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2014年10月

2014年10月30日 (木)

「ありがとう」雑考

JRの車内放送は日本語。
幹線はそれプラスすること英語。
路線によっては、それに更にプラスして中国語・朝鮮語。

JAL・ANAなど日本の航空会社の機内放送は、日本語、英語。

機内アナウンスは、
『ご搭乗の皆さま、こんにちは。当機は・・・・。』
と日本語でのアナウンスのあとで、
『グッアフタヌーン,レィディースアンドジェントルメン.・・・・,サンキュ』
となる。

小樽天狗山ロープウェイのゴンドラ内案内も、日本語、英語。
英語の最後は、『サンキュフォーユァコォペレィション』。

国際便だと、日本語・英語、それにプラスして発着国語がプラスされる。
『ニィメンハオ. ・・・・,シェシェ』
『アンニョンハセヨ. ・・・・,カムサハムニダ』

日本語での案内以外は、最後にサンキュ・シェシェ・カムサハムニダが付く。
日本語だけが最後に『ありがとう(ございます)』に相当する言葉が付かない。

『ご清聴ありがとうございます』とか『本日はご列席どうもありがとうございました』とか『本日はご搭乗ありがとうございました』とか、日本語の挨拶でも最後の最後には『ありがとう(ございます)』が付く。
だが、「お知らせ」レベルの短い話し言葉の終わりには、いちいち『ありがとう(ございます)』が付かない。
このことはキャビンアテンダントにとっても、気持が悪いというか、気まずいというか、落ち着かないというか、そんな気持ちになるのではないかと思う。
聞いているほうも、何となくしっくりこない。

『サンキュ』や『シェシェ』に比べて、『ありがとう(ございます)』は音節数が多いので、話し言葉の最後に使いづらいとも思うが、『カムサハムニダ』だって音節数が多い。
日本語の最便利語の「どうも」も、この場合は使えない。

以下、愚見・邪見。

これは多分、サービス業の成立の歴史からきているのだろう。
多数の人に口頭で案内・伝達する必要が日本において生じるのは、1872年(明治5年)に駅ができた時。
『散(断)髪脱刀令』の発令の翌年のこと。

当時の駅構内の案内がどんなだったかは知らないが、駅員の多くは士族出身だったという。
であれば、大衆に対して、駅員は滅多なことで「ありがとう(ございます)」とは言わなかったことだろう。

日本語の案内言葉の最後に「ありがとう(ございます)」がつかない理由は、こんなことからだと思う(^o^)

なお、同じく多数の人に口頭で案内・伝達する必要がある場所は百貨店だが、こちらは駅よりも30年以上成立が遅い。

・・・・・・・・・

しかし、大きな疑問が残る。
日本語のことはこれでいいとして、サンキュ・シェシェ・カムサハムニダの説明ができない(^^;;
フム・・・

駄文へのお付き合い、どうもありがとうございました。

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2014年10月27日 (月)

『海防艦第二O五号海戦記』を読む

帝国海軍水兵の手記。

海防艦とは、輸送船団護衛(注1)のために対潜哨戒・駆潜と対空砲火を持った軍艦。
先の大戦では、約120艦が就役している。

1000トン、2000馬力程度の艦に200名超が乗り組む。
船名は与えられず番号で呼ばれ、対潜・対空武装を持ちながらも、敵潜・敵航空機に襲われて僚艦が姿を消していく。

明日は我が身の毎日をすごしながらも、二O五号は、ついに敵潜に狙われることもなく、空襲で数名の軽傷者を出したのみで終戦を迎えることになる。

Book_2こんな飯屋で読み始め。

戦場にいる者には、戦争の全体感も、遂行中の任務の意味もつかむことはできない。

弾庫の揚弾員(注2)としての任務に就きながらも、揚弾命令がかからない理由を戦後になってから知ることになったりする。

もっともそんなことは、戦場にいるかいないかに限らない。
我々だって、これほど情報が与えられているにも関わらず、歴史の流れの中に置かれた自分の位置・立場を知るのは・・・
いや、こんな小むずかしい言い方はやめよう。

本文中、小さな(小さなという表現が、つまらないという意味では決してない)エピソードは筆者の実体験だが、作戦の目的や敵味方の情勢は戦後に文献などから得たもの。
大きな借り物の舞台の中で、筆者のことが語られる。

魚が釣れなかったことを語る私の手法と同じ(^^;

(注1)
戦争も末期になると、船舶数が激減し船団を組むこともできない。
たった1隻のタンカーの護衛が任務となることもあった。

(注2)
弾薬をおさめた艦内倉庫から、砲弾を揚重機にあずけ火砲まで運搬させる任務を持つのが揚弾員。

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2014年10月26日 (日)

ニセコを登る III

サケも気になるが、来週に期待。

川染さんからの情報では、「ニセコの山はもう冬。 寒い。 今年はもう終わりだね」
御意。
ニセコの山に、来週は期待できない。

で、今日はニセコの山歩き。

今日のルートは、

《往路》
湯本温泉 → チセヌプリ(1134メートル) → ニトヌプリ(1080メートル → イワオヌプリ(1116メートル)

《復路》
イワオヌプリ → 五色温泉 →  道道58号 → 湯本温泉

と、3山縦走(ってほどの大げさなもンではないけれど)。(注1)

当初は上記とは逆に、五色温泉から入山して、イワオ・ニト・チセと3山縦走して湯本温泉に抜けるルートを考えていた。
が、川染さんからのサジェスチョンもあって、登山口と下山口を結ぶ道道58号を自転車で走る上記ルートとした。

このルートだと、 五色温泉 →  道道58号 → 湯本温泉 が下り勾配となり、自転車を使いやすい(^o^)(注2)

141026【画像:上】
チセヌプリ山頂。

山の天気は変わりやすい。
青空だったのだが、ほんの数分で雲がわき出し、視程30メートル。
大変な強風で立っていられないほど。
吹く風の当たる部分が白くなる。

この時点で、以降のルート踏破はあきらめて、下山しようと。
しかし、ほんの50メートルほど高度を落とすと、雲のわき出しから抜ける。
空を見ると、青空の面積の方が多い(^o^)

で、登り返して、縦走継続。

この山には、西から登って東に下りた。
西側山道は、ハイキングコース。
東側山道は、大変な岩道。
下りるときでさえ、懸垂力と握力を試される大岩越えが3ヶ所ある。

【画像:中】
ニトヌプリ山頂。

チセヌプリ山頂とは直線距離で2キロも離れていないが、好天。
縦走先も好天なのが、展望できる。

風は相変わらずの強風。
しかし、登山道に下りると風影になり、気温も山歩きにふさわしい心地よさ。

【画像:下】
イワオヌプリ山頂への分岐点。
私のプランでは、ここから2時間ほどかけて登って下りてくるつもりだった・・・

が、ここまでの山歩きで、私の脚はもう残っていなかった(^^;
五色温泉に下り、デポしておいた自転車で湯本温泉駐車場まで。

イワオヌプリは、別の機会にということに。

山歩き時間、5時間30分。
15599歩。
補給した水分、300CC。
チセヌプリ山頂で、ブルガリアのむヨーグルト200グラム。
ニトヌプリ山頂で、カマンベールチーズ40グラム。

(注1)
私のような貧脚でも、2山だけでは短か過ぎてもの足りないと錯覚していた。
で、3山縦走ということに。

(注2)
五色温泉・湯本温泉間は舗装道路の約5キロ。
この間の標高差が200メートルあって、五色温泉側が高い。
無雪期はニセコバスがつないでいるのだが、10月13日で今期営業終了。
また、新見峠からニセコパノラマラインに通じる道路が10月25日から冬の通行止めとなっている。

ニセコは、冬の入り口だ。

下山後は、鯉川温泉旅館で入浴(^o^)

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2014年10月25日 (土)

〝とは言っても〟の釣法

吹き下ろす風が冷たくなると、沖でサケ。
だけど、今日は暖かい。

今日の日出は、5時59分。
6時、出航。

141025_2魚さえいればドジャーを流せばサケは掛かるが、ンな釣法では釣趣に欠ける。

やはり、

ビュッ
スロー・スロー・スロー・スロー・スロー
クッ・クッ
ドッカーン

と、キャストで掛けたい。

〝とは言っても〟、アタリが遠いと、ンな釣法のドジャーを流してしまう(^^;

今日の出竿は、こんな風景の見える海域や、あんな風景の見える海域や、そんな風景の見える海域。

こんな風景の見える海域や、あんな風景の見える海域や、そんな風景の見える海域で目をこらすも、サケのひと跳ねも見ず。

で、〝とは言っても〟の釣法を繰り返す(^^;

11時30分、沖上がり。

吹き下ろす風が冷たくなると、沖でサケ。
だけど、今日は暖かい。
掛からないはずだ。

ボーズ(^^;

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2014年10月18日 (土)

ニセコを登る II

ニセコ連峰の最高峰は、ニセコアンヌプリ、1308メートル。

若い頃、基礎スキー指導員に引率されて頂上まで登り、スキーで降りたことがある。(注)
〝登った〟とは言っても、標高970メートルまではスキー場のゴンドラリフトで上がれるので、自分の足で稼いだ標高は大したことはない。
雪はしまり、風はなく、これ以上に深い青はないという空の日のことで、忘れられない思い出となっている。

夏期間も土日祝日にはゴンドラリフトの運行がされているが、10月13日で営業終了。
以降、スキー場オープンの準備に入っている。

141018_4【画像:上】
今日は、ゴンドラの助けを借りずに山すそから頂上まで。
『ニセコ野営場』にある登山口から、7時15分、入山。

登山口付近は、昨晩までの雨の痕跡が小さな流れを作っていた。
が、15分ほども歩いて高度を上げると、水が氷に変わった。
石や岩の表面が凍っていて滑る。
歩きづらい。

気温は氷点下。

頂上標識や石が、霜と氷で白く見える。

風が速く、冷たい。

【画像:下】
この山には、かつて帝国陸軍の施設があり、中腹から上は入山が規制されていたとのこと。
戦時中においてでさえ、陸海軍は反目し合っていたように聞く。
が、ニセコアンヌプリ山頂ではこの陸軍の施設で、海軍の九六戦や零戦の機体を使って着氷防止の研究を行っていたようだ。

試験体を載せたコンクリート基礎上に、『ニセコ観測所跡』と記した碑が置かれている。
M16のボルトが見える。
ねじ山の腐食は少なく、今でもナットをしっかりと締め込めそうだ。

ニセコは晩秋。
赤は茶へ
黄も茶へ
と、色をかえつつあった。

葉の少なくなった木々を通して見る秋空は、
広く、広く
高く、高く
青く、青く
そして、
冷たく、冷たく

山歩き時間3時間10分。
12306歩。
補給した水分、なし。
ニセコアンヌプリ頂上で、リンゴ・グレープフルーツ各1/4個、ブドウ6粒。

(注)
今日の今日まで、ニセコアンヌプリの頂上からスキーで滑り降りたものと思っていた。
が、今日 1308メートルの真ピークに立って分かった。
私が頂上だと思っていたのは、真ピークより2,30メートル低い偽ピーク。

ところで、ニセコアンヌプリ登山道は、勾配がゆるく楽。
私の弱脚でさえ負荷が小さく感じられ、1308メートルピークに立っても物足りなかった。
1308メートルピークと偽ピーク間は、往復で30分ばかり歩く距離。
なので、これも歩いた(^o^)

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2014年10月13日 (月)

世界はグレー

8時30分、出航。

20141013【画像:上】
イカ海域に向かおうと考えていたが、波に白いものが混じり出したのを見て沖根の上で停船。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

空も海も色を失い、世界を表す色はグレーのみ。

【画像:下】
サビキを入れたら、ひと流し目で根ボッケが3尾とガヤ。
次がサメ。

鳥が騒ぐ。
が、釣りを継続する海況ではなくなる。

10時、沖上がり。

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2014年10月12日 (日)

ニセコを登る I

券売機で千円札1枚で行ける範囲の乗車券を買って、改札を抜ける。
行き先は、これから決める。

レストランの席について、メニューリストの上から5番目の料理を注文する。
サラダも頼もうか、アイスクリームも頼もうか、ビールにしようかワインにしようか。
あとで決めればいい。

といったような無計画・気まぐれ・思い付きは、山登りには許されない。
山に登るには、普段の無計画・気まぐれ・思い付きの私ではダメ。

で、『北海道 夏山ガイド① 道央の山々(北海道新聞社刊)』を購入。
また、川染さんからの情報も合わせて、私なりに計画を立てた。

新見峠→白樺山(しらかばやま:959メートル)→シャクナゲ沼→シャクナゲ岳(1074メートル)→シャクナゲ沼→白樺山→新見峠

ニセコへ。

20141012_2【画像:上】
秋のニセコを言うのには、単語が三つ必要だ。
そして、必要なのは三つだけ。
赤、黄、そして青。

【画像:中】
6時15分、入山。

白樺山頂上。

【画像:下】
白樺山からシャクナゲ沼畔まで尾根伝いに歩き、いったん高度を落とす。
それから、沼の水面に山容を映すシャクナゲ岳の登りに取り付く。

シャクナゲ岳頂上。

両山とも、火山活動で創生した山。
なので、噴石岩を登り下りしなければならない岩道が多い。
いずれも若い山なのだろう。
岩の風化は進んでいなく、岩のカドは険しい。
かつ、両腕の力もかりて越えなければならないほど大きな岩も多い。

転んだり滑ったりしたら打撲程度では済みそうにもない荒々しいガレ場を越えて、ピークに立つ(^o^)

山歩き時間5時間30分。
15879歩。
補給した水分、90CC。
シャクナゲ岳頂上で、リンゴ半個、洋ナシ半個。

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2014年10月11日 (土)

履き慣らしと背負い慣らしと持ち慣らしと IV

霜が降りた朝の白い山道を歩きたかった。
けれども、午前中はあれこれあって入山は正午から。

上り下りとも西尾根コースを選択。
頂上までの最短ルートの夏道(南尾根)コースの1倍半ほどの距離がある長いコースなのだが、距離があるということは勾配がやさしいということで、私の足にはこちらのコースが合っている。

141011【画像:上】
白鳥ヒュッテからいったん下り、チマイベツ川の支流に当たるペトトル川の源流を渡渉する。
渡渉は5歩で終わる。
この渡渉後に、登りに入る。

【画像:下】
尾根に出ると風が速い。
乾いた風だ。
笹の葉も乾いている。
ダケカンバの葉も枝も乾いている。
カエデの赤も黄も乾いている。
山のざわめく音も乾いている。

秋の音だ。

今回の山歩きで、初めて先行者を二人追い抜いた。
もう、履き慣らしと背負い慣らしと持ち慣らしを終わりにしてもいいかな(^o^)

山歩き時間3時間20分。
11358歩。
補給した水分、120CC。

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2014年10月 9日 (木)

『神の子供たちはみな踊る』を読む

6つの短編小説が、おさめられている。
村上春樹著。

小説には、なかなか手が出ない。
これまでの人生で、何編の小説を読み通せただろう。
十指では足りないが、二十指では余るような気がする。
そのたった二十指で余る程度の数の小説なのに、頭に残っているものは何もない(^^;

『本(文学書)を読むことは美徳である。 美徳とまでは言わないにしても、少なくとも悪いことではない』というのが世の一般的な価値になっているように思われるが、ホントかなァ。
本を読む時間に、歩いたり・歌ったり・そして眠ったりするほうがずっと健全な時間の使い方じゃなかろうか、などと思ったり・・・

さて、村上春樹の小説を読むのは初めて。

Harukimurakamiこんな喫茶店で読み始め。

6編はそれぞれが独立した物語。
いずれも、初出は'99年。

そして、その6編いずれも'95年の阪神・淡路の大地震がちょっとからむ。

地震は、背景・伏線に重要な役割をになってはいなく、話の小さなきっかけ・アクセントとして、ちょっとからむだけ。
このちょっとのからみがないと話が成り立たないかというと、ンなことはない。
ンなことはないが、このちょっとのからみがやはり必要。

固有名詞が目立つ。
サントリーの角瓶、ホンダ・アコード、エロル・ガーナなどなど。

擬態語が目立つ。
すたすた、ぬめぬめ、ごそごそなどなど。

文章は短く語彙は平易。
ストーリーも複雑ではなく読みやすい。

1編目。
大した話ではない(と思う)。

2編目。
大した話ではない(と思う)。

・・・
・・・

6編目。
大した話ではない(と思う)。

6編どれも大した話ではない(と思う)が、読書を中断できない。
コーヒーのお代わりを頼み、こんな喫茶店で読み終わり。

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2014年10月 5日 (日)

絵鞆マリン倶楽部 秋の釣り大会

本日、『絵鞆マリン倶楽部 秋の釣り大会』

風はゆるく、波も落ち着き、釣り大会にふさわしい陽気となった。

141005_9【画像:上】
この時期、カタのいいカレイ類をあげるのは非常に難しい。
根魚も同様。
という条件下での入賞者集合写真。
お疲れ様でした。

【画像:下】
パワーランチ。
絶好の外飯(そとめし)日和。

豚汁
ジンギスカン
焼き鳥
ピラフ
焼きソーセージ
フレンチポテト
焼きおにぎり

ごちそう様でした。

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鳥を追う IV

『絵鞆マリン倶楽部 秋の釣り大会』のパワーランチは14時でお開き。
後片付けを終え、さて帰宅しようとした時、F船長が奥さんを乗せて出航したとのこと。

下の記事で、
鳥山を見た時は、
『人も狂う。』
と、書いた。

いや、
〝鳥山〟と聞いた時も、
『人も狂う。』
という一行も要追加文。

で、聞いた!
『Mランド沖50メートルで大きな鳥山がたっている』、と。
聞いたら、オイラ狂った(^^;

いちどオカに上げたKON-chan号を、再び海に戻した。

14時30分、出航。

141005_7【画像:上】
午後の出竿は、こんな風景の見える海域。
鳥が騒ぐ。

【画像:中】
バレる、バレる、バレる。

オイラ、狂った割りには、やはり極めて上品にサバ10尾(^^;

16時、沖上がり。

都合、17尾。
私らしい釣果。

【画像:下】
秋の太陽が沈んだ。
空も海も朱に染まった。

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鳥を追う III

6時30分、出航。

本日、『絵鞆マリン倶楽部 秋の釣り大会』。
大会検量用に、マガレイを掛けようと出た。

が、しかし。

下の記事で、
   鳥も魚も食欲に狂った。
   海そのものが狂った。
   狂宴。
   狂祭。
と、書いた。

書き忘れたことがある。
〝鳥山〟を見た時は、
『人も狂う。』

で、見た!
見たら、オイラ狂った(^^;

出竿していたカレイタックルを片付けて、鳥を追った。
 
 

141005今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

巻層雲の下に断雲。
風はゆるく、雲の動きも小さい。
良ナギ。

8時、沖上がり。

狂った割りには、極めて上品にサバ7尾(^^;

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2014年10月 4日 (土)

鳥を追う II

船頭、マリーナに着いてから、ロッドを車に積み忘れてきたのに気付く(^^;

ンで、出航は8時。

141004【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

陽光まばゆく、海面に映える。
空は秋空。
高く青い。

防波堤を出て、騒ぐ鳥を探す。

【画像:下】
今日の同乗者はHiroshiさん

サバ。

彼もロッドはライト、フックはシングル。
これが面白い。

西風が降りてきて、波が深くなった頃。
噴火湾に棲む全ての鳥が集まったかのような、盛大な鳥山。

鳥も魚も食欲に狂った。
海そのものが狂った。
狂宴。
狂祭。

入れ食い。
だが、バレるバレる(^^;
バレても、すぐに再び三度(みたび)と、またアタル(^o^)

正午、沖上がり。

船中釣果、60尾。

船頭、1ダース(^^;
でもって、船頭、ジグロスト2個(^^;

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2014年10月 3日 (金)

鳥を追う I

本日、公休日。

朝方に雨が降ったようだが、やがて細雨。
そして、上がった。
9時、出航。

防波堤を出て数分後の海域から、ベイト(カタクチイワシ)の反応が濃い。

141003_2【画像:上】
沖へ沖へと向かっていったが、スカ(^^;
で、今度はオカへオカへと。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
遠景は絵鞆半島と大黒島から延びる防波堤。

鳥が騒ぐ。
騒ぐ鳥を追う。

【画像:下】
私のウデの問題はアッチに置いといて(^^;

サバはバレやすい魚。
KON-chan号進出海域では、2本鈎やトレブル(トリプル)フックを使う釣師が多い。

が、私はシングル。

ルアー(ジグ)は30~60グラムを使うが、ロッドはラインウエイト5~8ポンド、ルアーウエイト5~8グラムのトラウト用のライトロッド。

でないと、釣れ過ぎる。
と、言い訳(^^;

ちょうど10尾と上品に。

画像にしたのは、大きいのから3尾を。
最大は40センチジャスト。
大サバと言っていいと思う。(注)

使用したルアー(ジグ)は先日 shinyaさんから頂いたもの。
ありがとうございました。


今年はマサバが多い。
10尾中、ゴマサバは2尾のみ。

正午、沖上がり。

(注)
サバは50センチくらいにはなるらしい。
しかし、北海道沿岸にやってくるサバはまだ成長過程。
なので、噴火湾では、50センチはもちろん、40センチ超えもなかなか見られない。
KON-chan号進出海域だと、40cmを超えたら〝大サバ〟と呼んでもいい(と思う)。

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