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2009年5月

2009年5月31日 (日)

雨が上がったら釣り、雨が降ったら沖上がり

雨が上がったので、釣り。
13時40分、出航。

頭と谷の差(波高)が3mほどあるゆったりとしたウネリ。
〝根〟へ。

このウネリの周期が私に合わず、〝根〟に着いて釣り準備を終えた頃にはすっかり船酔い。
加えて、干潮が14時で、風が無いのは釣りに好都合なのだが、潮も動かず、16時近くまで魚信も無し。

09053116時に20分前頃から、潮が動き出して時合。
と、船酔いから回復し、魚信も見えてきたのに、16時30分、雨。
沖上がり。

マダラがYO-ZURI STタグリ鉛笹型2Lに(^^)

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2009年5月29日 (金)

釣りにならず

室蘭港も噴火湾も霞(かすみ)にけむる。
9時10分、出航。

風は南から、潮は東から。
風と潮が直交し、右舷で竿を出すとラインが船底をくぐって左舷側に走り、釣りにならず。

間もなく、風の吹き出し。
〝釣りにならず〟から、〝釣りができず〟の海況に。

090529【画像:上】
出航時は、無風、ベタナギ。
地球岬灯台はモヤの向う。

【画像:下】
釣りらしい釣りは1時間もできなかった。

その1時間で、カタのいいホッケが続けて3回掛かったけれど、最初の1尾目をリリースしたので、2尾目と3尾目もリリース。

結局、キープはこれだけ(^^;

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2009年5月 6日 (水)

パッとしなかった理由

4時15分、出航。
コンパス針路290°で、ナギの噴火湾を28ノットの高速航海を60分。
今日は、国縫でマガレイ釣り。

国縫、パッとせず。
長万部に移動して、パッとせず。
中ノ沢に移動し、パッとせず。

国縫に戻り、さァこれからという時に南東の風が出てきて、たちまちシケ。
10時、沖上がり。

090506【画像:上】
カタのいいスナガレイとイシモチが4枚ずつ掛かったが、それはリリース。
画像は7枚だが、撮影後に1枚追加し、都合マガレイ8枚。

マガレイは誰にでも釣れるが、ウデの差が出る釣りで、私は8枚なのに、某船長40枚(^^;
パッとしなかったのは、私のウデのせいだった(^^;

【画像:下】
空は明るく、日が陰ることはなかったが・・・
画像では表現できてないが、復航時は結構な波。

前方右のエルムV、左のアグネスがこれから縦列船団を組むところ。
KON-chan号は、前2艇が波をつぶした航跡に乗って、帰航、110分。

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2009年5月 5日 (火)

再び、ソウハチ沖干し作り

私の中では、とっくに終わった浮きソウハチ。
であるが、昨夕、『ソウハチがいい』との話を聞くに及び、本日ソウハチ海域へ。

090505_24時30分、出航。
ナギ、好釣。
8時、終漁。
123枚。

【画像:上】
沖干し作り。
干し上がりまでは、根回り。
根回りをしただけ。
根はスカ(^^;

【画像:下】
『今日は〝こどもの日〟なので、焼肉をしよう』と、I佐長から無線。

〝こどもの日〟・・・
確かに、ボクらはこどもみたいなものだ(^^)
ゴチソウサマでした。

高いところからヒバリがさえずり、日は燦燦(さんさん)と照り、思わず居眠りしそうになったひとときでした。

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2009年5月 4日 (月)

船長、廃線を行く

豪雪かつ日本最厳寒地帯で運行されていた全線単線の深名線(注1)は大赤字線だったのだが、並行する道路の全通が'92年。
よって、その廃線とバス運行への転換は'95年と最近の話。
その廃線深名線を家内と。

090502
画像の鉄橋は、深名線が横切る雨龍川に掛かる第三雨竜川橋梁。
竣工は'31年(昭和6年)。

この橋の保存会があるようで、綺麗に塗装され、きわめて良好に現地保存されている。
橋梁名称からも分かる通り、鉄橋下を雪代水のせいで茶色く濁って流れるのは雨龍川。

45mあるトラス橋部と、画像に向かってトラス橋の左右に長さ13mほどの短い桁橋が2基ずつ。
1930年製のトラス橋は国内で作られたものだが、桁橋は、その30年前の1899年(明治32年)に英国から輸入されたもの。

桁橋には、接合とは関係ない所にリベット(鋲:びょう)が見え、その数が不必要に多いように感じる。

090502_2近寄ってみると・・・
2枚の鉄板を重ねて、リベットで接合して強度を発現させる手法が取られている。
当時の英国人が、こんな手間ひまのかかる作業を行って、明治の日本の要求にこたえていたのを発見した。

鉄の連続圧延技術(注2)はまだ無く、強度上必要とする板厚の鉄材を思うようには入手できなかった時代の技術である。

(注1)
深川と名寄を結ぶからといって、ふかな線と呼んではいけない。しんめい線。

(注2)

鋼板を連続圧延で製造するのは1950年代以降の技術。

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