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2015年10月

2015年10月31日 (土)

『図書』を読む

1936年2月から毎月発行され、戦時・戦後に用紙統制で途切れた時期もあるが先月10月号で800号。
私の読んだのはその翌号の801号。

税込100円の販価となってはいるが、大きな書店や生協書籍店だと無料で配付してくれる。

 

Book_5こんな喫茶店で読み始め。

岩波書店の広告誌。
『図書』の下は、同じコンセプトの新潮社の『波』。
自社出版物のみならず、誌内広告ページには他社の刊行物も載せられているところも共通する。

同様の広告誌は他の多くの出版社からも出ているが、隔月刊となったり休刊・廃刊となったものもあり、出版業界の苦境がうかがえる。
『図書』も同様。
広告誌の中で『図書』が一番長い歴史を持ち、多い時には60万部以上も発行されていたそうだが、現在は盛期の1/4ほどまでに発行部数が減っているという。

さて、『図書』。
作家・文芸評論家は当然として、物理学者・医師・モデル・音楽家など投稿者は様々。
その様々な投稿者は、いずれも斯界における第一人者。
本号の投稿者は16名。
60ページほどの小冊子だから各投稿文は短いが、どれも文章は硬質で高度に知的。

タダで配付されていてさえ読者数が減っている理由がその硬さにもあると思うのだが、岩波書店自ら『図書』を、
 ・知的好奇心あふれる読者に
 ・読書家の雑誌
 ・日常生活にピリッと刺激を与える
としていて、ハナから私のような者を相手にしていない(^^;

書かれているのは、書評にとどまらない。
執筆陣の多彩さ、その執筆視線のユニークさ・鋭さ、投稿テーマの扱い方の知的レベルの高さゆえだろう、現代史資料として使う研究者もいるときく。

釣り本や新聞小説を読むようなスピードで行を追うことはできない。
私が読み進められたのは、そのページ数の少なさゆえのみ(^^;

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2015年10月25日 (日)

秋を歩く 3

大シケ。
山の天気も怪しいが、室蘭岳へ。

深い秋の山歩きとなった。

登り:夏道(南尾根)コース
下り:西尾根コース

151025【画像:上】
今朝がたまで雪だったようだ。

雲の流れは速く、山に当たる風がうなる。
猛風だが、晴天。
雪を融かす日差しを背中から浴びて、高度を稼いだ。

標高で600メートルを過ぎたあたりで、足元にバッタ。
体が小さく茶色い羽根も短い。
変態を完了させていない、まだ2齢のバッタだ。

すでに雪山。
根雪前に成虫となれるのだろうか。

室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は、2℃。

【画像:下】
下りに使った西尾根コースは、常緑樹が1本もないルート。

夏は葉が茂って日の通らない樹林帯。

すっかり落葉して、今日の登山道は明るい。
わずかに遅い紅葉。

雪が降ってきた・・・

山歩き時間、2時間50分。
16917歩。

給水は、
・新雪をひとつまみ

西尾根を歩きながら、
・ロッテ プチチョコパイ 2個

Gpslog

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2015年10月24日 (土)

秋が釣れた

早い時期に噴火湾に入るサケは、沖に留まらず すぐに河口に寄る。
このサケは、ショアで竿を振るヒトのもの。

噴火湾の沖でサケを掛けやすくなるのは秋深い頃、今頃。
シケ早い時季なので、週末アングラーには意地悪なことに土日になるとシケるというめぐり合わせの年もある。
さて、今季はどうなるか。

昼、雨が上がった。

秋の日の入りは早い。
急げや急げ。

14時40分、出航。

151024_3【画像:上】
無風、良ナギ。
日が差してきた。

防波堤を出て、40メートルラインに沿って北上。
崎守沖で、サケの跳ね。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

【画像:中】
適度に船が流れてくれる海況だと、ルアーを流しているだけでも掛かる。
ドジャーを使えば釣果倍増。
が、噴火湾での沖サケ釣りは やはり〝跳ね撃ち〟。
跳ねたサケの鼻先にルアーを放って喰わせるサイトフィッシングだろう。

【画像:下】
竿先がクックッと揺れる前アタリ。
ドッカーンと竿が曲がったら、エイヤァーっとアワセを入れて船に寄せる。

16時、西風がおりてきた。

沖上がり。

本日、跳ね撃ち2回。
秋が釣れた(^o^)

オスメス1本ずつに見えたが、銀ピカ メス2本(^o^)

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2015年10月20日 (火)

『誤解だらけの日本美術』を読む

奈良・鎌倉の大仏は別格として、京都広隆寺の弥勒菩薩像と奈良興福寺の阿修羅像は著名さの点でいずれ劣らぬトップの仏像だろう。

いま見る弥勒菩薩像は、長い年月を経なければ得られない木の質感が歴史的な深みを我々に与える(ような気がする)。
阿修羅像も同様、長い時間の質感とでもいうべきものを我々に感じさせる(ような気がする)。
それは、〝枯れ〟・〝熟〟・〝風情〟といった肯定的印象を与える(ような気がする)。

しかし、完成当初の弥勒菩薩像は金箔をまとっていたという証拠があるそうだ。
また、麻布にウルシを塗り上げて作られた阿修羅像は、彩色が施され、部分的に金箔が押されていたようだ。
弥勒菩薩像の制作当初の姿を知るのは、原理的には簡単。
レプリカに金箔を貼ればよい(と思う)。

色が塗られていた当時の阿修羅像を知るのは非常に難しい。

ところで、金箔を貼られた弥勒菩薩像、彩色された阿修羅像を前にした時、現在の我々はどのように感じるのだろう。

副題が、『デジタル復元が解き明かす「わびさび」』。

 

Book【画像:上】
こんな喫茶店で読み始め。

要するに、古い絵画・建築物・像などのデジタル画像にレタッチソフトで彩色して時計の針を逆転させようという話。

対象は、俵屋宗達の風神雷神図、キトラ古墳壁画、銀閣寺、興福寺の阿修羅像。

【画像:下】
この春、大佛鐵道跡を歩いた際、興福寺国宝館にも足を運んだ。
いま我々が見るのは、切手に描かれたような風合いの阿修羅像。

著者が〝デジタル復元した〟という阿修羅像の一部は、本書の帯でうかがえる。

実像にわずかに残っている顔料から色を決める、という自然な作業を進めるかと思いきや・・・
〝私はそう解釈して、心地いい色合いを探った〟みたいな根拠のない彩色も多い。

『誤解だらけの日本美術』とはいうけれど、著者には〝誤解がない〟ことの証明は希薄だ(^^;

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2015年10月18日 (日)

夜延べと釣り 2

昨夜も夜延べをして、仕掛けの準備。

151016【画像:上】
東の空、見上げるところに明けの明星。
左下すぐに木星。
木星と重なるほど近くに、火星の赤。

夜が明ける。
東の空が燃え、星々が空に溶けた。

今日の日出は5時51分。
5時40分、出航。

良ナギ。

【画像:下】
崎守、伊達沖へ。
反航し、絵鞆半島に沿って地球岬、イタンキ沖へ。
再反航し、銀屏風沖。

サケの跳ね。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

夜延べをして準備した仕掛けに、ひとアタリもなし。

正午、沖上がり。

ボーズ(^^;

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2015年10月17日 (土)

夜延べと釣り 1

「よなべ」
広辞苑(第五版)だと、漢字表記は「夜鍋」。
語源を考えると、「夜延べ」と表記すべきという有力な説があるらしい。

秋が深まり、すでに夜が昼より2時間近くも長い。
朝が遅く夜が早いから、「夜延べ」仕事にふさわしい季節だ。

ってことで、夕べは「夜延べ」をして今日の仕掛けの準備をした。

今日の日出は5時50分。
6時00分、出航。

良ナギ。
26ノットの高速航海。

151017_2【画像:上】
絵鞆半島に沿って地球岬、イタンキ沖へ。

鳥山見えず。
サケの跳ねも見えず。
まァ、私の目では鳥が飛んでいても跳ねがあって見えず(^^;

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

風乾き、秋の日はまぶしく。

【画像:下】
サメは生体が発する程度のごく小さい電位差を感じ取れる器官(ロレンチーニ器官)を有し、それによってエサのありかを知る。
海底ケーブルがサメにかじられるのは、この器官のせいだというのが通説。

この器官は非常に敏感。
敏感なので、逆に大きな電位差を感じるとサメはそれに耐えられないようだ。
雅Ⅲ船長から、それを実証する動画があることを教えてもらった。
ここ
へェ~。

ということで、先日は単一乾電池を半ダース持参。
サメが現れるたびに、乾電池の入ったタモ網を海中につけた。
それが功を奏して・・・、と書きたいところだが。

あの海域を泳ぐサメに、パナソニックのエボルタ単一乾電池では効き目がないことが分かった。
逃げるどころか、エボルタの入ったタモ網に噛み付いてきたヤツがいる(^^;

本日はしかし、17から19分、115から180メートル海域サメ不在。

あがってくるイカはでかい。(発泡魚箱の短辺内のりは30センチ)
が、数付かず。
22ハイ(^^;

正午、沖上がり。

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2015年10月14日 (水)

『旅の理不尽』を読む

副題は『アジア悶絶編』。

『アジア悶絶編』があるのだから、続著に『ヨーロッパ悶絶編』や『アフリカ悶絶編』があるのかと思いきや無い。
『アジア悶絶編』のみ。

著者は土木工学を学んだのち、不動産業に携わり、編集職を経て文筆家となった人。

本書は、サラリーマン生活のかたわら、時間を作って各地に出かけた旅行の記。
当初自費出版されたものが、その後 商業出版されたもの。

 

Bookこんな喫茶店で読み始め。

16の旅行記がおさめられているが、内ひとつが八ヶ岳冬季登山、残り15が海外旅行。
長い旅行ができるのは、学生の特権。
書かれているのはサラリーマンの旅行。
だから、夏季休暇・年末年始休暇・有給休暇・出張を利用しての旅行で、どれも短いはず。
しかし、旅程は書かれていない。

旅先で、あれを見た、これを食ったみたいな旅行雑誌やネットで拾えるような話も書かれていない。
短い時間で動かなければならない旅行だから、計画は綿密なのだろうが、そんなことも書かれていない。
英語圏でない国で、宿探しをしたり、現地の家庭に招かれて食事ができるくらいだから、現地語の単語をおそらく1000個は頭に入れて出国しているはずだが、そんなことも書かれていない。

中国人女性と同じ部屋に泊まることになる。
結婚を迫られ、キスをし、胸をさわるところまでいく。
今もそんな表現があるのかどうか知らないが、〝B〟までいくわけだ。
いざ・・・
その中国人女性が言う、「わたし、カトリックだから」

死海につかって浮力の大きさを知る。
痔でもないのに肛門が痛む。
それほど塩分が濃いことを知る。

5行ごとくらいに、おふざけ・ギャグ。

現在の著者は50歳を超えている。
しかし、20台の彼の〝旅〟は、確かに〝旅〟だった。

てなことを言うようでは、甘い(^^;

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2015年10月12日 (月)

秋を歩く 2

風強く、沖へは出られない。
山へ。

登り:水元沢コース → カムイヌプリ山頂
縦走:カムイヌプリ山頂 → 室蘭岳山頂
下り:西尾根コース

151012【画像:1枚目】
沢筋を上がる私の頭上はるかで風が鳴る。

596メートルコルから尾根に出て、秋の強風に吹かれながらカムイヌプリ山頂を目指す。

カムイヌプリ山頂にて。
山頂は明るいが、遠く太平洋はモヤって水平線と空の境界がはっきりしない。

雲が速い。

【画像:2枚目】
室蘭岳への縦走路を歩き出すと、向かってくるのは黒雲。

室蘭岳山頂にて。

降り出しそうな雲の真下。
暗い。
山頂寒暖計は、6℃。

【画像:3枚目】
ほんの3秒か4秒、霧吹きで吹いたような細かい雨が風に乗ってきた。

その数分後、青空。
風が乾いた。

茶の茶・黄の黄・赤の赤が風に揺れる。
背中で聞こえるのは、ペトトル川の瀬音。

【画像:4枚目】
ウルシの赤を見て、ペトトル川の源流を渡渉すると、山歩きの終わりが近い。

山歩き時間6時間00分。
29808歩。

全給水量は、
 ・300CC

カムイヌプリ山頂で、
 ・SWEETS DELI レアチーズ 1個
 ・森永 リプトンミルクティ 200CC

西尾根コース下山中に、
 ・明治 ヘーゼルナッツクランチチョコ 4枚

アンナ・カレーニナ(新潮文庫:木村浩訳)の冒頭は、
「幸福な家族はどれも似通っているが、不幸な家族は不幸のあり方がそれぞれ異なっている」

男にとっての幸福は、どれも似通っている。
オ・ン・ナ(^^;

ピンクのタイツに山スカート。
で、肌が輝いていて、目が涼やかで・・・
早い話が、私のコ・ノ・ミ(^^;

いつの間に私の後ろにいたのか、全く気付かなかった。
天使じゃないかと思った(^^)

入下山届記帳ポストから駐車場までは、1000メートル。

右から木漏れ日。
その中を、色々おしゃべりして歩くわけ(^^)

入下山届記帳ポストから駐車場までは、1000メートル。
15分で終わった、男にとっての幸福(^^;

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2015年10月10日 (土)

『失敗のメカニズム』を読む

「開腹したけれど手の施しようがありませんでした。 そのまま閉じました」
みたいなことは〝失敗〟とはいわないだろう。 現在の医学の限界。

バクチで身上をつぶしたヒト。
彼を〝失敗〟者とはいわないだろう。 自業自得。

いま現在の実力では成功しないことが明らかならば、それは〝失敗〟ではなく、当然の帰結。

著者は、国鉄労働科学研究所などで勤務したのち、大学で教える心理学者。
労働安全を専門とするのは経歴からも明らか。

 

Book_4こんな喫茶店で読み始め。

3度の食事。
1年で千回ちょっと。
20年なら2万回を越す。
それほど自然な動作なのに、舌を噛む、口の内側を噛む。

毎日上がり下がりしている家の階段。
その段数を言える人はマレ。

速球2つで2ストライクを取られたあとのスローカーブ。
待ち切れずに、バットを振って凡打。

ヒトの筋肉・神経は、まだ進化の過程にあるのだと思う。
ヒューマンエラーとはいうけれど、エラーするのがヒト。

JRの運転士が車両を止める時、ノブを向こう側に倒す。
非常停止の際は、体を投げ出せばノブが倒れてブレーキが効くことになる。

私鉄は、その逆(^^;
ノブを手前に引いてブレーキをかける。

JRの運転士が阪急電車を運転したりはしないだろうから、それでいいのだろうけれど・・・

レバー式の混合栓蛇口のハンドル。
左で高温、右で低温は共通。

下げて給水、上げて止水はTOTO。
上げて給水、下げて止水はINAX。

現在は、TOTOもINAX式を採用しているらしい。
上からモノが落ちてハンドルを下げた時、熱湯が出る可能性がある。
阪神淡路の震災からの教訓。

壁の照明スイッチは上でON、下でOFF。
刃型式ブレーカーも上で通電、下で遮断。
そうなのは、ずっと以前から。
なにゆえ業界最大手のTOTOが、それと逆だったのか。
〝失敗〟である。

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秋を歩く 1

昼の時間がずいぶん短くなった。
すでに1600メートルから上には雪が張り付いている羊蹄を、私の脚・装備で登下山するのは、やんちゃが過ぎるというもの。
来春、里で桜が散る頃まで羊蹄入山はお預けということに。

室蘭岳へ。
登り:西尾根コース
下り:水元沢コース

151010【画像:上】
強風で山が鳴る。

地面も地面に積もっている落ち葉も湿って、靴で踏んでも音がしない。

山頂は猛風。
青く高い空に、雲の流れが速い。

山頂寒暖計は、9℃。

【画像:中】
水元沢コースに入ると、落ち葉・枯れ枝が乾き、足を動かすごとに音を立て出した。
秋の音だ。

596メートルコル手前では、足元から200、300。
いや、1000を超すアキアカネ。

雪が積もるとこの木のアーチをまたいで越すことになる。
今日は、くぐってかわす。

ここからわずか下、ソロで上がってきた山ガールが、お茶を沸かしていた。
「ここからの景色が、とても素敵なので・・・」

目を左にもっていくと、強風に吹かれ波打って燃える紅葉。

【画像:下】
滑滝(なめたき)まで下ったところが450メートル。

鷲別川源流の冷たい水で顔を洗い、チョコレートをかじってから足を進めた。

山歩き時間3時間30分。
20851歩。

全給水量は、
 ・100CC

滑滝の滝壺脇で、
 ・ロッテ ラミー 1本

ロッテのラミー・バッカスは、冬季限定販売。
九月の末に店頭に並ぶ。
ラミーの赤箱、バッカスの緑箱で季節変わりを感じるヒトもいるかもしれない。

Gpslog

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2015年10月 8日 (木)

『戦艦大和の台所』を読む

雨ニモマケズ 風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク 決シテイカラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ・・・

現代人の食生活に照らせば、玄米4合とは多い。
しかし、副食が〝味噌と少しの野菜〟となれば、玄米を4合食べたくらいでは栄養は満たされないだろう。
そのせいもあると思う。
賢治の生涯は短い。
37年。

帝国陸海軍の給食は、更に多い。
1日に白米6合。
のち、脚気(かっけ)対策のため麦の割合が増えたが、6合を給食することは変わらなかった。

映画『トラ・トラ・トラ』の次のシーンは、米国内上映版ではカットされているくらいで映画全体に全然馴染まないところ。
その馴染まなさが印象的で、私の記憶に残っている。

西から東へと日付変更線を越えた空母赤城の烹炊(ほうすい)室、小さなフライパンが見える。
そこで、板前帽の渥美清が卵を割るシーン。
同じ部屋の調理人は、いかりマークの艦内帽。
渥美清は南雲長官専属の民間調理人という役を演じているのだろう。

腕の立つ民間の調理人が、将官の座乗する艦に専属調理人として乗り組むことは珍しいことではなかったらしい。(注1)
帝国海軍の民間調理人への待遇は大変良かったようだ。

 

151004_3こんな喫茶店で読み始め。

著者は管理栄養士。
海上自衛隊では、護衛艦補給長、幕僚監部衣糧班長など兵站にたずさわった人。
退役時、一等海佐。
'39(昭和14)年の生れだから、もちろん帝国海軍での実経験はない。

大和に限らず、帝国降伏の際、あらゆる図面・書類が焼却処分されている。
軍艦内の生活施設のような、例えば烹炊室・トイレなどのような軍秘とも思えない資料でさえもほとんど残っていない。
実は、大和のトイレの数・配置なども分かっていない。

本書にも、かろうじて大和の烹炊室のごく簡単な平面図が1枚載せられているだけ。

表題は『戦艦大和の台所』なのだが、大和の台所に関する話はイントロにチョロっとあるのみ。
何も、大和乗組員だけがメシを食うわけではない。
潜水艦内でも、今日入営した新兵もさっそく今日の晩メシは食わねばならない。
だから、『戦艦大和の台所』とはあるが、『帝国海軍におけるメシの話』ということでいいのだろう。

船に乗っている限りは、メシが食えなくなるということはない。
1日6合が明日からは4合になる、ということも絶対にない。
戦闘中でも、2合で3つに握られた握り飯が竹皮で包まれて給食される。(注2)
1日の総熱量は3000から4000キロカロリー。

メシが食えなくなるのは、船を沈められた時。
戦死した時。

帝国海軍が模範としたのは、英国海軍。
食事も欧州に範を取っている。

カレーライス用のライスは、スープで炊く
チキンライスのライスはサフランで色付けする
ロールキャベツはかんぴょうで結ぶ
と、手が込んでいる。

大鍋で作る。

ある船の烹炊科員は、3日ごとに1人当直。
その1人当直の朝ごとに、大鍋で朝風呂を決め込んでいた烹炊員がいたようだ。
洋上では真水は貴重品。
入浴後の鍋の湯は、そのまま調理に使われた、と。

(注1)
原発から電子デバイスまで手掛ける大手電機メーカーの、今の話ではないのだが。
社長室にはタキシードのおさまったクローゼット。
社長室に隣接して、専用バス・トイレ・厨房。
専属コックが常駐、その待機室まであった。

帝国の将官も、これに似ている。
平時においてさえ、帝国の国家予算の30%以上は軍費。
その予算を使う組織の将官であるのだから、権威は絶大。
旗艦では将官の食事に合わせて、軍楽隊がBGMを奏でていた。

(注2)

陸軍は2合で〇型に2個握る。
海軍は2合で△型に3個握る。

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2015年10月 7日 (水)

羊蹄を歩く 10

羊蹄避難小屋の管理人も、12日の朝には下りるようだ。
近々、ひと荒れ、ふた荒れときて、山は冬になる。

その、ひと荒れ、ふた荒れがくる前に。

151007【画像:上】
先日 1合目までしか上がれなかった京極から再入山。

入山時の気温は3℃。
息が白い。

7合目を過ぎたあたりから、ルート上に雪が見え出し、8合目から上はすっかり冬山。
積雪20センチ。

アイゼンを持って上がらなかったので、キックステップで高度を稼ぐ。(注)
そのキックが効かない重い雪(^^;

このコースを登り詰めると、三角点(1893メートル)直近に至る。
三角点から最高点(1898メートル)へは、南に10分ばかり。

三角点から最高点を望む。

【画像:中】
最高点から、200メートル落ち込む大火口(父釜)をのぞき込む。
はるか向こうは札幌。

空が高い。
吹きくる風が言葉を発している・・・

透明で乾いた風だ。

【画像:下】
下山後に振り仰ぐ羊蹄。

山歩き時間9時間00分。
23365歩。

全給水量は、
 ・700CC

三角点直下で、
 ・コープ ビーフカレー 1パック
 ・コープさっぽろ カットフルーツ 1パック
 ・キッコーマン 豆乳アーモンド 200CC

Gpslog(注)
長靴やランニングシューズでガレ場でも岩稜帯でも雪の上でも上手に歩く人も少なくないが、私の技術だと硬くて曲がらない底の靴が必要。

オーダーメイドの登山靴であっても、何度も手直しを加えないと満足できるものにならないらしい。
ましてや既製登山靴。

登山靴販売店には、斜面やガレ場を模擬した小さな坂が用意してある。
それを使って
、自分の足に合う靴を選ぶ必要がある。
一日掛かりの作業。
そうやって選んだ今の靴は私の足によくなじみ、53回、累積獲得高度で70000メートルを超える山歩きで、くるぶしが当たるとか足の指が痛くなるとか靴ズレやマメができるとかということが一度もなかった


うち、半分近くは雪上を歩いているので靴底はほとんど減っていない。
しかし、皮とゴアをつなげている縫製糸が切れ出し、次回以降の山歩きには不安を感じさせるほどに。
新しい靴選びのために、いちにち札幌かなァっと。

室蘭市内に、靴修理を専業としている職人がいると聞いた。
ダメ元で持ち込んだ。
今日はその靴職人の手技(てわざ)で生き返った靴で(^o^)

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2015年10月 4日 (日)

冬が来た

冬が来た。
9月29日、羊蹄初冠雪。

雪が深く積もる前に、急げや急げ。

151004_2【画像:上】
京極コースの入山届に記帳すると、後日 京極町観光協会から登頂認定証が送られてくる。
7月4日と8月16日の登頂認定証が先日送られてきた。
登頂認定証には連番が打たれていて、それから推測するに、このコースを利用するのは年間300人くらいのようだ。

【画像:下】
夕べは相当荒れた様子。
登山口に至る道のあちらこちらに折れた木の枝。
入山者への注意看板も吹き飛んでいる。
その折れ方、吹き飛び先を見ると、風は羊蹄からの吹き降ろし。

京極入山口にて。
気温4℃。
山頂は-5℃くらいか。

6合目あたりまで白い。

山側は雲が切れて明るい。
が、背中側にはいやらしい雲。

入山20分もしない頃。
背中側から黒く厚い雲が迫ってきて、冷たい雨。
冬の風。
風が私に何かを言う・・・

上がったのは1合目まで。
下山。

山歩き時間0時間35分。
2662歩。

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2015年10月 2日 (金)

『星の王子さま』を読む

1943年、米国で仏・英両語で出版。
本邦での出版は1953年、岩波書店から。

その岩波書店が持っていた翻訳権は2005年で失効。
翌’06年以降、各社から20冊以上の『星の王子さま』が出版されている。

 

151002こんな喫茶店で読み始め。

新潮文庫。

初めから文庫本としての出版で、岩波が翻訳権失効したと同時の’06年に出版。
今年の9月で10年、それで50刷だから、大変なベストセラー。

ところで。
警官や教師や管理職等々、自分のことを棚に上げなければならない立場の人がいる。
親だというだけで、いやいや、ただ生まれ年が先だァというだけで。

それが何だってことではない。
何だってことではないが、『星の王子さま』読了後、そんなことに思いが・・・

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