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2015年1月

2015年1月31日 (土)

冬山を歩く 16

マリーナのクレーンが稼動するのは9時から。
今朝がたの早い時間帯はナギが使えそうだった。
しかし、夕べは今朝のナギを読み違い。
残念、船を下架していない(^^;

で、山。

7時10分、入山。

先々週の土日に使った冬コースは、スキー・スノーボードのバックカントリーゲレンデといった雰囲気だった。
幅はあるがルートが直線的で、私が先々週の土曜日、吹雪の中でも登れたように、登り、登り、登りと登り詰めれば山頂に行き付ける。(注1)

ただ、この冬コース、山歩きとしては距離の短かさがモノ足りない。
もう少し距離を歩きたい。

ということで、今日はアップダウンが多く距離の長い西尾根コースを選択。
積雪の少ない頃は何ヶ所か岩角を踏まなくてはならないコースだが、今は全てが雪の下。

150131【画像:上】
先週末から今週初め、里の気温はプラスに大きく振れ、その後、寒気が入った。

入山届ポスト前で、スノーシュ―を履いた。(注2)

高度を上げると締まった雪で、新しい雪はわずか。
歩きやすい。

尾根の広い斜面で振り返る。
三人パーティが後続する。

遠景は室蘭市街。
工場の排蒸煙が真っ直ぐに立ち上る。
やはりナギだ。

【画像;中】
雲が高く眺望がきく。
北西には、羊蹄山・ニセコの山々。
目を180度転じると、日高の山々。

山頂寒暖計は、氷点下6℃。

【画像;下】
今日はGPSログを取ってみた。

西尾根コース(ピンク線左)を登下山。
まだ歩き足りない。
で、再び、入山届。

入山届ポスト前で、
森永 リプトンレモンティー200CC
グリコ ブラウニーバー半分

冬コース(ピンク線中央)を使って登り返し。

気温が上がった。
二度目の山頂寒暖計は、氷点下3℃。

夏道(南尾根)コース(ピンク線右)を使って下り返し。

雪の状態がいい。
冬コースを登り始めてすぐに、スノーシューを脱ぎザックにくくり付け、代わりにアイゼンを付けた。

冬コースを登りながら、グリコ ブラウニーバー残り半分
後続の三人パーティのお一人からいただいた大島黒糖1個

結局、
登り:西尾根コース
下り:西尾根コース
登り:冬コース
下り:夏道(南尾根)コース
と、本日の登頂は2回。

山歩き時間5時間50分。
21792歩。

累積獲得高度は1100メートルを越えた。

(注1)
山の基本形は円錐。
だから、登り詰めるとルートがどんどん狭まりやがて山頂に立てる。
下りは逆。
登りよりも、下山時に道迷いが多いゆえん(のひとつなのだと思う)。

(注2)
和式の輪かんじき(サイドに滑り止めのかなり大きい▽形のツメが付く。 小さくて持ち運びやすいので、これを使っている人は結構いる。 どちらかというと、本格的山男・山女に多いようだ)は、靴と一体に固定する。
米式のスノーシューは、かかとがフリー。
なので、急斜面を下る際に不用意な重心移動で通過しようとすると転倒しやすい。

TRAMPIN’vol.21 丸ごと一冊! 雪山がわかる本2015』を読んだ。
スノーシューで、急斜面を下る際の対応が書かれていた。
急下り斜面は後ろ向きで歩く、と。
なるほど。
本日、急下りで後ろ向きを実践。
本に書いてあるようにはいかない。
あやうく転倒(^^;

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2015年1月29日 (木)

『インド人の頭ん中』を読む

異郷。
そこが大都会であってもド田舎であっても、我が町から遠く離れていればいるほど、そして地形・気候といった自然や歴史・言語・食・習慣・教育・宗教といった文化が自分の生まれ育ちとかけ離れていればいるほど、人は〝感じ〟、それを誰かに伝えたくなるものだ。
旅行者が数日間の滞在で得られる〝感じ〟でさえそうだ。

そこに住む。
そこに住み、何年か経てば、〝感じ〟は〝生活〟に変化する。

独身女性が単身、インドで生活。
『インド人の頭ん中』、インド生活4年を経て書かれたもの。
その間に、インド公用語のヒンディー語(注)をマスター、インド人の〝カレ〟もいる。

川染さんからお借りした。
冬野 花著(中経文庫)。

150129マックカフェで読み始め。

インド人は数学に強く、シリコンバレーにはインド人が多いとか、〝0〟の発見はインドにおいてだとか、日本の〝九九〟に相当するのが〝19×19〟だとかといった誰でも知っているような話は出てこない。
音楽・スポーツ・出版・映画・TV番組といった、芸術・芸能・娯楽・趣味的な話も出てこない。

ヒトの話。
ヒトとヒトとの接触からくるインド人の話。

インドのカースト制は根深い。
生まれ落ちたカーストと職業が直結している。
掃除屋を職業とする家に生まれた者の職業は、掃除屋。
床屋は床屋、商人は商人。

筆者は言う。
「インドには『直接の目的』以外のことに頭が回らない人々がいる」
例えば、排水口の詰まり。

配管工が竹竿を持ってやってくる。
詰まり個所までに長さが足りないことが分かる。
配管工が言う、「だんな、どうしたらいい」
次に何をすべきなのかを、教えて命令しなければならないのだ、客がプロに。
「長い竿を持ってこい」
それを二度三度繰り返し、やっと『最終目的』に至る。

筆者は言う。
「インドには『直接の目的』の向こう側に思考がつながらない人々がいる」
例えば、ちょっといいレストラン。

ウエイターがシャンペンの開栓動作。
開かない。
なかなか栓が抜けない。
「こうやれば抜ける」とウエイター。
で、ビンを振る。
抜けやすくはなるだろうが、噴き出すだろう。
が、「振るのをやめろ」と言っても振る。
それを二度三度。
結局、シャンペンのオーダーをキャンセルすることになる。

暑さ。
ホコリ。
貧困。
頻繁にある停電。
停電に伴う断水。
そこここに転がっている牛・犬そしてヒトのフン。
性欲でパンパンになっている男たち。
差別、それも徹底した差別。
区別、それも徹底した区別。
頭の回らないヒトたち。
思いの至らないヒトたち。

筆者のインドを見る目、語る言葉は批判的である。
批判を通り過ぎて、軽蔑的とさえ言える。

しかし、筆者は言う。
「インドには『否定』がない」

何でもかんでもまぜこぜのまま、あるがままに放っておく。
存在の全てを認める。
あとは神様にお任せする。
と。

そのインドに筆者は30歳から住み、すでに在住10年になる。

(注)
著者によれば、日本語とヒンディー語は語順が同じで、インド人が日本語を修得するのも、日本人がヒンディー語を修得するのも短時間ですむらしい。
ただし、インドでは話し言葉はヒンディー語でも読み書きは英語が普通。
さらに、ヒンディー語は音が多い。
インド人はネイティブ語を二つ有していて、かつ多数の音を持っているので、語学修得のための基礎脳レベルが、初めから大変に高いところにあるのだろう。
著者によれば、「インド人はどこの国の言葉でも、ビックリするほどすぐにしゃべれるようになる」とのこと。

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2015年1月25日 (日)

1時間足らずの内に、マス・マス・マス・マス

年初の頃の日の出は遅く、7時05分だった。
今日の日の出は、6時56分。
昼が最も短かった冬至(12月22日)、当地の日の出から日の入りまでは9時間05分だった。
それが今日は、9時間45分。

遊べる時間が40分増えた、と思える人は幸せ者だ。
遊べる時間が40分しか増えていない、と思える人はもっと幸せ者だ。

一日中ナギが持つ予報。
マス海域へ。

6時30、出航。
ナギ良く、25ノットの高速航海。

150125【画像:上】
マス好釣海域はこのあたり(らしい)。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

【画像:中】
同乗は仕事仲間のSさん。

良く釣れました。
また、カタも良く、マス・ソウハチ・スケソウ・ホッケ・ガヤ・ソイ・アブラコと、Sさん7目達成。

【画像:下】
出竿5分で、私にマス。

その後、1時間足らずの内に、マス・マス・マス・マス。

このマス・マス・マス・マスの全ての姿を見てから、仕掛けごと海中へ。

竿のトッブガイドの耐摩耗リングに傷。
そこから道糸切れ。
1回のみならず(^^;
2回のみならず(^^;
3回のみならず(^^;

持ち込んだ仕掛けとバケ、全喪失(大泣き)

14時、沖上がり。

持ち帰りは、最初の1尾のみ。

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2015年1月24日 (土)

明日はナギだろう(^o^)

夕べは、登別温泉で絵鞆マリン倶楽部役員新年会。
私も呼んでいただきました。

役員会議は議論白熱。
白熱後、結論の一致を見、その後は、飲んで、寝て、起きて。
いい酒でした(^o^)

朝風呂後の朝飯で、昼飯分まで腹に入れた。

明日はナギだろう(^o^)
明日の準備のため、係留ついでにちょっと沖まで。

12時15分、出航。

150124【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

【画像:下】
沖は北西風強く、深い波。
東から西へ速い潮。
とても釣りにならない。

なのに仕掛けを入れてみた。

15時、沖上がり。

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2015年1月22日 (木)

『中立国の戦い』を読む

副題は、『スイス、スウェーデン、スペインの苦難の道標』。

'05年、NF文庫への書き下ろし。
読んだのは、同文庫'14年1月発行の新装版。

第二次世界大戦時に中立国であった国々の内政・外交・軍事史。
スイス・スウェーデン・スペインに多くがさかれ、アイルランド・ポルトガル・トルコ・アルゼンチンについて短く触れられている。
それぞれ書けば、1巻本ずつではおさまり切らないだろう。
それだけ記述の密度は濃い。

上記国の内、トルコ・アルゼンチンは、戦争末期に中立政策を転じて枢軸国に対して宣戦布告し戦勝国となっている。

Bookこんな喫茶店で、読み始め。

中立とは、無関心でも公平でも、ましてや平均や中間でもない。
国体維持の方策・要領。

現在、永世中立を標榜する国家はいくつかあるが、国際的信用を得るに足る歴史・意思の堅さ・体制の確かさを有する国はスイスだけだろう。(注1)
他国からの武力干渉には国民皆兵で抵抗し、いよいよとなれば侵攻国に奪われるものを残さないよう自国内のインフラを破壊する焦土作戦を取る意思が固められている。
叩かれたら歯向かう体力と、死なばもろともの道連れ精神をスイスは養っている。

スイスの中立政策は200年の歴史があり、上に書いたように徹底しているように見えるが、第二次大戦中も後も中立違反を枢軸国側・連合国側双方から指摘・批判された事例が幾つもある。

スイスは、枢軸国のドイツ・イタリア・ドイツに占領されたオーストリア、連合国のフランスの双方の陣営と国境を持つ地勢。(注2)
スイスはゆえに、枢軸国・連合国双方から領空を侵犯されている。
また、スイスは、当時も今も飛び抜けた精密機械製品生産技術を持つ。
その製品は、大戦中もドイツと商取引されていた。(意図を持って制限したら中立国にならない)
そのために、精密機械工場には米軍のB-17から爆弾を落とされているが、米国国務省の発表は、『誤爆』。

ドイツ・ソ連邦と戦場海域のバルト海を介して接しているスウェーデンも、大戦中は中立を表明していた。
当時も今も優秀なボールベアリング製造国のスウェーデンも、ドイツとの取引があった。
そのスウェーデンのベアリング工場もB-17から爆弾を落とされている。
米国国務省の発表は、やはり『誤爆』。
かと思えば、Uボートや仮装巡洋艦に通商妨害されバルト海から出ていけなくなったりしている。

初めの方で、
中立とは、無関心でも公平でも、ましてや平均や中間でもない。
国体維持の方策・要領。
と書いた。
中立国であることを表明することと、戦禍から逃れられるのとは別。
自国はそのつもりでも、周辺の戦時体制国の思いは、まさに戦時思考。
ドイツは保護を名目に、スイスを占領する策まで練っていたようだ。

地中海の出入口はジブラルタル海峡。
最狭部は14キロと津軽海峡より狭い。(注3)
その北は欧州スペイン、南はアフリカ モロッコ。
そのスペインの南端に英国領ジブラルタル、モロッコの北端にスペイン領セウルがある。
青森の大間が北海道籍で、戸井が遠い大都市東京都籍であるようなもの。

スペインはフランコ独裁政治下にあった。(注4)
内戦で疲弊し、大戦に参戦するどころではなく中立しか選択のしようがない。
ドイツ優勢時には枢軸国寄り。
しかし、ドイツの要請があっても英国領ジブラルタルには手を出さなかった。
そして、連合国反攻後は連合国寄り。

戦後の『国際連合』立上げに際して、敗戦国は当然だがスペインも参加を求められなかった。

ご都合主義・勝ち馬に乗る態度を批判できる人は、固い価値観・信念を持っていると言える。
その価値観・信念が、どういう理由で、ご都合主義・勝ち馬に乗る態度に優越するものなのか・・・
などと、私がスペインの弁護をしても何にもならない(^^;

この本では、附録的に記されているだけだが、アイルランドは興味深い。

英国の正式名称は、『グレートブリテン及びアイルランド連合王国』。
アイルランド島の南、アイルランドはアイルランド共和国。
連合王国の一員ではない。
このアイルランド共和国の、歴史的な英国憎しからくる大戦時の中立意思が筋金入り。

中立国の、〝寄らば切るゾ〟は分かる(ような気がする)。
〝切る〟実力がない時、〝死なばもろとも・道連れ〟を、時の指導者が下命できるものなのかどうか。
下命でき、それが成されたとして、それが最善策・良策なのか。
事態が現実に起こる以前の言いようと、事態が現実に起きた以降の言いようは同じでないことが普通だろう。
最悪から逃れる次悪策(という言葉があるとすれば)の連邦国、属国、植民国、保護国となってもみたいなことが・・・と思ったりもする。

私が思うくらいだ。
その歴史は多い。

(注1)
オーストリアも永世中立国。
ドイツへの併合から連合軍に解放されたオーストリアは、永世中立を〝条件〟に独立を認められたという背景がある。

(注2)
フランスは早々にドイツに占領されたので、スイスは事実上ドイツに取り囲まれていたようなもの。

(注3)

映画『Uボート』のラスト近くは、イタリアの基地に入るシーン。
潮流に乗って、ジブラルタル海峡を大西洋から地中海へと運だけを頼りの通峡。
ドイツはジブラルタル海峡航路確保のために、スペインが英国領ジブラルタルを制圧することを望んだ。
当時のスペインの国勢に、そのような力はなかった。

(注4)
民主主義が最善の体制なのか。
独裁政権に対して、民主主義が優等だと言う人は多い。
一方で、リーダーシップ、それも強いリーダーシップを求める人も多い。
このあたりを考察するのは面白そうだ。
面白そうだが、それを書くのは拙ブログの芸風と合わぬ(^^;

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2015年1月18日 (日)

冬山を歩く 15

夜明け前。
南東の空に、さそり座のアンタレスの赤。
その直上、土星の黄。

晴天。
しかし、風速く我が小船では釣りにならない。

8時15分、入山。

登り:冬コース(注1)
下り:冬コース

入山届けポスト前で、スノーシューを付けた。

150118【画像:上】
軽い雪はあらかた吹き飛ばされ、風が吹き降りてきても雪は舞わない。

ルート上のピンクテープのマーカー。
これをたどる必要があるわけではないが、これをたどれば登下山が確実。(注2)

今日は12見た。

昨日は、吹雪・地吹雪が濃くて視界極めて不良。
2つしか見つけられなかった(^^;

【画像;中】
山頂にて。
太陽を背にして。

強風で雪が付かなかったようだ。
積雪はほとんど増えていない。

山頂寒暖計は、氷点下11℃。

【画像;下】
太平洋が輝く。
来週はナイでほしい。

山歩き時間2時間20分。
8346歩。
飲食なし。

昨日は怖い山だった。
今日はやさしい山だった。

(注1)
昨日の登りと同じルート。
昨日の記事中では〝冬コース〟と書いたが、この山では、皆〝冬コース〟と呼んでいるようだ。(『北海道雪山ガイド:北海道新聞社刊』内の表記も〝冬コース〟)

ここは広い雪の斜面。
〟ではない。

今日は晴天の日曜。
下り時には、ここを登ってくるスキーヤーやボーダーを10名以上見送った。
ここは、山スキーのゲレンデ。

(注2)
このマーカーをうるさく思う山のベテランも多い。
道しるべに案内されての山登りは山登りではない。
山登りはルート探索から。
というのが理由。

これはこれで理解できる。

私のような者には、このピンクテープのマーカーが、沖でベルーガやアグネスを見つけた時に似た安心感を与えてくれる。

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2015年1月17日 (土)

冬山を歩く 14

細かい雪が垂直に落ちる。
6時、白鳥大橋の風速表示は0メートル。
2時間くらいはナギが使えるだろう。

それ行けってんで、昨夕 係留したKON-chan号のウインドウの雪を払いながら、夜明けを待つ。
冬は釣師の期待を裏切ることしかしない(^^;
ほどなく北西風が降りてきて、雪が横から降ってきた。
ナギは夜明けと同時、KON-chan号出航前に終わった・・・(^^;

白鳥大橋を渡り、室蘭岳入山口前の駐車場へ。

8時25分、入山。

登り:冬道コース
下り:南尾根(夏道)コース

150117【画像:上】
冬道コースは、雪がないと全行程で笹藪漕ぎを強いられるルート。

白鳥ヒュッテから5分の水神社(注1)を右手に見て巻いたのち、西に20分ほどトラバース。
そして、雪に埋まった笹原を山頂目指してほぼ直登する。

今日、初めて入るルート。

入山届ポスト地点でスノーシューを履いた。(注2)

【画像:中】
200メートルほど高度を上げた所で振り返る。
雪上には、私のトレース(踏み跡)のみ。

樹林帯を抜けると、
時折、猛風。
時折、ホワイトアウト。
時折、山頂が見える(ような気がする)。
時折、心細くなる。
いや、絶えることなく心細くなる(^^;

振り返って見るトレースが、地を這う乾いて軽い雪に消されてゆく。
それも完全に(^^;

ンで、下山はルートを得やすい夏道コースとした。

【画像;下】
山頂は暴風。
どこから上がってきたのか、ボーダーが、スノーシューからボードへと履き替え中。

山頂寒暖計は、氷点下7℃。

山歩き時間2時間15分。
9407歩。

飲食なし。

(注1)
「すいじんじゃ」と読むのだと思う。
'63年建立
'90年雪崩で崩壊
'94年再建
小さな祠。
祀られている祭神は知らない。

(注2)

スノーシューは〝かんじき〟だから、深雪歩きには効果を発揮する。
滑り止めは、周及び前後〝二〟の字配置に粗いノコ歯状のブレード、指の付け根付近に〝Λ(ラムダ)〟字状に爪。
滑り止めの形状がそうなっているのは、効果を見た目で訴えるコマーシャルアッピールの必要があるからなのだろう(と思う)。

滑り止め機能だけを取り上げれば、アイゼンの方が上(だと思う)。
密に連続したスノーシューの歯は、間隔をあけて配置されているアイゼンの爪ほどの滑り止め効果はない。
また、スノーシューはかかとが浮くので、スラップスケートを履いているのに似ている。
平地や登りはともかく、急下りには気を使う(^^;

スノーシューは、歯、ビンディングに商品開発のネタがありそう(な気がする)。

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2015年1月12日 (月)

7投目は、根から外れる(^^;

マスが好釣とな。(注)
しかし、好釣だと聞く海域は白老の東。
マリーナからは30海里の向こう。
今日の海況だと小船ではきつい。

まァ、じき南西に下ってくるはず。

年末・年始、KON-chan号の釣果はサッパリだった。
しかし、積極的、と言っては言葉が綺麗過ぎ、雑・欲深・キタナイ釣りをしてしまい仕掛けの損耗が激しかった。
今朝になって、仕掛けを3組作り直した。

ということで、7時30分、出航。

雲が割れ、青空さえ見えてきた。
沖根へ。

50メートルラインまで沖出しすると、20ノットを出せるまァまァのナギ。
しかし、沖根に近づく頃、北西の風がきつくなり、波も深くなった。

150112【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖根海域はシケ。
船がすぐに風下に落ち、根から外れる。
プロペラを逆転させて風に抵抗しようとすると、船尾から波の打ち込み(^^;

【画像:下】
根の魚影は濃く、3投3尾。
1投目は良型のクロソイ。
3投目に小さなマダラが掛かった。

好釣を期待させたが、すでに波模様は釣りの継続を許さないほどに。

で、次の3投で、3投とも魚信を得ながら仕掛けごと喪失(^^;

7投目はインチクを投入したが、根を大きく外れて着底。
それを機に納竿。

10時沖上がり。

(注)
好釣だったのは、ほんのいちにちふつかのことだったらしい。
帰港後聞いた新しい情報では、船中せいぜい2本で経過しているとのこと。

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2015年1月11日 (日)

冬山を歩く 13

北西からの季節風強く、シケ。

8時10分、入山。

登り:西尾根コース
下り:西尾根コース
と、昨日と同じ。

入山ポストの位置でスノーシューを付けた。

150111_2【画像:上】
新しい降雪はほとんどなく、昨日 自分で付けたトレース(足跡)が残っている。

山頂までのほぼ中間地点の825メートルのコブピークまであと500メートル。

足の早い女性の後続者に追い付かれた。
先行をゆずる。
ほんの90秒ほどのご挨拶。

「私、Sと申します」と彼女から。

私も自己紹介すると、

「あなたの歳だと、この山ではお若い。 私は70を過ぎています。 一昨年までは尾根伝いにずっと歩きました。 歩かないと山が遠くなります・・・」

【画像:中】
気温は高く、山頂寒暖計は、氷点下8℃。
北西風が、音を立てて体に打ち当たる。

往路、ところどころにある吹き溜まりを除いては、雪は締まっている(と思った)

山頂でスノーシューを外し、アイゼンに換えた。

【画像:下】
雪庇が成長している。

アイゼンの刺さる感触を楽しみながら足を進めていると、突然 太ももまで埋まること四度五度。
八度九度。
埋まるのは、決まって左足。

十一度目か十二度目か・・・
足の付け根まで埋まり、体が裏返り、背中を雪面に付け、頭を傾斜の下にしての大コケ(^^;

ところどころにある吹き溜まりを除いては、雪は締まっている(と思った)

などと、山の中で根拠なく思ったりしてはいけない(^^;
全然締まっていないところは、全然締まっていない。

背中のザックとザックにくくり付けたスノーシューがストッパーになり、体を回転させられない。
ストックがきかない。

バフバフの雪の中をハヒハヒと泳ぎ、ホヘホヘになって。
と、ハ行の擬態語が連続する状態を経て、2分ばかりのちにルートへ復帰(^^;
復帰できたルート上で、ヒーヒー・フーフーと、今度はハ行の擬音語を出しながら帽子の雪を払う。

山歩き時間3時間30分。
14949歩。
飲食なし。

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2015年1月10日 (土)

『釣師・釣場』を読む

シケだ。
こんな日、釣師が読むにふさわしい本だろう(^o^)

井伏鱒二著。
初版は1960年。(鱒二、62歳の時)
私が読んだのは、講談社文芸文庫'13年10月発行のもの。

小説家の書いた、釣りに関する12編の随筆集。
開高健や夢枕獏の釣り話本の先鞭に当たる。

書かれているのは、50年ほど前の話。

ところで、開高健も、この本を読んだことがあるようだ。
どころか、井伏鱒二と開高健にはかなり親密な交流もあった。
また、夢枕獏が読んでいるのは明らか。
なぜなら、この文庫の解説は夢枕獏によるもの。

150110札幌市内の、こんな喫茶店で読み始め。

50年前。
時代は、すでにダムができたり山奥深くにまで人が踏み入ったりで、〝昔はよく釣れた〟みたいなことを言う頃になっている。
フライフィッシングやルアー釣りが、珍しい釣りではなくなる頃だ。

川・海を問わず各地の名人を訪れては、釣技を問い、書き留める。
名人の技を実践することもあるが、うまくいかないこともある。
うまくいっても、1尾、せいぜい数尾を釣り上げたら竿を置く。

それを自ら〝隠居釣り〟と書いている。
彼の代表作のひとつ『黒い雨』は、この随筆集刊行後の著作だから、隠居を自称する歳でもないと思う。
我田引水を笑われるのを承知の上で、〝隠居釣り〟とは、〝上品な釣り〟の言いかえであると(^^;

結果が無釣・貧果であっても好釣・良果であっても、どんな釣り人でもその釣りに対して5時間は語り続けることができる。
文筆を業としている者ならば、100枚や200枚は書けるだろう。

『釣師・釣場』は、そういう調子からはずっと遠い。
釣りも静かだが、語りも静かである。

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冬山を歩く 12

北西からの季節風強く、シケ。
我が小船では、釣りにならない。

8時、入山。

登り:西尾根コース
下り:西尾根コース

寒の入り(小寒:1月5日)夕刻から南風が入り、6日の当地の最高気温は5℃、小雨となった。
911メートルの山頂も氷点ギリギリだったはずで、湿った重い雪が降ったことだろう。

その後の寒気でガリガリになった硬い雪面に、アイゼンの刺さる感触を楽しめることを期待しての入山だった。

150110_2【画像:上】
西尾根コースは、白鳥ヒュッテから いったん高度を50メートルほど落とし、ペトトル川の源流を渡渉してのちに登りにかかるルート。
この渡渉を終えるまでは、何ヶ所か岩角を踏んで歩く必要がある。
その先 しばらくある緩斜面を歩ききり、登りにとりかかろうとするあたりで、そろそろ体が温まってくる。

登山ルートは期待していたアイゼンのきくガリガリ雪ではなく、軽いパウダースノー。

体が温まってきたところで、アイゼンを外し、スノーシュー(アメリカンかんじき)を付けた。
しかし、雪が軽いので、グリップは期待したほどではない。

山頂にて。
例年だと、すでに標識が隠れるほどの積雪らしいが、この冬、まだ雪は少ない。

夏道コースを登って来た先行者が、カムイヌプリ方向を探っている。
ここは雲中、見通しはきかない。

下りは水元沢コースを使いたかったが、トレースが見えない。(注1)
勝手知ったる西尾根コースを下った。(注2)

【画像:中】
雲の下に出、しばらく霧氷樹林帯を歩く。

【画像:下】
霧氷を払うと、すでに芽吹き。

時折、強風、地吹雪。
そりゃァそうだ。

〝北西からの季節風強く、シケ〟と最初に書いた。

風の穏やかな日は海に出るので、山に入るのは風のある日。
山に上がったら吹かれるに決まっている(^^;

しかし、気温は高く山頂寒暖計は、氷点下7℃。

山歩き時間3時間35分。
12765歩。
飲食なし。

(注1)
雪の時期に水元沢コースを使う人は少ない。
北西風に乗ってきた雪が、山を越す際に下に巻いて吹きだまる東斜面にルートがあるのが理由だろう。
『北海道雪山ガイド:北海道新聞社刊』の室蘭岳の案内記事中に、〝水元沢コースは迷いやすいうえにラッセルが深いことが多く、 厳冬期は入山者もいないので入らないほうがよい〟とある。

『北海道雪山ガイド』の購入は、今月になってから。
こんな文章が書かれているとは、つゆ知らず(^^;

私は、雪のある12月13日23日に水元沢コースを使って登ったが、先行者のトレース(踏み跡)が消えてなかった(消えない天候だった)のでできたことなのだと。

確かに、一面雪になると、どこを歩いていいか分からない。
23日は、途中2ヶ所、先行者がルートを失ったようでトレースが乱れていた(^^;

(注2)
〝勝手知ったる〟と書いたが、雪山でのこういうウヌボレは一番の禁物。
今日は、どういうわけか必ず通過するはずのロープ場を登下山とも通過しなかった。
(注1)に書いたが、〝一面雪になると、どこを歩いていいか分からない〟。
逆に言うと、目的点さえ失わなければ、〝一面雪になると、どこを歩いても(雪庇さえ踏み抜かなければ)いい〟わけだ。
今日はガスが薄かった。
無意識のうちに、ショートカットルートを歩いていたようだ。

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2015年1月 5日 (月)

『出ない順 試験に出ない英単語』を読む

題名は、言うまでもなく『試験に出る英単語』のパロディ。
パロディなのは題名だけで、内容はただのおふざけ。

購入したのは'14年6月発行で第6刷版。
初版の発行が'12年11月。
1年半で6刷だから、売れている本ということになる。

150105こんな喫茶店で読み始め。

Twitterでの書き込みが出版に至る経緯のスタートで、140文字以内のツイート(投稿)の積み重ねを本にしている。
その、積み重ねの量は大したことない。
文章だけなら数時間程度で書き込めたのではと思わせるくらいの量。
読むのも、コーヒーを一杯おかわりする時間で済んだ。

下らない本だ。

例えば、
『women issues 女性トラブル』
Attention,please. Flight 786 to Bonn has been delayed as the captain is having women issues.
お客様にお知らせ致します。 機長の女性トラブルのため、786便ボン行きは出発が遅れます。

とても下らない本だ。
その下らなさになごむ(^o^)

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2015年1月 3日 (土)

冬山を歩く 11

夜半から今朝にかけて降雪。
北西の風強く、シケ。

7時45分、入山。

登り:西尾根コース
下り:西尾根コース

150103【画像:上】
新雪が深い。
処女雪面の登りにかかる。

登りに要した歩数は8562。
内、3000歩はひざがしらまで、1000歩は太ももまで埋まった。

急登ではアイゼンがきかず、踏み出した1歩が3歩以上滑り落ちる。
しかし、体がよく動き、無雪期よりもむしろ少ない発汗と疲労感。

積雪分、自分の背が高くなった。
霧氷樹の枝をかがんでかわさなくてはならない箇所が、そこここに(^o^)

【画像;下】
時々、顔が痛くなるほどの強風、地吹雪。
時々、陽射し。

山頂寒暖計は、氷点下11℃。

西尾根コースを下って、まだ歩き足りない。

更に、夏道(南尾根)コースを往復しようかと。
が、黒雲がやってきて、急に猛吹雪。
登山靴を脱ぐことにした。

山歩き時間2時間55分。
14130歩。
飲食なし。

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2015年1月 2日 (金)

冬山を歩く 10

朝は下界も吹雪。

体がなまっている。
汗をかきたい。

遅い朝食後、山装束に整えた。
11時、入山。

登り:西尾根コース
下り:夏道(南尾根)コース

150102【画像:上】
堅雪の上に新雪。
その堅雪にまでアイゼンが届かず、歩きにくい。

樹林帯を抜けると、地吹雪。
吹きだまりでは太ももまで埋まるが、だいぶ土地勘が養われたようだ。
深雪に足を取られたのは10回ばかり。

【画像:下】
山頂からは、東方向だけ薄っすらと展望が開けていた。
霧氷樹に雪が乗り、枝が寝ている。
北から雲が湧き出して、カムイヌプリの山容を隠す。

大気がかき混ぜられているようで、登山口と山頂の温度差が小さい。
登山口寒暖計は、氷点下6℃。
山頂寒暖計は、氷点下10℃。

山歩き時間2時間45分。
12415歩。
飲食なし。

初めに、〝汗をかきたい〟と書いた。
が、汗はかかず(^^;

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2015年1月 1日 (木)

釣欲下品、釣果上品(^^;

釣り道具と山道具の両方を持って家を出た。

家を出る時は、釣り装束。
しかし、マリーナに着いてみれば10メートルを超える風。
小船では、釣りにならない(^^;

で、山装束に衣替え。
白鳥大橋を渡って室蘭環状線(道道107号線)に入り、室蘭岳入山口前の駐車場へ・・・
と、白鳥大橋を渡っている時に見た電光表示は、風速3メートル、気温-1℃。
大橋から見る工場の排煙も起き上がっている。
ほんの15分か20分の間に、風が落ちたようだ(^o^)

マリーナに取って返し、再度衣替え。
釣り装束に。
釣欲極めて下品(^^;

150101【画像:上】
釣欲が膨れ上がっているのは私だけかと思っていたが、同類者が現れた(^^;
同類者の夫婦釣りさんと御挨拶後、8時20分、出航。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

【画像:下】
時間の経過とともにナギがどんどん良くなった。

スケソウ・カジカは掛かるが、根の魚からの魚信が乏しい。

13時30分まで粘る。

が、釣果は極めて上品(^^;

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あけましておめでとうございます

旧年中は、オカで、海で、ネットでと大変お世話になりました。
本年も旧年と変わらぬお付き合いを、よろしくお願いします。

物質は、それ以上は分割できない素粒子に行きつくのだとか。
同様に、それ以上は分割できない非常に短い単位の時間があるのだという学説があるようです。
これを戯れに、『物理学者の時間』と名付けます。

我々釣師の世界では、食ってきた魚に合わせを入れる一瞬、根に仕掛けを取られる一瞬、水面まであがってきた魚がバレる一瞬。
その一瞬とその前後には、ブツッブツッと切断されたごくごく短いアッと声を出したいような隙間があるように思います。
これを戯れに、『釣師の時間』と名付けます。

『物理学者の時間』は肯定されるにしても否定されるにしても、天才・秀才・英才たちの知恵によって、その内に決着がつくことでしょう。

『釣師の時間』。
これには百万通り、一千万通りの〝言い訳〟があり、どんな天才・秀才・英才たちが知恵を寄せても説明できはしません。

さァ、カレンダーが変わりました。
私は、またひとつ新しい〝言い訳〟を考えなくてはならないわけです(^^;

食わない。
バレた。
切れた。
魚がいない・・・等々(^^;
そんな〝言い訳〟を考える『釣師の時間』。
私にとっては楽しい時間です(^o^)

そんな楽しい時間を持てる一年になりそうな気がします。

 ↓は、昨年中のあんなことやこんなこと。

150101

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