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2015年5月

2015年5月31日 (日)

名人のワザを実践した(つもり)

朝早い内は、小雨。
それが止んだ5時30分、出航。

150531【画像:上】
置き竿にしていても掛かる時は掛かり、それが良型ということもないわけではない。

が、マガレイに関し、今まで私が名人らから聞いてきた話を総合すると、以下のごとし。
大事なのは「誘い」と「合せ」。
オモリで底を叩くのが基本。
「合せ」を入れクチビルに掛けて手返し良く。
仕掛けはシンプル。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
伊達火発沖。

ガスが濃くて、オカがけむる。
しかし、このガスもほどなく晴れて、日が降り注いだ。

ベタなぎ。

【画像:中】
水深7メートルで仕掛けを入れた。
魚信豊かで、船首同乗者の竿が頻繁に曲がる。

今日の同乗はMさんご夫妻

ほんの少し沖に流れるだけで、水深が10メートルも増えるかけ上がり海域。

【画像:下】
私の釣果。

上記、名人のワザを実践した(つもり)。
〝つもり〟は〝つもり〟。
釣果極めて上品、マガレイ19枚(^^;

Mさんご夫妻、100枚越え。

10時、西風が吹き下りてきて、沖上がり。

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2015年5月30日 (土)

春山(カムイヌプリ・室蘭岳縦走)を歩く 5

体がなまっている。
汗をかきに山へ。

 登り:水元沢コース→596メートルコル(鞍部:あんぶ)
 縦走:カムイヌプリ山頂→596メートルコル→室蘭岳山頂
 下り:西尾根コース

4時40分、入山。

150530_2【画像:1枚目】
入山時はガス。
それはたちまち晴れ、高曇り。
やがて、日が照った。

山に咲く花は、小さい。
その小さな花を、登山靴で踏むことがないように歩く。

596メートルコルまで高度を上げると、左が室蘭岳、右がカムイヌプリへの分岐点。
右へ。

カムイヌプリ山頂にて。
750メートル。

向こう側は、海。
海は濃いガス。

先週、室蘭港口、本船航路に近い海域に良型のソウハチがたまっていた。
濃いガスの中、今日はそれを狙って多くのボートが竿を出しているのだろう。

ここにいても、本船からの汽笛が間断なく聞こえる。
それらのボートへの、警報汽笛だ。

【画像:2枚目】
今日は、山に初めて〝火〟を持ち込んだ。

ガスストーブの試運転。
自動点火はOK。
自動点火故障時も想定。
ジッポライターでの点火もOK。

牛乳200CCを温めるのに70秒。

牛乳で紅茶を淹れ、シナモンスティックを添えて、シナモンミルクティー。

手前は、アボカド豆腐。

【画像:3枚目】
暑い。

ゴアの帽子をかぶっているのだが、帽子の中の排蒸が全然間に合わない。
汗が目に入る。

首にタオルを巻き、頭と顔の汗をぬぐいながら縦走路を歩く。

全山、土が乾き、細かい砂をまいた斜面を歩いているようなもの。
滑る。

室蘭岳山頂にて。
911メートル。

向こう側は、オロフレ。
ガスっぽい。

暑いはずだ。
山頂寒暖計は21℃。

この時、下界は13℃くらいだったはず。
ガスの高度が低く、室蘭岳全体がガスの上。
ということで、下界はガスの中だが、山は好天。

【画像:4枚目】
帰路に使った西尾根コース、850メートルから750メートルにかけては、群生するシラネアオイが満開。
750メートルから450メートルは、エゾハルゼミが山を震わすような大音響で鳴く。

何かが目の前に飛んできた。
我ながら、ナイスキャッチ(^o^)
エゾハルゼミの♀。

サカナも、こんな感じでナイスキャッチしたいものだ(^^;

↓はGPSログ。

150530log山歩き時間5時間20分。
23454歩。

カムイヌプリ山頂で、
 ・雪印メグミルク 牛乳200CC
 ・リプトン アールグレイティーバッグ2袋
 ・紀文食品 アボカドとうふ115グラム

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2015年5月26日 (火)

『モナ・リザは高脂血症だった』を読む

歴史上の人物の病歴や死因を探るこの手の書は、ほかにも知っている。
また、遺骸・遺骨から死因を探っていく話が書かれた本も随分ある。

新潮新書。
副題は「肖像画29枚のカルテ」。

本書は、〝肖像画〟に限らず、絵画・像・古文書に現れる人物が抱えていた病を探ってゆく趣向。

著者は整形外科医。
作家としても、直木賞候補作を何編か著している人。
医科学知識はもちろんだが、美術・歴史にも広い知識を持っている人だ。

しかし、内科学教授在任18年間での、自らの誤診率が14.2%だったと明らかにした人もいる。(注1)

現実の人間を相手にした専門家でもこの程度の誤診があるのに、問診も触診もできない相手。
写真でさえ真実性が疑われる、ましてや絵や像として表現された形や色に、果たしてどの程度の写実性を認めることができるのか。

さて、診断はいかに。

 

Bookこんな喫茶店で読み始め。

医師の目とは実に鋭いものだ。
病を解き明かしていく視点・推理は、多角的で科学的。
加えて、専門医からの裏付けを得ている事例が多く、客観性の高い内容となっている。

今夕、読了。

『ヴィーナスの誕生(ボッティチェリ)』には外反母趾と水虫。
『見返り美人(菱川師宣)』には強迫神経症。
『ミロのヴィーナス』は経産婦。 しかも、高年初産婦だったと。

ところで、薬師寺の日光・月光菩薩を脊柱側彎(せきちゅうそくわん)症と診断し、整形外科の権威者からの同意も得ている。
そこに至る著者の診たては、日光菩薩の胸椎が左に、腰椎が右に曲がっている(月光菩薩は日光菩薩と対称的な曲がり)ことを指摘し、その発症が背の高い細身の女性に多いことを裏付けとしている。

私は、しかし、これにはうなずくことができない。
著者が背の高い細身の女性だとした日光菩薩・月光菩薩は、男性なのだから。(注2)

戯れに私も(^^;

映画『釣りバカ日誌』シリーズの佐々木課長や舟木課長は、ハマちゃんに振り回されるたびに太田胃散を飲む。
 ・胃の不快感はストレスからくるのだろう
 ・常備薬としているくらいだから、ストレスを受ける頻度は高い
 ・二人とも血色が良く、体格も良い
 ・太田胃散を飲む程度のことで快方に向かう
ということならば、胃にそれほど深刻な問題を抱えているわけではないだろうと。

(注1)
『最終講義(実業之日本社刊)』中の、冲中重雄東大教授の最終講義録から。
'46年から'63年まで内科学教授だった彼が、最終講義で発表した値。
CTやMRIのない頃の話なので、この誤診率は優れた数値だったらしい。

(注2)
梵天は男、弁天は女、如来は性別なし。
薬師寺の日光菩薩・月光菩薩は男。

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2015年5月24日 (日)

ソウハチは良型

日出が、4時07分。
4時20分、出航。

150524【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

うねりの上に風波が乗り、波の頭が尖って硬い。
西風速くシーアンカーを入れたいのだが、ここは港口、本船航路上。
それもあって、アンカーの投入・取り込みが頻繁に必要となりそう。

海域を離脱した。

【画像:下】
根も釣りができる海況ではないのだが、インチクを入れると食ってくる。

しかし、海況好転せず、ここまで。

沖上がり10時。

ソウハチは良型がそろった。

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2015年5月23日 (土)

春山を歩く 4

所用あって札幌に行かねばならない。
急げや急げ。

ということで、

 登り:夏道(南尾根)コース
 下り:夏道(南尾根)コース

と最短ルート。

5時40分、入山。

150523_2【画像:上】
求愛が成就したのだろう。
ウグイスのさえずりが減った。

山頂にて。

薄いガス。
北西風が山を鳴らすが、気温が上がっていくことを予想させる風だ。

白鳥ヒュッテから山頂まで40分台前半で上がってこられたら、かなりの健脚家。
消防のレスキュー隊員だと、20分台前半で上がるらしい。

今日の私の背中の負荷は、12キロ。
で、55分(^^;

山頂寒暖計は9℃。

【画像:中】
このコースは水元沢コースに比べて、花がとても少ない。
10分の1もないだろう。

日陰に咲く花で、日本中どこででも見ることができる〝チゴユリ〟。
〝稚児百合〟と書くのだと思う。
小さなユリだ。

って、花を紹介するなんてのは拙ブログの芸風に会わぬ(^^;

【画像:下】
GPSログ。

山歩き時間1時間30分。
9099歩。

飲食なし。

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2015年5月22日 (金)

『古典落語100席』を読む

PHP文庫。
PHP研究所編。
監修は立川志の輔。

 

Bookこんな喫茶店で読み始め。
本夕、読了。

百席を、「現代SFもびっくりの奇想天外な噺(はなし)」とか「ま、お座りなさいの奥義指南」などと八つに分類、並べてある。

一席が見開き2ページ。

落語の〝古典〟とは、江戸元禄期頃(17世紀後半)から大正期あたりまでに作られた噺を言うようだ。
歌舞伎や講談とだいたい同じくらい、浪曲よりやや長い歴史を持つ大衆芸能。
風俗、時刻・長さ・金銭の単位などは当然のこと現代と違うが、庶民相手の演芸ゆえ、そのことによって話が分からなくなる、ということはない。

『目黒のさんま』『長屋の花見』といった誰でも知っている古典がおさめられているのに、同じく古典に分類される『寿限無』は載せられていない。
どうも、『寿限無』は駆け出し噺家の口慣らし・練習噺で、落語一席として勘定には入れないらしい。

読売新聞夕刊のコラム『よみうり寸評』では、話のつまみ部を落語から取ることがよくある。(注1)
落語は罪のない作り話だということが、その理由になっているのだと思う。
また、落語一席の話の核心を言ってしまえば、それはごく短く言える。
わずかな字数しか与えられていない『よみうり寸評』を書くには、その核心の短さに使い勝手の良さがあるということもあるのだろう。
見開き2ページで一席分を書き込めている本書がその証拠。(注2)

落語一席、その一席の核心を言ってしまえばごく短いとすぐ上で書いた。
それを笑わせる噺に仕立て、高座にかけてメシのタネにする。
これすなわち、噺家の〝芸〟。

(注1)
「よみうり寸評」は、四半世紀以上にわたって同一執筆者。
話のつまみ部に落語を多用するのは、この人のペンの〝芸〟風なのだろう。
この〝芸〟風、「よみうり寸評」のみならず、結構あちらこちらで見られる。

(注2)
一席が10時間を越えるという大長編落語もあって、本書でも古典落語百席の内の一席として見開き2ページで紹介されている。
さすがに、これだけの大作ともなると、見開き2ページでは一席全部の紹介はムリ。
同じく大長編がもう一席、これも同様。
いずれも、三遊亭圓朝作。

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2015年5月18日 (月)

往時の表記は〝大佛鐵道〟

JR関西本線、主要駅の加茂駅と奈良駅。

ずっと以前のこと。
この2駅を始発・終着としてつないでいたのが、関西(かんせい)鉄道の大仏(だいぶつ)鉄道(線)。(注)
名前が示す通り、終着奈良駅のひとつ手前、東大寺の真西2キロほどのところに大仏駅が置いてあった。

1898年(明治31年)開通。
1907年(明治40年)には早くも廃線となったので、遺構は極めて少ない。
日本が自前で機関車を作れるようになったかどうかという頃の線。
なので、客車を牽引していたのは英国から輸入した蒸気機関車。

その廃線を歩く。

150518_2【画像:上】
大和川支流の佐保川。
ここに大仏線の鉄橋が渡っていた。
川底に、言われて初めて分る赤レンガ。
それが、その鉄橋の基礎石。
大仏線が通っていたことを示す小さな小さな遺構だ。

【画像:中】
基礎から大仏線敷設経路の方向が分かる。
それに従って歩を進めたい。
しかし、廃線後に相当規模の土地造成が入っているようで、鉄路ではあり得ない直角右左折を何回か行わないと歩みを進められない。
だから、大仏線そのものは10キロもなかったらしいが、今の町並みだと、加茂駅から奈良駅まで13キロくらい歩かねばならない。

手焼きせんべい店が。

【画像:下】
いくつか購入。
右下、『大仏鉄道 明治31年』と焼き込まれた手焼きせんべいを食う。

20633歩。
帰路は現役の関西本線で15分。

(注)
〝かんせい〟と読ませる資料と〝かんさい〟と読ませる資料があるが、〝かんせい〟が正用らしい。
のち、国有鉄道となる。
日本の鉄道史において有名な島安次郎の最初の就職先がここ。

大仏鉄道、往時の表記は〝大佛鐵道〟。

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2015年5月17日 (日)

『釣魚をめぐる博物誌』を読む

角川選書。

著者は魚類生態学を専攻した人で、産経新聞編集委員。
自社紙土曜夕刊に5年間連載された「釣然草」に手を入れたもの。

 

Bookこんな喫茶店で読み始め。
カウンター席。

私のすぐ横に座ったのが、リクルートルックの女子大生(だと思う)。

靴を脱ぎ、両足の小指あたりを気にしている。
で、バッグから出したピンクのクロックスサンダルに履き替えた。
ヒールのある革靴での歩きに、慣れていないのだろう。

慣れていないのは、ヒールのある革靴だけではないようだ。
脚の皮膚が、ナイロンにも慣れていないようで。

次の行為に、私は大いに驚かされた(^^;
この女性、私がすぐ横にいるにも関わらず、スカートの中に両手を入れた。(注)
そして、ストッキングを脱いで丸めてバッグに入れた。
この間、2秒。

いや・・・
私、何の話をしていたンだっけ(^^;
この本の著者の教養の範囲は実に広い。
ってなことを書こうと思っていたのだが・・・

止めた(^^;

(注)

会田雄次の『アーロン収容所』を思い出した。
ビルマで終戦・降伏後、英国軍管理の捕虜収容所で過ごした経験の書。

英国陸軍士官宅での作業。
士官夫人は、彼の前で何の気兼ねもなく服を着替える。

目が細く小さくてやせたモンゴロイド。
しかも敗戦国の元兵士。
英国人から見ると、それはヒトではない。
ヒトではないから、その目前で裸になるのに何のためらいも起こらない。
というようなことが、『アーロン収容所』には書かれていたように記憶している。

隣に座った彼女。
彼女から見たら、私はヒトでも何でもない。
と、いうことなのだろう(^^;;

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2015年5月16日 (土)

新世界より

近畿地方は昨夜から、雨。

100516JR奈良支所所属の大阪環状線103系の塗装色は、ウグイス色。
東京の環状線と同色。

『新世界より』にうながされ、列車がホームを離れた。

大阪環状線 新今宮駅の発車メロディーは、ドヴォルザーク『交響曲第9番 新世界より』。

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2015年5月14日 (木)

『もう道に迷わない』を読む

少年院をたった今出たばかりの少女。
晴れ渡った空をまぶしそうに見上げて更生を誓ってつぶやく言葉は、『もう道に迷わない』。

とは、違う(^^;

遭難に至る山での道迷いの実例とその対策が書かれているのが、『もう道に迷わない』。
ヤマケイ新書(山と渓谷社刊)。

 

Booksこんな喫茶店で読み始め。

同時に購入した『山岳遭難の教訓』も、本書に引き続いて読んだ。
両書は著者こそ違うが、内容はいずれも山と渓谷社出版の『月刊誌 山と渓谷』と『隔月刊誌 ワンダーフォーゲル』に掲載した記事からチョイスし、それに筆を加えたもの。

地形図を示し、遭難に至る過程を時系列的に書く手法は両書とも同じ。
取材をベースにした記録・報告文だから、書き方も表現もよく似ている。

本夕、読了。

山での遭難の原因には、転倒・滑落による受傷やナダレに遭遇して行動不能となるということもあるが、圧倒的に多いのが〝道迷い〟。

本書内で紹介される遭難者は、地図・コンパスを持って山に入っている。
しかし、地図・コンパスを持ってはいても、その使用時期を誤ると何の役にも立たない。
コースを誤り、背丈を越える視界をさえぎるヤブに入ってしまったり、濃いガスに巻かれてから地図・コンパスを取り出しても、もはや自位置を知るのは大変に難しくなる。
越える必要ない尾根を越えてしまったことに気付かなかったりした時にも、地図上に自位置を求められなくなってしまうことがあるようだ。
そうなる前に、自位置を失わないようにしていなければならない。

しかし、それができない。

山を歩いていると、地図を広げる作業というのは平地で考えているほどそうしばしばやれるものではない。
初めての山だと、事前に地図を読みルート確認をしなければならない地点を頭に入れている。
その要確認の地点が、15分とか30分ごとといった短周期で現れるわけではない。
頭に入っている(つもりでいる)範囲は、まずは歩いてしまう。
でないと、リズム、気分が乱れてしまう。
たいがいは、「ン?」と感じた時点を随分過ぎてからの位置確認作業となる。
で、道迷いへと。

救助を必要とするような遭難に至るのは、延べで何万・何十万とある道迷いの内のほんのレアなケースなのだろうが、経験と準備が十分なパーティーを組んで歩いていても起こりうるもののようだ。
ガス・吹雪の中を歩くパーティーの後ろの者が脱落・道迷い、時には後ろにいるはずの者が知らぬ間に先行者を追い抜いてしまって道迷いということもある。
経験豊かなリーダー自身が道に迷うということもある。

遭難者に向かって、無知・無謀を言うのは簡単だ。
しかし、無知を自覚できる無知な者はソクラテスくらい。
無謀を自覚できる者も滅多にいない。

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2015年5月10日 (日)

本日、5倍の差はつかず(^^;

某船長に言わせると、
「カレイならソウハチ。 だけど、釣り人はマガレイを釣りたがる」

その通り。
マガレイ(やイシ・クロもそうだが)は、引き味が良く、竿を曲げてくれる。
なので、ソウハチよりずっと釣趣豊か。

カレイ類は誰にでも釣れボーズということはないが、竿を持つ人によって釣果に大変な差がつく魚。
同じ海域で竿を出しているのに、名人と私とでは釣果に5倍の差がつく。
特に春のマガレイでは、一度の例外もなくそれくらいの釣果差をつけられている(^^;

名人らが、マガレイを何十枚だかあげているという話が聞こえてくる。
であれば、私は10枚くらい(^^;
そんな気分で船を出した。

4時30分、出航。

Powerplant今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
伊達火発沖。

小雨は降り止まず、寒い。
加えて、アンカーを入れるも、西北西の風強く、船が止まらない。

釣りにならない。

6時30分、沖上がり。

名人らは出ていないようだ。
よって、本日、5倍の差はつかず(^^;

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2015年5月 9日 (土)

春山を歩く 3

西風が強い。
山へ。

先日と逆向きの山歩き。

 登り:水元沢コース
 下り:西尾根コース

5時、入山。

150509_2【画像:上】
前々回の山歩き以来、ポール(ストック)は持つものの、一度も地面を突くことなく歩き通せている。
なので、ポールはたたんでザックのサイドにくくりつけた。
登山ズボンはヒザ下を外し、ニッカースタイルに。(注)

ジャケットも脱いで、ザックに入れ、トレッキングシャツで。
車外へ出て入山準備をしている頃は寒いくらいなのだが、じき、汗が出る。

西風が山を鳴らして吹きつけてくるが、春光はさんさんと降り注ぐ。

残雪ごくわずか。
雪上歩行は、全くなし。

山頂にて。
山頂はまだ芽吹き前。

しかし、先日は400メートルだったヤマザクラの開花標高が、更に200メートル上がりこの山のヤマザクラ生育限界標高に達し既に落花、葉桜。
鳥のさえずりはますます増え、ダケカンバの新緑が萌える。

山頂寒暖計はプラス9℃。

【画像:中】
水元沢コースは、花が多い。
シラネアオイは花盛り。
マイヅルソウ、ハクサンチドリ・・・

花の背景に使おうと黒いラシャ紙を持って上がってきた。
まァ、でも、そんな作為は野暮の極みだろう・・・

私の帽子の影の中で咲くのは、ミヤマオダマキ。

【画像:下】
GPSログ。

山歩き時間、4時間45分。
17938歩。

山頂で、
 ・ブルボン ボイセンベリークッキー 1個
 ・ロッテ お手軽チョコパイ 1個
 ・グリコ アーモンド効果 200CC

(注)

私の使っている登山ズボンは、ヒザ部分のファスナーを外すと長ズボンからニッカズボンへ容易に変えることができる仕立て。

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2015年5月 6日 (水)

潮止まりの釣り

満潮が3時37分で、日出は4時25分。
ということで、日の出ころから潮が動く。
下げ潮。
だからどうだって言えるほど、KON-chan号進出海域での潮と魚の食いの関係を私が知っているわけではない(^^;

今日のナギは持たない。
急げや急げ。
インチクを4個ポケットに入れて、家を出た。

4時20分、出航。

150506_3【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

オカはかすむが、海上は立夏の陽光。
沖根。

【画像:下】
風は東。
と、思ったら南西。
いや、北。
と、くるくる回る。

潮止まりの最干潮が、10時07分。
その時点直前まで、ひとアタリもなし。(^^;


10時頃から、バタバタバタっと。
で、次のバタっがこなかった(^^;

本日、潮止まりの釣りとなった。

正午、沖上がり。

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2015年5月 5日 (火)

春山を歩く 2

西風強く、我が小船では釣りにならない。
山へ。

4月19日の山歩きと逆向きに。

 登り:西尾根コース
 下り:水元沢コース

5時50分、入山。

150505【画像:1枚目】
西尾根コースに入ってすぐのペトトル川源流域で、竿を振る青年とごく短時間の交流。
さらに、沢を遡上するという。
このあたりまで登れば、いるとすればイワナだが。

魚信は得られたか・・・

【画像:2枚目】
登山道の残雪はわずか。
雪上歩行は、トータルでほんの20メートルばかり。

山頂にて。

800メートルから上は、濃いガス。
しかし、下山開始頃から春の陽光が射してきた。

山頂寒暖計はプラス8℃。

【画像:3枚目】
夕べの雨で、水を吸った地面が滑る。
水元沢コースのロープ場では、靴が滑り一度手をついた(^^;
その急下りをかわすと鷲別川源流域。
この沢を11回渡渉して、高度を200メートルほど稼ぐ登り返しに入る。

相変わらず鷲別川源流の水は冷たく、瀬音は速い。

しかし、山は春。
鳥のさえずり、今日は6種。
成虫で冬を越したタテハチョウが、林の日だまりに低く飛ぶ。
花が咲く。
エゾエンゴサク、エンレイソウ・・・
画像は、鷲別川の源流に顔を向けるシラネアオイ。

【画像:4枚目】
GPSログ。

山歩き時間3時間50分。
17526歩。

鷲別川源流の瀬音を聞きながら、
 ・アサヒフード クリーム玄米ブラン 4枚
 ・明治 素材ぎっしりダブルベリーバー 1個
 ・給水なし
 

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2015年5月 4日 (月)

寒い。 とても寒い

7時、出航。

今日のナギは昼まで持たぬ。
インチクを2個ポケットに入れて、家を出た。

150504【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
沖は濃いガスで、視程0.1海里。
オカが見えない。

寒い。
とても寒い。
吐く息が白い。

【画像:下】
根の上に到着した頃は良ナギ。
ガスの向こうにもう二艇いるのが分る。
底から12メートルまで巻き上げたところで、アタリ。

魚はいるようだ。
しかし、ほどなく東南東の風が吹き降りてきて、釣りを継続する海況ではなくなる。

9時30分、沖上がり。

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2015年5月 3日 (日)

なかったのは視界だけではなく

朝いちは食いが良かったらしいが・・・
KON-chan号の出航は、朝さん、朝よんの9時10分。

150503【画像:上】
沖は濃いガス、真っ白。
オカが薄ボンヤリ見えているうちは、まだ良かった。

やがて、視程0.5海里。
0.1海里。
じき、0.02海里もなくなった。

【画像:下】
なかったのは視界だけではなく、ソウハチの反応も根の反応も(^^;

あったのは尿意だけ(^^;
ベタナギの海に向かって、オシッコ2回。

根掛かりかと思ったが、でかいカジカ。
リリース。
ゴミでもひっかかったと思ったが、小さなソイ。
リリース、リリース、リリース。

やっとキープサイズ。

沖上がり、14時30分。

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遠軽駅にて

遠軽町内に入る最後15キロほどは路側に砕石がまかれていて、自転車には意地悪な道路仕様。
この間、ゆるい上り勾配、かつ、向かい風。

Engarusta_2【画像:上】
さて。
遠軽駅のみどりの窓口で切符を手配した。
GW中なので、ひどい混雑を予想していたが、オホーツク6、スーパー北斗18の指定席があっさり取れた(^o^)

【画像:下】
道内、駅構内のいわゆる『駅そば』は少なくなった。

「昭和29年(1954年)、わたし19の時から。 61年」と。
ソバを湯がいて、60年以上。
もう少し、オバちゃんの話を聞きたい。
が、列車入線のアナウンス。

ソバを湯がいて60年以上。
話を聞けなくて、良かったのかもしれない・・・

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奥白滝信号場にて

石北本線を旭川側から進み、北見峠を貫く長いトンネル(石北トンネル:4329メートル)を出て すぐに信号場。
'01年(平成13年)に、奥白滝駅から変更となった奥白滝信号場である。(注1)

150502【画像:上】
上白滝から、連続する上り勾配を6キロほど進み、高度を150メートル上げたところに奥白滝信号場。

元は普通駅であったのだから、このあたりには人・モノが集散していた歴史がある。
歴史とは言えないほどの近い過去、この付近で魚屋や菓子屋や旅館の商売が成り立つほどの人々の生活と行き来があった。

今は何もない、全く何もない。

再び言う。
今は何もない、全く何もない・・・

何もないことを知ってここに来ている。
なのに、〝聞こえるものしか聞かない〟・〝見えるものしか見ない〟ことに、ヒトはそれほど長い時間は耐えられない(^^;
1日。
いや、1時間も耐えられない。

奥白滝のサビ付いた改札ゲートを、私はどのくらいの時間見ていたのだろう。

さて・・・
自転車を逆方向に向け、上白滝・白滝・旧白滝・下白滝と下り勾配を快適に走り、遠軽駅まで。(注2)

(注1)
‘信号場’とは、貨物や旅客の扱いを行わない駅(停車場)。
列車の交換(行き違いや追い越し)、待機停車(時間合わせ)に使うので構内は複線でポイント設備がある。
生まれ自体が信号場という信号場もあるし、駅から信号場になることもあるし、小幌や北舟岡のように信号場から駅になることもある。

以下は道草話。

『雪国』の有名な冒頭は、

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

ここに書かれている‘長いトンネル’とはJR上越線の‘清水トンネル(9702メートル)’。
文豪は‘信号’と書いているが、国鉄・JRでの呼称は一貫して‘信号’。
汽車が止まったのは、‘土樽(つちたる)信号場(現 土樽駅)’。
主人公の行き先は越後湯沢

土樽信号場と越後湯沢駅間は15キロばかり。

上記の続きは、

向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん。」


とあるので、かつての信号場には‘駅長’と呼ばれる人がいたようだ。

『雪国』をもう少し読み進めると分かるのだが、信号場に止まった汽車は‘終列車’。
調べてみると、雪国執筆当時、土樽信号場に終列車が停車するのは21時頃だったようだ。

道草の、さらに道草話。

ガラス窓を落した

とある。

列車内の出来事を書いた芥川龍之介の短編『蜜柑』の文中にも、

小娘の開けようとした硝子戸は、とうとうばたりと下へ落ちた

とあって、大正期・昭和前期の客車の窓は下ろして開ける方式だった。
やがて、このタイプの窓は姿を消し、上に開ける方式になる。
で、今。
新型車両は下ろして開ける方式。
あるいは上下分割になっていて上部は下げ、下部は上げるタイプ。

『蜜柑』の上記文章のちょっと前のほうに、

何時(いつ)の間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、頻(しきり)に窓を開けようとしてゐる。が、重い硝子戸(ガラスど)は中々思ふやうにあがらないらしい

とあって、下げる窓なのに ‘あがらない’ と書いている。
龍之介のペンが滑ったわけではない。
下げるタイプの窓は、いったん持ち上げてラッチを外さないと下がらない。

(注2)
石北トンネルの西にある上越(かみこし)信号場の標高が634メートル。
同トンネルの東にある奥白滝信号場の標高は513メートルだから、トンネル内で西から東へと3パーセント弱の下り勾配となっている作りだ。

奥白滝信号場から丸瀬布・遠軽あたりまで、奥白滝信号場付近を源とする湧別川に沿って石北本線が走る。
Google Earthで拾った標高を西から東へと並べてみると、
  奥白滝:513メートル
  白  滝:363メートル
  旧白滝:307メートル
  下白滝:265メートル
  丸瀬布:191メートル
  遠  軽: 81メートル
約60キロメートルを、この標高差を利用するサイクリングとなった。

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上白滝駅にて

一昨日、上川の旅館に着いたのは20時近かったが、私一人の遅い夕食には女将が付き合ってくれた(^o^)
翌朝は早い。
朝食兼昼食の弁当を作ってもらうことにし、清算を済ませて就寝。

そして、咋日。
石北本線。
始発上川駅、06時16分発車。

07時04分到着。

150502_2上白滝駅。

34キロ、48分間の短い鉄路の旅。
しかし、この間、途中駅なし。

ここから、上白滝・白滝・旧白滝・下白滝と駅名に白滝の付く無人駅の連続は有名。(注)

このあたり、石北本線は湧別川源流域に沿って走る。
そして、国道333号線と国道450号線(旭川紋別自動車道)が並走する。

2両編成列車に、乗客は私だけ。
で、北見峠を貫く長いトンネル(石北トンネル:4329メートル)を出て、しばらく走ったこの寂しい駅で降り、自転車を組んだ。

上白滝から今来た方向へは、3%の上り。
鉄路にとっては〝急勾配〟。
私のような貧脚チャリダーにとっても、同様に〝急勾配〟(^^;
が、国道333号線に乗り出して、上り道へとペダルを踏んだ。

(注)
「白滝」とつく駅名が連続することだけで有名なのではない。
鉄路だけを使う旅だと、ここで降車したらその日は終わり。
翌日にならないとその先へ移動することができないという、袋小路的運行であることが有名な理由。

上白滝駅での停車便は、
   6時16分上川発下り が 7時04分
と、
   16時12分遠軽発上り が17時07分
の上下各1便しかない日本一の過疎駅。

この上川発の便に乗るには旭川に前泊しても接続がうまくいかずダメ。
一昨夜、私が上川で投宿した理由がそれである。

あんなことやこんなこと
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