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2005年7月

2005年7月31日 (日)

太陽に向かって走れ! なかった・・・

fireboat
台風が去った木曜の夜、コンパスを持ってイタンキの丘に上がった。
台風のあとなので、沖はうねりが残っているのだろうけれどイカの漁火が見えた。

イカ出漁時は、朝日に向かって出航し、夕日に向かって帰航するというのがKON-chan流の航海法。
木曜の夜に見た漁火の方角を考えれば、地球岬をかわしたら太陽に向かって走るという、いつもの航海方針を採用すればイカ漁場にたどり着けることになる。
前回の出漁では、このいつもの航海方針に反し、それこそおとといの情報を鵜呑みにして太陽を左手に見る方向に走ってしまい、全く的外れな海域に到達し、たった2ハイのイカと日焼けだけして帰ってくるという結果に終わっている。
太陽を正面に見るのと左手に見るのでは90°も方角が違う。

夏の陽射しは正面から受けねばならぬ。

てなことを考えて船を出したけれど、濃霧で太陽は見えない。
霧が少し晴れてきた頃、巡視船『えとも』をはじめとする室蘭海保所属艇、それにヘリコプターまでが港内外に集まりだした。
何があったのだろうと、しばらくその様子を眺めていた。(あとで知ったのだが、海難事件が起きたわけではなく港祭りに協賛した行事だった)

地球岬から先は相変わらず濃霧。
私は、霧のカーテンの0.3海里ほど手前の海域で、塩エラコでカレイを掛けながら霧が晴れるのを待っていたのだが、期待していた以上にカレイがあがる。
だから、今日は、カレイ釣りだけにしてもいいかナと思いだしたのだが、イルカ・鯨ウォッチング船のベルーガが霧の中にスポッと入っていくのを見たので、それを機にKON-chan号も濃霧の中に入った。

その後は、アグネス船長と似たような状況。

KON-chan号、霧の海域をさまようこと4時間。
イカはゼロ。

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2005年7月24日 (日)

まぼろしを追う船団

ika3
家に帰って、例のサイトを覗いたら、『7月24日 アグネスイカ好調東経141度20分から21分です。』
『最初、11分に 走った船は ご苦労様でした。』とありました。

ゲッ(^^;
妹艇のアグネスが北緯42度21分、東経141度28分にいた時に、KON-chan号は南に17分、西にも17分離れた、北緯42度04分、東経141度11分にいたのでした。
その時のレーダー画面を見てください。


ika2

外側の円弧を中心から3海里にして見ています。
半径1.5海里の範囲内に30隻ほどの船が集まっています。
しかも、回りにいた船は、ご覧のような完全装備のイカ漁船ばかり。
ika

オォ、これはスゲェ~。
レーダー画面は中心が自艇ですから、船団のど真ん中、プロの漁師が生活をかけて操業するイカ漁場の最高のポジションにKON-chan号がいたことになります。

が、これら完全装備のイカ漁船の挙動がどうもおかしい。
自動イカ釣り機を2,30秒も動かしたかと思ったら、すぐに移動します。
それも各船てんでばらばらの方向に。
KON-chan号の魚探画面を見てください。
何も映ってない(^^;

早い話、この船団、まぼろしのイカ漁場に集まって、なぁーんにもいない海中にイカツノを入れては空振りを繰り返していたのでした。
生活をかけてイカツノを投入している漁船でさえ空振りなのに、KON-chan号の竿が曲がるわけがない。
持ち帰りは、6kgの氷を入れたクーラーにたったの2ハイ(大泣き)

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2005年7月19日 (火)

ゆっくり、そして速く

single-line
一昨日、飛行機で3時間かけて北上して自宅に戻ったばかりなのに、今日、再び、2時間半かけて南下。
今日は移動すればいいだけのスケジュールなので、並行して走る高速バスも新幹線も使わず、在来線使用。
この線路を南下するとキンコさんが単身赴任している町に行けるのだけど、私は東方へ。
単線を走る各駅停車列車の先頭車両の最前列席に座って、チンタラチンタラと2時間半。
この遅さは何という贅沢な時間の使い方。

ホテルの部屋には100Mbpsの回線が用意されていました。
この速さがまた実に気持ちがいい。

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2005年7月18日 (月)

中国釣り事情

fishingshop
見つけました、中国の釣具店。(写真左上)
看板にSHIMANOやDAIWAのロゴが見えます。
右上の写真が、その店の内部。
STELLAやSALTIGAなんてものは置いてありませんが、フライ用のティペットなども含め、一通りのものはここで揃います。
中国だから思いっきり安いのかと思うと釣具に関してはそうでもなく、日本とそれほど変わらない表示価格。
まァ、〝交渉〟の国ですから、実際の価格は応相談ということなのでしょう。

左下の写真は、この店から300kmほど離れたところで見つけた釣り風景。
手延べ竿で若い女性が釣りをしていました。
釣果は〝金魚〟でした。
写真右下は『新波漁具』店内に貼ってあった釣りツアーの募集ポスター。

kei-gyo

右横の写真は〝鮭魚〟を調理したもの。
〝鮭〟という字を使いますが、脂ビレがありませんからトラウト、サーモンの類の魚ではないようです。
揚子江(長江)特産の魚で淡白な白身でした。
自分で釣った魚と言いたいところですが、今回はそんな時間がなかったのが残念。
中国にはこの先も、何度か訪問することになると思います。
〝悠久と行く〟川に竿を出すこともその内にできるでしょう。

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2005年7月15日 (金)

悠久と行く―

kohga
吉川英治の『三国志』は、

 後漢の建寧元年のころ。
 今から約千七百八十年ほど前のことである。
 一人の旅人があった。
   ・・・・・<中略>・・・・・
 草むらの中に、ぽつねんと座って、膝をかかえ込んでいた。
 悠久と水は行く―

と始まります。
膝をかかえ込んでぽつねんと座っている旅人というのは、まだ諸葛孔明と出会う前の青年時代の劉備で、悠久と行く水とは黄河のこと。

写真左は悠久と〝行く〟黄河の河口付近を横断しているところ。
ということで、中国に来ています。
今日で全旅程の半分を終わったところ。
明日は揚子江(長江)河口の都市、上海に飛びます。

〝政冷経熱〟にある日中関係の〝政冷〟というビッグな話題を語るだけのものを、私は持ち合わせていません。
しかし、〝経熱〟の方については、日本の地方都市に住んではいても、生産現場に近いところに身を置く者として中国の息づかいを日々、実体として感じているわけで、今、私が中国にいるのも〝経熱〟ゆえ。
てなことに関しては、関係者には後日、出張報告という形で。

とにかく、広い国で〝大国〟。
日本の国土総面積が38万平方Km、札幌・那覇間が2240km。
対して、黄河だけでその流域面積は98万平方Km、長さは5460km、長江のそれは118万平方Kmに6380kmなんだと(@_@)

この〝大国〟さは〝大国意識〟という意味合いをとっくに越えていて、中国は真の意味で〝大国〟です。
また、大連、上海などは、〝都会性〟、〝国際性〟といった観点では東京をしのぎます。

写真右は、晩飯。
悠久と食うわけです―

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2005年7月10日 (日)

Dengen wasureta

Uhmmm-zannen.

PC no dengen wo wasurete kimashita.

Hotel no business-room kara no access de OS ga Chinese-version notame
Nihon-go nyuryoku ga dekimasen.

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2005年7月 4日 (月)

初交信

昨日は、JL8LGWさんが、噴火湾を望める山の上で『6m&DOWNコンテスト』に参加しているというので、144と430MHz帯をウオッチしてました。
函館からだと真北0°の方向に八木アンテナを向ければいいように、伊達と八雲を結ぶ線上の東側1/3くらいのところにいました。
どうも函館からじゃなかったようで、アンテナ方向を指示できなくてゴメンナサイ。
KON-chan号上ではR5・S9で明瞭にとらえることができましたが、JL8LGW/8ではR5・S1との由。
その後、R5・S4までになったようですが、私、ハムコンテストの主旨も交換するレポートの内容も知らない初心者ですので、抜けが相当あったようです。
Qコード表を船内に持ち込むのを忘れていまして、コンテストをしばらくウオッチしてましたが、正直言ってあまり理解できませんでした。

しばらく考えてから、おそらく横津とか駒ヶ岳あたりから札幌の方向に八木アンテナを向けているだろうと、地球岬と茅部を結ぶ線上の地球岬よりに船を進めたら、今度は433帯でキャッチ。
ここでは明澄に捉えてくれたようです。

あの海域、昨日は釣り船が混んでいてシングルハンドのKON-chan号では、危なくてしょうがないのですぐ離脱しました。
その後の経緯は、下に書いた通りです。

昨日のこちらの送信出力は両周波数帯とも20W、アンテナ頂まで海抜4mでした。
またの交信を楽しみに。

セブンティスリー

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小幌遠征

一昨日はイカを探して14分から21分の間を200mラインまで走って、スカをくらい、帰航時にソウハチをたった5枚釣っただけというくたびれもうけ。
昨日は海藻研究所前の船団の中に入ったけれど、ギスがうるさいので、仕掛を上げて無線で遊んでました。

ところで、5/22に、絵鞆マリン倶楽部所属艇が船団を組んで小幌沖に遠征していますが、私は所用がありこの遠征には参加できませんでした。
聞けば、『小幌』は鉄道マニアの間では鉄路か海路でしか寄り付けない『キング オブ 秘境駅』として有名なところのようで、となると、《《秘境→魚がウヨウヨ》》という連想をしたくなります。
事実、この時の遠征ではカタのいいマガレイが随分あがったようです。
一昨日、アグネス船長も小幌の話をしてたっけ・・・

ということで、KON-chan号、一旦マリーナに帰り燃料補給後、小幌へ向け再出航。

昨日の小幌の前浜はKON-chan号が最初で最後のボートで、つまり、他艇は1隻も現れませんでした。
カタは大したことありませんでしたが、竿1本で、2時間で42枚上げました。(ギスがうるさいのはここも同じ)
内、マガレイが丁度1ダース、イシモチが2枚、他はソウハチ。
koboro

写真は小幌前浜全景。
5/22の風景と比べて下さい。緑が濃くなっています。
紅葉の時期は絶景とのこと。

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