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2008年5月

2008年5月18日 (日)

ソイ

長万部へ走った船が多かったようだが、KON-chan号は〝根〟へ。

7時出航。

地球岬沖は、視程100mほどの濃い霧で、キャビンの外にいるとメガネに水滴が付き、ジャンパーが湿気って重たくなってくる。

汽笛が聞こえた。
近い。
レーダーを見ると、KON-chan号の左45度前方0.3海里(約560m)に大型船の影。

霧の中で、風に流されては、風に上るKON-chan号をレーダースコープ上に見つけたからの汽笛だろう。
ほどなく、霧を破って大型貨物船が100m先に姿を現した。

080518
もう少し竿を出していたかったのだが、これを機に納竿。

沖上がり、10時30分。

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2008年5月17日 (土)

再び、長万部へ

4時20分、出航。

再び、長万部へ。
中ノ沢航路から入り、中ノ沢-国縫で出竿。

20_05_17_2
ナギ良く、おだやかに経過した一日だった。

今日は、同僚に乗ってもらった。

竿を1本出すだけの、上品な釣りをするなんて思っていなかったので、『イソメ300グラムずつ用意すること』という、私の指示は過大だった。
竿1本なら、その半分で良かったみたい。

【画像:上】
終日(ひねもす)さん撮影の、今日のKON-chan号。

マガレイは全体の半分くらい。
他は、ソウハチ、スナガレイ。
イシが数枚。


【画像:中】
左クーラー、Oさん、70枚。
右クーラー、Bさん、100枚。

私は、マガレイのみ24枚キープ。
船中釣果、200枚。


【画像:下】
本日の同乗者。
左、Bさん。
右、Oさん。


帰りぎわ、ベルーガ船長より国縫航路を教えていただきました。
どうもありがとうございました。

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2008年5月11日 (日)

ありがとう、ベルーガ

最後にマガレイを釣ったのは、’06年10月22日のことで、最後から2番目にマガレイを釣ったのは’05年10月24日。

噴火湾沿岸は、どこもマガレイの好漁場なので、マガレイは〝いつでも釣れる〟という意識があるから、〝いつでも釣れない〟魚のほうに気持ちがいっちゃって、気が付けば、KON-chan号のマガレイ釣りは、年に1回やるかどうか。

その、年に1回やるかどうかのマガレイ釣りに、今日、行ってきた。
長万部と国縫のちょうど中間の中ノ沢沖。

4時、出航。

長万部航路を経由して中ノ沢に入るというルートがあって、それは私も知っているが、大型遊漁船ベルーガが、中ノ沢直通航路から漁場に入るということを聞き、今朝は、HappyⅡと一緒にその航跡に乗せてもらった。

ありがとう、ベルーガ。
おかげで、ホタテ養殖桁海域を無事に通過することができました。

年に1回やるかどうかのマガレイ釣り、爆釣
080511
【画像:上】
漁場までは1時間半ほどの航海。
あと、30分でマガレイ海域に着く。
冷たい風の吹く、寒い朝だった。

KON-chan号は水深13mで出竿し、水深4.8mの浅瀬まで流したけれど、魚信は途切れなかった。

【画像:下】
35リットルクーラーが9時の時点で満杯。
11時30分の沖上がりまでに、200枚弱。(マガレイ8割、砂、宗八、イシで2割)
納竿理由は、エサ切れ。

本日の同乗者は、イチロ船長のSさん。
上記の釣果はSさんのもの。

私の納竿理由も、エサ切れ。
なのに、私の釣果、マガレイ24枚

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2008年5月10日 (土)

相変わらず、ヘタな釣りに終始

朝飯を食べ、朝刊を読んでからの出航。
8時30分エンジン始動。
波高は低いけれど、波の頭が尖がって硬い。20ノットで〝根〟へ。

潮が動かないと言うのか、潮が重たいと言うのか、船の流れ方は遅いから〝根〟の釣りには適している海況。

が、水あめの中に仕掛けを入れているような違和感があり、魚の反応も飛びつくようなものではない。

それでも、6尾あげるのに10時まで掛からなかった。

その後、パッタリ。
パッタリ対策のため、しつこく底をさぐって、仕掛けの全半損6組。
オモリ5個喪失。
相変わらず、ヘタな釣りに終始。

その損害と引き換えに4尾プラスで、ちょうど10尾。
13時30分、沖上がり。

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2008年5月 3日 (土)

繰り返す、これは訓練ではない

濃霧。
それが薄まるのを狙い、9時10分出航。
が、霧が深く、出航はしたけれど、出港できず。
9時20分、帰港(^^;

わずか10分間のそんな短い航海に出る2時間前のこと・・・
霧が晴れるのを待っている間、私は海保岸壁で投げ釣りの様子を見ていた。

080503_5 企業や学校などでは、年1回、防災訓練を行う。
『訓練、訓練。〇〇から火災発生。』といったような放送が、防災訓練の合図となる。
小学校なら、校長先生からの『みなさん、担任の先生の指示通りに、速やかに避難することができたようですね』なんて訓話を聞いて訓練終了。

自衛隊、消防、海保等だと、訓練そのものが仕事みたいなもの。
訓練そのものが仕事みたいなものだから、訓練でない仕事、つまり、スタートが『これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない。』となったら、かなり怖い。

アレぇ、私は海保岸壁にいたっていう話をしていたところだった。

オレンジ色の行動服を着た、海上保安官が巡視船『PL127 えとも』上で忙しく立ち振る舞う。

レギュラーの訓練ではなく、抜き打ち訓練なのだろう。
車でやってきては、船内に駆け込み、やはりオレンジ色の行動服に着替えては、その訓練の場に入っていく海上保安官が何人もいる。
おォ、きびきびとして、実に動きがいい。

訓練は、巡視船長や保安部長が、『非常呼び出し対応および、船上の諸官らの行動はおおむね良好であったと評価する。今後も、訓練、鍛錬を怠らず、海上保安官としての資質向上に更に努めるように。』なんて訓話して終了となるわけだ。

レスキュー艇の下架が終わり、船上が静まったので、上架までの間は訓練小休止だと考え、私、『国旗掲揚はまだですかァ』と、事情を知らないものだから、アホなこときいちゃった(^^;

あとで分かったのだが、今朝、濃霧の中、恵比寿島近くの浅瀬でヨットが座礁、その救助活動に向かうための行動でこれは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない。だった。

私が、講評しても何にもならないのだけど・・・
船上の諸官らの行動はおおむね良好なんてもんじゃなく、完璧に良好でした。
画像上の前列両端の保安官2名は、女性。
彼女らの、『ハイっ』という凛々しい返答が頼もしく聞こえました。

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絵鞆マリン倶楽部釣りダービー要領補足

『釣りダービー要領』の下記項に疑義が出されていますので、ここに補足説明をします。

①特殊な艤装を用いずとも、倶楽部員ならばチャンス次第では釣り上げえた魚種を対象とすることとし、原則的には5マイル海域内(室蘭港から旧4級、新2級免許での航行範囲内)での釣果を評価することにします。

ここで言う、

5マイル海域内(室蘭港から旧4級、新2級免許での航行範囲内)

とは、絵鞆小型船置場及び隣接のエンルムマリーナに艇を常置してあることが条件のひとつです。
例えば、トレーラーで移動し江差から出航する、というのは対象外とします。
という条件のもとで、絵鞆小型船置場及び隣接のエンルムマリーナから、旧4級、新2級免許で航行できる範囲での釣果をダービーに登録できるものとします。
例えば、長万部や国縫も、沿岸航行することで、旧4級、新2級免許で行ける海域となっていますから、釣果を登録できます。

全ての倶楽部員に登録機会を持っていただきたいというのが、規定の趣旨で、できるだけソフトに、多くの会員に有利になるように考えていきたいと思っています。

昨日、倶楽部ハウスに顔を出しましたが、既にソウハチの型モノが何件か登録されていましたネ。

私も、これから、出漁準備です。

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2008年5月 2日 (金)

終着駅は始発駅 Ⅲ

My_trip_2 4月27日、夕刻、トリップメーターをゼロにリセットして出発した。

出発前には、グダラグダラとした時間を過ごそうと考えていたのだけど、毎日、4時には目が覚め、従って10時頃には寝てしまうという模範的生活(^^;

全く自分の意思のままに過ごせる時間であったから、トリップメーターの値が50000kmになっても、あるいは0のままでも良かったのだけど、1656kmで終着。

自分の意思のままに過ごすという、言い換えれば、マイペースというものが数値化されたのが、1656kmであったと自分なりに感じている。

NISSAN GT-Rが納車されたら、同じルートを、アクセルペダルが床に着くまで踏み込んで走ってみようと思う。
プライス、8,347,500円(注)

整理のしようもないし、整理をすることに意味を感じない。
こんなことやあんなことがあった。
プライスレス・・・

Imagined_scenery

27日の午後、倶楽部ハウスで、Ⅰ氏から『釧路湿原に行ったら』と言われ、出発がその4時間後だった。
で、今日の午後、倶楽部ハウスに到着。

終着が、船置き場。
終着駅は始発駅。
ってことは、明日は、KON-chan号、出漁かァ?

(注)
言うまでもないことだけど、8,347,500円あれば、NISSAN GT-Rが納車されるというのは事実。だけど、私が8,347,500円持っていないことも事実。
私の表現力では、この数日間のプライスレスの価値の高さをこんなふうにしか書けない、というだけのこと。

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2008年5月 1日 (木)

終着駅は始発駅 Ⅱ

080501 【画像:上】
ここから、標高1139mの三国峠へと、しばらく上りが続く。

【画像:中】
その途中。
こんなところでカメラを構えている女性は鉄子(注1)に決まっている。

【画像:下】
彼女が写していたのが、廃線士幌線跡で、廃路の終端は幌加駅跡にある。
ここ幌加駅の開業は1939年で、廃駅が1978年。
かつては、この駅前に、立ち飲み屋を兼ねた商店が営業していたそうで、単に生きるという言葉では済まない、人々の営みがあったという。
廃駅までの40年。
廃駅から30年。
ここで人が生き、人が死ぬという生活が確かにあったはずなのに、今は、全く生活のにおいがしない。

この線路の上を、STY(注2)の車輪帯が転がることは、永遠にない。
終着が始発に変わることが決してありえない現実・・・もある。


(注1)
鉄道マニアを鉄(テツ)とか鉄ちゃん(テッチャン)と一般に称する。
その中でも女性のテツを、特に鉄子(テツコ)と呼ぶ。

(注2)
鉄道車輪用炭素鋼のJIS表記。
現在は、JISでSSWと表記する鋼で成型した一体圧延車輪を使うのが普通。

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