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2005年6月

2005年6月26日 (日)

油膜原因判明

6/4の記事で『案の定、プロペラを回すと噴流のむこうで小さな油膜が浮く。』
6/5の記事で『何度も確認したけれど今日は油膜が浮くこともなく、昨日のは何だったんだろう。』
と書きましたが原因が分かりました。
昨日、出航前の船内で石炭ヤードから飛んできた黒い微粉を洗い落とそうと、海水をデッキに流すと後方左舷の海面に油膜が。
プロペラを回すと噴流のむこう側に流れていく。

これデッキに置きっ放しのウエスからのものでした。
グリスやオイルを拭き取ったウエスからの油分がスカッパーから出て行ってたのでした。
海水温の低いときは流れ出なかったけれど、気温・海水温共に上がってきて本現象を起こしたようです。
ということで、船中機関からのものでないことが分かって安心。
海洋汚染防止のため当該ウエスは廃棄処分。

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雨の日雑感

DSC00392
先日は、濃霧で4時間待ちなんて無駄な時間を使ったから、昨日は朝刊を読んでから家を出た。
ヒラメ場に入ったけれど、ギスしかこない。
そんな1時間を過ごしてたら、ポツリときた。
天気予報では、『今夜遅く、雨』だったはずなのに、雨雲の移動が10時間前倒しになった模様。

木曜日に当面の自家消費分のソウハチを確保してあったから、昨日は、家を出るときから大物をドッカ~ンのつもりだった。
が、この空模様だと本降りは間もなく。
潮をかぶるのは平気なくせに、雨は嫌いだから、釣りの場合は雨天中止が私のスタンス。
だが、もっと嫌いなのはボ~ズ。
追直沖にソウハチ狙い船が多数集合しているのは知っている。

だけど大物をドッカ~ンのつもりだったから、船中にあるのはワームとオオナゴ。
それと、オオナゴに噛り付いてきたツブの殻を背負ったでかいヤドカリ。
ヤドカリはカレイ類用の付けエサとしては最高位にランクされるもので、もちもいい。
でかいヤドカリなので半分の半分の半分、つまり8分割してサビキにつけた。
時速15枚のペースでソウハチが掛かるが、それ以上にギスもきてエサが尽き納竿とした。
本降りになる前の1時間半ほどのこと。
なぜか、ソウハチの大きいのは上げる途中で外れるのが多い。
どうも、昨日は大物をドッカ~ンというのには自分のリズムが合わない日だったのかも知れない。


その後、スロー速度で半径300mほどの旋回運動しながら、KON-chan号海上無線局開局。
2旋回目の途中で、上磯町のJK8UNI移動局が145.080MHzでCQを出しているのをキャッチ。
出力5Wだと言っていたが、KON-chan号上ではR5・S9で入感。
オォ、5Wでも亀田半島は越えられることが実証された。
今日の大物はこれかな。
(R:了解度。5が最高。 S:信号強度。9が最高。)


港内のマリーナ前では雨天にも関わらずジュニアたちのヨット訓練が展開中で、しばらく遠くからその様子を眺めてから、マリーナに入った。
この少年たちの中から、将来は競技ヨットマンや、日本を一周したり、あるいは世界を一周したりするする人が現れるのかもしれない。

夕方、用事があってマリーナの駐車場に入ったら、マットと大きな袋を持った家族がボートヤードに入っていった。
今夜は、海上係留のヨットに泊まるのだろうか。
昼間、雨中でデンギィーの訓練をしていた少年もこの中にいたのかもしれない。
船底を打つ波の音とデッキを叩く雨が音が、今夜の彼らの子守唄。

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2005年6月24日 (金)

濃霧注意報発令中

この時期はガスがひどい。
昨日も、一日中、濃霧注意報が発令され、マリーナからは大黒島も、白鳥大橋も、風力発電の風車のプロペラどころか塔さえも見えなくなった。
太陽の位置さえ分らなくなるガスの中で海上にいるのは、たとえコンパスやGPSを装備していたとしても、気持ちのいいものではない。
いつ、どこから他船が不意に現われるか分らないというのが気持ちの悪さの一番の原因で、次が、コンパスやGPSの表示と自分の方向感覚がいつの間にか食い違ってきて、どうにも変な気分になること。
〝空間識失調〟と言うらしい。

以前、暗くなった上、ガスが濃くなってからの帰港時、最後の防波堤の突端の灯標の点滅がどうしても見つけられなくなったことがあった。

サーチライトを点灯させても、ただただ乳白色のガスが明るく見えるだけで目印となるものは見えない。
船溜りの水銀灯の明りも分らない。
が、GPSの表示を信じるならば、直線距離ならその水銀灯の真下まで0.2マイルもないはずで、21フィートの先代KON-chan号の60艇身長くらいの距離。
そしてその前に、ガスに沈む防波堤がある。

夜、霧、港・・・
これが裕次郎ならマドロス帽をあみだにかぶり、短くなったタバコを親指と人差し指でつまんでフッーと煙を吐き出すところだ。
そして、この霧の向こうに、このシチュエーションにあとひとつ足りない登場人物、つまりキレイなネェーちゃんが立っているはず・・・

最初は、私も、夜、霧、港に自分がいるもんだからそんな気分に酔っていた。
ほんの100秒くらいの間は。

が、本船航路から外れたのは確かだから、もう他船の動向は気にしなくてもいいという安堵感と裏腹に、GPSの表示と自分の距離感覚、方向感覚が合わないという症状に襲われだした。
自分の感覚が正しくて、GPSは間違った表示をしているのではないかという気がしてしようがない。
いったん疑い出すとどうしてもGPSの表示が信じられなくなる。
そう、この時、空間識失調を起こしていたのだと思う。

それでも、ガスが立ちこめているくらいだから風はなく波もないので、ガスが晴れるまで待とうと、アンカーを入れようと考えるだけの冷静さはあった。
アンカーを入れようとしたその時、灯標が光った。
この光を左手側にかわせば、船溜りに入れる。
で、船を前進させ防波堤をかわすつもりだった・・・
と、無意識にフルアスターンをかける自分がいた。
灯標だと思ったのは、夜釣りの人のキャップランプの光で、防波堤はGPSの表示通りまだ右手側まで続いていて、KON-chan号の鼻先寸前に防波堤の岸壁があった・・・
夜釣りの人のキャップランプが下を向き、海上から見上げる格好になった私の目にその光線がたまたまガスの薄いところを通過してしてきたに違いない。
夜釣りの人が声を出すか何かしたのがきっかけだと思うが、どうしてあんなきわどいところでアスターンをかけられたのか、全く記憶にない。

とにもかくにも桟橋に船を着けることができた。
もちろん、キレイなネェーちゃんが待っているわけがなく、体中が何だか湿っているのも夜霧のせいだけではなかった。
裕次郎なら皮ジャンを肩にして口笛を吹くところかもしれないが、私は、首に巻いた手ぬぐいで曇ったメガネを拭き、何だか随分高音のため息を吐いたのを覚えている。

多分、前後進切替に操作手順がふたつ多いクラッチ・アクセル2本レバー式の、そして鼻先の長くなった今のKON-chan号だったら間違いなく岸壁にぶつけていたと思う。

昨日も空間識失調におちいった気分。
魚のいるところが、全然見つけられない・・・

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ナギは良かったんだけど

fog
平日なのに、なぜかしら23日のKON-chan号は海上にいた。

ガスがひどくて、桟橋に着けたままで動くに動けずが2時間。(写真左)
ガスが薄くなった隙を突いてマリーナから一旦出たものの、それもつかの間、再び戻って係留待機がさらに2時間。

結局、ガスは晴れたが、今度はイルカの大群。(写真右)
昨年の倍くらいの数になったようで、プシューっと息を吐く音が聞こえるくらいまで船に近付いてきて、しかも両舷を通過していく。
こいつらが通った後は、まずダメ。
小さなマガレイとイシモチを片手だけ上げて、もう止めちゃおうかなっという気になり出した頃、アグネス船長から追直漁港沖でソウハチの反応があることを教えてもらい何とか自家消費分を確保。

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2005年6月14日 (火)

倉橋由美子に寄せて

作家の倉橋由美子が10日に死去したとのこと。

高校生の頃、ガールフレンド(ガールフレンド! あゝ、何て懐かしい響きだろう。ボクにも、振り返るだけで口の中に梅干を放り込んだようになる、純で、青くて、酸っぱい過去があるのだ)が、『読んでみたら』と、倉橋由美子の〝パルタイ〟をボクにくれた。
その本は今でもボクの本棚に納まっている。
あれからもう30年余が過ぎた。
その後、1975年の秋から刊行が始まった〝倉橋由美子全作品集〟を出版のたびに買い求め、翌年の初夏に全8巻が本棚に並び終えた頃、二人の仲は〝ボクたち〟から〝ボクだけ〟になっていた。
この全集以降に出版された倉橋由美子の作品をボクは読んでいない・・・

それから何年もたったある日、本当に全く何の前ぶれもなく彼女から電話が来た。
彼女は結婚し、専業主婦になり子供を育てる日々を過ごし、今は夫の赴任先のK市に住んでいるという。
ボクには語るに足るだけの自分の近況もなく、ただただ彼女の話だけを聞いていた。
電話の向こうで、そのうち彼女が現在の身の上の不幸を告白して泣き出すのではないかという事を、若かったボクは期待しながら。
が、彼女は最後まで明るく話し、電話を切った。
いつもそうだったように『じゃァ』と言って。

ところで、倉橋由美子の作品は作品そのものより、作品の後書きの方がズッと面白いと私は思う。
彼女の後書きには、作品を作った後の達成感の表明などなく、釣行から帰港したKON-chan号から降りた私の口振りによく似ている。
作家と同じく、釣り人も釣行後にはたいてい、照れが混じった自慢かさりげなさを装った言い訳と負け惜しみを語るものだ。

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2005年6月12日 (日)

ブナ里フィッシング塾

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一昨年と昨年も参加した〝ブナ里フィッシング塾(フライフィッシング塾)〟に、今年も参加してきました。
昨日は開講前に、黒松内町を流れる某川に入渓して、3時間もかかってやっとヤマメが2尾。

さてさて、フライフィッシングは条件さえ揃えば実に面白い釣りができます。(フライフィッシングに限らず、何でも条件さえ揃えば上手く行くものですが)
ただ、キャスティングに技能が必要で、初心者がロッドを振るとラインが綺麗に飛びません。

キャスティングが上手くいかないと自分の気が滅入るのは当然ですが、はたで見ている人の気持ちも落ち着かないようで、それを矯正してあげたくなるといったゴルフ練習場でよく見かける光景がフライフィッシングの世界でも見られます。
もちろん、私は矯正させられる側。
実釣の場でこんなことになると、昨日免許を取った人の運転する車の助手席にベテランが乗るようなもので、どちらも疲れることになります。
従って、フライフィッシングの世界でもゴルフのレッスンプロみたいな人がいてもおかしくないわけで、現に釣具店等が主催するフライ教室もあるし、英国や米国にもこの種のスクールがあるそうです。

私は根が怠け者で〝練習〟だとか〝努力〟だとか〝継続〟だとかが大嫌いだし、釣れる時にはどんなキャストをしても釣れるという経験もしているので、魚を釣るのになにゆえ〝塾〟になんか入る必要があるだろうかと考える性格ですが、どういうわけか今年もブナ里塾に行っちゃったァ・・・
その自分自身を分析してみると、カッコつけて言うなら、どうもフライフィッシングに〝美〟とか〝精神性〟を求めているようで、ローズのバッティングフォームをよりは、ボテボテのゴロに終っても清原のバッティングフォームを見たいって心境があるようです。
しかし、考えてみれば、魚を相手に〝美〟だとか〝精神性〟などと能書きを〝語る〟ところが少年性を丸出しですネェ。
私の場合は本当のところはただのファッションに過ぎませんから、少年にまでも届かない幼児性丸出しなのですが(^^;

と、まあ、ああだこうだと、釣り人はそれぞれのこだわりを持っていて、〝語る〟口数が多いものですが、とりわけフライマンは多い。

私も能書きをたれたいほう。
だけど、このフィッシング塾、〝塾〟とは銘打っていても、ウデに覚えのあるフライマン仲間の年1回の同窓会みたいな雰囲気で、語られる内容そのものは理解できるけれど、実釣の裏付けが希薄な私じゃ会話に参加しにくいところがあります。
なわけで、上で、〝美〟だとか〝精神性〟だとかって単語が頭に浮かんだのもすっかり忘れ、魚釣りってのは要するに魚釣りだから、釣った魚の数を上げなきゃダメだだってんで、今朝、朝食前に某川に入渓・・・ウッ、できなかった。
昨夜の雨のせいで川原がなくなっていて窮屈な格好でロッドを振っているうちに、風になびいたフライが草を釣っただけでした。

やはりフライフィッシングは〝美〟と〝精神性〟ってことにしておいた方が私には都合がいいようです(^^;・


写真上:開講式
写真下左:タイイングの練習
写真下右:雨が降っているから宿の前でフル装備でキャスティングの練習。もちろん、ここまでして練習した人は一 人だけ。ロッドをもっている方が講師。

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2005年6月 5日 (日)

クルージングをしたってことにしよう

一回は自分でやってみようと、マリンサービスの久保さんに教えてもらいながら今朝がたプロペラの取り外し・取り付け作業。
ドライブケーシングのプロペラ軸が貫通する部分は、糸の絡まりを予想した構造になっていて、オイルシールには問題がない模様。
何度も確認したけれど今日は油膜が浮くこともなく、昨日のは何だったんだろう。
9時過ぎ出航。

早朝出航の船からカレイ不釣の情報が入り、KON-chan号は沖根へ。
TackleⅡ船長が『大きいのはいないねェ』と言った直後に、型モノのクロソイをあげるところを目撃したから、魚がいるのは確か。
なのに、HAPPY号船長に海上でもオカに上がってからも、『釣れたかァ』と聞かれ、その両方に『ゼロ(^^;』とこたえなければならなかったというのがさびしい。
ってことで、アップする画像なし。

ところで、移動運用中のJK8NUY局が留寿都から144MHz帯でCQを出しているのをキャッチ。
初交信の挨拶を交わすことができたのは本日の成果かな。

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2005年6月 4日 (土)

釣っちゃったァ

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1ヶ月半ぶり、久し振りの出航。
久し振りならワクワクしちゃって早朝から出て行きそうなものだけど、エンジンを回したのは11時近く。
午前中は雨との予報があったせいなのか、マリーナから出た船も少なく、妹艇のアグネスも係留されたままで今日はお休みの様子。

〝釣れてる〟という話を聞いたので舟岡まで船を進めたけれど、40mラインあたりにホタテかごを結ぶロープが海岸線と平行に張られていてオカに近付けない。
舟岡には昨年も入っているから、前の船のGPSプロッターには航跡が記録されているはずだが、今のプロッタには、KON-chan号が走ってきたたった今の航跡があるだけで、〝僕の前に道はない僕の後ろに道は出来る〟という高村光太郎の詩のフレーズ状態の画面。
オカに入る航路を教えてもらおうにも、沖から見る舟岡のカレイ場には1隻も見えず、仕方がないので180度回頭しチャラツナイへ。
出竿した頃にはとっくに正午を過ぎていたけれど、魚信は頻繁。
この魚信、予想通り全てギスで、釣っては放り、釣っては放り。
ギスばかりなもんで、やる気がうせ、無線のマイクを握り『CQ、CQ,CQ』。
おなじみのJA8INJ氏がお相手をしてくれて、小一時間もラグチュー (無線用語でおしゃべりのこと。もっと現代風に言えばチャット)。

そうこうしている内に、風と潮が丁度反対なのか船が全く流れなくなり、従って船の真下のギスを釣り尽くすことができたようで、やっとマガレイのアタリが出てきた。
が、その頃には丸モノが気になり出し、沖根でソイ・・・
のつもりが、KON-chan号を釣ってしまった。

まァ、今日は今日。
明日は早くから出ようってことでマリーナのビジター桟橋に係留したのだが、どうもプロペラが気になる。
案の定、プロペラを回すと噴流のむこうで小さな油膜が浮く。
マリーナのスタッフから、上げて調べた方がいいと言われ、ついさっき係留したばかりなのに上架。

天秤ピンまで絡んでいるので、オイルシールを傷つけているかも知れないなァ。
明日は早朝から釣り・・・の予定が、プロペラ軸シールの点検に変わってしまった。
なのに、帰宅途中でワーム135っての買っちゃった・・・

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