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2010年6月

2010年6月30日 (水)

収穫

小学1年の時、児童全員が各々の鉢でアサガオを育てさせられた。
私の鉢からも双葉が出、つるが伸び、花が咲いた。
が、それっきり。
以来、私は植物を育てたことはない。

Vegetables

左は我が家の家庭菜園で採れたブロッコリーとカリフラワー。

畑や花壇を作ろうなどとはこれっぽっちも思ったことがないから、我が家の狭い庭はアスファルト敷き。

このブロッコリーとカリフラワーはアスファルトの上に置いたプランターで育てたもの。
5月の連休の後に苗を植えたのだから、2ヶ月足らずで育ったことになる。
同じくプランターで育ている春菊は、植え付け後1ヶ月くらいで食卓に出せたほどに成長が早い。
ピーマンはまだまだ。

小学1年の時にアサガオを育てて以来、私は植物を育てたことがない。
ブロッコリーもカリフラワーも家内が育てたもの。

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2010年6月27日 (日)

早上がり

7時15分、出航。

ヒラメのつもりだったが、1時間以上も無反応。

100627

【画像:上】
こんな景色が見える沖に移動したが、イルカに囲まれて釣りにならず。

【画像:下】
1尾掛けて早上がり。

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2010年6月20日 (日)

イタンキの丘にて

Hillitanki

この丘の向こうは垂直に海に落ちる断崖。

海は太平洋である。
この季節、この海から霧が立ち昇り、丘のこちら側に流れ込んで町を湿らす。

霧が晴れた。

エゾカンゾウの黄、黄、黄、黄。

花言葉は「憂いを忘れる」

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絵鞆マリン倶楽部 釣り大会

本日、絵鞆マリン倶楽部の釣り大会。

5時15分、出航。
8時30分、沖上がり。

100620_3【画像:上から1枚目】
本日、朝いちで竿を出したのはこんな景色が見える海域。
この時期、ガスをかぶることの多い当地では日が陰り湿った日となることが多い。
今日も濃霧注意報が発令。
すぐ近くに出竿中のボートがいたが、ガスが薄まるまで気が付かなかった。

【画像:上から2枚目】
朝いちの海域ではマガレイを狙ったが、掛かるのはカジカばかりで、釣り大会登録サイズはあがらず。

トッカリショ根に移動して、クロソイを4本掛けて帰港。

【画像:上から3枚目】
入賞者、集合写真。

当倶楽部の釣り大会のルールは、魚種別1尾身長の優劣を競うもの。

私の出したソイは、船上での計測では40cmあったが、オカに上がって計測する頃には37.5cmに縮んでしまった。
それでも運良く、ソイの部3位入賞(^o^)

【画像:上から4枚目】
パワーランチの様子。

Kコック長、新メニューをお披露目。
ダッチオーブンを使い、アメリカンピラフのジャンバラヤ。
結構なお味でした。
ご馳走様でした(^o^)

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2010年6月13日 (日)

本日、大潮

本日、大潮。
干潮が9時23分、満潮が18時25分。
11時から16時くらいが良さそう(な気がする)。

11時20分出航。
15時沖上がり。

100613【画像:上】
太平洋から霧が立ち上り、空も海も全てを灰色にする。
風はヤマセ、東風。
気持ちのいい風が吹き渡る。

今日の出竿海域はこんな景色が見える所。

【画像:下】
ドローンとした抵抗があっただけで引きもせず。
小さなマダラとソウハチがそれぞれ1尾ずつ。

潮は良かったが、船頭も魚もやる気なし(^^;

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2010年6月12日 (土)

〝いちど読んだ〟山川日本史(^^;

もういちど読む山川日本史(注1)が、売れている。
“大人のための教科書”というのがキャッチコピー。

---『もういちど読む山川日本史』 前書きからの一部引用 はじめ---
以前、高等学校の教科書として使われていた『日本の歴史(改訂版)』をベースにしていますが、一般の読者を対象として記述を全面的に見直し、時代に即応した簡潔かつ明確なかたちに改めました。
                              ---引用 おわり---
とのこと。

もういちど読む山川日本史』というくらいだから、『日本の歴史』(注2)いちどは読んだという前提で読む本なのだろう。
だけど、〝もういちど読む〟も何も、いちどでも読んだことがあるのかないのか、私は覚えてはいない(^^;

100612

で、〝いちど読んだのかを覚えていない〟『山川日本史』を開くことから。

「歴史観」だとか「歴史認識」だとかという言葉は、私には重過ぎる。
読み物として、『山川日本史』を手にした。

『山川日本史』のスタートは、化石人の浜北人・港川人・山下町洞人から。
そして、紀元1世紀に書かれた『漢書 地理志』中の「倭人」の語が本書における日本(人)の有史の始まりで、終わりは2002年小泉訪朝。
408ページの2千年。

本日、読了。

朝飯に何を食べたのかも昼頃には忘れてしまっている烏頭の私。
読み終えた直後なのに、もう何が書かれてあったのか頭から霧散。
これでは、〝いちど読んだ〟山川日本史とはとても言えない(^^;

が、『山川世界史(注3)も読むべきだろうと、今日、『山川世界史』の表紙をめくった・・・(^o^)

(注1)
〝山川日本史〟とは、山川出版社の高校生用教科書の『日本の歴史』のこと。

(注2)
『日本の歴史』の出版は2004年まで。
いま現在、〝山川日本史〟に相当するのは『詳説 日本史』(だと思う)。

(注3)
『山川世界史』に相当するのは『詳説 世界史』(だと思う)。

【余談】
今回初めて知ったのだが、『詳説 日本史』も『詳説 世界史』も、文科省検定済教科書だという理由で無課税。
795円と安い。
ところで、文科省検定済教科書の扱い書店が少なく、またAmazon.co.jpでも扱っておらず、入手は意外と難しい。
私は結局、両書とも山川出版社のサイト(ブックモール ジャパンの扱いで手数料が210円プラスされる)から購入した。

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2010年6月11日 (金)

上海地下鉄事情

仕事で上海。

国連の区分けでは中国は開発途上国とされている(らしい)。
中国(政府)自身も、自国を途上国だという。
が、開発途上という意味を〝開発可能な人資源や国土資源の多い国〟ととらえるなら当たっているが、〝文明度・技術水準が低い、経済力に乏しい国〟ととらえるなら大間違い。

ほんの数年前、日本人から見る中国は、発展途上にあり手を差し伸べるべき対象で、安価な労働力を得られるがそれは安かろう悪かろうである。
と、振り返ればそう評価していたのが正直なところ。

ほんの数年が過ぎ、今。
政治・経済・軍事などというビッグワードについて私は知らない。
が、影響力という言葉だけで評価すれば、中国は日本の上を行く先進大国であることは確かだろう。

スケジュールが詰まっているから、寝る時刻近くまで自由時間はない。
で、1時間遅いという時差を使って、出勤前行動。
上海地下鉄(地鉄)に早朝乗車。

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上海最初の地下鉄開通が、15年前の’95年。
今現在、総路線長425km、264駅。
これは東京都の総路線長304km、239駅をとうに越している。

この先の10年で延長される距離は550km。

初乗り3元(約40円)。

【画像:上】
2号線にて。
走り去って行くSiemens AG(ジーメンス・アーゲー)製車両。
日本の地下鉄は狭軌(1067mm)だが、上海地下鉄は標準軌(1435mm)が採用されている。

【画像:下】
チケットの表裏。
タッチで入場、出口回収。
キャッシュカードと同じ大きさ・厚さのカードでリサイクル使用しているようだ。

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2010年6月 5日 (土)

50g増量

雨だった昨年の白老牛肉まつり
それでも、食べるといったこと以外でも色々と印象に残る日となり、我が家ではかなりの盛り上がりをみせたイベントとなった。

だから今年もと前売り券を買ったのだが、〝口蹄疫防疫に万全を期するため〟ということでイベントそのものが中止。
本来なら今日・明日は白老牛肉まつりの開催日だったのだが、『前売り券引き換え日』となった。

上記のような次第で、本日、白老まで走って牛肉に引き換え後、自宅庭でバーベキュー。
本日、外飯(そとめし)日和。

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【画像:上】
牛を飼う人の立場に立てば、まつりの中止を詫びる必要はないと思う。
が、お詫びということのようだ、前売り券に記載の200gに50g増量された250gパックと引き換えられた。

【画像:下】
帰宅は遠回りコース。
今月1日に解禁されたヤマメを狙うフライマンを何人も見た。
画像左下に、走る魚影。

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2010年6月 1日 (火)

直方市石炭記念館

石炭から石油へのエネルギー革命が起こる1960年代以前は、採炭量日本一の炭田はいつも筑豊だった。(60年代以降は石狩炭田が筑豊を上回るようになる。 もっとも、石炭産業が衰退してゆく頃の話で、その中で相対的に多い少ないと言っているだけなのだが。 なお、世界的に見れば石炭産業は斜陽・衰退産業などではなく採掘量は増加一方、日本においても消費量は増えている。)

石炭産業の盛衰に合わせて、町に灯がともり、町の灯が消えた。
その盛衰自体が歴史だし、その繁栄と衰退の振幅の大きさの劇的さもあった。
日本の近代化・工業国化に大きく貢献したという実績とそれへの誇りもあってのことだろう、かつて炭鉱を有していた町にはたいてい石炭記念館・歴史館と呼ばれるような施設がある。
夕張市の石炭の歴史村は、その最大規模の施設だろう。
夕張の歴史村に比べれば規模こそ比較にならないが、今日 訪れた直方(のおがた)市にも石炭記念館があった。
で、入館。
入館料、何と100円。

筑豊では、15世紀にはすでに採炭が始まって製塩(海水を煮詰める)等に使っていたというが、盛期は明治になってから。
筑豊最後の炭鉱の閉山が’76年(昭和51年)。
その間、100年。
筑豊炭田100年の、その総採炭量は8億トン。
現在の日本なら4年、中国なら3ヶ月で使い切ってしまう量である。

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【画像:上】
石炭記念館裏手高台より。
中央二階建て建屋が石炭記念館本館。
1910年(明治43年)落成の筑豊石炭鉱業組合直方会議所が出自。
延べ床面積90坪ほどの小さな建物だが、内部装飾は凝っていて石炭産業がきらめいていた時代をうかがうことができる。

タイミングが良く他に入館者はおらず、館長自ら施設をご案内してくれました。
どうもありがとうございました。

カマボコ状に延びるのは救護訓練坑道。

【画像:下】
目を右に見下ろすと、筑豊本線。
左奥に進むと直方駅。
直方駅は、筑豊炭田で採掘された石炭の集貨・輸送の拠点駅で、その機能は石狩炭田における岩見沢駅に似ている。

画像奥手に遠賀(おんが)川。
石炭は、この川を利用しても輸送された。
鮭が遡上する九州唯一の川である。

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