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2015年7月

2015年7月26日 (日)

羊蹄を歩く 4

羊蹄は、長い。
しかし、難しい山ではないので、
 雲海の切れ目から見る下界の景色に高度を感じさせてもらい
 鳥の声に耳を楽しませてもらい
 咲く花々に目を楽しませてもらい
 風に汗を乾かしてもらい
していると、いつの間にか山頂に立てている。

私の貧脚でも、登るだけなら登れる。
難しいのは下り。
ヒザを壊さぬよう、滑らぬよう、転ばぬように脚を使うのが難しい。

雨に当たりそうな予報。
が、私の遅い脚で長い山を歩けるのは、昼の長い今時期だけ。

羊蹄へ。

150726【画像:上】
4つあるルートで、登りに使っていないルートは残りひとつだけ。
倶知安(比羅夫)コース。(山中標識には〝ヒラフコース〟と表示されている。 以下、ヒラフコースと記す)
先月20日、下りに使ったルートだ。

露岩部が多く、傾斜・段差をかわすのに1歩の脚を大きく使わねばならない。
羊蹄4ルート中、私の短いコンパスだと最も歩きづらいのがヒラフコースだ。

羊蹄山半月湖野営場、ヒラフコース登山口にて。
正面の林の中をしばらく歩き進めると登りに取り付く。

雨が落ちてきた。

【画像:中】
火口縁まで上がると、強い西風。
濃いガス。

最高点へ。

【画像:下】
最高点下で食事休憩。

この山、長いだけではない。
春が3ヶ月遅く、秋が3ヶ月早い高い山でもある。
1800メートルから上に咲くのは、すでに秋花。

高度を下げるに従い、雨音が大きくなってきた。
1600メートルから下は本降り(^^;

山歩き時間、10時間05分。
30407歩。

全給水量は、
 ・0.7リットル

最高点直下で、
 ・わかさいも本舗 チョコレートパイ 1個(注)
 ・わかさいも本舗 南国ゼリー 1個(注)
 ・コープさっぽろ カットフルーツ 1パック
 ・森永Piknik カフェ・オ・レ  200CC

(注)
崩れやすいモノを背負って上がるには、パッキングの工夫が必要。
暑い今時期だと、生菓子を背負って長時間歩くには保冷の工夫も必要。
今回は、レベルの低い工夫で対応できるモノを選んで上がった(^o^)

Gpslog

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2015年7月25日 (土)

比羅夫駅にて

倶知安駅とニセコ駅の中間、比羅夫駅

ポイントのある交換(列車すれ違い)駅だったことのある比羅夫駅なので、名残の軌道床跡が残り、駅舎も大きい。
今は単線、ホームも1面。

ニセコマウンテンリゾート グランヒラフ(旧ニセコひらふスキー場)への最寄駅なのだが、そこに行くには比羅夫駅ではなく倶知安駅かニセコ駅で降りてタクシーかバスを使うべき。
比羅夫駅前に、客待ちタクシーは停まっていない。
比羅夫駅には、バスも寄らない。

この駅から乗る人、この駅で降りる人は極めて少ない。
そのはずだ。
ここに至る道路は普通車でもすれ違えない。
駅前に立って目に入る人家の数は、指を3本折るとそれで終わり。

150725_5【画像:上】
釧網本線の北浜駅は、駅が喫茶店。
駅舎内に喫茶店やレストランがあるのは珍しくないし、大都市の拠点駅ではデパートが駅舎そのものを構成していたりする。
北浜駅が気を引くとすれば、そこが無人駅だから。

比羅夫駅は、駅が宿(注)
比羅夫駅が気を引くすれば、そこがやはり無人駅だから。

〝人込みは嫌いだ〟と言うヒトは多い。
〝ヒトと関わるのはわずらわしい〟という意味で言っているのなら、人生あと10年必要。

人込みなんぞ、好きなヒトがいるわけない。
しかし、雑踏ほど人間関係を希薄にする空間はない。
雑踏にいるのは、数え切れない他人。
他人は自分に関わらないし、自分も他人には関わらない。

比羅夫駅
ここに雑踏はあり得ない。
ヒトは少ない。
が、その少ない他人は特定の他人。
特定の他人同士だから、「誰かと私」の関係がどうしたって生まれる。
30秒か30分か、せいぜい何時間かの関係なのだが、言葉をかわすことがなくても、無関係では決していられない。

だから、〝人込みは嫌いだ〟と言うヒトは、こんな所には来るべきではない。

列車に乗って来るところを車で、と、つまらない行程にしてしまった(^^;
冬に、白い息を吐いて列車から降り立つべき駅だろう。

本日、駅が宿比羅夫駅 駅の宿ひらふに投宿。

ひと時、その場限りの、「誰かと私」の関係が生まれる。
あす朝には消滅する、はかない友情が。

【画像:中】
西にニセコアンヌプリ、東に羊蹄山。
その2山の頂を結ぶ線の真ん中が比羅夫駅

背中で聞こえる瀬音は尻別川。

【画像:下】
長万部発札幌行の最終列車がホームを離れた。
21時23分、定刻通り。

ほどなくホームの照明が落とされ、鉄路が闇に沈んだ。

雨降り止まぬ。

(注)
日本で駅が宿なのはここだけ、と、しばしば紹介される。
無人駅でと限定すればその通り。
その限定を外せば、東京駅々舎内には伝統ある立派なホテルが入っているし、大阪駅や札幌駅も駅構内にホテルがあるようなものだ。
国有鉄道時代と違って経営自由度の増したJRの駅舎内・駅構内に宿泊施設を置く例が、この先は増えていくように思う。

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2015年7月20日 (月)

正午のサイレンが聞こえた

4時20分、出航。

良ナギ。

150720【画像:上】
ヒラメ海域で竿を出すものの、スカ(^^;

9時、アグネス船長の誘導で、水深9メートルでアンカーを打ち、テンビン仕掛けを投入。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
マガレイ海域。

【画像:中】
ブルっというアタリはあるものの、アワセを入れられず(^^;
釣果が伸びない。

まァでも、この程度が上品でKON-chan号らしいってことに。

かつかつ40センチが1枚。

正午のサイレンが聞こえた。
それを機に、沖上がり。

【画像:下】
マガレイ海域に誘導してくれたアグネス船長撮影の画像が届きました。

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2015年7月19日 (日)

廃駅跡にて

羊蹄山に4つある登頂ルートのひとつの喜茂別コースは、登山口が喜茂別町留産地区にあり、廃線となった胆振線の留産(るさん)駅が近かった。
年配の登山者と話す時は、喜茂別コースと呼ぶよりも、むしろ留産コースと呼ぶほうが通りがいいくらい。

以下、ネットで拾える話の羅列だが、私の備忘として。

胆振線のそもそもは、脇方(京極町)で得られる鉄鉱石を室蘭に運ぶことが目的。
その目的のために、京極-倶知安間が敷設され、既設の函館本線とつながった。
倶知安から札幌・岩見沢・苫小牧と経由して室蘭に至る、鉄鉱石輸送鉄路ルートができたわけだ。
’19(大正8)年のこと。

のち、京極から室蘭本線につながる伊達紋別間に鉄路が敷設され、道央に大ループ線が完成している。
大ループの完成は’26(大正15)年。

留産地区の開墾のために人が入ったのは、1895(明治28)年頃。
留産地区を通過して走る倶知安-喜茂別道が’07(明治40)年には開通したから、以降、開墾のピッチは上がったものと思われるが、何と言っても豪雪地帯。
冬、この地区へのアクセスは難しかっただろう。

胆振線の歴史のスタートが産業輸送線。
だが、倶知安に至る鉄路の通過線上という地の利があって、留産駅開業は’28(昭和3)年と早い。
胆振線の廃線、つまり留産駅が閉じたのは’86(昭和61)年。
60年ほどの歴史だったということになる。

Photo_2【画像:上】
留産駅跡へ。

この画像正面に留産駅があったのだが、駅舎もホームの痕跡もない。
軌道床は畑と化していて、鉄道が通っていたことを示すような遺構は何も残っていない。

〝軌道床は畑と化して〟と書いたが、廃線後の土地を国鉄が農家に払い下げている。
実際の経緯は、以下のようなことだったのではと推察。

元々畑だったところを、鉄道敷設のために国が農家から土地を買い上げ。
あるいは、土地の供出と停車場建設をバーターしたか。

60年たって、畑が畑に戻っただけのことなのでは・・・

画像奥は、尻別川。
手前の花は、ジャガイモ。
花弁が白い。
キタアカリ。

【画像:下】
農業とは従事者を増やしにくい産業で、農家を継げるのは長男のみ。
他の者は、出てゆかねばならない。
都会に働きに出るため、ここから汽車に乗った者もいるだろう。
入営のため、ここから汽車に乗った者もいるだろう。
嫁ぐため、ここから汽車に乗った者もいるだろう。
留産からは、どれくらい者が出て行ったのだろう。

駅に休業日はない。
留産駅の無人駅化は’72(昭和62)年。
それまで、この付近には国鉄官舎があり、駅が毎日活動していた。
365日、この駅から乗り、この駅で降りた者たちがいた。

ここから都会に働きに出た者、入営のために出た者、嫁ぎに出た者たちがいた。

タイトルを『廃駅跡にて』とした。
しかし、留産には〝跡〟さえない・・・

クモの巣に雨粒。
あの日と同じ雨だ・・・

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2015年7月18日 (土)

羊蹄を歩く 3

二回の羊蹄行きで、『山と高原地図 2015年版ニセコ・羊蹄山(昭文社刊』に記載されている羊蹄山の全ルート、すなわち、
 ・山頂への登山道4コースの全て
 ・山頂(火口周囲)の全てのピーク・三角点
 ・火口最外縁
 ・父釜・母子釜間ルート
 ・避難小屋周りの枝ルートの全て
を踏むことができた。

雪渓が消えると水を得られない山だということで、
 一回目は、水3.5リットル+牛乳0.3リットル
 二回目は、泊りということもあり 水5.5リットル+牛乳0.4リットル
食料も、行動食や非常食も含めると5食はまかなえるほどの かなり余裕をみた量を持ち上げた。
 一回目は、14キロ
 二回目は、17キロ
と、いずれもテント泊登山並みの重量を背負っていたことになる。

それで確認できたのが、自分の脚の性能と必要な装備・水・食料。

私について確認できたことを、小屋泊まりしない前提で並べると、
 ・長い。 しかし、難しい山ではない
 ・どのコースを使っても、日帰りで登り下り可
 ・暑い時期でも、水は1.5リットルで足りる
 ・山中・山上では食欲がわかない
  (1食分としてパックされている市販のアルファ米やアルファパスタを食べきれない)
 ・二回とも登りと下りでコースを変えたが、同一コースを登り下りするのが実際的
 ・座布団必携(注1)
 ・道道66号及び97号で覆面パト目撃

ってことで、ザック内に入れるモノを十二分とは言えないまでも、必要十分量に整理。
背負う重量が、10キロ弱までに落ちた。
4歳児の体重に相当していたザック重量が、1歳児相当にまで減少したこととなった。
こりゃ、楽だ(^o^)

前回は下りに使った喜茂別コースを、今日は登って下る。

150718【画像:1枚目】
800メートルまで高度を上げた所で、雨。
構わず、更に高度を上げた。
1600メートルまで高度を上げると、乾いた。

登って、登って、登り詰めて、最高点1898メートルを踏む(^o^)

「羊蹄に一度も登らぬバカに、二度登るバカ」
さて、三度登れば、何になるンだろう(^^;

【画像:2枚目】
この最高点付近は巨岩石場。
腰を掛けるのに都合のいい形状の巨岩石があちらこちらに。
火口縁に腰をかけて食事休憩。

【画像:3枚目】
下山後、洞爺湖越しに仰ぎ見・・・
いや、見えない。
全山、雲の中(^^;

登りでは、雨雲の上に抜けた。
下りでは、雨雲の下に抜けざるを得ない。
下は、本降り。
雨中歩行2時間(^^;;;

山歩き時間10時間20分。
23069歩。

全給水量は、
 ・1.1リットル

最高点直下で、
 ・わかさいも本舗 ブルーベリータルト 1個(注2)
 ・コープさっぽろ カットフルーツ 1パック
 ・森永リプトン ミルクティー  200CC

(注1)

山を歩くために、体を絞った。
結果、尻肉がかわいそうなくらいに減少。
堅いところに座っていられない(^^;
なので、シットマット(折りたたみ座布団)を2枚入手し、ザックに入れて上がった。

(注2)
こういった崩れやすくて要保冷のものを山に上げるのは、なかなか難しい。
ちょっと工夫が必要。
そのちょっとの工夫をした(^o^)

150718gpslog

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2015年7月12日 (日)

目国内岳を歩く

読みは〝めくんないだけ〟。

私の山歩きのキッカケは、目国内岳頂上から東に向けて撮った写真を見たから。
North Wave船長からのメールに添付されていた写真で、昨年の9月のこと。
以降、私の山歩きが始まり、新見峠よりのニセコ連峰東山系の山々を歩き、その東外れにデンっと座る独立峰の羊蹄も歩くことができた。

目国内岳新見峠より西
ニセコ連峰西山系に属する山。
North Wave船長、お勧めの山だ。

本日、新見峠駐車場に車を止め、目国内岳1220メートル)、及び、そこへ至るに通過を必要とする前目国内岳981メートル)へ。

羊蹄を歩く際に使った、
『山と高原地図 2015年版ニセコ・羊蹄山(昭文社刊)』
には、ニセコ連峰全山のルートが記載されていて、今回の山歩きにも使える。

150712【画像:1枚目】
6時20分、入山。
西へ。

前目国内岳山頂にて。

ここから100メートルばかり下ったのちに、350メートル高度をあげる。

画像奥に見えるのが、目国内岳
山肌に、雪が残る。


【画像:2枚目】
ピークは角ばった巨岩石の積み上がり。
両手両足を使ってよじ登る。

目国内岳山頂にて。

【画像:3枚目】
目国内岳山頂より、振り返る。

そうだ。
North Wave船長からのメールに添付されていたのは、この風景を切り取ったショットだった。

手前から、ついさっき山頂を踏んだ前目国内岳、シャクナゲ岳・チセヌプリ・イワオヌプリ・ニセコアンヌプリのニセコ連峰東山系、そして頭に雲をかぶった羊蹄山。
この山々全てのピークに、私は立ったのだ(^o^)

【画像:4枚目】
更に北西に足を延ばし、高度を300メートル落としてパンケメクンナイ湿原まで。
パンケ目国内川の水源となるパンケ沼を中央に置く山岳湿原だ。

水は澄む。
エゾサンショウウオの卵塊が見える。
しかし、幼生期を水中で過ごさなければならない昆虫たちは、この湿原では冬を越せないようだ。
虫の飛翔が少ない。

ここでザックをおろし、ストーブに火を点けコーヒーを淹れた。
手前の白は、ワタスゲ。

フライのパックロッドをザックにくくりつけてきている。(注)
さて、・・・

山歩き時間7時間00分。
18117歩。

食事を含む全給水量は、
 ・0.9リットル

パンケメクンナイ湿原の水辺で、
 ・UCC 職人のコーヒー + 牛乳200CC
 ・サタケ カルボナーラ 1/4袋
 ・イオン カットフルーツ 1パック
と、イタリアン+アメリカンランチ。

私の貧脚でも、そのまま更に岩内岳・雷電山と尾根伝いに西に縦走して岩内町に下りることができ、ニセコ連峰西山系の踏破は一日行程。
それをしたくて、山歩きプランを練ったのだが・・・
車1台の日帰りの単独行では、新見峠にデポした車の回収が不可(^^;

(注)
私は釣師(^o^)

Gpslog

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2015年7月11日 (土)

よく似るが、別人。 よく似るが、別魚。

日出が、4時08分。
4時、出航。

船釣りに求められる第一はナギ。
風があると、ナギは得られない。
しかし、KON-chan号では、次の2魚種だけは風がないと釣果が乏しいものとなる。

2魚種とは、サケとヒラメ。
これらを狙う時だけは、船を押す適度な風が吹いてほしい。

150711【画像:1枚目】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
ヒラメ海域。

好天。
そして、ヒラメを掛けるには最適な風(^o^)

朝早い内は、アタリが頻発。
アタルのは、水深10メートルあたりと14メートル。

で、風に押されて水深15メートルに達すると、風上にのぼり、水深8メートルへと。

全部のアタリをとれていたら、船中30枚くらいにはなっただろう(^o^)

結局、船中キープは12枚。
大モノはでなかったが、我が艇のヒラメの水揚げ数としては、大々漁と言っていい。

【画像:2枚目】
今日の同乗のHiroshiさん
本日の竿頭。

【画像:3枚目】
もうひとかた、shinyaさん。

後ろから見ると おふたかた、よく似る。
よく似るが、別人。

【画像:4枚目】
私の釣果。

よく似るが、別魚。
ヒラメとタカノハ。
泳がせたオオナゴにアタった。

ルアーロッドを持ち込んで、シンキングミノーを泳がせてみたが、こちらにはヒトアタリもなし(^^;

11時30分、沖上がり。

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2015年7月 5日 (日)

羊蹄を歩く 2の2 下り編 喜茂別コース

昨日、「羊蹄に二度登るバカ」になった私。

昨日までで、羊蹄山に4つあるルート中、
 真狩
 倶知安
 京極

の3つのルートを歩いたことになる。

今日は残る 喜茂別コース で下山。

以下は
、今日のこと。

150705_4【画像;1枚目】
4時30分。
一夜を過ごさせてもらった避難小屋を出て、ザックを背負った。

気温3℃。

雲海に伸びる羊蹄の影。
雲海から頭を出しているのは、アンヌプリ・目国内岳、岩内岳。

【画像;2枚目】
いったん登り返して、火口最外縁を歩く。

昨日に引き続き、今朝も最高点へ。
この背中側直下が喜茂別コース分岐

下りは登りより、はるかに楽なはず。
しかし、いざ下りに入って感じるのは、足の動かし方の難しさと、羊蹄の長さ。
長い。
長い。
長い下りを歩く。

【画像;3枚目】
下山後、仰ぎ見た羊蹄。

畑に花が咲いた。
マリー・アントワネットの髪を飾ったジャガイモの花が。

夏至を過ぎて間もない。
ジャガイモの花に、空高くから日光の直射。
羊蹄に、空高くから日光の直射。

【画像;4枚目】
今日のGPSログ。

ニセコのカフェの窓から、この山を見よ。
真狩を走る車のフロントガラス越しに、この山を見よ。
噴火湾に浮かんでカレイのアタリを待つKON-chan号上から、この山を見よ(^^;

山頂をきわめたくなる山容ではないか(^o^)

給水は、
 ・0.5リットル

朝食に、
 ・Calbee フルグラ 70グラム + 牛乳 200CC

二日間を合成したGPSログ
 ↓↓↓

Gpscomp

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羊蹄を歩く 2の1 登り編 京極コース

先々週、「羊蹄に一度も登らぬバカ」ではなくなった私。
私の貧脚でも、楽しく羊蹄に登れた。(注1)

昨日、入山。
昨夜は、羊蹄山西側九合目にある避難小屋に宿泊。
今日 下りてきた。
日帰りで登り下りできる山を、登りに1日、下りに1日かけたのだから、これは楽だった。

楽して「二度登るバカ」になった私(^^;;

先々週は、真狩コースから登り、倶知安(比羅夫)コースを下ったので、羊蹄の西側を 型に歩いたことになる。
昨日今日と、今度は羊蹄の東側を 型に。

登り:京極コース
下り:喜茂別(比羅岡:留産)コース

両コースとも、山を挟んで倶知安から遠い対面側にあり、倶知安からタクシーを配車してもらえる地域ではない。
京極にもタクシー会社があるのだが、観光ハイヤーを主業としていて非常に使いにくい。
それぞれの登山口から4キロほど離れたところにバス停があるが、1日3便の過疎便。(注2)
これも使いにくい(^^;

京極コース登山口喜茂別コース登山口の間は15キロ。

実行したプランは以下の通り。

朝いち、喜茂別コース登山口近くに自転車をデポ。
その後、京極コース登山口に車をデポして山頂を目指す。

喜茂別コース下山後の車の回収は自転車で。
回収路の初めに、ダートが3キロ。
回収路の終わりに、4キロで高度を250メートル上げる登り勾配。
残りは緩やかなアップダウンの舗装路。
大丈夫だろう。

以下は、昨日のこと。

150704【画像:1枚目】
京極コース登山口にて。

正面にある羊蹄はガスって見えない。
5時、入山。

【画像;2枚目】
登り詰めて、火口外周縁。
京極コースピーク1892.7メートル 一等三角点)。
少し以前の地図やガイドブックでは、ここが山頂
現在は、ここを旧山頂と呼び、最高点1898メートル新山頂と呼ぶようだ。(注3)

最高点は、重機で積み上げたようにさえ見える尖った岩の集合。
せいぜい数人が、やっと立てる形状。
この形状では測量のためのトランシットを据えられるはずもなく、それで、ここに三角点を置いたのだろう。
キレイなすり鉢状の頭の成層火山の火口だと外周縁に高低差はあまりないので、羊蹄では(富士山もそう)火口外周縁グルリひと周り全てを山頂と言う。

【画像;3枚目】
火口外周縁グルリひと周り全てが山頂。
ではあっても、やはり最高点(1898メートル)へ(^o^)

【画像;4枚目】
最高点に立ったのち、岩稜帯をかわす。
真狩コース九合目まで下り、北にトラバースしばし。

避難小屋にて。(注4)

【画像;5枚目】
避難小屋内。
昨夜の私の寝床。

夕食を含む全給水量は、
 ・1.0リットル

昼食兼夕食は、
 ・尾西食品 山菜おこわ 1袋
 ・サタケ きのこのパスタ 1袋
 ・シナモンミルクティ 200CC
 ・カマンベールチーズ 100グラム

Log20150704_2(注1)
脚を使うペースが同じならば、室蘭岳を歩くのも羊蹄山を歩くのも、時間当たりの負荷は全然変わらない。
羊蹄は長い。
長い分、脚を〝ゆっくり、ゆっくり〟使って時間当たりの負荷を下げる。
体力のないモノが、長い山を歩くにはこれが全て。
室蘭岳に登れる人なら〝ゆっくり、ゆっくり〟脚を使えば、羊蹄山にも登れる(と思う)。
今の羊蹄は、〝ゆっくり、ゆっくり〟歩くにふさわしい頻度で花やエゾシマリスが現れてくれる(^o^)

(注2)
伊達紋別-倶知安をつなぐ胆振線が、羊蹄山の東半分を巻いて走っていた。
1日10便。
’86年の廃線前の登山者は、胆振線の駅から羊蹄登山口に向かったのだと思う。

廃線後は国鉄バスが鉄路を代替。
現在、喜茂別・京極・比羅岡(留産)をつなぐのは道南バス。
ただし、朝・昼・夕の1日3便。

(注3)
’82年と’02年版の『理科年表(国立天文台編)』が手元にある。
それの〝地学部〟をめくると、
 ’82年版における羊蹄山の標高は、1893メートル
 ’02年版における羊蹄山の標高は、1898メートル
となっている。

(注4)
6月中旬から10月上旬まで、管理人が常駐。
避難小屋と称しているが、実際の使われ方は山小屋。
毛布・シュラフを借りられるというのが助かる。
1800メートルの高所の夜は寒い。
私は、毛布もシュラフも借り、毛布をマット代わりに敷いて寝た。

実際の使われ方は山小屋だが、やはり避難小屋。
水・食事は自分で持ち上げなければならない。
予約もできない。

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