『海防艦第二O五号海戦記』を読む
帝国海軍水兵の手記。
海防艦とは、輸送船団護衛(注1)のために対潜哨戒・駆潜と対空砲火を持った軍艦。
先の大戦では、約120艦が就役している。
1000トン、2000馬力程度の艦に200名超が乗り組む。
船名は与えられず番号で呼ばれ、対潜・対空武装を持ちながらも、敵潜・敵航空機に襲われて僚艦が姿を消していく。
明日は我が身の毎日をすごしながらも、二O五号は、ついに敵潜に狙われることもなく、空襲で数名の軽傷者を出したのみで終戦を迎えることになる。
こんな飯屋で読み始め。
戦場にいる者には、戦争の全体感も、遂行中の任務の意味もつかむことはできない。
弾庫の揚弾員(注2)としての任務に就きながらも、揚弾命令がかからない理由を戦後になってから知ることになったりする。
もっともそんなことは、戦場にいるかいないかに限らない。
我々だって、これほど情報が与えられているにも関わらず、歴史の流れの中に置かれた自分の位置・立場を知るのは・・・
いや、こんな小むずかしい言い方はやめよう。
本文中、小さな(小さなという表現が、つまらないという意味では決してない)エピソードは筆者の実体験だが、作戦の目的や敵味方の情勢は戦後に文献などから得たもの。
大きな借り物の舞台の中で、筆者のことが語られる。
魚が釣れなかったことを語る私の手法と同じ(^^;
(注1)
戦争も末期になると、船舶数が激減し船団を組むこともできない。
たった1隻のタンカーの護衛が任務となることもあった。
(注2)
弾薬をおさめた艦内倉庫から、砲弾を揚重機にあずけ火砲まで運搬させる任務を持つのが揚弾員。
コメント
コメントしませんが毎回楽しく拝見しております。コメントしないつもりでしたが、今日の「落ち」には苦笑い。
投稿: 夫婦釣り | 2014年10月28日 (火) 10:10
夫婦釣りさん、こんにちは
災難でしたね。
人は忘れる・間違う・ウッカリ・カン違いする動物です。
てなこと言っても、慰めにはならないかァ~
さて。
「落ち」を読みとっていただき、どうもありがとうございます(^o^)
私は知らないのに知ったふりするをすることはありませんが、知らないのに知っているつもりになっているのは毎度のことです。
私、行動も頭の中も範囲がごくごく狭い。
なので、知ったつもりでいて、随分あとからホントのことが分かったり、誰かにホントのことを教えていただいたりで、青ざめたり、ホホぉ―ッとなったり、赤面したりがしょっちゅうです。
ホントは、
あと0.1海里 北に船を進めていたら魚がいた
あと30分竿を出していたら魚が掛かった
かもしれないのに・・・
この頃は、以下のようなモロモロはホントか、
愛は善か
自由は善か
民主主義は善か
ひなびた温泉旅館は善か
老成した職人技は善か
手つかずの自然は善か
伝統は善か
安定は善か
しかして、
品のいい釣りは善か
なんて考えて・・・いるわけないわなァ(^^;
投稿: KON-chan | 2014年10月28日 (火) 17:54