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2012年12月

2012年12月31日 (月)

酒を旨いと感じることもある、しみじみと・・・(^o^)

今朝がたまでプラスの気温で、陽も差したのだが・・・

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【画像:上】
やがて、西風が降りてきて、気温も急速に落ちた。

【画像:下】
二重の防波堤で守られているマリーナ海域も、波の頭が白く崩れる。

ポンツーンにも波が上がって来て、足元が濡れる。


私は前夜の記憶を失うほどに酔ったことがない。
そこまで飲めないし、酒の味も分からない。

それがどうしたことか。
今年、こんないい歳になってから、酒を旨いと感じるようになった。
ほんの短い時間なのだが、それでも我ながら、しみじみと・・・

さて、今年この拙ブログを訪れて下さった皆さん、良いお年を。

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2012年12月29日 (土)

'12 楽しく釣りができました

この時期、岬気候の我が地の天気予報はハズレることが多い。
ところが、この12月の天気予報は大変に精度良くアタリが続く。
21世紀の天気予報だ、この程度の精度は発揮してくれなくちゃァ(^o^)

本日、ナギ予報。
そして、年末、ナギは今日だけの予報。
ということで、本日、今年最後の釣り。
最後とは言っても、循環・エンドレス。
すぐに、新しい年の最初の釣りがやってくる(^o^)

ともあれ、今年最後の釣り。
13時、出航。
15時、沖上がり。

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【画像:上】
正午過ぎのマリーナ海域。
冷えが続き、海面が結氷した。

【画像:下】
ボーズで帰ってくることの多かった今年の釣り。
それでも今こうして、それほど悪くない気分でそんな釣りを振り返ることができる。

今年最後の釣りの出竿は、こんな景色の見える海域。
どこもスケソ。
根の魚は食ってくれず(^^;

今日も含め、私にはどれもが楽しい釣りでした。

今年も、楽しく釣りができました。

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2012年12月24日 (月)

根の魚のみならずスケソウも(^^;

寒い。

高い方は際限ないのに、低い方は−273.15 ℃で究極。
人間の生息可能範囲は±40℃くらいのもの。
我々は、狭い温度幅のそれもかなり低温域が生き場所なのだなァと思う。
肺でガス交換される酸素は、氷点下から体温まで昇温されたのち二酸化炭素となって外気に戻される。
だから、吸った息が昇温される過程で、ちょうど氷点を通過する瞬間があるはずだ。
鼻腔中か、口腔中か。
その位置を知ることで、何かが変わるわけではない。
ただ、そんなことを考えたくなるほどに寒かった・・・、という話をするつもりがアッチコッチに跳ねた(^^;

7時40分、出航。
11時、沖上がり。

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【画像:上】
今日の出竿は、こんな景色の見える海域。
空は澄み、水も澄み・・・

【画像:下】
スケソウに食われる前に根の魚を掛ける。
そのつもりで、仕掛けを落とすのだが・・・、食わない(^^;

やっと、1尾(^^;

根の魚のみならずスケソウも(^^;

いくらでも掛かったスケソウが、今日は1ダース掛かっただけ。

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2012年12月22日 (土)

同乗者のみならず船頭も船酔い(^^;

本日の同乗は、ルアーマンのさん
マリーナの上下架クレーン下の海水は透明度良く、底までよく見える。
Kさん、目がいい。
岸壁に張り付いたアワビを見付ける。

9時出航。

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【画像:上】
今日の出竿は、こんな景色の見える海域。

スケソウ海域。

ほとんど無風の頃に出航したのだが、出竿の頃は北からの風。

反応に仕掛けを入れるが今ひとつの喰い。
終日(ひねもす)船長に架電し、好釣海域の教えを乞う。
0.3海里ほど浅場に移動、入れ食い(^o^)

【画像:下】
8本針に8尾付いたか。

が、波の頭が尖り、波頭が崩れ出してきた。
同乗者のみならず船頭も船酔い(^^;

入れ食いは続くのだが、正午、沖上がり。

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2012年12月18日 (火)

色々とまではいかない、ちょっとだけ(^^;

塩だけで、白老(虎杖浜)の業者製に遜色しない見栄えのタラコを作ることができる。

カラシ明太子に加工する前の塩〆タラコとしてなら、それでいいのだと思う。
しかし、明太子にまで加工せずに「(塩蔵)タラコ」でおしまいとするならば、塩だけでは業者の味に到達しない。
虎杖浜の業者が作っているタラコパックの表示ラベルを見るといい。
餅は餅屋、タラコはタラコ屋(^o^)
やはり専業者は、色々と工夫を加えている。

Tarako

【画像】
釣る気で釣れば、スケソウという魚は100キロでも200キロでも釣れるが、それをさばくのが大変。
それ以上に、腹を抜いた魚の始末が大変(^^;

「釣った魚の処理は釣った人の責任」なのが我が家のルールゆえ、先日の釣行でのスケソウのキープは5本。

「釣った魚の処理は釣った人の責任」のルール上、タラコ作りは私の仕事。
業者には及びもしないが、私も塩だけではなく、色々と・・・(^o^)
言い過ぎた。
色々とまではいかない、ちょっとだけ(^^;

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2012年12月16日 (日)

打って手繰る

ソバを食うことを、〝蕎麦を手繰(たぐ)る〟とも言うのだと。(注1)
同じことを、〝すする〟とも言うようだ。
いずれも江戸弁とのこと。
江戸落語の中でなら使われている言葉かもしれない。

落語の世界でなくとも、〝ソバをすする〟というフレーズは、どこかで聞いたことがあるような気もする。
が、現実の世界で、〝ソバをたぐる〟と言う人には出会ったことがない。
相当にイナセでイキな江戸人でなければ使えない言葉だろう。

1本が2本、2本が4本、・・・、64本が128本とエキスパンダーを引き伸ばすような動作でラーメンを製麺する実演を見、それを食べたことがある。
長い麺のどこを取っても、完璧に同径。
これがソーメンになると、製麺規模が大きくなり、物干し竿のような棒を使う。
少量を製麺するのには、幼児が油粘土でひもを作るようにして麺を延ばす技もある。
これらは〝手延べ〟。

ソバなら〝打つ〟。(注2)

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【画像:上】
本日、「そば教室」に参加。
参加者5名、講師5名のマンツーマン教室。
(左が講師、右が受講者。うしろは教室スタッフ)

ソバ打ち手習いを1時間半(^o^)
教えてもらったのは、ソバ打ちだけ・・・

【画像:下】
ところで、ツユはどうする。

醤油なしで、握り寿司のウマイ・マズイを言える人は滅多にいない。
同様に、ツユなしで、ソバのウマイ・マズイを言える人も滅多にいない(と思う)。
その滅多にいない人が、私であるわけがない(^^;

私のようなモノが食うのだから、ツユがほとんど全て。
せっかくの自前打ち、それを食うのにキッコーマンの「めんみ」を水で薄めてってのも何だかなァ・・・

何だかなァ・・・、なのだが、その“何だかなァ・・・”で〝蕎麦を手繰る〟(^^;(注3)


(注1
〝手繰〟と書いて〝てぐり〟とも読む。
手繰漁・船とは底引き(トロール)漁・船のこと。
てぐり漁・船と読む。
北海道では、〝たぐり〟漁・船と発音する人もいる。

(注2)
〝手延べ〟のソバがないわけではない(と聞いた)。
ただし、ソバ粉より小麦粉の方をかなり多い割合にした粉を使わないと〝手延べ〟できない(らしい)。
ソバというよりウドン、あるいはソバ粉入りウドンと言うべきものになる。

また、ウドン、スパゲッティの製麺も〝打つ〟と表現するのは同じ。
広げ(延ばし)て刃物で切る工程を経て麺を作るのは、一般に〝打つ〟というようだ。
製麺所で作られるラーメンは何と呼んでいるのだろう。

魚を獲るために網を入れることも〝打つ〟。
だから底引き船もソバと同じ、打って手繰る。

(注3)
今日 打ったのは二八蕎麦。
そば粉400グラム、小麦粉100グラム、水250CC。

もりソバにすると大盛りで5枚くらい手繰る量になる。

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2012年12月15日 (土)

今日はこれぐらいでいいでしょう(^o^)

KON-chan号、直近の出航は11月11日だった。
以降、週末になると決まってシケ。

それよりも何よりもかによりも、この冬の凶暴な白さに私の釣欲がすっかり萎(な)えてしまった。
皮膚感覚から来る寒さに加え、この視覚から来る寒さが何ともかんとも・・・はァー
竿をかついで外に出ようという気にはとてもならない1ヶ月だった。

本日9時、久々の出航。
沖根へ。

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【画像:上】
今日の出竿は、こんな景色の見える海域。

根の上にはスケソがかぶさり、インチクの沈降速度では遅すぎで、根の魚のタナに届かぬうちにスケソに喰われる。
で、KON-chan号在庫中の最重オモリの120号を使って仕掛けを落とす。

【画像:下】
スケソは抱卵。
いくらでもいる。
掛けようと思えば、100キロでも200キロでも(^^;
そんなにはいらぬ、タラコ用に5本キープ。

スケソの下に仕掛けが届きさえすれば、反応は上々。
魚信は途切れない。
まァ、でも、今日はこれぐらいでいいでしょう(^o^)

11時30分、沖上がり。

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2012年12月 9日 (日)

'12絵鞆マリン倶楽部総会・納会

今年も、こんな時期になりました。

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今年は夏が大変に長く、秋深くまで海水温の高い日が続きました。
そのせいでしょう、噴火湾内にブリ・ワラサクラスの大型青魚が入り、いつもの年と違った釣りができ(た人もい)ました。
また、サメが随分入り、釣りを難しくしたりもしました。
秋らしい頃になると、週末とナギがなかなかマッチせず、サンデーアングラーの多くは、出船自体ができないという状態で日が流れていったのは残念でした。
活動の場が自然ですから、どうしようもないことではありますが。

一昨年及び昨年は荒天のために『秋の釣り大会』が中止となったのですが、今年は例年だと10月に開催していた『秋の釣り大会』を1ヶ月早めて9月に開催してみました。
むずかしいものですねェ、こちらの読み通りとはいかず、今年の『秋の釣り大会』も当初案内日は荒天でした。
しかし、翌週はまぁまぁの日和となり、3年連続しての『秋の釣り大会』の中止を何とか回避することができました。

何よりだったのは、大病を患った倶楽部員もいましたが、海上では大きな事故もなく安全に過ごせた一年だったことでした。
新しい年も安全で、健康に過ごしたいものです。

<総会>
今年度決算案、及び 来年度の行事計画と予算案の執行部提案を承認いただきました。
どうもありがとうございました。

<納会>
今年の納会にも猛吹雪の中、また遠路からも30余名とたくさんの会員のご参集をいただきました。
そして、今年の納会にも、日頃の倶楽部の活動にご理解いただいている皆様方から、多くの金品を頂戴いたしました。
ここに記して深く感謝の意を表します。

どうもありがとうございます。

 赤城さん(雅Ⅲ)              金一封、自製仕掛け
 岩佐マリンさん                電動リールなど釣り具、船具
 桜場さん(顧問)              精米
  敦澤さん(Happy)      清酒・ミカン
 ホームライフ丸石さん       釣り具
 麦倉さん            金一封
 室蘭民報社さん        清酒
 森田さん(Sophia)            金一封
 遊漁船アグネス       釣り具
 渡辺(尚)さん(Jaguar)     金一封
                        (以上、50音順)

釣りダービーに関しての、役員会での裏話を少し。

我が倶楽部では、レギュラーのダービー魚種(マガレイ、イシモチ、アブラコなど)は1位から5位までに順位付けしますが、レギュラー魚種以外は特別賞対象魚としています。
特別賞は、レギュラー魚種の3位に相当する賞となります。

例えば・・・
アブラコで3位に入賞し、サケ(特別賞対象魚)が最大登録魚となっている人の場合は、特別賞を受賞していただきます。
そうすることで、アブラコで4位だった人が3位に、賞外の6位だった人は5位に入賞でき、表彰対象者を増やすことができるからです。
また、一人一賞しか受けられませんから、いわゆる上位抜けが起こり、ここ何年も受賞定員を満たしておりません。
このあたりをご理解され、是非、ダービーに登録されることをお勧めします。

ところで、今年は体長90センチというデカいブリが掛かり、ダービーに登録されました。
ブリはそうそう噴火湾に回遊してくる魚ではないので、特別賞対象魚としています。
よって3位賞相当となるのですが、このデカいブリを掛けた会員はマガレイでも2位に該当する大モノを登録していました。
よって、上位の賞となるマガレイで受賞してもらうことになりました。

ダービー審査員の一人としての私の本音では、実質的大きさからいっても、話題性からいっても、ブリで受賞していただきたかったのですが。
まァ、こういう気持ちがわいたのも、今年の釣りが例年と違ったゆえかも知れません。

ダービーレギュラー魚では、60cmのソイ、58cmのアブラコなど、今年もレベルの高い年となりました。
いずれも狙って掛けた釣果で、ラッキーヒットではありませんでした。
研究熱心さと実際に試してみたことが結果につながったのは、いつもの年と同じでした。

総会・納会へ参加できなかった会員の方から、10名を抽選させていただきました。
この方々へは、ホタテを宅配させていただきますので、お受け取りください。

楽しいひと夜でした。
私は、1次会、2次会、3次会に参加(^^;
さらに、朝食時まで釣りの話をオカズに過ごしました(^o^)

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2012年12月 6日 (木)

『北の無人駅から』を読む

本夕、『北の無人駅から』を読了。

『駅』というのは人・物が集散・通過する場所だから、どんな過疎線のどんな駅であっても必ず人のにおいがする。

Stations『THE JR Hokkaido』(注)に連載されていた23駅の「小さな駅の物語」から6駅を選り出し、全面改稿して編んだ本。

「小さな駅の物語」では、1駅を表すのに費やした文字数は1160。
この『北の無人駅から』では、1駅当たりにその100倍以上の文字が書き込まれている。
6駅で790ページ。
改稿などと書いたのは、失礼が過ぎた。
全くの新作である。

著者は北海道の観光雑誌や郷土誌などに、クライアントの意向に沿った文章を書き上げることで食ってきたフリーライター。
元々も現在も、鉄ヲタクでも何でもない人だから、〝無人駅〟そのものに思い込み、ましてや思い入れがあるわけではない。
取材という手法で得た情報を積み上げることで章が進む。
取材は丁寧で濃いが、創作文筆家的な表現はなく、“感動した”とか“むなしい”といった類の語でくくってしまう文章が幾つも出てくる。

鉄ヲタク向けの本ではない(^^;
〝駅〟自体は、導入、添え物ほどに触れられているのみ。

書かれているのは人。

(注)
JR北海道の月刊車内誌。
特急列車の座席の背ポケットに入っている。
The JR Hokkaido』でも『the JR Hokkaido』でもない。
THE JR Hokkaido』。

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2012年12月 1日 (土)

地に生きる人・海に生きる人

先日は、東室蘭から南千歳を経由して札幌・小樽と進んで、余市・長万部・東室蘭と道央の西半分をひと回りした。(下の記事)
途中下車及び乗り継ぎ駅は、南千歳・小樽・小沢・長万部。
それと、小幌駅で30秒の停車時間中に瞬降・再乗車(^o^)。

長万部駅で、たった今降りたキハ150の2両連結を単機に切り離す作業を見た後、噴火湾に背を向けて、駅の北東にある長い跨線橋を渡った。
その跨線橋を渡る途中、シャレた建物が目に。

長万部図書館だった。

入口から一番奥の書棚に表紙を見せて置かれていたのが、『北海道のんびり鉄道旅(矢野直美著)』、その左に北海道の魚図鑑。

いや・・・

その下の棚。
大判のために、黒い背表紙が通路側に飛び出していた本を抜いて閲覧席に。
列車の待合時間中だ。
その本を選択した理由は、〝薄い〟ということだけ・・・

戦時下、国の求めに応じて沖縄出身の若い夫婦が乳飲み子を背負い、長万部(平里地区)開墾のためにやってくる。
非常時ゆえ、移動そのものが大変な苦労。
そして、やっと長万部駅に着いたのが、終戦の3日後。
その〝薄い〟黒表紙の本は、次々と脱落・離農してゆく八十余人の沖縄出身開墾者の中にあって、この地に根付いた一家の労働と生活の写真集だった。

画題が『大地に生きる』(注1)

入植から35年を過ぎた頃の出版で、掲載されている写真の撮影年はそれより数年さかのぼったあたりから。

いわゆる社会派と呼ばれる写真家。
そう呼ばれた人のカメラがとらえるのだから、写っているのは生活。
全てのショットが、陰影濃く かつ深い。

Station

【画像:上】
上で、小幌駅での30秒の停車時間中に瞬降・乗車と書いた。
その時の瞬撮画像。

おやおや、オイラも社会派かァ(^^;
画像の陰影が濃く かつ深い。
すでに日暮れ。
被写体が何であっても社会派もどき画像になってしまう(^^;

背中側が静狩駅、新辺加牛(しんべかうし)トンネル。
画像右にかすかに見えているのが、室蘭本線最長トンネルの新礼文華山(しんれぶんげやま)トンネル、2759メートル。

新辺加牛トンネルと新礼文華山トンネル間が87メートル。
小幌駅はそこにある。

【画像:下】
‘大地に生きる人’を撮った写真家は、‘海に生きる人’も撮っていた。(注2)

小幌の海岸で生きていた、両足の無い漁師。(注3)
やはり、陰影濃く かつ深い。


(注1)
『大地に生きる-北海道の沖縄村-』
著:掛川源一郎 発行:'80年(昭和55年)

(注2)
美術に限らず文化活動(作品)に触れるなどというのは、全く私のガラでもない話。
美術館の企画なんぞは気に掛けたこともなかったのだが。
ちょっとした成り行きで、室蘭市民美術館に立ち寄ることになった。

第5回掛川源一郎写真展 『海に生きる人々』。

掛川源一郎、伊達市の高校で生物を教えていた人だという。
’07年(平成19年)没(享年94歳)。

『大地に生きる』の写真家、その人の写真展だった。

(注3)
小幌駅から左に下りると岩屋観音。
右に下りると樺利平(かばりひら)海岸、文太郎(ぶんたろう)浜。
釣りの名所。

かつて、この浜辺で何世帯かの漁師家族が暮らしていたという。
両足の無い漁師も、小幌駅下の浜で海に生業(なりわい)を求めていた住人。
この浜辺に生きる人々の写真を見て、沈痛とか悲惨とか寂寥(せきりょう)とか、さらには小幌駅が今そういわれるように秘境とかといった言葉のみを感じては、〝今〟に生きる我々の〝今〟的価値観のせいで眼(まなこ)が曇っていると言わねばならない。

酒飲みで、バクチ打ち。
だが、両足の無い漁師は漁師としてピカイチのうえに、釣り客相手に民宿を経営、繁盛させるような商才もあった。
豊浦町の漁師で、彼より羽振りの良かった者はいなかったと。

両足の無い漁師、名は陶 文太郎(とう ぶんたろう)。
小幌の浜が文太郎浜と呼ばれるゆえんである。

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