« 〝ンで、ゴンッと〟がこない(^^; | トップページ | 絵鞆マリン倶楽部の春の釣り大会 »

2013年6月22日 (土)

しなの鉄道線に乗る

JR信越本線は、首都圏と新潟を長野・直江津を経て結ぶ長大幹線。
もっともこれを1本で通して走る列車はない。(注1)

長野新幹線開通以来の今現在の信越本線は、
高崎←信越本線→←横川→JRバス関東(注2)←軽井沢→しなの鉄道←篠ノ井(しののい)→←信越本線→←新潟
のように、路線の中間あたりの青色で示した部分の運行をJRからの経営分離会社にゆだねたために分断線となった。

本日、しなの鉄道線に乗る。

 

130622【画像:上】
信濃追分駅にて。

私の立つ地点の海抜高度が、955.68メートル。

駅名中に〝追分〟を含むのは、
安平町のJR北海道追分駅
秋田市のJR東日本追分駅
を含めて、JRだけでも4駅。
第3セクター線・私鉄を含めると現役駅で7駅、廃駅を含めると10駅を超える。
〝追分〟とは、そもそもが街道の分岐点を表すのだから、すなわち交通の要所。
駅名に多いのも道理。

信濃追分、無人の追分駅。

駅標の右に見えるのは、1939年(昭和14年)、24歳で夭折した建築家で詩人の立原道造の直筆文の拡大コピー。(注3)

【画像:下】
中山道と北国(ほっこく)街道(北陸道)の分岐、追分 分去れ(わかされ)まで歩いた。(注4)

林が開けると、梅雨雲(つゆぐも)の下に、ニッコウキスゲの黄色とキキョウの紫。
ニッコウキスゲ、北海道ではエゾカンゾウと呼ぶ。

浅間山が写るアングルでカメラを構えているのだが、奥の梅雨雲の向こうで見えない。

ニッコウキスゲもユウスゲ(キスゲ)も同属のワスレグサ属。
生態は異なるのだが外見はよく似る。
道造自身はニッコウキスゲとユウスゲを区別したり しなかったりで、詩人の感性のままに花を扱っている。
例えば、
『うすやみのなかで ニツコウキスゲの花は切ないまでに ほのかに明るい あれが 黄色いランプだつたなら』
と書いたりしているが、薄闇の中に咲くのならユウスゲのはず。

画像の花も朝日の中ですでに老い花の風情。
ユウスゲなのかもしれない。

(注1)
過去に全くなかったわけではないが、それはごく短期間のこと。

(注2)
このバスの運行する部分が、アプト式、のちに牽引電車の増結で越えた急勾配の碓氷(うすい)峠に相当する。
横川駅からバスに乗ると、つづら折りの道をただただ登って行く。
このバスの横川駅前発最終は19時01分と大変に早いが、信濃路の日暮れも早い。
夏至の翌日なのだが、最終バスに乗り込むやいなや とっぷりと日が暮れた。

(注3)
立原道造と水戸部アサイのことについては、ネットにいくらでも情報が転がっているのでここには書かない。

ホームにあったのは、道造がアサイ宛てに送った手紙の一部分の拡大コピー。
建築意匠の才にも、絵心にも恵まれた道造の文字には、独特の味がある。
ホームで写したものを、本記事の下に別掲載した。

この手紙の全体は、便せんに7枚とかなり長い。
文面に見える27日とは、1938年(昭和13年)8月27日のこと。
油屋(あぶらや)とは、追分に現在もある旅館。
下の(注4)に示すように、駅から街に行くにはかなり歩かなくてはならない。

(注4)
目と足をあちらへこちらへとブラブラ遊ばせながら歩いたので、往復2時間くらいかかかった。
追分の宿場で業を営んでいた者たちは、鉄道が敷設されることで生活が脅かされはしないかと警戒した。
信濃追分駅が街から外れたところに置かれた理由である。

 

130622_3

« 〝ンで、ゴンッと〟がこない(^^; | トップページ | 絵鞆マリン倶楽部の春の釣り大会 »

コメント

ご無沙汰してました。
貴君のことだから、信濃追分駅と立原道造と水戸部アサイをからめて一万行は文章をつづるのではと読み始めましたよ。(笑い)
信濃路の夏はちょっと騒々しい感じがして何だけど、その前後の夏になる前と夏が終わったあとはいいねぇ。
飼い犬が弱ってきて、この夏はどこへも出ないで過ごすことになりそうです。

投稿: coo | 2013年8月 5日 (月) 23:01

cooさん、こんにちは

どの日の記事も、千行、万行書き綴ることはできますけれど抑えています。
それでも「長い」としばしば言われます(^^;
でしょうね。
釣り記事を読もうという目的でアクセスして、それなのにモニターの画面いっぱいに目的外の記事が出たら、私も直ちにスクロールしちゃいますもンね(^^;

「もっと釣りの話を」とも言われますが、釣りに語れるもの、私、全然持ってませんしね。

横川駅からのバスに乗ったのは、たったの6人。
内、4人は地元の高校生でした。
宿も、泊り客より従業員の数のほうが多かったのは確か。
ということで、確かに夏になる前の信濃路は静かで、ぶらぶら歩くには好都合でした。

追分にはタクシーが1台しかなく、それも駅で客待ちしているわけでもないのですね。
「歩きなさい」と言われているようなもの。
それが、かえって良かったと思います。

私も夏の計画はまだなんにも(^^;

投稿: KON-chan | 2013年8月 6日 (火) 06:14

初めまして。
キキョウとユウスゲのことを調べていたら、ここに辿り着きました。初めまして。素敵ですね。私も先月の22日の土曜日に高崎駅から信越本線に乗って、しなの鉄道に乗り継ぎ信濃追分駅で降りました。お書きになられているように立原道造はユウスゲとニッコウキスゲを混同していたものと私も考えています。写真の花もユウスゲのように思います。信濃追分駅から分去れまで私も歩きました。駅すぐの道路わきは誰も手入れをする人がいないようで荒れていました。その中でキキョウが咲いていました。それでは

投稿: キキョウこ | 2019年7月 3日 (水) 23:57

キキョウこさん、こんにちは

えらくまた古い記事を読んでいただいたもので。
いやァ、恥ずかしい。

この日は日比谷線神谷町駅からのスタートで、信越本線に乗ってから車内清算。
若い女性車掌でしたが、料金計算にしばらくかかりました(^^;
『立原道造 忘れがたみ(小川和佑著)』をポケットに入れていたので、妙にロマンチックな気分で信濃追分駅に降りたったのを覚えています。
降車は、私ひとり。

キキョウは秋の七草ですが、高原では梅雨時の花ですね。
雨に似合います。

ですね。
私もユウスゲだと思います。

しなの鉄道への乗線とその前後で、記事を20本くらい書けるのですが、アップせぬまま時間が過ぎました(^^;

投稿: KON-chan | 2019年7月 4日 (木) 02:08

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: しなの鉄道線に乗る:

« 〝ンで、ゴンッと〟がこない(^^; | トップページ | 絵鞆マリン倶楽部の春の釣り大会 »