃い反応。
スケソウ。

底に濃い反応。
ソウハチ。

時折、30から底まで全てに濃い反応。
小サバ。

結局、ソウハチサビキを入れた。

太陽が出たのは、ほんの短い時間。
風はヤマセ、東から。

【画像:下】
ソウハチ 60枚
スケソウ 12尾

イケスに、サバ 6尾

11時30分、沖上がり。

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2015年12月20日 (日)

『殺し文句の研究』を読む

阿刀田高の短編集。
彼の作品はショートショートと呼ばれ、どれもごく短い。(注)

 

Book_3こんな喫茶店で、読み始め。

考えて作品のアイディアを出すという。

将棋盤に向かって、「ああくる、こう受ける・・・」のような頭の使い方とは違う。
財布が見つからない、「あそこを通って、あのあたりでポケットから手袋を出した。 あそこで落としたか・・・」のような頭の使い方とも違う。
魚が掛からない、「いないのか、腹が減ってないのか、水温が高過ぎるのか・・・」のような頭の使い方とも違う。

これらは、シミュレーション、あるいは記憶の呼び出しで、彼がショートショートのアイディアを生む過程とは違う。
同じような頭の回路を、4コマ漫画家なら持っているかもしれない。

観察・会話はアイディアが生まれるきっかけとなるようだが、定まったテーマを意識して何かを見たり・聞いたりということはないようだ。
考えて創作・創造の核を浮かばせる、そのように頭を使える人がいるというわけだ。

私ごときが言っては僭越が過ぎるが、大変に頭のいい人。
ストレートな頭の良さというのは、読む人の気持ちもストレートにしてくれるようだ。
本夕、読了。

(注)
日本でショートショートというと、まず初めに名前をあげられるのは星新一。
阿刀田高・星新一とも千編は書いているのでは。
私が触れたのは、その内のほんのわずか。
そのほんのわずか知った範囲内での印象を言うと、阿刀田高のものが星新一のものよりもかなり大人向けに感じる。
1編1編はショートショートとはいえ、何せ作品数が多いので、阿刀田高・星新一が出版した本は大変に多い。

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冬山を歩く 3

北西の風強く、沖には出られない。

山へ。

登り:西尾根コース
下り:水元沢コース

151220【画像:上】
先々週来 気温が上がったあと、この週末に向けては寒気。
滑るだろうと、この冬 初めてストックを手にした。
締まった雪に、薄く新雪がかぶっていたが、深さは随分減らしていた。

気温が上がり、帽子から耳を出し、手袋を付けたり外したり。
山頂までは、ツボ足。

山頂にて。

山頂寒暖計は、氷点下1℃。

【画像:中】
水元沢コースは使う人が少ないルート。
雪があると、いよいよ少ない。

このルートは、雪が乗ると596メートルコルから山頂間を歩くのがなかなか難しい。
雪におおわれた斜面は、どこを歩いてもいいようなものだが、しかし、このルートに限って言えば、無雪期ルートからあまり外れないほうがいい。
外れかたにもよるが、雪の下は背の高いササが生えた急斜面で大変に歩きづらい。

ルートとなる尾根は、その大半が、いわゆる馬の背のようにはっきりしていない。
外れないほうがいいと簡単に言うほど、その実行はそれほど簡単ではない。
なので、無雪期にGPSロガーにトラッキングした地図を印刷してポケットに入れてきた。
ただし、2万5千分の1地図とコンパスで得る程度の精度だとちょっと甘い。

今回は、このルートを下りに使った。
山頂でアイゼンを付け、650メートルまで下りたところでアイゼンを外した。
ルートに乗るのとほぼ同時、太陽が雲から出た(^o^)

596メートルコルにたどり着ければ、あとはランドマークとなる立木・倒木・巨石があって迷わずに歩き進める。

ずっと下って下って、ロープ場をかわした鷲別川源流の滑滝(なめたき)にて。
このあたりまで来ると、動物の足跡が見え、鳥の鳴き声が聞こえ出す。

【画像:下】
最後の渡渉場。
鷲別川本流に注ぐ、ごく細い支流。
ひとまたぎ(^o^)

ここから高度で200メートルの登り返し。
山歩きを始めた当初、この登り返しが苦しかったが、だいぶ脚ができ上がった。
今は、この登り返しが楽しみ(^o^)

山歩き時間、5時間00分。
歩数不明(電池切れ)。

・給水 120CC。
・ブルボン チョコブラウニー 1本

Gpslog

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2015年12月15日 (火)

『神が愛した天才数学者たち』を読む

(-1)×(-1)=1
は、どのように教わったっけ。
「そういう約束になっている」といった程度に教えられ、次の単元に進んだのではないか・・・
負の数の加減乗除を習うのは、中学1年生の1学期。
以降の数学に、私はついていけてない(^^;(注)

紀元前6世紀の古代ギリシャのタレスから19世紀フランスのガロアまでの、天才数学者たちの伝記。

 

Bookmathこんな喫茶店で読み始め。

〝努力〟とか〝繰り返し〟とか〝訓練〟という言葉を持たない人たちがいる。
天才。

天才のひらめきを我々が知ろうとするのはできない相談で、多分 天才自身でさえもそれを説明できないだろうと思う。

彼らがひらめくのは、神の知恵が降りてきたからとしか言いようがない。

本書も天才たちがひらめきを得た理由や経緯については述べられていない。
書かれているのは、その人生、周囲の世界。

数学に限らず、芸術・スポーツの分野にも天才がいるが、その天才性を発揮できるのは、その人が確かに天才であるというだけではダメ。

例えば、天才バイオリニストとか天才ピアニストと呼ばれる人がいる。
ところが、バイオリンがこの世に現れるのは16世紀、ピアノに至っては18世紀。
天才バイオリニストあるいは天才ピアニストとなる資質を持ってはいても、その人の誕生が15世紀だったら、その天才を示すことができない。
ならば、それら天才の資質を持った者たちは、違う楽器で天才性を示し得たかというと、ンなことにはならないだろう(と思う)。
生まれた場所やその時期が、天才の出現を決定する。

天才とは、人類に平等な確率で現れるのではなく、偏在的・局所的に現れる恐ろしく小さく不公平な確率にみえる。
確かに天才数学者たちは、神に愛されている。
それも、気まぐれな愛に。

アーベルとガロアの論文が、送り先で机の引き出しに放り込まれたままだったり、紛失されたり。
評価を与えられないまま若くして死んだ、この二人の天才が悲しい。

ツッカエ・ツッカエしながらも、本夕、読了。

で、あとがきまで読んで分かったのだが、本書は中学生向けの学習雑誌に連載されていたものを一書としたものなんだと(^^;

負×負は正 を習うのは中学1年生の1学期。
〝以降の数学に、私はついていけてない〟と初めのほうで書いた。

本書を読むのに、ツッカエ・ツッカエだったのもムベなるかな(^^;

(注)
湯川秀樹のエッセーに、『負数×負数が正数となる理由が分かったのは、研究生活に入ってからだった』と書いてあるのを、随分あとになってから読んだ。
湯川秀樹にして、そう。
私が 負数×負数が正数 となる理由をいまだ知らないのは決して恥ずべきことではない。
と、開き直るようなことではないが(^^;

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2015年12月13日 (日)

日の出前に出たかいなく

日出が6時55分。
6時40分、出航。

151213_2【画像:上】
期待していたほどには海上の風は落ちず、波も結構深く、うまいこと仕掛けを落とせない。

ウデのことはアッチに置いといて、風・波のせいなのか、腹の減ったサカナがいないのか。
日の出前に出たかいなく、11時までは、さっぱり。

出竿をこんな風景の見える海域に変えたら、ポツラポツラとアタリが見え出した。

【画像:下】
ガヤ×4
ソイ×6
小さい(^^;

13時、沖上がり。

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2015年12月12日 (土)

釣りにならないのに、出竿

風が落ちた。

10時15分、出航。

151212【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖根。

沖は好天。
しかし、北西風が降りてきて、うねりの付いた波。

【画像:下】
魚はいる。
しかし、我が艇の装備力での手前船頭では釣りにならない(^^;
釣りにならないのに、出竿。

良型が針掛かりしたのを機に沖上がり。

往航22ノット、復航8ノット。

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2015年12月11日 (金)

『砂時計の七不思議』を読む

文字で書かれれば、〝粉体(ふんたい)〟も、〝粒体(りゅうたい)〟も、その合成語である〝粉粒体(ふんりゅうたい)〟もイメージできる。
が、〝粉粒体〟という単語も〝粒体〟という単語も、意外なことに〝粉体〟という単語さえも広辞苑には採用されていない。

砂時計の砂は、時の刻み始めから終わりまで、すなわち、
・時の刻み始めの、上に砂がたくさんある状態
から、
・時の刻み終りの、上に砂がなくなる瞬間
に至るまで、くびれを通過する砂の(流量)速度が変わらない。

上に砂がたくさんあってくびれを通過する砂にかかる圧力が高いときも、砂が少なくなって圧力が低いときも、くびれを通過する砂の様子が変わらないというのが不思議。(注1)
そういう挙動をする〝粉体〟・〝粒体〟・〝粉粒体〟の話。

きなこ・龍角散などは〝粉体〟で、砂・米などは〝粒体〟だとは一概には言えない。
〝粉〟と〝粒〟の境い目はあいまいで、〝粉〟のほうが〝粒〟より小さいとは言えるが、〝粉〟と〝粒〟を分ける定義はなく、扱う立場次第。
無量大数の天体を〝粒〟として扱うことで、大宇宙の挙動・現象を説明する立場もある。
本記事中では面倒なことを言わずに、話題の対象を〝粒(体)〟として統一した。

 

Book_2こんな喫茶店で、読み始め。

〝粒〟は言うまでもなく個体。
その〝粒〟がたくさん集まると、液体や気体に見られる〝沸騰〟や〝対流〟や〝浮力〟とよく似た挙動を示す(示させることができる)。
しかし、現象がよく似ているというだけで物理的には全然別モノ。(注2)
このたくさん集まるというのが、〝粒体〟に秩序性を与えると同時に、扱いに困難さを与える。

流体力学とか熱力学(統計力学)は、〝物質〟を扱うのではなく〝現象〟を扱う学問で、著者が言うには物理学の世界では本流とはならず二流扱いなのだとか。
微視的に微視的にと進む〝物質〟を扱う立場の物理学は『理解』に到達できる。
流体力学や熱力学のような、全体・集合としての〝現象〟を扱う立場の物理学は(今のところ)『理解』に到達できないというのが、その理由。
コンピュータシミュレーション上はいくらでも〝現象〟に近付けるのに、はたしてそのシミュレーションモデルが正しいのか、他にも現象に似るモデルを構築できるのではないかは、(今のところ)分かっていないのだ、と。

てなことが書かれているのだが、何せ読んでいるのが私。
実のところ、字面(じづら)をながめているだけで、私自身は自分で書いていて何も分っていない(^^;

著者は物理学者。
生物学や経済学や気象予報の困難さと、〝粒〟の集まりを扱う困難さは似ていて、それは考える対象が〝物質〟ではなく〝現象〟だからなのだと言う。

シマウマの縞と砂浜の風紋は似て非。
しかし、見えている〝現象〟は同じ。
もしかしたら、シマウマの縞も風紋も同じ原理が作用してでき上がっているかも。(注3)
更には、〝現象〟を〝理解〟するということは、というところにまで話は進む。

砂時計で始まる〝粒〟の話が我々の意識世界にまで及ぶのは、物理学者としての著者の力のレベルの高さ。

 砂山の砂に腹這ひ
 初恋の
 いたみを遠くおもひ出づる日
         (『一握の砂』より)

砂山は〝粒〟の集合。
〝粒〟は、人に遠き日の初恋の痛みさえ思い起こさせるようだ・・・

本夕、読了。

(注1)
実はそうではなく、上に砂がたくさんあっても少なくても圧力は変わらない、ということが本書内で示される。
だから、高い山に掘られたトンネルも低い山に掘られたトンネルも壁のコンクリートの厚さは同じですむことになる。
そこが、気体や液体と違うところ。

(注2)
〝物理的には全然別モノ〟と書いたのは、私の知ったかぶり(^^;
別モノなのかそうでないのかさえ、本当のところは分かっていない。
温められることで軽くなって浮き、冷えて重くなって沈むという誰でもその原理を知っているつもりの〝対流〟。
この〝対流〟という現象自体が、現在の物理学ではいまだにきちんと説明できないのだとか。

(注3)

そうである可能性は高い。

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2015年12月 7日 (月)

『戦闘機パイロットの空戦哲学』と『スクランブル』を読む

両書の著者は違う。
しかし、経歴は両著者とも同じで、いずれも防大出身の航空自衛隊の戦闘機パイロットだった人。

前著者の乗機は、F86・F4。
後著者の乗機は、F86・F104・F1・F15。
前著者が5歳年長。

前書に書かれている各国空軍戦闘機パイロットの年間飛行時間を並べてみると、
マレーシア空軍      200時間
オーストラリア空軍    190時間
ニュージーランド空軍   180時間

前著者の戦闘機パイロット生活30年における総飛行時間は4200時間。
年間の飛行時間は140時間。
後著者は24年。
総飛行時間は4600時間だから年に190時間となる。(注1)
近年になって、諸外国の戦闘機パイロットと同程度の飛行訓練予算が空自に付いたということだろう。

これが米海軍の艦載戦闘機パイロットだと年間飛行時間が250時間くらいのようで、練度の高さとそれを支える予算の潤沢さがうかがえる。

抑止力と打撃力の圧倒的優位さの維持を任務とする者と哨戒と防衛を任務とする者の違い、日米安保の関係。
それがパイロットの飛行時間の多少からも見えるが、そのことを分析するのは拙ブログの芸風に合わぬ(^^;
なので、以下はサロン話。

 

Book【画像:上】
こんな喫茶店で前書を読み始め。
1ヶ月ほど前に読了。

【画像:下】
こんな喫茶店で後書を読み始め。
読了が今夕。

スクランブル待機は5日ごと。
スクランブル出動があるらしいことの多くは、レーダーサイトから事前に連絡があるようだ。
待機室のスクランブル要員が、警報音が鳴るやいなや読んでいた雑誌を放り投げて乗機に向かって駆け出す、というのは緊迫感を表現する広報用の演出かもしれない。

とは言っても、スクランブルは2機編隊での出動なので、いざ出動時に僚機を待ちぼうけさせるわけにはいかない。
だから、待機シフト中は膀胱が一杯になった状態で搭乗することがないよう、上空で腹が減って血糖値が下がってしまわぬよう気を使った時間を過ごすようだ。

話は変わるが、仕事を持つきっかけは、〝興味をひかれて〟とか、〝ヒトに勧められて〟とか〝成り行きで〟とか〝家業を継いで〟とか色々あろうが、戦闘機パイロットを仕事とするに至ったきっかけはそういったこととはいくらか違う(ように思う)。

多分、彼らは〝鳥になりたい〟とか〝天駆ける騎士になりたい〟といった幼児のような(と表現しても失礼でないだろう)憧れで、その道に進んだのだろうと思う。

戦闘機は普通の人であれば困難なく操縦できるように作られている、と書いてある。
「オレ達は普通だよ」と言いたいのではなく、「だから、普通以上でなければ墜とされるンだよ」ということの婉曲表現だろう。

スクランブル出動時、彼らは〝仕事〟として乗機に向かって駆けるのではなくて、〝鳥〟、〝天駆ける騎士〟になるため駆けるのだと思う。(注2)

(注1)
自衛官は公務員だから、年間勤務日数は250日前後。
190時間を250日で割ると、45分強/日。
実際にはこんな細切れなフライトはしないだろうから、1日おきの頻度で1フライト90分、5日に3日の頻度で1フライト80分といったところか。
F15で言えば、機内タンクの燃料だけだと航続できるのは巡行飛行でも1時間。
外部タンクを付けても2時間ほどらしい。
だから、1フライト1時間半程度という見積りは、それほど的外れではなさそうだ。

(注2)
〝仕事〟としてではなくて、と書いたが・・・
以下はヤラセだったのかもしれない。

湾岸戦争終結時、厚木基地にもどった空母艦載機パイロットをTVカメラが追う。
TVクルーが彼に、「危険な任務でしたが、ご無事で何よりでした」みたいなことを。
駆け寄ってくる奥さんと学齢前の娘。
その娘を夕焼け空に高くかかげ、そのパイロットが言ったのは、“My job.”

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2015年12月 6日 (日)

’15 絵鞆マリン倶楽部総会・納会

今年も、こんな時期になったンですねェ。
昨夕、絵鞆マリン倶楽部の総会・納会に参加するため登別温泉へ。

151206_2【画像:上】
この納会では釣りダービー入賞者が表彰され、その際に表彰魚の身長・体重が紹介される。
その数字が、私の耳をスルリと通り抜ける。
今シーズン、私の釣果はきわめて上品。
つまり、我が艇からの登録魚はなかったということ(^^;

絵鞆の船釣師の大かたは、雪が降り出す頃には竿を納め、来春まで船を冬ごもりさせる。
私は年がら年中、ナギなら沖。
だから今日は納会気分ではなく、これからの寒い時期の出竿への景気づけ気分(^o^)

【画像:下】
ビンゴゲーム。

私は、『室蘭民報社賞 ゆめぴりか5kg』を頂きました。
どうもありがとうございます。

明けて今朝。
朝風呂につかって朝飯食べて。
「さァ沖へ」、って気分が湧き上がってきたけれど、北西風強し(^^;

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2015年12月 5日 (土)

ジャズを聴く

ジャズライブへ。

Jazz_festトリオからツインドラム・ツインベースの18人編成のビッグバンドまで。
バンド数は20。

但し、ひとりで3つも4つもバンドを掛け持ちしている人もいる。
ドラムとトランペットを掛け持ちする多能な人も。

バンド数が多いので、1バンド当たりの演目は少なく各2曲。

お行儀良く、楽器の競奏・喧嘩はなし。
アマチュアバンドだからの協調演奏。
それが良かった。

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2015年12月 2日 (水)

『へんな虫はすごい虫』を読む

仕事であったり趣味であったり。
それが自分のものであれば、何と言ってもそれがとにかく〝特別〟で〝特殊〟で〝大切〟なコトなのがヒトの感情。

魚釣りを趣味としている人に、
「いい大人が、魚を掛けるのに日出から日没まで。 小さな脳ミソの魚を相手に知恵比べなんてことまであなたはおっしゃる」
なんてことを言ったりしたら、それはもう大変なことに。
いかに魚釣りが時間をかけるにふさわしいことで、大人の頭での工夫・判断が必要で・・・みたいなことを反論してくれるのならまだいい。
ひと言の反論もなければ、すでにあなたはクモ・ダニ・ヤスデのように思われていること間違いない(^^;

たいていの人にとって、虫の生態なんぞはどうでもいいことで、〝特別〟で〝特殊〟で〝大切〟なことではない。
しかし、虫の研究者にとっては、〝特別〟で〝特殊〟で、生涯をかけるにふさわしい〝大切〟なことのようだ。

言い方がおかしい。
時系列を整理すると、当人にとってまず第一に虫が〝特別〟で〝特殊〟で〝大切〟。
それで、虫に生涯を捧げる研究者になった、ということだろう。

 

Book_3こんな喫茶店で読み始め。

クモ・ダニ・ヤスデまで含めた虫たちが、見開き2ページで説明される。
その2ページ中には図・写真もあるから、説明が圧縮される。
そのせいもあろうが、まァ、とにかくすごい。

表題通り、〝すごい虫〟ばかりが並ぶ。

これも、言い方がおかしい。
〝すごい虫〟ばかりが並んでいるのではなく、全ての虫は〝すごい〟。

擬態・共生など虫の今の姿・生態を、著者は〝進化〟によって得たと言うけれど、私には、その〝進化〟というものがどうにも腑に落ちない。

毒を持つので鳥が食べないマダラチョウ。
それとそっくりな羽根を持つことで、鳥からの捕食を逃れているメスアカムラサキチョウ。
食虫植物のウツボカズラの補虫袋の中で育つボウウラ。
ハチやアリの社会性。

まだまだ一杯ある。

〝進化〟という言葉は生物を説明するのに窮した時にしばしば使われるけれど、まだまだ一杯あるこれらには、本当に〝進化〟という過程があったのだろうか。
時間を必要とする〝進化〟というプロセス抜きに、虫がこの世界に現れたその瞬間、彼らはすでに〝すごい虫〟だったのではなかろうか。

副題が、「もう〝虫けら〟とは呼ばせない!」

〝虫けら〟の世界の〝すごさ〟は、〝特別〟で〝特殊〟で、研究者が生涯をかけるにふさわしい〝大切〟なことに違いない。

今夕、読了。

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