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2013年3月

2013年3月31日 (日)

御一緒しましょう

今日の同乗は仕事仲間のSさん。

『サクラマスを御一緒しましょう』ということになっていたのだが、2月、3月と休日のたびにシケ。
そうこうしている内に、KON-chan号進出海域ではサクラマスライセンスによる釣獲制限が3月15日で終了。
制限が終わったということは、ライセンス海域からサクラマスがいなくなったということ。(注)
『サクラマスを御一緒しましょう』は結局できずに今シーズンは終漁(^^;

季節が進んだ。
ソウハチを御一緒しましょう。

今日の日の出は5時20分。
5時20分、出航。

130331【画像:上】
空は青く開けたが、水の濁りはきつい。
しかし、ソウハチは快釣。
楽々、三桁。

【画像:下】
帰航途中、1時間ほど根をさぐる。
Sさんの釣果。
ホッケが1尾混じった。

正午、沖上がり。


(注)
ライセンス期間後に、ライセンス海域でサクラマス好釣ということも珍しいことではない。
しかし、ライセンス期間を過ぎると、なぜかしらサクラマス毛鉤を泳がせようという気にならなくなる。

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2013年3月30日 (土)

チャラツナイ岬にて

乾いて刺さるような雪が真横から降ったが、ごく短い時間。
じき、傾いた日が薄雲を通して海面を光らせた。

130330_2チャラツナイ(茶良津内)展望台で北西に向かって立った。

吹き上げてくる潮風がモヤっていて、景色が煙る。
背中が地球岬。
ここは100メートルを越す深い断崖で、それゆえ波音もここまでは上がってこない。

電波塔の建つ丘が、チャラツナイ岬の尾根。

電波塔のすぐ海側、そこに敗戦の1年ほど前、高射砲が6門据えられた。

硫黄島を単機で離陸したB29が、札幌・小樽を偵察しての帰投時、ここからの砲撃に被弾したことが記録されている。
硫黄島と札幌を結ぶ直線上に、室蘭があることによる。
あと2ヶ月もしない内に戦争が終わる頃で、機は仙台沖で力尽きるのだが、被弾後も500キロ飛んだことになる。(注)

チャラツナイ岬の突端までたどり着ける小路があるのだが、電波塔の手前150メートルほどのところにある門扉が閉ざされていて現在は近寄れない。
500キロは遠い。
が、150メートルも遠い(^^;

(注)
B29の爆撃作戦行動半径は1600哩(陸里マイル:2600キロ弱)、往復で5000キロ強。
サイパン-東京がそれくらい。
硫黄島-札幌が往復4000キロ。
これが、カラフト(豊原:ユジノサハリンスク)までだと、往復でプラス1000キロの5000キロ。

日米両軍ともサイパン・硫黄島を重要戦略拠点視し、結果 激戦が行われたゆえんである。

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2013年3月24日 (日)

午後の釣り

気温は低い。
海水温も低い。
だが、晴天で、日射が防寒着を貫く。

風力発電のプロペラの回転が止まった。
12時10分、出航。
午後の釣り。

130324_4【画像:上】
今日の出竿は、こんな景色の見える海域。

沖は良ナギ。
小さな根の上で竿を出す。

【画像:下】
満潮が12時45分。
それまで、アタリがたった1回(^^;

13時頃から食いが立った。

アタリは止まらないが、14時、沖上がり。
小さなマダラが1本。

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2013年3月23日 (土)

『魚の行動習性を利用する 釣り入門』を読む

講談社ブルーバックス。
副題が、『科学が明かした「水面下の生態」のすべて』。

130323_2著者は川村軍蔵氏。
氏の著作である『魚との知恵比べ―魚の感覚と行動の科学―』は以前に読んだ

が、私の理解力に大きな問題があり、KON-chan号進出海域で適用できるすべを『魚との知恵比べ』からは得られなかった。

そもそも、私の釣りスタンスは、大いに生意気・高慢ちき。
ヒトはただひとりでも、地球上の魚すべてが集またって全然太刀打ちができない質と量の知恵を持つ。
魚を釣るのに、なんぞ〝魚と知恵比べ〟をする必要があるものか、と・・・

ヒトはオカの生き物。
水の中の魚の生態を知らないだけのこと。
釣師が、以下の魚の生態2点、
  1.居場所
  2.好むもの(こと・環境)、好まないもの(こと・環境)
を知ることができさえすれば、魚釣りなんて簡単なことだ・・・

氏の専門は、魚類の行動生理学と感覚生理学。
研究テーマのキーワードを並べてみると、
  魚類の聴覚生理
  魚類の紫外線感覚
  魚類の磁気感覚と方向知覚
  魚類の嗜好色
  魚類の忌避刺激

素人の当てずっぽうで言えば、魚の感覚、つまり魚の好むこと好まないことの研究が専門なのかなァっと。

で、『魚の行動習性を利用する 釣り入門』に立てられている章が、
  1章 魚を知る
   2章 撒き餌を科学する
   3章 釣り餌を科学する
   4章 ルアーを科学する
   5章 釣りのポイントとタイミング
   6章 釣りにくい魚と釣りやすい魚
   7章 釣り具と仕掛け
   8章 釣り場の水環境
   9章 釣りのルールと釣り場の保全
なものだから、これは正対して読まねばと、蛍光ペンでのマーキング・ポストイット貼付・ページのすみ折り をしつつ、本夕 読了。

上で、私は書いた。
・・・・・・、魚釣りなんて簡単なことだ・・・

魚釣りは簡単なことなので、“掛からない”とか“バレた”とかという言葉は100%言い訳、おのれの未熟さの照れ隠し。
私は年じゅう この言い訳をしている。

それが、『魚の行動習性を利用する 釣り入門』を私が読んだ理由である(^^;

明日もシケ。

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2013年3月21日 (木)

受動が能動に変わる時

受動が能動に変わる時。

130321写される側から写す側を写す(^o^)

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2013年3月20日 (水)

春分の日の釣り

波予報は悪い。
しかし、予報は当たらず。

風が止まった。
良ナギ。

10時、出航。

130320【画像:上】
今日の出竿は、こんな景色の見える海域。

【画像:上】
魚の気配はあるのだけど・・・
掛からず(^^;

湿った細かい雪が降ってきた。
正午、沖上がり。

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2013年3月17日 (日)

シケの日は

シケの日は・・・
食材やら日用品やらの調達に、ショッピングセンターへ。

Brass_band_2中学校の吹奏楽部の演奏を聴く。

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2013年3月16日 (土)

『開高健 夢駆ける草原』を読む

生年1930年、没年1989年。
享年58。
開高健の生涯は長くない。

彼の取材・釣行の相棒カメラマンだった秋元啓一は開高と同じ年の生まれだが、開高より更に若い48が享年。

秋元啓一亡き後、開高の釣行に同行したカメラマンは、開高より(ということは、秋元より)20歳ほど若い1949年生まれの高橋曻(のぼる)。
『オーパ!』シリーズは、高橋曻が撮ったもの。
その高橋は2007年、開高と同じ58歳で逝った。

Kaikoh高橋曻は開高をテーマとした写真本を何冊か出している。
亡くなる前年刊行の『開高健 夢駆ける草原』が最後の本。
写真家の本だ。
文字は少ない。
私向き(^o^)

本夕、読了。(注1)

〝草原〟とは、〝モンゴル〟のこと。

本の頭の40ページほどは、開高のモンゴル来訪時の主要同行メンバーの鼎談(ていだん)録。
話者は、元TV番組プロデューサーと元現地案内兼通訳と高橋曻。
三人とも若い頃から力のある人たちだったようで、その後、それぞれが、広告会社トップ・大学学長・スタジオとスタッフをかかえる写真家へとのぼっている。

そんな彼らと開高がモンゴルへ渡ったのは1986年。

イトウを釣るため。(注2)

すでに、『旅にも疲れた、読むことも、見ることも、聞くことも、食うことも、飲むことも、ぜんぶやってしまった。 もう充分ャ』との境地に達していた開高。

あご足付き。
また、自分のことを〝先生〟と呼ぶ上記三人の秘書・アテンダーの立場の者が帯同する釣り。
2ヶ月前に先行したロケハン隊が、ルアーでイトウを実釣済みでもある。

であれば、釣れないわけがない。

『もう充分ャ』という高みにいる人物が、こんな釣れるのが当たり前の釣行で、魚を掛けたところで何になろう?

などと考えるような私は、根が汚れて、しみったれで、いやしい(^^;

モンゴル滞在丸々1ヶ月。
高橋カメラマンのほかにTV・CMのムービーカメラマンも彼のフィッシュ・オンを待ち構えているのに、開高の投げるルアーにイトウは掛からない。
今日で出竿は終わりという日。
ハリウッド映画のラストシーンさながら、ギリのギリのギリギリでイトウが掛かる。
95センチ。(注3)

この瞬間まで、開高は何を考えてルアーをキャストしていたのだろう。(注4)

翌年、モンゴル国あげての行き届いた調査のもとで竿を出す。
イトウの、入れ食い。
120センチを掛けて納竿。

文中、地名がいくつか出てくる。
東北アジアの地図(注5)を脇に置いて読むと、旅情・釣情がわき立つ(だろう)。

『夢駆ける草原』の〝夢〟とは、〝チンギス・ハーンの墓所の発見〟。(注6)
竿を納めた開高が最後に見た夢だ。

(注1)
1986年とその翌年のイトウ釣行の件は、1989年発刊の『オーパ、オーパ!! モンゴル・中国篇 国境の南』にまとめられている。
『夢駆ける草原』はその釣行を、20年たってから振り返ったもの。
ネタが同じだから、当然 内容はかぶる。
使い回されている写真も多い。
が、写される側だった人が書いた本と、写す側だった人が書いた本の違いの差は大きい。

『オーパ、オーパ!! 国境の南』では、モンゴル釣行は開高自身が企画したという意識にあふれているが、『夢駆ける草原』を読むと話は全然変わる。

そりゃァそうだ。
人の世。
文士に魚を釣らせることに、何の見返りも期待せずに誰が経費を負担しよう。
企画はTV局。

(注2)
当初は、開高に中国の川でイトウを釣らせるテレビ番組が企画されたが、中国の川でイトウを探すことは当時すでに難しかった。
それで、モンゴルでイトウを釣らせる番組に企画が練り直されている。

その企画に、オーパ!シリーズ出版元の集英社が乗っている。
高橋曻は集英社カメラマン。
サントリーがスポンサー。
ローヤルのCM録りがこの釣行で行われている。
開高はサントリー宣伝部出身。

宣伝とは魅せること、気が利いていること、強調すること、清潔であること、美しくあること。

どう撮られるべきかをよく知っている人間が、自らCMに出演するわけだ。(開高出演のサントリーCMはいくつかある)

開高が身につけたジャケットもネッカチーフも帽子も靴も魅せる特級品なのが、印刷からでも分かる。
スナップショットに見えるような写真でも、ローヤルのビンのラベルが必ずカメラのほうを向いている。

イトウ釣りは開高の息抜き。
だが、写す側も写される開高も生活と贅沢がかかっていた・・・。

(注3)
本の初めのほうでは元TV番組プロデューサー氏が92センチと言っているのだが、本の終わりのほうの高橋カメラマンの文章では95センチと書かれていて混乱がある。
実は、掛けた開高自身さえ、『オーパ、オーパ!! 国境の南』で
93センチと書いたり95センチと書いたりしている。
「釣った魚の話をする時は、両手を縛っておけ」をまさに地でいっている。
一番小さい数字、
92センチが真実なのかも知れない。

(注4)

こういう書き方は、釣りをする人には思わせぶりに、また生意気に聞こえる(^^;
文士だろうが、月給取りのサンデーアングラーだろうが、昨夜遅くまで仕事におわれていた人だろうが、明日も明後日も予定のない人だろうが、そして、最初の第1投目だろうが、その日の第200投目だろうが釣竿を持った人間の考えることは同じ。
『魚がいれば掛かる』
『魚がいなければ掛からない』
それ以外を考えることはない。

『掛からないのは、自分の仕掛けの前に魚がいない時』
もちろん、昨日の失敗のアレコレ、明日の成功のためのアレコレを考えたりはしない。

(注5)
ウランバートルとカラコルム以外のモンゴルの地名を知っている人は少ない(と思う)。
かなり詳しい地図がないと、開高らの旅跡をたどるのは難しい。

魚釣りをするモンゴル人は少ないし、モンゴル人は魚を食べないそうだ。
そのモンゴルで、今はイトウが釣れなくなっていると。
開高のイトウの釣果の放送・出版も、原因のひとつだろう。
いや、100ある原因の内の100全てかも知れない。

上でも書いた。
釣竿を持った人間の考えることは、『魚がいれば掛かる』。
そして釣師は、魚がいると知ればそこに出向いて竿を出すものだ。
魚がいると知れば・・・(^^;

(注6)
『オーパ、オーパ!! 国境の南』での開高の表記は、〝ジンギス汗〟。
’06年文科省検定済の『詳説 世界史(山川出版)』における表記は、〝チンギス=ハン(Chinggis Khan)〟
ウランバートルの国際空港に掲げられている英語のサインの表記は、〝Chinggis Khaan International Airport〟。

カタカナ表記だと、〝チンギス・カーン〟が一番近い(ように思う)。
(本記事では『夢駆ける草原』中の表記〝チンギス・ハーンに従うことにする)

モンゴル帝国の立国は13世紀に入ってから。
歴史上最大面積と最多人数を支配した大帝国だったが、100年持たずに支配圏が縮小してゆく。
大帝国立国の祖チンギス・ハーンはその死を秘匿することを遺言した。
棺を運ぶ様子を見た者は殺され、埋葬地の上には千頭の馬を走らせて埋葬の痕跡を隠したと伝えられている。

現在のモンゴル国は日本の4倍ほどの国土をロシアと中国に囲まれてある。
人口300万弱。
近代史の中ではソ連邦からも中国からも併合を狙われた歴史を持ち、今現在は中・韓の進出が目立つ。

ところで、〝チンギス・ハーンの墓所〟は、今に至るも発見されていない。
〝夢〟のまま・・・

長い話だった。
本日、シケ(^^;
明日もシケ(^^;

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2013年3月 9日 (土)

『フジツボ』を読む

今シーズンの胆振沖太平洋、サクラマス好釣の話が絶えない。
特に2月の終わり頃からは、胆振沖太平洋サクラマスライセンス海域西側で大いに好釣との情報が耳に届く。

好釣という表現では足りないという。
ダブル・トリプル当たり前。
絶好釣。
いやいや、まだまだ、そんな言葉では表現が薄い。
爆釣・超釣・・・、なんだと。

海域西側とは、私の立場では〝コチラ側〟に当たり、室蘭港から出る艇には都合のいいフィールドになる。

Barnacle【画像:上】
しかし、土日になると荒天という天候変化の循環パターンから抜け出ない。(注1)

(注1)
何年か前の冬も、週末になると荒天ということが続いた。
その年の正月休みに通読したのが、この『一般気象学』。

以下、それで得た知識などから。
冬期のシベリア気団(高気圧)は、だいたい7日を周期として勢力が強弱する。
そのせいで、中国東北部から朝鮮半島にかけてのアジアはほぼ7日の周期で天候が変化する。
この時期、大陸の天候変化は読みやすい。
三寒四温
がそれで、釣り師なら三荒四好とでも言いそうだ。
(中国語では三寒四暖だが、三荒四穏という言い方が現象に近い


日本ではシベリア気団のほかに、列島を挟んで太平洋気団(高気圧)の影響も大きく受ける。
よって、「日本の気象にシベリア気団の勢力循環との連動は希薄だ」、と教えるテキストやサイトが多い。
私自身、披露できるような裏付けデータを持っているわけではないので、強弁はしない。
が、次のことは言える。

私の出竿海域である地球岬沖あたりの天候に限定して言えば、シベリア気団の強弱の7日周期との連動の相関性は極めて高い。

そのせいだ。
そして、北海道東方の低気圧が、現象の振幅を更に大きくする。
この冬、週末、次の週末、次の次の週末も荒天というパターン(^^;

この週末も、荒天(^^;

【画像:下】
ンなわけで、海が荒れようと、暑い夏が来ようと、厳しい冬が来ようとも騒がず・動かずのフジツボ(注2)、岩波科学ライブラリーシリーズ<生きもの>159『フジツボ』を読む。
今夕、読了。

著者は、干潟の生物観察とフジツボ関連グッズの蒐集が趣味だという海洋生物学者。

副題は「魅惑の足まねき」。
海水中の食物(プランクトン)をとる際の蔓脚(まんきゃく)(注3の動きを〝足まねき〟と表現している。

ダーウィン(1809-1882)はフジツボの熱心な研究者で、『種の起源』の草稿をほとんど書き上げて後、その出版の前にフジツボの研究に8年間も没頭している。

著者はこの道を専攻しているのだから、専門的な話ならいくらでも出せるのだろうけれど、この本には著者自身の研究テーマや研究成果の話はわずかしか出てこない。
というか、研究者としての著者の姿は隠している(ように思う)。
フジツボに関係する脇道話、雑学、雑談の類を並べ、素人相手の娯楽啓蒙書に徹している。

・付着させない話
・付着能利用の話
・食用としての話
・ノーベル文学賞作家とフジツボの詩の話

付着生物学の分野の広さ深さを全然知らないで言うのだが、著者の知識は全方位に広い。

挿絵・写真が全てカラーで、これが精緻な上に加えて美術的。

さて、さて。
正直に言うと、『フジツボ』を読んでいるよりは竿を出していたかった。
更に正直に言うと、『フジツボ』を読んだからと言って、私にフジツボへの好意・興味の情がいささかでも増したわけではない(^^;

(注2)
フジツボは大陸由来の語で、中国語表記だと〝藤壺〟。
日本でも古くは〝藤壺〟と書いていたようだが、鎌倉時代あたりからは、形状からの連想で〝富士壺〟と書くようになった。
著者は、源氏物語の登場人物名の「藤壺」が「フジツボ」に由来しているのではと示唆しているけれども、これは違うように思う。
なぜなら、源氏物語には「藤壺」のほかに「桐壺」も登場するが、こちらの説明ができない。

(注3)
蔓脚(まんきゃく)の蔓は〝(植物の)つる〟のこと。
蔓〝腕〟ではなく蔓〝脚〟なのは、甲殻類の脚に相当する器官だから。
彼らは、殻の底に背中を付け 脚を外に出す生活をしている。
1節から2脚、それが6対あって計24脚。
フジツボがエビ・カニの仲間、甲殻類だと確認されたのは19世紀もしばらくたってから。

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2013年3月 5日 (火)

さかさまな風景

〝一(いち)から十(じゅう)まで〟という。
〝ピン(1)からキリ(10)まで〟ともいう。
〝アルファ(最初)からオメガ(最後)〟ともいう。
〝ゆりかご(誕生)から墓場(臨終)まで〟ともいう。

To電話帳の最初に載るようにと、「アート引越センター」と名付けられたそう。
)」が、〝一〟・〝ピン〟・〝アルファ〟・〝ゆりかご〟に相当すると考えたわけだ。

その反対、さかさま。

)」がそうなら、〝十〟・〝キリ〟・〝オメガ〟・〝墓場〟に相当するのは「)」だろう。
電話帳の最後に載ることで、何かメリットが出るとは思えないが・・・

そもそも、「)」で始まる日本語はない。(注1)

【画像:上】
いや、見つけた(^o^)
カフェテラス 

【画像:下】
コーヒーを1杯。
の、つもりで入店。
結局、お代わりも。


ところで、〝1丁目1番地〟というが、おしまいは分からない。
〝イロハのイ〟というが、やはり おしまいは分からない。
〝イの一番〟というが、これも おしまいは分からない。(注2)

(注1)
広辞苑(第五版)で見出語の「」を引くと、
○君んちの「
○うん(はい)の意の「
○遊女ことばの「ありんす」の「んす」など8つ出てくる。
しかし、名詞はただひとつ。
ジュメナ、N'djamena、チャド共和国(アフリカ)の首都名。
これは、でも、日本語ではないだろう。


(注2)

はじめが分からず、おしまいしかない(と思える)言葉もある。
なれのはて・げのげ・ついのすみか・・・・

Z_to_a






←見つけた(^o^)

さかさまな風景(^o^)

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2013年3月 3日 (日)

『毎日 釣り日和』を読む

本日、〝釣り日和〟から遠い日。
強風。

『毎日 釣り日和』を読了。

130303_2下の下の下の記事で話題にした『愚か者の杖』と著者は同じ。

「人は何故釣るのか」・「北海道アメマス事情」・「網走湖でワカサギを釣る」・「日本サケつりサミット」などテーマは30。
この30テーマを、サンデー毎日に100回に分けて連載していたという。
1テーマあたり10ページに満たないのであるが、連載時は  だが、1テーマにつき3、4週かけないと読了できなかったことになる。

そんなに時間をかけねばならぬほどのことが書かれているわけではない。

エンターテインメント作家が書いた遊びの話だ。
全テーマが仲間内話・楽屋落ち話。

特に、Niftyの「釣りフォーラム」に入っていた人なら、文中にイニシャルで書かれた人物も誰それと特定できるだろう。

今日のような日に一気に読むのが、色々な意味で節約的(だと思う)。
これっぽっちも引っかかったり、突っかかったりするところ無く読み進められる。

1テーマごとに、村上康成氏(注)の小さなイラストが一つ入る。
これがいい。

(注)
絵本作家で、釣り師。
表紙も氏によるもの。
網走湖でワカサギを釣るために、夢枕氏に同行したりしている。

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2013年3月 2日 (土)

『世界を変えた100日』を読む

1月27日 に記事にした『ピュリツァー賞受賞写真全記録』と同じ出版社(ナショナル ジオグラフィック)。
製本もコンセプトも同じ。

本夕、読了。

副題が「写真がとらえた歴史の瞬間」。
だから、200年ほど前に写真術が発明されてから以降の〝歴史の瞬間〟。

100_days_in_photographs1851年の第1回万国博覧会(ロンドン)から2005年のハリケーン・カトリーナ(米国ルイジアナ州)までの100件(日)。

写真が写し撮るのは〝瞬間〟。

〝瞬間〟という制限を外せば、つまり時間の猶予を許せば、人は手を入れる(こともある)。
修正とも言えるし、捏造とも言えるし、偽造とも言える。
それは、写真術黎明の時からあったようだ。

英国に殖民されていたインド。
英国の傭兵(インド人)の英国に対する反乱(セポイの乱)。

反乱鎮圧5ヶ月後、1857年の写真。
埋葬されていた反乱者の遺骸を掘り出し、それを激戦のあとを印象付けるように並べて撮影している。
歴史上初の戦死者の写真だという。


権力闘争下・戦時下では、修正とも言えるし、捏造とも言えるし、偽造とも言える事態は、ピント合わせや絞り調整と同程度に必然化。

この本にあるのは、1943年冬のスターリングラード。
独軍に反攻するソ連軍。
3枚の写真を合成したもの。
これが私のような者でも、指摘されなくとも分かるような稚拙な切り貼り。
当時のソ連、サビの無いハサミを得られなかったのだろうか。

我々だって、レンズを向けられれば意識せずともポーズをとる。
それと変わらないとも言える(^^;

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今日のJR、定刻運行できず

早朝、暴風雪警報が発報されたが、じき解除。
しかし、今日のJR、定刻運行できず。

130302r_3風がおさまらない。

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