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2005年9月

2005年9月26日 (月)

秋夕一刻値万金

終日(ひねもす)船長から、サバが釣れたとのメールと画像をもらったのが20日のこと。
これがいいカタで、こいつを追おうと、ルアーロッドを持って夜明けと共にKON-chan号を出したのが24日の土曜日。
地球岬をかわしたあたりで鳥が騒ぐので、ジグを投げたらブルブルッと青物独特の動きが伝わってきたけれど姿を見ないうちにハズレ。
張り切って出た割には、新品のトラウトフックに付け替えたジグを全て車の中に忘れ、船の中の去年からジグに付けっぱなしにして手入れをしていないフックを使っているものだから、爪どころか人差指の皮にも引っかからずに滑るほど。
こんなんじゃダメ。
スプリットリングを割るプライヤーも車の中なので、えらい苦労して鈎を取り替えているうちに、鳥が着水、捕食行動を止めてしまう(^^;

取り敢えず、イカ海域へ。
16分から23分あたりにまで長く伸びるイカ船団に並ぶも、朝の早いうちのほんの短時間は100m付近でオモリが止まるほどだったけれど、じき、140から160mのベタ底にイカが降りてしまい、その上、波も出てきて作業効率があがらない。
まァ、それでも当面のオカズに困らないだけの数は確保できたので、再び青物海域に戻る。

朝がたに青物の反応のあった海域に寄ると、相変らずベイトの反応が濃い。
ジグを入れると、小サバよりは大きく、大サバよりは小さいといった30cmちょっとのサイズのサバが続けて2本。
2投2尾ときたので、これは爆釣かなァと気持ちがハイになったけれどこのあとが続かず、これっきり。
噴火湾に入っても頻繁にベイトの反応があり、そのたびにジグを入れ大黒島まで様子を探りながら戻ったけれど、これらは全てスカ。
と、終日船長からのメールが携帯に転送されてきて、『イタンキ沖でサバ』。
ウ~ン、さっきの海域だったンだなァ、やはり。

さて、マリーナに戻ると、函館のY氏、H嬢乗船のShihonoとF氏艇のBAYTRAMⅡが桟橋に着けてあり、秋の最高の陽射しを浴びてデッキで昼寝中。
900年も前、中国の文人は、春宵一刻値千金(しゅんしょう いっこく あたいせんきん:春の夜のひと時は千金に値する)と詩につづったそうだが、この秋の陽を浴びる思いの良さを知っていれば、私でも漢詩が書ける・・・〝秋夕一刻値万金〟(^^;

というわけで、昼寝中の船長らには声を掛けずに、私は、一旦、家に戻ってイカの処理をする時間をもらうことに。
で、日も落ちてから、中央町の〝鳥辰本店〟で再会の乾杯。
〝鳥辰本店〟には、函館一映マリーナで一緒に碇泊したKu船長に、さらにはF氏の同僚氏が水平対向2気筒エンジンのロシア製の大型バイクを転がして来てくれた。
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エンルムまでの航海途中、戸井沖の厳しい海況でBAYTRAMⅡの2重反転プロペラに流れ網が噛んで大変な思いをしてそれを取る作業があったようで、あの昼寝は、消耗した体力の回復にはどうして必要な時間だったのかもネ。
『函館新聞』に大きく掲載されているのが、函館山裏でBAYTRAMⅡが掛けた12kgのブリの記事。
新聞紙上のブリだけど、酒の肴には十分。
みたいな話で盛り上がって、まさに〝秋夕一刻値万金〟の夜だったのだが・・・・・

翌25日早朝、函館に向けて出航したShihonoとBAYTRAMⅡだが、恵山沖で東風に吹かれ、椴法華に避港したとのこと。
それでもBAYTRAMⅡは風の変わり目を狙って再出航して函館までたどり着いたようだが、Shihonoは椴法華に船を置いたままにして車で函館に戻ったと連絡。
秋はシケっ早いからなァ。
こんな状況時に、漢詩を詠むのもナンだけど、〝秋天一転大時化 要確認海域天候〟(^^;

 上左:エンルムマリーナでもやう、Shihonoと手前BAYTRAMⅡ。
 上右:デッキ上での昼寝。
 下左:函館新聞に掲載されたBAYTRAM艇長の釣果記事。
 下右:ロシア製のサイドカー付きバイクで駆け付けたF氏の同僚氏。

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2005年9月15日 (木)

安航のために

私のような方向オンチな者でも、洋上で急に霧が出てきても、何とか帰ってくることができます。
それはGPSがあるからで、無線航法以前の時代は自分のいる位置を知るということは難しいことで、地文航法(注1)や推測航法(注2)や天測航法(注3)で自分のいる位置を知らなければなりませんでした。

(注1)陸地の目印を目視して自分の位置を知る航法。目標物が見えない時はどうにもならない。
(注2)既知の位置からの自機(船)の方位と速さ及びこれに風向(潮流)、風速(潮速)を加味して自位を推測する航法。
(注3)六分儀を使って、太陽、月、星の高度と方位を測定して自位を計算する航法。旧1級免許受験者なら、天測暦と天測計算表を使って、これを練習させられたはず。免許をもらう頃には、この方法をすっかり忘れている場合がほとんどだけど(^^;

北海に展開したドイツのUボートの生き残り艦長が書いたものに、昼間は姿を隠すため潜航しているから太陽を使った天測ができず、さりとて、夜間浮上して天測しようにも霧や荒天で星が見えずということで、何日間も自船位置を知ることができなかったというような話を読んだことがあります。
真珠湾に向かった機動部隊も航海途中で荒天に会い、この天測ができず、一時、艦隊の正確な位置を失ったことがあったようです。
まァ、船舶なら燃料、食料が尽きず、水深さえ十分有れば、何日間か自船位置情報を失ったとしても問題は小さいけれど、航空機となるとそんなに長い時間飛んでいられるわけではないから、ことは重大。

洋上を飛ばなければならない海軍パイロットは、推測航法や天測航法の技術に優れていたようですが、操縦も通信も航法も一人でやらなければならない単座機だけでの洋上の長距離飛行というのは難しかったようで、航法士(航空士)を乗せた飛行機が編隊を先導しています。
先導機の航法士が天測して位置を知り、海の波を見たり、夜間は発煙筒を落として風向・風速を測定したりして流される量を考えて機首を定めるわけです。
私のように、朝日に向かえばイカ漁場に行け、夕日に向かえば帰ってこられるみたいな航海法も天測航法と言えなくもないけれど、出入港や係留位置への接岸は、現在も目で見る地文航法によります。
これは航空の世界でも同じで、離着陸とタキシング時は一定の視程の確保が条件となります。
入出港は難しいということです。

さて、先日、函館から来られたYさんからエンルムマリーナ入出港マニュアル「chart.pdf」をダウンロードが送られてきました。
さすがというかやはりというか、『日本の空港』の編集・発行者の手になるもので、完璧ですネ。
ここではファイル容量を20%に落としたものを乗せています。
著作権はYさんにありますので、フルサイズ版をご希望の方は問い合わせて下さい。

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2005年9月12日 (月)

オフラインミィーティング

050911flatfish'87からパソコン通信サービスを開始したNifty Serveがその後infowebと統合してできたのが@niftyで、私はNifty Serveのサービス開始とほぼ同時の会員です。
サービス開始当初は、参加フォーラム毎にIDナンバーを幾つも持っていましたが、その内、各IDに届くメールを管理し切れなくなってそれを整理、IDを一つだけ残して今に至っています。
日本中にいわゆる〝草の根ネット〟ができ、私に限って言えば、〝通信〟がコミュニケーションの〝手段〟ではなく、〝通信〟すること自体が〝目的〟だったりした一時期もあります。
音響カプラーを使って、新幹線内の公衆電話から通信したりして喜んでいたものです。

このパソコン通信の世界で生まれた言葉に、OLM(Off Line Meeting)、OLD(Off Line Drinking)というのがあって、通信環境の外で、つまりパソコン通信のオンラインの世界から離れ、実際に会って話をしたり飲んだりしましょうというのがその意味です。
アマチュア無線の世界で言えばアイボール(Eye Ball)のこと。
こういった略語・暗語を共有することは、一種の仲間意識を醸成すると同時に、新たに仲間に入ろうとする者には壁にもなって排他感を持たせることにもなり、私は随分長いことNifty Serveのいくつかのフォーラムのメンバーであったにも関わらず、OLMに参加したことはありませんでした。
そのOLMに初めて参加したのが、『釣りフォーラム』内の『北海道会議室』の〝アキアジ0FF〟で'00年9月のことでしたから5年前。
その後、道東の〝西別川OLM〟にも参加させてもらいましたが、以降、Niftyと契約したシステムオペレーターが提供するフォーラムは急速に活発さを失い、私がOLMに参加した唯一の『釣りフォーラム』もこの9月末日を持って終了します。
インターネットがパソコン通信の閉じた世界を完全に席巻し、さらにblogに代表されるネット上のパーソナルな場が容易に、かつ、ほとんどタダで手に入り、情報のありようが、〝集中から分散へ〟と変化して、情報の共有にNiftyなどといった〝誰か〟が管理する場を必要としなくなったということでしょう。
と言うのは言い過ぎで、『出会い系』とか『自殺系』といったサイトはあるなァ(^^;

長い前置きでした。
OLMと言っていいのかどうか、On Lineですらここのところ随分ご無沙汰だったNiftyの〝釣りフォーラム〟で知り合ったshinyaさんHiroshiさんと土曜の夕刻、伊達温泉で会合。
この伊達温泉こそが、私が初めて参加したOLMの場だったのでした。

脂鰭フリークのお二人が、この時期にこの伊達温泉を選んだということは、当然、黄金の前浜のサケ狙いだったようですが、魚の姿はなかった模様。

明けて昨日の日曜日、KON-chan号に乗ってもらい地球岬付近でカレイ。
風波が出て釣り辛らい海況でしたが、自然相手ですから、まァこれはどうしようもない。
カレイ場への行き帰りには鳥山に遭遇したけれど、あの下には何がいたんでしょう?
ナギの時に、確かめに来て下さい。

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2005年9月 5日 (月)

オイラはファーストライフ

ESAN
先日、大間・函館遠征時に、函館の一映マリーナでお世話になった、ディーグラフ社のYさん艇が、昨日、函館から室蘭に向けてやってきました。
有視界用の航空図を海図代わりにして航海してきたというところが、さすがはパイロット。

我々の遠征後に函館山南海域でブリを3本上げたそうで、その水深とタナを教えてもらいました。
その海域では最近、13kgのブリ、さらにはマグロも上がったようで、昨日の朝、函館一映マリーナ出航時はそれら狙い船の出航で大にぎわいだったとのこと。
KON-chan号も、もう1回、遠征かな。

てなことを書く前に、先にお礼を申し上げるべきでしたが、わざわざ、ディーグラフ社で発行している『日本の空港』(注1)とそのCD-ROM版を持ってきてもらい、恐縮です。
『ENROUTE CHART』(注2)もいただいたので、飛行機に乗る際の楽しみが増えたと言うもんです。
(注1)『港湾案内』の航空版。
(注2)航空路図のことで、路線航空機のルート図。

Yさん艇をマリーナまで案内した後、141度19分海域に。
途中、地球岬ヨットレースでチャラツナイ沖を走るヨットと速度をあわせ並行して走りましたが7ノット。
とても私のテンポに合う速度でないので、27ノットに増速。

19分海域では、本職のイカ漁船の高出力魚探のエコーを拾ってしまうほどの密集した船団が形成されていましたがシーアンカーの投入が不必要なほどのベタナギで、正午近くからは入れ食いで、実釣3時間で3桁。

帰航時、某高速遊漁艇に並行して走ると、これが27ノット。
で、29ノットに増速して、ぶっち切り。

帰港後、アグネス桟橋でYさん艇キャプテンたちと焼肉。
Yさん艇の函館までの安航が期待できる晴天が予想される夕焼け空となりました。

写真左:恵山沖でYさん艇と会合。
写真中:マリーナまで水先案内をし、無事、入港してもらったところ。
写真右:地球岬ヨットレース。まさにスローライフの世界。

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