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2007年2月

2007年2月26日 (月)

『まだ、釣れるサ』

平日だけど、本日はフリー。

波の予報は2mなので、出航できない。
ってことはなく、風は出ない予報だから、これはウネリ波。
ということで、5時30分出航。

思った通りで、危険な波ではない。
但し、ウネリの上に小さな波が乗っているせいで、船が跳ねて速度を出せず、昨日は26ノットで巡航したけれど、今日はやっと16ノット。

6時17分の日の出を迎えたのは、針路80°でイタンキ沖を巡航中のこと。

The_sun_1

前回の日の出前釣行は1月21日のことで、その時の日の出は7時ちょうどだったから、40分以上も日の出が早くなった。
そればかりでなく、117°だった日の出る方角が、今朝は101°と16°も東に寄った。
宇宙における地球の運行というものさえ実感できる日の出だ。

マス海域に向かうため針路を80°に取っているKON-chan号は、太陽をほんの少し斜め右に見て走ることになる。
この太陽のまぶしさがうれしい。

さて、何の根拠もないけれど、昨日のポイントから0.5海里手前で、仕掛けを降ろすと2投2尾。
こりゃ、正午までに楽勝で定量かなっと・・・
っと、昨日と同じことを考えたけれど、やはり、そんな風にいくわけがなく、この後の追加は1尾のみ。

が、底をなめるように泳がせていたバケ尻にタコが付くという珍しいことがあった。
帰港途中、ソウハチ場でサビキを入れると1投4枚。
70m根で、ホッケが1投6尾。

まだ家内は聞いてこない、『まだ、釣れるの』と。
『まだ、釣れるサ』と答える準備はできているのに(^^;

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2007年2月25日 (日)

表現の自由と釣り師の心情

昨日の波予報は2mと出航できる数字ではなかった。
だから、船の下架を取り止め、本日は休航のつもりだった。
ところが、目を覚ますと穏やかな朝。

もう太陽が高いところにあって、2時間以上も出遅れの7時50分出航。
正午までしかライセンスされていないのに、サクラマス海域到着は9時になった。

シーアンカーを投入する面倒はしたくないということで、船団が割れてポッカリと開いている海域に船を入れてスロットルを戻した。
船の行き脚が止まるのももどかしく、仕掛けを降ろし、ラインが90mまで出たところでリールのクラッチを入れたら竿先がゴンゴン。
フォール中のどこかで食っていたのだと思うけれど、ヒットタナ不明という、面白くも何ともないアタリ方で2キロ丁度のサクラマスをゲット。

2投目もヒットタナ不明。
同じくリールのカウンターでラインを90m出したらバケが着底してしまい、底を切ろうとラインを巻いたら掛かっていた。
これもフォール中のどこかで食っていたのだと思う。
こちらの方は、計量するのも気の毒になるようなヤマメサイズ。

やァ、でも、小ぶりサイズとは言え2投2尾。
こりゃ、正午までに楽勝で定量かなっと・・・
そんな風にいくわけがなく、このあと正午まで竿先を揺らしたのは全数スケソ。

帰港途中、ソウハチ場に寄るも風が降りてきて白波。
仕掛けを1回降ろしただけで退散。

070225_1

本日の釣果。
ソウハチのカタがいい。(マスが小さい分、余計そう見える)
ソウハチ海域だけが波が尖がり、波頭が白く2回目の仕掛けを入れる余裕はなかった。

家に帰ると、たいてい、『何〝か〟釣れたの?』と家内に聞かれる。
私は、『何〝が〟釣れたの?』と聞いて欲しいといつも思うけれど、まッ、いいか。
『マスが釣れた』と答えると、『やっと釣れたネ』だと。
まッ、たしかに〝やっと〟だから、これも、いいってことにする。
“表現の自由”は尊重しなくてはならない(^^;
が、『まだ、釣れるの』と聞かれたのには、グキッときた。
こう言われるとプレッシャーが掛かるではないか。
『また釣れたらいいネ』くらいの表現をして欲しかった・・・(^^;

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2007年2月 3日 (土)

指名手配されてるわけじゃァ・・・

かなりの大判にプリントさせても、我々の持つようなチープなデジカメ画像と、塩銀フィルムで撮影されたものと区別ができないほどにデジカメとプリンターの性能が向上した。(ドットプリンタどころか、ハンマー式プリンタを知っている世代から見ると、特にプリンタの様変わりには目を見張るものがある。カメラも安いけれど、プリンタは安すぎると、開発技術者に同情さえおぼえる)

撮影した画像をすぐに確認できること、いくらでも撮り直しができること、画像の修整が簡単なことから、素人写真なら、フィルムカメラよりデジカメの方がいい結果を出せて当然といった感じ。
『誰でもカメラマンになれちゃう時代』が到来したのかな、と思ったりもするけれど、街の写真屋さん(写真館)は、食いっぱぐれることもなく営業し続けている。

そりゃア、そうだ。
プロは所有している機材への投資が素人とは違うし、それを使いこなす技術を持っている。
写真館で撮る写真は、原像サイズが大きいからレタッチも自然で、引き伸ばしにも無理がないし、背景や照明もプロ仕様のものを使いこなし、無粋な影や反射を写り込ますことなく写真を作り上げている。

なんてことも、プロと素人の境界にはあるのだろうけれど、そういったハードとそれを使いこなす技術といったことを全然別にして、写真館のスタジオでカメラの前に立つと、『いい写真』を撮ってくれそうな気がする。

着物の衿元、足元を直し、手の位置、頭の位置、顔の向きを細かく直し、カメラの位置を数センチ単位で前後させ・・・
といった、シャッターを切る前の段取りと言うか、儀式と言うか、そうしたプロをプロたらしめている作業に彼女ら(撮影するのも、アシスタントも、アシスタントのアシスタントも女性だった)は手間ひまを惜しまない。
このスタジオでの段取り・儀式・手間ひまこそが、『誰でもカメラマンになれちゃう時代』であっても写真館が存在しうる理由なのだと思う。

みたいなことを、某写真館で考えていた・・・

Phot_1

6ショットか7ショット撮るのに2時間くらい掛かった。
しかも、受け取れたのは2週間後。

受け取った写真の構図は、『誰でもカメラマンになれちゃう時代』の『誰でもカメラマン』にでも撮れそうなものなのだけど、『誰でもカメラマン』では写しえない、2時間プラス2週間のプロの手間ひまが、やはり写り込んでいた(ように思える)。

その時の、1ショットが某写真館の通りに面したディスプレイウインドウに展示されているのに昨日気付いた。
『お父さん、その笑顔、そのまま』みたいなことを言われて撮られた写真。
家内と娘を脇に座らせ、『そのまま』で固まった私が中央に立っている(^^;

プロの世界は、やはりプロの世界。
『誰でもカメラマン』にはなれない。
この画像ピンぼけ(^^;

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