2019年5月20日 (月)

『総括せよ! さらば革命的世代』を読む

本書巻末に載せられている年表は、'65年から'72年。
その頃の、熱かった人たちの話。
熱かった人というのは、学生運動に身を投じた いわゆる全共闘世代のこと。(注)

その対極にいた警察・大学当局者、体育会系学生だった人たちも含めて取材し、現在の生活、また現在の彼らの視点で振り返る熱かった時代が語られる。

産経新聞の10年前の連載記事を加筆編集し直して単行本化したもの。
本書中では取材当時の10年前の年齢で記載されている。
取材時は多くが就業者だったが、それらのヒトたちの今現在は70歳代。

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こんな喫茶店で読み始め。

大学進学率が15%の頃。
エリートだった彼らには、当初は警察当局でさえ「一網打尽にしょっぴいてしまっては、10年後、20年後の日本に大きな損失を与える」として手加減する空気があったという。
彼らの暴力・破壊・破滅的行為に眉をひそめても、考え方・言うことには共感・支持する世間の雰囲気もあったようだ。
世間の雰囲気とは、
彼らは〝優秀〟だ
ゆえに〝意識が高い〟
よって、彼らの〝思想・行動〟は正当だというもの。

今も当時の全共闘時代のままで生きる者がいる。

その活動家のアジトに踏み込んだ公安当局者は、涙が出そうになったと言う。
当局者が見たのは、エリートコースを自ら降り、革命(とまで言わずとも社会を変えること)だけを考え続けてきた男。
カップラーメンをすすっていた髪の薄くなった その男は、若かった時と変わらぬ純粋性・直線性を維持していたと。

本夕、読了。

〝総括〟とは〝評価〟のこと。
〝総括せよ〟と、他者へも自分自身へも叫んだ全共闘世代。

今、彼らは、
当時の自分自身を総括しない
当時の自分自身を肯定的に総括する
当時の自分自身を否定的に総括する
当時の自分自身を肯定的にも否定的にも総括する
当時のまま活動している
者たち。

ファッションであったと言う革命的世代。
ヘルメットをかぶってデモ隊に加わる者はモテたと言う革命的世代。

(注)
全共闘、全学連、セクト、新左翼は違う概念組織。
ここでは、本書の記述にならって、それらをひとくくりに全共闘と書く。
書名の〝革命的世代〟とは〝全共闘世代〟のこと。

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2019年5月19日 (日)

サカナは見えているのだが

5時00分、出航。

濃霧注意報発報中。
南からウネリ。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

出竿海域は濃いガスで、オカは全く見えない。

潮が速い。
ヤマセ(東風)だが、船の流れは北から南。
ラインがそれとほぼ直交して東から西へと。
左舷(東)で竿を出しているから、ラインが船底を横切って竿先と反対に走る。

インチクがなかなか沈まない。
サカナは見えているのだが、そこにインチクを送り込めない。

と言い訳、タラタラ(^^;

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マダラが1本混じった。

正午、沖上がり。

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2019年5月16日 (木)

『江戸人の老い』を読む

著者は歴史学者。
よって、江戸人と現代人の〝老い〟を、医学的・生理学的に どうたらこうたらと書かれてはいない。
取り上げられているのは わずかに3人で、江戸人全体を扱ってもいない。
その3人とも日記や側近の記録が現在に残り、原典の紹介が豊富で書かれていることの信ぴょう性は高いが、本書名にある〝老い〟とは大して関係ないことの記述が大半。
3人の江戸人の、隠居後の生活の記録といったところ。

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こんな喫茶店で読み始め。

書かれている3人とは、
 ・質屋を営んでいた男(隠居時63歳、73歳没)
 ・八代将軍吉宗(隠居時60歳、66歳没)
 ・住職だった男(隠居時51歳、82歳没)

元質屋経営者と元将軍吉宗は、隠居間もなく中風(ちゅうぶ・ちゅうふう:脳血管障害)を患っての生活をおくる。
現在でも、これぐらいなら中風にアタッてもおかしくない年齢。
恵まれた環境にある2人だから、世話をやいてもらえる生活を続けられるのだが、さて庶民はどうだったのか。
介護の問題は、古今を問わない。

吉宗はかなり重い後遺症を背負い、右半身不随に言語障害。
が、今の言葉でいうリハビリに努め、やがて鷹狩りに出向くことができるほどまでになる。
中風からの回復にリハビリが重要なことも、やはり古今を問わない。

本夕、読了。

3人目の隠居僧は、隠居後もいたって元気。
茶道師範でもあった彼は、月に一度 茶会を催す。
時に、20里(80キロ)を15時間で歩き切るほどの健脚ぶりを見せて旅に出る。

50そこそこで隠居の身となり、その後、特にわずらわされるようなこともなく年を重ねていくことは、現在では難しいことだろう。

隠居せずに,社会の構成員の一人として、生きるのが幸せか。
早くに社会から身を引き、趣味に生きるのが幸せか。

いずれも幸せだろうと思う。

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2019年5月12日 (日)

釣り残しを釣る

冷えた朝で、気温は3℃。
息が白い。

5時15分、出航。
良ナギ。

サクラマス海域に行くつもりだった。

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その途中、昨日、この艇が好釣果をあげた小さな根に接近。
で、魚探画面表示を〝海底拡大〟・〝海底追尾〟・〝拡大幅30メートル〟にセットして、この根の上を微速航行。

釣り残してくれてたようで、魚の反応(^o^)

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

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6尾目までは、1時間を要さなかった。
が、以降はチンタラチンタラ。
あの艇の釣果には、到底及ばず。

11時30分の沖上がり。

小さなマダラが1尾混じった。

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2019年5月11日 (土)

下品な発音で、『ゲッ』(^^;

5時20分、出航。

噴火湾上、北西から南東へ幅2海里ほどの層積雲。
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その雲の帯から抜けようと、沖へ沖へと。
朝の早い内は、頭が白く崩れる波がそこここに。
やがて、雲が去り、日射。
波も穏やかになった。

こんな風景の見える海域や、あんな風景の見える海域へと、2時間ばかりの航海。
が、スカ(^^; 

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DENEB(以下、D艇)の女流名人から入感。
『ソイの活性が上がってきた』とのことで、沖根に誘導してもらう。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

『ポツラ、ポツラとしか釣れなくなった』とD艇。
で、私、『ポツラ、ポツラで、どれくらい』
D艇:『ペール缶に二ッ半』

我が艇、ペール缶に3分の1いくか いかないか(^^;

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私:『今日のサカナは小さいねェ』
D艇:『いや、大きいヨ。 大きなマダラも掛かった』

私の釣りは上品を旨とする。
が、思わず下品な発音で、『ゲッ』(^^;

12時50分、沖上がり。

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2019年5月10日 (金)

『やくざと介護』を読む

著者は法律学を修めたのちヤクザ社会の研究の道に入り、その研究成果で修士号・博士号を得たヒト。

本書の前半は、小山という男の、
 ・ヤクザになった過程
 ・ヤクザ社会での生活
 ・ヤクザ社会を抜けた理由
 ・現在の生活
が書かれている。
本書のタイトルの〝介護〟は、小山の現在の職業の介護士からきている。

Yakuza 
こんな飯屋で読み始め。

小山は、ドンパチ・切った張ったの武闘派ヤクザではなく、知能派ビジネスヤクザ。
工程の遅れている工事現場に、工程に遅れのない工事現場の職人を引っ張ってくる、
職安法に触れる行為だが、引っ張ってくる職人には応分のカネを渡すし、遅れていた工事現場は工程を取り戻せるしということで、誰からも恨まれない。

裏の仕事もある。
朝 電話がきて、その日のうちにクアラルンプールに飛んで、ブツの取り引き。
翌日には、もう日本にいる。
アムステルダムに行って、シノギ(ヤクザ用語で〝仕事・商売〟のこと)をこなすこともある。

オンナに好かれる。
オンナのほうから寄ってくるのだが、ヒモになってグータラ暮らすことはしない。
カネに困っているオンナには仕事の世話をする。
メシを食わせる。
優しい。

そんな彼が、背中に彫り物を入れたまま、介護の現場に身を投じる。

本夕、読了。

本書の後半は、ヤクザ社会を抜けた10名と現役ヤクザ1名の今々現在の生活の面談調査と、その調査をベースに、
 ・カタギからヤクザとなる理由
 ・ヤクザがヤクザとして生きる理由
 ・ヤクザがカタギとなる理由
が分析される。

直近7年間のデータだと、ヤクザ組織を抜けた者のカタギ社会での就職率は2%だそう。

本書の副題は、『暴力団離脱者たちの研究』。
その研究結果からも、ヤクザ組織をウマイこと泳げていた者でないと、カタギ社会でも生きていけないことが分かる。

サカナ釣りがウマイからといって、この世をウマイこと生きていけるわけではない。
けれども、この世をウマイこと生きていけない者は、サカナ釣りもヘタなのは確か。
オイラのこと(^^;

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2019年5月 6日 (月)

今日の釣果は3文字

まだ、タイヤの交換を終えていない。
昨日、絵鞆から帰ろうとしたら、車の前左側車輪がパンク。
スペアタイヤの代わりに、「タイヤパンク修理キット」搭載車。
で、ンだコンだやってみるが、状況変わらず。
結局、JAFのキャリヤカーで家まで。

今朝になって、当該タイヤだけ夏タイヤに入れ替え。

7時10分、出航。

190506
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

魚探で見る海底近くは濃い魚影。
ゴンっときて、竿が大曲がり。

だが、
 ・高曇り
 ・大潮
 ・釣行前のタイヤ交換で、出航時刻が後ろ倒しになった
 ・出竿時刻が、潮止まりの最干潮の9時45分に近い
 ・東北東の風で、それが強く、船が止まらない。
 ・波が深く、波の底に落ちると根掛り
 ・やがて出竿海域に濃い霧が流れ込み、視程50メートルほど
等々、言い訳はタクサンある。

10時、沖上がり。

言い訳はタクサンあるが、今日の釣果は3文字。
ボーズ(^^;

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2019年5月 5日 (日)

サクラを愛でつつジンギスカン

給油後、下架。

7時15分、出航。

僚艇SeaDragonからサクラマス場へ向かうとの情報。
我が艇もマス場へ。
我が艇がマス場に到着する前に、すでにSeaDragonでは1本掛かったと。
190505001 
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

快晴。
豆絞りの日本手ぬぐいを頭にかぶる。

気温が上がるとの予報だったため、防寒着を持たずに沖に来た。
里と山の上が違うように、オカと沖も違う。
快晴だが、寒い(^^;

ごく浅いタナを探るのだが、サクラマスのアタリはこない(^^;
結局、沖ではサクラを見ず。

11時30分、海域離脱。


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根でヒト流し、12時30分、沖上がり。


190505002
沖で見なかったサクラをオカで見る。
サクラを愛でつつジンギスカン(^o^)

ジンギスカンがあっても、オイラはやはり、オカのサクラより沖のサクラがいい(^^;

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2019年5月 4日 (土)

久大本線に乗る

久留米と大分を結ぶので、久大本線。
〝久大〟と書いて、〝きゅうだい〟と読む。

この久大本線の前後にちょっと足し加えて、
 博多-久留米-大分-別府
と走る特急が〝ゆふいんの森〟。

博多駅で 下り〝ゆふいんの森〟に乗り、由布院駅で降車。(注)
11
こんなアテンダーに見送られる。

由布院駅から大分駅までは2両編成の普通列車で。
 由布院駅
 南由布駅
 湯平駅
 庄内駅
ときて、
Tenjinnmachi
天神山(てんじんやま)駅。

大分まであと8駅、残り20キロ強ある。
乗っているのは、ワンマンカー。
降車口は前方ひとつ。

降車口に向かったのは私だけ。
私が、ここで降りたのは、天神山駅が無人の花の駅だから(^o^)

(注)

行政区は布市布院町にあるが、〝布院〟駅。

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2019年5月 2日 (木)

『時間とはなんだろう』を読む

山で寝る。

晴れた山の夜なら最高だ。
星が近い。

雨の山の夜も悪くない。
翌日の山歩きは、濡れて重くなったテント一式を担がなくてはならないのだが・・・

山の夜は早い。
フライシートを叩く雨が、すぐに私を眠りに誘ってくれるはずだ。

Time1

乾燥パスタを熱湯で戻す。
コーヒーを淹れる。
テントの中が湯気で煙る。

山を歩いた後だ。
すぐに眠りに落ちるはず。
さらにその眠りへの時間を短くするのにふさわしいだろうと、ザックに入れてきたのが本書。
副題が、〝最新物理学で探る「時」の正体〟。

全てが静止していても、時は流れるか。
全てが静止しているのだから、光の反射もない。
そんな状態では、時が流れているとは言えないだろう。
数式を1本も使わずに、著者はそんな風に時間の本質に案内してくれる。

ヘッドライトの明かりの中の文字が、ふいに消えた。
私の〝時間〟が止まった。
朝まで、目を覚まさず(^o^)

Time2
読み終えたのは、B777 9Fシートにて。

山行時には必ずポケットに入れているコンパスとホイッスル。
コンパスの針が北を指している。
福岡発 新千歳行便だ。

読了時は、秋田沖上空。

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くじゅう・坊ガツル を歩く

九州の最高峰は屋久島の宮之浦岳。
1936メートル。

九州本島に限れば、最高峰は九重(くじゅう)連山の中岳(なかだけ)1791メートル。
ただし、登山者は、同じく九重連山にある久住山(くじゅうさん)1787メートルを主峰とする。(注1)

〝くじゅう〟の地名は、〝九重〟と〝久住〟の二つの漢字表記が混在する。
・〝坊がつる讃歌〟の歌詞は、〝夢に九重の雪を蹴る〟
・2万5千分の1地形図は〝久住
・帝国書院版中学国定教科書の地図帳の表記は、〝くじゅう連山〟と〝久住高原〟 
・'86年の〝阿蘇国立公園〟からの改称は、〝阿蘇くじゅう国立公園〟
・〝九重〟と書いて〝ここのえ〟と読ませる町が久住山の西にあって複雑。

私が、九州大分県竹田市に入ったのは、4月28日 夕刻。(注2)
4月28日、雨。
4月29日、雨。

4月30日、雨が上がりそうなので、久住山へ。

〝くじゅう〟はミヤマキリシマ(深山霧島:ツツジ)で有名だが、開花は1ヶ月ほど先。
開花時期に合わせているのだろう、〝くじゅう〟の山開きは毎年6月の第一日曜日。

今は登山者が少ない。
いや、登山者が少ないのは、ミヤマキリシマが開花していないからではない。
入山口に向かっているときから濃いガス。
やがて、ポツポツ。

登山者が少ないわけだ。

01
久住山々頂(1787メートル)にて。
ここに立った時は、ザーザー(^^;
風が大したことないのが救い。

02
 山頂から30分ほど下ったところの避難小屋。
(GPSログの位置)
ここで雨宿り停滞。
2時間ばかりの停滞の後、雨粒が小さくなった。
ちょっと登り返して、法華院(ほっけいん)温泉へ。
歩いているうちに、雨が霧へと。
そして上がった。

04
正面、周囲を山で囲まれた平らな一帯が坊ガツル。
左、画像の外に、法華院温泉山荘。

05
坊ガツルにて。(GPSログの位置)

日没前に、テントの設営が完了。
完了間近から、再び雨。
その雨は、明け方まで。

06
日が変わって5月1日。

日の出時刻に合わせるように、雨が上がった。
高いところは水はけのいい火山砂・礫。

07 
しかし、高度を落としていくと植物による黒土化が進み泥ンコ。

クサボケの花が見え出した。

08
今日。
日豊本線特急ソニック4号の車窓から。

パンタグラフの影。
反対側の車窓に太陽。
4月28日以来、初めての陽射しだ(^o^)

4月30日。
山歩き時間6時間20分。
25272歩。

5月1日。
山歩き時間2時間30分。
16396歩。

Gps1

(注1)
深田久弥は『日本百名山』の中で、〝久住山〟を「何といっても品のある山」と評価し、九重連山中の主峰としている。
また、久住山の標高を一七七八米と記し、中岳をこれより低い山としている。

かつては久住山のほうが中岳を上回る高さだったのだが、多くの登山者に踏まれたことで標高が逆転した。
本当なのか作り話なのか、てなことを書いている資料がある。

(注2)
竹田市、読みは〝タケ〟市、大分県。
〝竹田の子守唄〟は〝タケ〟、京都府。

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2019年4月26日 (金)

『身近な雑草の愉快な生き方』を読む

取り上げられているのは、ナズナ(ペンペングサ)、シロツメグサ(クローバー)、タンポポ、スギナ(ツクシ)、ハコベ、オオバコ、ツユクサ、ヒルガオ、ススキなど50種。
どれも我々になじみの植物で、〝雑草〟とくくられてはいるが、みなそれぞれ名を持ち個性を持つ。

〝愉快〟とあるが、〝愉快〟をはるかに越える〝生き方〟。
植物に限らず、生命とは、〝不思議〟。
〝不思議〟という言い方では、とても足りない。
生命とは〝奇跡〟。

これからの季節、山に入ると、まだ雪の残る斜面のそこここで咲く花を見る。
生命が〝奇跡〟であると感じずにはいられない。
Weeds_1こんな喫茶店で読み始め。

〝雑草生態学〟
そんな学問があるようだ。
著者は、雑草生態学者。

種子を作る植物で最小なのは、ウキクサ(浮草)。
葉のように見えているのは、実は茎(葉状体)。
水分・養分を吸収するのに必要となる以上に根は長く、しかも その先端が重い。
そのアンカー効果で、多少の波ではウキクサはひっくり返らない。
夏は水面で繁茂し絶対に沈まないのに、氷が張る前に水底に沈んで冬を越す。

取り上げられている50種すべての図(イラスト)が載せられている。
写真術、印刷術の進んだ現在でも、本格的な動植物魚貝図鑑、人体解剖図などは写真ではなくイラスト。
鉱物図鑑なら写真のほうが良い。
しかし、イキモノの形質や特徴を表わすとなると、写真はイラストの表現力にまだ追い付いていない。

本書にカラーページはないから、イラストは全て色のない線画。
その色のない線画は、カラー写真の描写力に勝っている。

本夕、読了。

室蘭岳水元沢ルートには、20平米ほどのネジバナの群生地がある。
アサガオはどれも左へ左へと一方向に渦を巻いてツルの伸ばすが、ネジバナの花の穂は左へ左へもあれば右へ右へもある。

鉄砲が日本に伝わったのは、1543年とするのが通説。
拙ブログの過去の記事  『ねじとねじ回し』を読む  で、鉄砲伝来の その時まで日本人は〝ネジ〟を知らなかったことを話題にした。

日本人は〝ネジ〟を知らなかったのだから、〝ねじる(ねづ)〟という動詞や〝ねじれ〟という名詞はあっても、〝ねじ〟という名詞は16世紀まで日本語にはなかっただろうと、私は思う。
だから、水元沢ルートのネジバナの群落を見るにつけ、鉄砲伝来前は、これを〝ネジレバナ〟とか〝ネジリバナ〟と呼んでいたのではないかと考えていた。

本書中には上記のような解説はないが、本書を読んだことをキッカケにWikipediaを覗いてみると、おォ、ビンゴ!
〝ネジバナ〟を〝ネジレバナ〟とか〝ネジリバナ〟と呼ぶことがある由が記載されている。
私の〝ネジバナ〟の語源説は、アタリかも(^o^)

我が竿にも、こんなアタリがきて欲しいなァっと(^o^)

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2019年4月23日 (火)

『写真で読む 山の名著』を読む

山の雑誌数々あれど、『山と渓谷(山と渓谷社)』と『岳人(ネイチュアエンタープライズ)』の2誌の質の高さを評価する人が多い。
この2誌とも刊行歴は他誌よりはるかに長く、順に90年に70年。

このうち、山と渓谷社は、絶版などで入手しにくい本の復刻版や、資料や翻訳を精査しての改訂版をヤマケイ文庫のレーベルで出版する事業を行っている。
ヤマケイ文庫の立ち上げから10年になり、その10年で100点近い数が刊行されている。

拙ブログで、以前に記事にした、
 ・もう道に迷わない
 ・山岳遭難の教訓
 ・山の突然死
 ・アルピニズムと死 僕が登り続けてこられた理由
 ・山人たちの賦
 ・山釣り
 ・マタギ
 ・旅に出る日
の8冊は、ヤマケイ文庫。
Jpg_1こんな喫茶店で読み始め。

本書は、本の本。

ヤマケイ文庫から〝名著〟として選ばれた17冊が、17冊それぞれに数葉の写真とトータルで230ページを使って解説される。
さらに33冊が各々1ページで紹介される。
合計で50冊なので、ヤマケイ文庫既刊の半分以上が本書に登場することとなる。

ところが、この50冊と、私の読んだ上記8冊とが1冊も かぶらない。

私の読書の対象が ひどく偏っているせいだろう(^^;
どういうわけか、これが悪くない気分(^o^)

私のやっている山歩きは、ただのウォーキング。
6時間から9時間を費やしても、獲得できる累積標高は2000メートルくらい。
背負うザックも、最も重いときで17キロ。
山によってはロープやクサリを使うような斜面を登ることもあるけれど、使うのは誰かが張ってくれた固定ロープや固定クサリ。

しかし、本書で解説される〝名著〟の中には、私のような山歩きが書かれたものもある(^o^)
困難を克服する山行の〝名著〟も
山行の孤独が記された〝名著〟も
吹雪かれてのビバークで死を待つ間に書かれた〝名著〟も
死の淵からの生還が書かれた〝名著〟も・・・

本夕、読了。

タイトルに〝写真で読む〟とある。
その通りで、挿入されているのは、〝名著〟を語るに申し分ない写真ばかり。

遺品のピッケル
雪の斜面に足跡を残すソロ登山者の後ろ姿
頂に続く鋭い稜線
夕日に染まる垂直の岩壁
ガスで白い沢
山小屋のランプ

悲しくて孤独で厳しくて、そして美しい写真だ。

ところで、山岳写真家という職業はあるが、釣り写真家という職業はない。
この件について私なりの見解があるのだが、素晴らしい写真と一緒に、悲しくて孤独で厳しくて、そして美しい文章を読んだあとだ。
私の愚見を語るのはやめて、しばし、本書の読後の余韻に浸っていようと思う。

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2019年4月21日 (日)

大潮の釣り

夜明け前は冷えた。

西に、満月から わずかに やせた月。
4時46分、東の空の底から太陽が昇る。

ウインドウに降りた霜をかき取って、もやいを解いた。
5時、出航。

19042101 今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
サクラマス海域。
ナギがいいので ここまで来たが、サカナッ気なし。

19042103 結局、こんな風景の見える海域まで戻る。

風は東から。
天気が崩れる風だが、雲が出るのは午後からの予報。
この時間帯は、空気が澄んで遠くはるかに羊蹄山。
もう私の装備力でも上がっていける山だ。

ボーズが2回続いたら、あの山に登ろう・・・

本日、大潮。
で、最干潮の潮止まりが9時46分。
本海域に入ったのは、まさにその時刻。

1投目でアタリがあったが、その後、しばし沈黙。

19042102 正午の沖上がり間際に、バタバタバタっと。

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2019年4月18日 (木)

『幕末単身赴任 下級武士の食日記 増補版』を読む

徳川御三家は、尾張・紀州・水戸。

そのひとつ、紀州和歌山藩の俸禄25石の藩士の酒井伴四郎が、江戸の紀州徳川屋敷(現在の赤坂)での勤務に赴任する。(注1)
国元に妻と一人娘を残し、今で言うところの単身赴任。

桜田門外の変の年(1860年)、伴四郎、28歳のときのこと。
徳川幕府の治世が間もなく終わる頃だ。

伴四郎の残した日記が今に残り、それをもとに江戸勤めの武士の生活が語られる。

Photo_3 こんな喫茶店で読み始め。

伴四郎の職務は、衣紋方(えもんかた:着付け及びその指南役)。

やることは、藩主・家老らに特別な装いが必要な時の、その着付け。(注2)
また、将軍の小姓(身の回りの世話をする者)らや三井などの商家への着付け教授。

これは、随分とヒマな仕事だったようで、多く働くときで月の半分いかない。
大体は7日から9日。
1ヶ月間丸々働かない月もある。
また、役得もあったようで、商家への指南のあとは酒付きの食事で もてなされたりもしている。

時間があったせいだろう。
日記は こと細かい。
赴任(出張)時の経費の精算やら浅草見物やら両国見物やら寄席見物やら芝居見物やら江戸城への大名の登城行列見物やら。
〝食日記〟とあるように、食べたもの、飲んだものの記録も詳細。
また、〝小遣帳〟と称する家計簿の記載も詳細で、当時の物流とモノの経済価値が分かる。

江戸は外食産業の発達した大都市。
ソバ屋だけでも3400店近くあったようで、この数は現在の東京よりも多い。

今の東京もそうだが、江戸には全てのモノ、技術、技能、知識が集まっている。

ソバは信州で食うに限るとか、タイは明石が一番などと地産地消の食を称える風潮があるが、ソバも天ぷらもウナギも寿司もボタモチも江戸・東京が第一級。

時に江戸の祭りの賑やかさに遊び、時にドジョウ鍋で酒を呑む。
そして、時に国元の妻娘を思う。

江戸勤務番の単身赴任武士も、今の単身赴任サラリーマンも変わるところはない。

本夕、読了。

本著者は、創業500年近い菓子舗の虎屋が運営する和菓子資料室で、研究職に就いていた歴史の専門家。
大きな商いをしている虎屋とはいえ、菓子屋が専属の研究者をつけた資料室を運営しているというのは、老舗ゆえの余裕というかプライドだろう。

江差町の五勝手屋本舗も創業150年になる老舗。
ここの2階はイートインスペースだが、五勝手屋の歴史をうかがうことのできる古い菓子型などが展示されている。
やはり老舗のプライドを感じる空間であった。

ところで、伴四郎は武士。
それも御三家 紀州徳川の家臣。
なので、1866年、倒幕・尊王攘夷をいう長州を制圧するために戦場に立っている。(第二次長州戦争)

翌年、大政奉還。

士農工商で保障された武士の身分を失った伴四郎は、明治も生きたようだが、何を食い、何を思って生活していたのか。
日記は残っていないという。

(注1)
将軍の出る儀式に参列できる資格を持つ者は大名・旗本。

大名・旗本は〝お殿様〟。
それより下級の武士が御家人。
その中の最下級武士が、〝三一侍(サンピンざむらい)〟。
俸禄が〝三両一人扶持(さんりょう いちにん ぶち)〟で、コメに換算すると5石に届かない。

江戸幕府における御家人の平均禄高は30石(1石は10斗、100升)くらいだったようだ。

江戸勤めの伴四郎には、国元で与えられる25石のほかに、江戸赴任手当として年に39両と、量は不明だがコメの現物支給を受けている。
全部合わせると実質50から60石相当。
このほかに、下の(注2)で書いたような手当てもある。

禄高100石程度の旗本もいたようなので、禄高25石なら武士としては下級は下級だが、悪い待遇ではない。
紀州の家に帰れば「との」と呼ばれていた身分だったことと思う。

(注2)
烏帽子(えぼし)、長袴(ながばかま)の高位武士の正装は、それをまとう当人自ら一人では とても着ることができなかったようだ。
本書中には、正装が必要となる前日までに、一度 全てを身に着けて装いを確認したことが書かれている。
家老邸への出張着付けでは、その出張手当てが6両ちょっとだったとあり、着付け1回で最下級武士の2年分の報酬を得ている。

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2019年4月14日 (日)

これは行かねばなるまい

今日の日の出は4時57分。

5時00分、出航。

一昨日、登別の定置網に10トンだか20トンだか30トンだか、とにかく大変な数のサクラマスが入ったと。
これは行かねばなるまい。

良ナギ。

190414o1 今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

登別沖太平洋。

網に入るのと、釣り針に掛かるのは別なこと。

毛鈎を泳がせるも、掛かるのはソウハチ。
毛鈎を泳がせるも、掛かるのはスケソウ。

190414o2_1 マスは掛からず(^^;

マスは掛からないが、浮かんでいるのはマス場。
マス場のソウハチだからカタはいい。

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2019年4月13日 (土)

帰航は根を経由して

早朝は冷え、家を出る時は車のウィンドの霜取り作業。

日出が早くなり、今日は4時59分。
その日出を、暖機中のKON-chan号上で見る。
5時30分、出航。

快晴。
良ナギ。

朝いち、根に入るも潮動かず、食わない(^^;

潮が動くまで、もう少し沖へ。

19041301 今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
ソウハチ海域。

日差しに力があり、気温が急速に上がる。
暖かいを通り越し暑い。
防寒着を脱いだ。

ソウハチは広く浮いている。
ペール缶にひとつあげて海域離脱。

19041302 帰航は、朝いち不釣だった根を経由して。

正午、沖上がり。

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2019年4月 9日 (火)

『旅に出る日』を読む

月刊誌『旅』の創刊は1924年。
『旅』は、2012年に休刊となるのだが、最後の約4年 私は定期購読者だった。
その『旅』の、1959年から1971年まで編集長を務めていたのが本著者。
私が定期購読していた期間の40年も前の編集長ということになる。

三泊四日とか四泊五日程度の旅行を、〝たび〟・〝旅〟と抵抗なく発音したり書いたりできるヒトは幸せ者だ。
大方のヒトにとっては、その程度の旅程を〝たび〟・〝旅〟と発音したり書いたりすることは大変にカッコの悪い、照れくさい感情を抱かせることだろう。

Journey こんな喫茶店で読み始め。

〝旅〟にまつわるエッセイ。
本書は、著者が『旅』の編集に関わっていた時代に書いたものの復刻版。

『旅』の発行は日本交通公社(JTB)による。
だから、本書が書かれた頃の著者は交通公社職員。

フレームリュックを背負って改札口を通る
日焼けでピリピリ痛む太モモに水をかけながら、前後にパニアバックを付けた自転車のペダルを漕ぐ
リアシートに積んだ荷物のカバーネットに小さなペナントをさした125CCのバイクで、街道を走る
なんてことが、私にもあった。

本書には、私にもあった 交通公社の儲けにならないような〝旅〟のエッセイは載せられていない。
もっと大人で、もっと静かで、もっとお洒落で、そしてもっと思索的な〝旅〟の話。

半世紀も前に書かれたものだから、著者の〝旅〟に対する感覚や考えには古典的な行儀の良さを感じる。
ヒトのこと、ああこう言わんといて、という気にもさせる。

と 感じ、という気にさせられて、それでも最終ページまで読んだ。

でも、著者の言うような〝旅〟には共感したくない自分がいる・・・(^^;

本夕、読了。

今月末から、10連休を取得するヒトも多いだろう。
で、「混むのよねェ」とか、「ヒトの多いところはイヤ」とか、「GW期間は なんでも高いンだよなァ」と言いつつ、混む道路を走り、ヒトの多いところに出かけ、ハイシーズン価格の宿に泊まっては、「混んでるねェ」とか「ヒトが多くてイヤだねェ」とか「なんでも高いなァ」と言うヒトが多いに違いない。

誰に頼まれて〝旅〟に出るのではない。
混んでいるのがイヤなら、ヒトの多いのがイヤなら、なんでも高いのがイヤなら、家にいてだって楽しい時間を過ごす方法はいくらでもある。

であっても、道路が混んでいようが、ヒトが多かろうが、なんでも高かろうが、家から飛び出せッー!

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2019年4月 7日 (日)

絵鞆マリン倶楽部 安全祈願祭 とその前の釣り

絵鞆の船釣師の多くは、11月の中・下旬に船の冬仕舞いをし、4月の今頃から沖に出る支度を始める。
そろそろ沖に行く支度をする頃だということを、『絵鞆マリン倶楽部 安全祈願祭』の案内ハガキで気付くヒトも多いだろう。

私は、年中 竿を出しては、
「イねェ」
「バレた」
「食わねェ」
と、仕舞いも支度もないアホ釣師(^^;

19040701_1 日差しはなかったが・・・

19040702 パワーランチの頃には日が差した。

ランチメニューは、
・炊き込みご飯
・豚汁
・焼き芋
・焼きソバ
・ジンギスカン
 ジンギスカン鍋の上には、
 Sea Gaia船長から、シカ肉
 鷹Ⅳ世船長から、行者ニンニク
の差し入れ。

ご馳走様でした。

ところで、これに先立つ3時間ほど前、私は沖にいた。
2019040703 今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
ソウハチ海域。

日の出時は晴れわたっていたのだが、サカナが掛かり出した頃から雲が厚くなってきた。

広い範囲にソウハチが浮いている。
誘わなければ食わない。
誘わなければ食わないが、誘えば食う(^o^)

2019040704 これで納竿、上記行事に参加のため帰港。

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2019年4月 6日 (土)

冬山を歩く 12

北西風強く、我が小船では沖に出られない。
ってことで、山へ。

 登り:水元沢コース
 下り:冬コース

190406001 里は春を迎えた雰囲気だが、山はまだ冬。
600メートルまでは、湿って重く腐った雪。
それより上は、冬の雪。

沢を詰めて滑滝。
雪に埋もれていた滝が開いた。
流れが光る。

左手は、胸を雪面に付けて登らなければならないほどの急傾斜。
しかし、わずかな距離、等高線を3本上げて、谷から尾根に出る。

190406003 残高250メートル。
このあたりで雲の中に入る。
このあと、ホワイトアウト。
15メートル先の立ち木も確認できない。

190406004 室蘭岳山頂にて。

濃いガス、雲の中。

山頂寒暖計は、氷点下3℃。

西からの強風に乗って雪。
加えて、強風に樹氷が飛び散り体に音を立てて当たる。

樹氷って言うくらいだから氷。
顔面に当たると痛い(^^;

190406005 樹氷の枝をくぐって冬コースを下る。

ここにきて、やっと強風から逃れることができた。

190406006 雲の下に出たが、室蘭市内は煙っている。

190406007 日が差してきた。
が、すでに山を出る頃(^^;

山歩き時間5時間30分。
13992歩。

飲食なし。
Gpslog


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2019年4月 4日 (木)

『女性自衛官物語』を読む

職務において、危険がせまってきた時、指揮官の部下に発する命令が、
「危なァーい。 頭を下げて さがれッ!」
なのは警察。

Wac

こんな飯屋で読み始め。

女性自衛官のことを、
陸上は、WACWomen's Army Corps)と書いてワックと発音する。
同様に、
海上は、WAVEWomen Accepted for Volunteer Emergency Service)と書いてウェイブ。
航空は、WAFWomen of the Air Forces)と書いてワッフ。

副題が、『陸上自衛隊に入隊した18歳の奮闘記』。

身長151センチ、靴のサイズ21.5センチの少女が同期入隊120人と朝霞(あさか)駐屯地で3ヶ月間の前期訓練、その後、職種に従い各駐屯地に分かれての後期訓練を修了するまでの話。
著者の職種は会計課。
小平(こだいら)駐屯地に配属され、3ヶ月間の後期訓練に臨みWACとなる。

本夕、読了。

新入教育後は、いわゆるOJTn-the-ob-raining)によってヒトを育てる多くの企業と違い、自衛隊はOJTに頼らない。
全て、隊内学校での教育。

自衛隊法 第五十七条は、上官の命令に服従する義務。

属人的教育のOJT では、命令を忠実・統一的に履行する隊員を育成するのは難しいと思う。
上官の命令に服従できる隊員を作るには、集合教育しかないのだろう。

自衛隊の行進の第一歩は左足から。
休憩も命令による。
「休めッ!」

ホントかウソか。
危険がせまってきた時、指揮官の部下に対する命令が、
「危なァーい。 頭を下げて駆け足で前へ!」
なのは自衛隊なんだと。

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2019年3月30日 (土)

シッシッの仕草で、「アッチに行け!」

快晴の空。
夜明け前。
放射冷却で冷えたマリーナ桟橋付近の海面に薄氷。

今日の日の出は5時23分。
5時10分、出航。

良ナギ。

19033001_1
恵山岬をかわし・・・

19033002
こんな風景の見える海域で出竿。

正面は恵山。
右に見える艇はSeaDragon
あの艇に誘導されて、ここに来た。
サンクス。

我が艇、ドテラ流し(風のまま、潮のまま)。
ダラダラと流れていくと、アンカーを打って竿をシャクっている和船のオジさんに、シッシッの仕草で、
「アッチに行け!」

アッチに行くと、やはりアンカーを打った職漁船が、自動シャクリ。

再びダラダラと流れていくと、アンカーを打って竿をシャクっている さっきと違う和船のオジさんに、シッシッの仕草で、
「アッチに行け!」

19033003

シッシッをされるので、アッチだけでなく、コッチやソッチにも行って、ようやくサカナの顔。

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2019年3月24日 (日)

釣りにならない海況だから、釣りにならず(^^;

昨日のこと。

一昨日夕の海況予報は悪かった。

が、昨日朝は風穏やか。
海上係留の大型艇は桟橋を離れ、沖に出た様子。

マリーナの開業を待ち、給油。
8時40分、出航。

20190323_1今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

この海域に至った頃は、すでに西風がおりてきて白波(^^;
釣りにならない海況。

釣りにならない海況だが、釣りをする。
が、釣りにならない海況だから、釣りにならず(^^;

正午、沖上がり。

ボーズ(^^;

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2019年3月17日 (日)

アタリが遠い(^^;

朝いち、野暮用あって、出航は7時30分。

胆振海区のサクラマスライセンスの有効期間は15日まで。
なので、日の出から正午までの出竿時間も、一昨日から制限なし。

20190317【画像:上】
雪代が入り、きつい濁り。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

背中側には底引き船団。
恵山沖で操業し、ひと網で2000本のマスをすくったと聞いたが、漁場を変えたようだ。

春の日差し。

【画像:下】
アタリが遠い(^^;

小さいのが1尾のみ。

ライセンス制限はないのだが、正午、海域離脱。

帰航は沖根経由。
根は不釣(^^;

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2019年3月14日 (木)

『【大珍説】』を読む

副題は、
『嘘のようなホント?の話
  例えば、「雨上がりの商談はうまくいく」』。

 

Strange_theory_2こんな喫茶店で読み始め。

〝珍説〟の頭に〝大〟が付く。
だから、
・古代人は空を飛べた
・アメリカは中国人が発見した
みたいな根拠のない〝珍説〟満載。

そういう類の読み捨て本。
まァ、私のような者には丁度いいのかも。

本夕、読了。

錬金術や永久機関は、科学知識が進んで、それが原理的に否定されるまでは珍説ではなかった。
大陸移動説が珍説でなくなったのは1960年頃になってから。
飲むと体力を消耗するからと運動中に水を飲まない練習法が珍説になったのは'70年頃。
ピッチャーの肩・ひじを温める回復法が珍説となりアイシングに替わったのもその頃。
各国間にある領土問題は、珍説の応酬に見えるが、真剣さは それこそ国家レベル。

掛かるのが分かれば、もう竿を出さなくても十分だと私は思う。
それを負け惜しみと言うヒトもいるけれど、実は私もそう思う(^^;
と、評価を正面から受け止めれば、珍説・異説・奇説・妄説・怪説を唱えていても当の本人はちっとも気にならない・・・

って、珍説(^^;

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2019年3月10日 (日)

少し体を冷やして血のめぐりを増やそうか・・・

先の日曜日の船置きヤード。

隣艇のベテラン、かつ優れた釣技を持つ船長が、
「こんな年はなかった。 始めてだ」

サクラマスの話。
今シーズン、胆振沖太平洋では、定数(10尾)釣りは当たり前のマスの濃さ。
その濃さが、「こんな年はなかった。 始めてだ」という話。
が、私の竿には、その濃さの恵みがこない(^^;

今日の早朝は吹く予報。
であれば、山のてっぺんで、少し体を冷やして血のめぐりを増やそうか・・・(^^;

と思っていたのだが、ダメ元で、昨夕、船を下架・係留した。

明けて、今日。
少し体を冷やして血のめぐりを増やそうか・・・を洋上で行うことに。
沖へ。

今日の日の出は、5時58分。
5時50分、出航。

2018031001_2【画像:上】
雪代が入り、濁りがきつい。

スケソウは掛かるが、マスのアタリは遠い。

今日のボーズを覚悟した頃、
エルムⅤから入感。
マス海域へ誘導していただく。

サンクス、エルムⅤ船長。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

春の日差しが降り注ぐが、船を押す風。
シーアンカーを入れて、毛鈎を泳がせる。

【画像:下】
下品な釣果をあげられない私の釣り(^^;

釣果上品。
2尾。

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2019年3月 8日 (金)

『軍艦開発物語』を読む

副題は、「造船官が語る秘められたプロセス」。

ここで言う〝造船官〟とは、船の研究・調査・開発・設計・建造に関わった帝国海軍々人のこと。
身分は軍人だが、実体はエンジニア。

造船官で最も有名なのは、平賀譲(ひらが ゆずる)で、彼のことは、以前に記事にした。

また、〝秘められたプロセス〟とは、モノ造りのブレークスルー。

 

Shiping_2こんな喫茶店で読み始め。

本書は、
 ・強く
 ・速く
 ・航続距離の長い
戦艦・空母・駆逐艦・輸送艦・潜水艦を、
 ・短期間で
造船することを仕事にした8人の造船官によって書かれている。

帝国の艦艇は、初期は英国からの輸入。
のち、先進諸外国から技術を導入、自力で建造を始める。

じき、先進造船国の上を行く艦艇を建造できる力が付いたつもりになるのだが、それは思い上がり、幻想だったことが分かる。
日米開戦6年前。
波に もまれて船体が変形したり折れたりの事故が発生。
その対策をほどこすと、先進造船国の上を行く艦艇だったはずが ごく平凡な艦となってしまった。

技術とは、そういうものなのだろう。

本夕、読了。

本書を読む随分以前に、
『造艦テクノロジーの戦い』(副題:科学技術の頂点に立った連合艦隊軍艦物語)
と、
『軍艦メカ開発物語』(副題:海軍技術かく戦えり)
を読了済み。

最終的に作り上げるものは軍艦なのだが、上記2冊も含めて書かれているのは技術者の頭の使い方。

ヒトの頭の中は国を問わず人種を問わず同じ。
日本人が特別に頭の使い方がうまいわけでなく、だから日本にだけ技術のブレークスルーが起こるわけもない。

夢を追わずして、夢を得ることはできない。
しかし、技術を追い、技術を得たのは日本人のみではなかったという技術の歴史。

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2019年3月 3日 (日)

これでいいってことに

昨日は吹いたが、今朝は穏やか。

今日の日の出は、6時09分。
5時45分、出航。

東の空、水平線近くはどんより。
直径の2つ分近く昇ったところで、太陽の姿が見えた。

19030301【画像:上】
沖からオカにレンズを向けているのだが、PM2.5のせいなのか何なのか。
オカは見えず。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
マス海域。

誘導してくれたのは、奥の白い艇
サンクス、SeaDragon。

【画像:下】
定数(10尾)に届かなかったのは、我が艇だけだったらしい(^o^)

5釣行連続定数だとか、マス釣りはもう飽きたとか、船置きヤードでの会話。

話に参加できない・・・(^^;

魚信を得た直近 最後の釣行日は、1月14日。
久しぶりの魚信(^o^)

カタは悪くない(^o^)
これでいいってことに。

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2019年3月 2日 (土)

『マンガと「戦争」』を読む

戦後日本のマンガは手塚治虫から。
その手塚マンガと対比させながら、手塚以降のマンガが語られる。

 

Comicwarこんな飯屋で読み始め。

著者の夏目房之介自身もマンガ家。
マンガ評論家でもある。

著者が対比のベースとするのは、手塚マンガのSF性、架空性。
また、手塚自身の戦争観、倫理観。

手塚マンガをベースとして話が進むので、本書の初めのほうは『サブマリン707』や『紫電改のタカ』など、50年以上も前に発表されたマンガが評論の対象となる。
が、それらを読んだことがないヒトでも、どころか手塚マンガを読んだことのないヒトでも、書かれていることを困難なく理解できるだろう。

著者の思考フローや話の進め方に強引さや複雑さや乱れはなく、読みにくさはない。

本夕、読了。

著者はこんな言葉を使う。

 ・何か
 ・誤解を恐れずに言えば
 ・単純化を恐れずに言えば
 ・いかにも
 ・戦後マンガが手塚以来抱えていた

これらはズルイ言葉。
真剣な話の中では、使ってほしくない。
著者は大いに〝照れ〟ているのだと思う。
〝照れ〟ずに こんな言葉を1冊に5つも使えない。

これらの言葉を使えば、
〝誤解を恐れず〟に、そして
〝単純化を恐れずに言えば〟、
〝いかにも〟現実に起こりそうな近未来世界を舞台にして、見事に
〝戦後マンガが手塚以来抱えていた〟
〝何か〟
から解放された
 ・手塚のSF性と対比した大友克洋のSF性
 ・手塚の架空性と対比した小沢さとるの架空性
 ・手塚の戦争観と対比した水木しげるの戦争観
 ・手塚の倫理観と対比した宮崎駿の倫理観
の評論を進めることは難しいことではない(^^;

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2019年2月24日 (日)

冬山を歩く 11

好天。
南寄りの風。
春をよぶ風だが、それが強く、我が小船では沖に出られない。

山へ。

 登り:西尾根コース
 下り:水元沢コース

01【画像:1枚目】
ペトトル川の源流をひとまたぎ後、登りに取り掛かる。

【画像:2枚目】
雪は締まって堅く、歩きやすい。

西尾根825メートルピークより望む山頂。

02

【画像:3枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は氷点下3℃。

強風。

【画像:4枚目】
水元沢コースへ至る広い斜面に立つ孤立木。

この斜面、夏はヒトの背丈を超えるササで視界が閉ざされる。
雪に埋もれた今、そのササは靴底の下。

トレース(足跡)無し。

03_2

【画像:5枚目】
倒木のアーチは、水元沢コースの重要ランドマーク。

向こうへ しばらく進んで、急斜面を下りて沢に出る。

見上げると、樹間に青空。

冬の静寂。

【画像:6枚目】
鷲別川を渡渉する。

この先、ひとまたぎでかわす小さな流れがある。
そこで下り斜面は終わり、登り返して200メートル高度を稼ぐ。

山歩き時間5時間00分。
16709歩。

飲食なし。

Gpslpg

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2019年2月20日 (水)

『本願寺はなぜ東西に分裂したのか』を読む

神社。
信徒は氏子(うじこ)。

寺。
信徒は檀家(だんか)。

檀家と呼ばずに、門徒(もんと)と呼ぶ寺がある。
真宗と浄土真宗の寺。
北海道に多い寺だ。(注1)

京都駅で新幹線を降りたら、駅構内を横断して京都駅の表口に相当する中央口から出る。
5分も上ル(あがる:北上する)ことなく大きな寺の境内に行き着く。
そこが、真宗(大谷派)の本山、東本願寺(お東:おひがし)、門徒の寺。

そこで90度左に向きを変え、西に入ル(いる:進む)こと、せいぜい5分で、やはり大きな寺の境内に行き着く。
そこが、浄土真宗(本願寺派)の本山、西本願寺(お西:おにし)、門徒の寺。

 

Honganjiこんな喫茶店で読み始め。

浄土真宗の宗祖は法然を師とする親鸞。
親鸞没後300年。
親鸞から数えて十代のちの十一世宗主の顕如(けんにょ)の頃、16世紀後半。
戦国時代。
門徒の武装力は、戦国大名並みにまで大きくなっている。

実際、顕如らは、織田信長に対して一歩も引かない抗争を10年以上も続けている。
本願寺が石山にあった時代で、本書の始まりもここから。(注2)

その後、
・雜賀(さいが:和歌山市)の鷺森(さぎのもり)
・和泉の貝塚(大阪府貝塚市)
・大坂中島天満(てんま:大阪市北区)
と移り(移らされ)、現在地の京都へ。

本願寺が東と西に分かれていく過程は、信長・秀吉・家康らが天下人を目指す争いと強く関係する。
裏付け資料の紹介が丹念で信頼性のある考証が続くのだが、私の知識ではついていけない(^^;

大変に読みづらい。
辞書必須。
近畿地方の地図必須。

本夕、読了。

京都の歴史は深い。
その深さの中で、建立が16世紀の終わりから17世紀初頭にかけての東本願寺・西本願寺は つい最近の寺院。
だから、観光者として京都を歩くヒトの ほとんどは東本願寺・西本願寺をスルーする。

しかし、実は まだ若く枯れ切っていないからこそ、20世紀、21世紀の現在の本願寺には大変に興味深いものがある。
それが整理された形で書かれるのは、300年後なのだろうが・・・


(注1)

寺の数だけでいうと、北海道で最も多いのは、真宗(東本願寺)。
次が曹洞宗。
その次が浄土真宗(西本願寺)で、その次に日連宗と続く。

北海道の寺は、入植者の出身地の菩提寺とリンクしているはず。
入植者の多くは東北・北陸の出。
そこでは、上記の宗派の信徒が多かったのだろう。
 
新十津川は奈良県からの入植者によって開かれている。
新十津川に、曹洞宗、日蓮宗の寺はない。
真宗3寺、浄土真宗1寺、そして真言宗の寺が2寺。
母村である奈良十津川村の歴史は面白そうだ。

伊達家の菩提寺は臨済宗。
しかし、伊達市内に臨済宗の寺はない。

これらについて、私なりの歴史観がないわけではないが、政治だとか思想だとか宗教だとかということを語るのは拙ブログの芸風ではない(^^;

(注2)
大阪城公園内。
大阪城天守から南へ5、6分。
1辺15センチばかりの石の角柱がたつ。
高さ1メートルちょっと。
この石柱の前に立ち止まる人は ごく少ない。

しかし、本願寺を語るのに ここは知っておかねばならない地。
石柱に彫られている文字は、『石山本願寺推定地』。

門徒らが信長との抗争の拠点としたところで、顕如の時代になって、ここから本願寺が東と西に分かれていく。

〝石山〟とは大阪市中央区の旧地名。
すでに江戸期には、その名称は消えていたようだ。

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2019年2月17日 (日)

冬山を歩く 10

1月3日が、直近最後の山歩き。
体がすっかりナマった。

冬の山の強風にさらされ、ナマった体を目覚めさせたい。

 登り:冬コース
 下り:夏道コース

19021701【画像:1枚目】
冬コースの雪は締まって沈まない。

樹林帯を抜けると、左から強風。
雪が舞い、体に当たる。
ジャケットのフードをかぶり、風に耐える。

小さな犬。
しかし、ついに、彼(女)らに、追いつけず、差は広がるばかり。

負荷を増やすためにザックに入れていた4リットルの水を、早々に捨てた(^^;

【画像:2枚目】
室蘭岳山頂にて。

里はプラスの気温。
山頂寒暖計は氷点下9℃。

19021706【画像:3枚目】
雪化粧のダケカンバの樹列に沿って、夏道に入る。

この山で一番使うヒトの多いコースだが、トレース(足跡)なし。
こちらは沈む雪。
大変に歩きづらい。

後ろからヒトの声が聞こえる。
が、振り返っても人影見えず。

再び、声。
振り返る。
人影見えず。

三度(みたび)、声。
振り返る。
人影見えず。

木に強風が当たって、ヒトの話声のように聞こえるのだ。
と、解釈したが、私の頭が変調していたのかも。

【画像:4枚目】
ヒュッテが見える頃、日が見えてきた。
下りてから、空が明るくなる。
山歩きでは、よくあること(^^;

山歩き時間2時間40分。
10265歩。

飲食なし。

さて、ナマった体が目覚めたか。
いや、まだまだ(^^;

Gpslog

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2019年2月11日 (月)

『マタギ』を読む

『漫画アクション』は第1・第3火曜日の月2回の刊行だが、創刊の'67年から'03年までは週刊だった。
この週刊時代の『漫画アクション』に、'73年10月から'75年3月まで連載されていたのが『マタギ』。
作者は矢口高雄。

30年ほど前に愛蔵版が出版されているが、重版の発行はなく すでに絶版。
今となっては 『マタギ』を読むのは難しい。
ところが、一昨年、山と渓谷社から文庫版で発行された。

Matagi_2こんな喫茶店で読み始め。

マタギたちが、単発のシロビレ(鉄砲)を背負いイタズ(ツキノワグマ)を追う。

猟場は、秋田県、奥羽山脈。
猟期は、山に雪が降る頃。
イタズがそろそろ穴にこもる頃。
あるいは冬を越して、山にベコノシタ(ミズバショウ)が芽吹く頃。
イタズが穴から出てくる頃。

マンガ。
マンガだから 許される表現がある。
その許される表現をマンガというのだ、と言えば、それまで。

マンガだから できる表現がある。

本夕、読了。

札幌の紀伊國屋やジュンク堂には山と渓谷社からの出版本をまとめた書架があるのだが、本書に限って いつも欠品。
Amazonからの入手かなァと思っていたが、室蘭市内のTSUTAYAにあった。

都会の本屋に『マタギ』がない。
本屋のマンガ本の書架の前に、子供たちがいない。
沖には若い釣師がいない。

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我が心も結氷(^^;

沖にも山にも行かない週末が続いた。

1月14日が、直近 最後の釣行。
1月3日が、直近 最後の山歩き。
すっかりナマった体に山の冷気を浴びせ、心拍数を上げ汗をかくべき頃だ・・・

が、強かった北西風が今朝は穏やか。
てことで、ナマった体の作り直しは あと回し。

マリーナのクレーンの稼動を待ち、8時、出航。

190211【画像:上】
寒い日が続き、室蘭港も波のない海域では結氷。

【画像:下】
地球岬を左手 正横に見るまで、あと数分というところで・・・

ン、船尾に違和感。
しばしの漂流ののち、帰港。

一投もできず。

港が結氷。
我が心も結氷(^^;

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2019年2月 9日 (土)

『歴史から消された兵士の記録』を読む

やってみせ
言って聞かせて
させてみせ
ほめてやらねば
人は動かじ(注)

以上は、帝国海軍トップだった山本五十六の言葉だと伝えられている。

彼は、前線基地の視察を目的にソロモン諸島を空路移動中、米軍機に襲撃されて死亡する。

その山本五十六戦死の報に触れたとき、
「ざまァ見やがれ」
「バカ野郎」
と言った帝国海軍々人たちがいたという。

言ったのは、沈められるために出て行くのと同然の命令を繰り返し実行させられていた輸送艦隊員とその護衛艦隊員だったことを、著者は取材から得ている。

「ざまァ見やがれ」 と言った者らの気持ちとしては、
山本五十六は、
 一度も、戦場で指揮を執ろうとしなかった
 ヒトに〝させて〟も、
 自分で〝やってみせ〟たことがない
そんな「バカ野郎」だから、「ざまァ見やがれ」な死をとげるのだ、ということなのだろう。

山本五十六を英雄とするヒトがいる。
山本五十六を悲劇の提督とするヒトがいる。
山本五十六をバカ野郎というヒトがいる。
歴史に残る者でなければ、
英雄とも
悲劇の提督とも
バカ野郎とも
言われはしない。

 

Recordこんな喫茶店で読み始め。

副題が、「無名戦士が語る最前線の実相」。

〝無名〟とひとくくりにされた兵士たちが、血を流す。
死ぬ。

歴史に残るヒトは極めて まれ。
ほとんど全てのヒトは、歴史の中のその他大勢。
〝無名〟、〝その他大勢〟の側に我々はいる。

本書は、
 イヤならやめる
 イヤなら逃げる
ということには絶対にならない、〝させられ〟、〝動かされた〟兵士たちの話。

〝無名〟、〝その他大勢〟は、
〝歴史から消される〟のではなく、〝歴史に残らない〟だけ。

〝歴史から消えてゆく〟兵士らの話。

本夕、読了。

(注)
ここまでは有名。
続きがある。

話し合い
耳を傾け
承認し
任せてやらねば
人は育たず。
やっている
姿を感謝で見守って
信頼せねば
人は実らず。

スローガンでヒトが動くかというと、そんな単純なものではない。
かと思えば、スローガンでヒトは動く。
スローガンでヒトを死に至らすこともある。

ヒトは言葉を持つ。
言葉を持ったヒトというのは、難しいイキモノだ(^^;

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2019年2月 3日 (日)

『USAカニバケツ』を読む

書いたのは、週刊文春に連載中の『言霊USA』の著者。
弊ブログでも、このヒトの著書を記事 ( 『マリファナも銃もバカもOKの国』を読む) にしたことがある。

副題は、『超大国の三面記事的真実』。

米国のあれやこれやを書いたもの。
著者の滞米期間が7年となる頃、20世紀の終わりから21世紀初頭の米国を書いている。

 

Usa_2こんな喫茶店で読み始め。

This is very, very, American.
(実にまさにアメリカ的だ。)
というフレーズが出てくる。

ホワイトトラッシュ(プアホワイト:貧乏白人)
ドラッグ
教会
音楽
ギャンブル
映画
雑誌
犯罪
プロスポーツ
等々・・・

〝very, very, American〟を本著者は、
〝何もかも派手で、バカでかくて、実は全部にせもので、裏側はカラッポ〟
と訳す。

本夕、読了。

ダメな環境から逃れられず、ダメな環境に居続けなければならない者が多いのは、別に米国に限らない。
こんな環境を〝カニバケツ〟と表現するようだ。(注)

〝カニバケツ〟では、〝足の引っ張り合い〟、〝出る杭は打たれる〟が行われているらしい。

(注)
〝カニバケツ〟という日本語はない(と思う)。

〝カニバケツ:crab bucket〟は米語。

以下は、 Urban Dictionary(米国人が運営している俗語辞書サイト)からの抜粋。

A crab bucket is what it is: crabs in a bucket.
When a single crab is put into a lidless bucket, they surely can and will escape.
However, when more than one share a bucket, none can get out.
If one crab elevates themself above all, the others will grab this crab and drag'em back down to share the mutual fate of the rest of the group. 

 

〝カニバケツ〟とは、バケツの中のカニのことをいう。
フタのないバケツに1匹だけ入れられたカニなら、確実に逃げることができるし、逃げることだろう。
しかし、バケツの中に何匹も入れられた場合は、1匹も逃げ出すことができない。
1匹のカニが他のカニの上に乗り上がろうとすると、ほかのカニがこのカニを引きずり下ろし全部のカニが同じ運命を共有することになるのだ。

〝カニバケツ〟とは、
足の引っ張り合い
出る杭は打たれる
キジも鳴かずば撃たれまい
みたいなことの比喩のようだ。

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2019年1月30日 (水)

『ミョ~な?疑問!』を読む

日本の学生は、教師に「それはなぜだ(Why?)」と質問するという。
米国の学生は、教師に「それは何だ(What?)」と質問するのだと。
日本と米国の両方の大学で教えた日本人が、そのことをテーマに書いた本を読んだことがある。
本書には、そんな面倒くさい話はない。

 

Questionこんな喫茶店で読み始め。

副題が『バカバカしいけど、やけに気になる』。

〝やけに〟気になるというほどではない。
が、〝バカバカしい〟と投げ捨てていられるほど〝バカバカ〟しい〝疑問〟ばかりが書かれているわけでもない。

例えば、こんな疑問。
○真冬に温泉につかるサルがいる。 
  彼(女)らは湯冷めしないのか?

○〝私立探偵〟という職業がある。
  ならば、〝公立探偵〟という職業はあるのか?

○警察犬。
  彼(女)らはいつどこで用を足すのか?

○選挙。
  誰も立候補しなければ、どうなるのか?

これらの疑問に対するアンサーは、ネットで簡単に拾える。
そうやってネット検索で答えを見つける作業よりも はるかに難しいのは、〝疑問〟そのものを持つことだろう。
〝疑問〟を持つことは、高度に知的な頭の使い方だ。

上記の例はだれもが抱く疑問。
本書内には、こんな程度ではない発想の奇抜さ・ユニークさが尖った「よくぞそんな〝疑問〟を持つに至ったものだ」と感じさせる〝疑問〟が たくさん載せられている。

〝答え〟は載せられているが、それを読む本ではない。
〝疑問〟を持つに至った頭の使い方を読む本だろう。

といっても、本書は読み捨て本。

本夕、読了。

反応が見えているのに、食わない。
ガツガツ食ってきていたのに、突然アタリが止まる。
かと思うと、まだ飲み終えることができず、口からベイトがあふれているのに、ジグに掛かってくるのもいる。

ここで、
「なぜなんだろう?(Why?)」
「なにが起こっているんだろう?(What?)」
と疑問を持てば、オイラ、知的な頭の使い方をしていることになり、そのあとの展開が広がる(ような気がする)。

が、オイラの頭の使い方は、
〝サカナにはサカナの事情がある〟で止まっている(^^;

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2019年1月26日 (土)

『素晴らしき自転車旅行』を読む

自転車は大変に効率のいい乗り物。

以下は、無風で車の通行がないという条件。
平坦舗装路なら、30キロを8時間で歩けるという、ごく普通の脚の持ち主の場合。
そのヒトがママチャリに乗れば、30キロの走破に2時間を要さないだろう。
細くて空気圧の高いタイヤを履いたロードバイクなら1時間。

 

Bicyclejpg_2こんな喫茶店で読み始め。

このテーブルの向こうに据えられているのは、JBLのスピーカー、DD66000。
鳴っているのは、キース・ジャレットのピアノ。

最高の席に座らせてもらった(^o^)

左手の大きな窓の外は、荒れる冬の海。
強い西日。

副題が、「サイクルツーリングのすすめ」。

自転車は、いいよォって話。
自転車旅ともなると、スゲぇーいいよォって話。

そう、自転車は、いい。
自転車旅ともなると、スゲぇーいいのだ(^o^)

本夕、読了。

弊ブログでも、

船長、R36を走る で、
・東室蘭駅から札幌駅までをJR輪行
・36号線始点から終点まで自転車

船長の夏休み で、
・東室蘭駅から国縫駅までJR輪行
・国縫駅から大成町まで、渡島半島の峠越え横断を自転車で
・太田山神社まで登山
・瀬棚から長万部駅までをバス輪行
・長万部駅から東室蘭駅までをJR輪行

ニセコを登る III で、
・五色温泉まで自転車を車載輪行
・五色温泉に自転車をデポ
・湯本温泉に車を回し、そこに車をデポ
・チセヌプリ・ニトヌプリ・イワオヌプリと縦走
・五色温泉から湯本温泉の車のデポ地点まで自転車で戻る

上白滝駅にて で、
・東室蘭駅から旭川駅までをJR輪行
・旭川から上川まで自転車
・翌日、上川駅から上白滝駅までJR輪行
・上白滝駅から奥白滝信号場まで自転車で登り返したのち、遠軽まで自転車
・遠軽駅から東室蘭駅までJR輪行

羊蹄を歩く 2の1 登り編 京極コース で、
・喜茂別まで自転車を車載輪行
・喜茂別に自転車をデポ
・京極に車を回し、そこに車をデポ
・羊蹄山登頂
・翌日、喜茂別に下りて、京極の車のデポ地点まで自転車で戻る

今夜のお宿はどこかいな(^o^) で、
・JR輪行の様子

を記事にした。

また、
北舟岡駅にて では、
・茨城からのサイクルツーリストとの出会い

を記事にさせてもらった。

本書は、窓から雪が見える頃に読むべき本。

でないと・・・
自転車を輪行袋に入れて、明日にでもJRの改札口に向かってしまう自分がここにいる(^^;

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2019年1月24日 (木)

『珍品堂主人』を読む

著者は井伏鱒二。
〝珍品堂〟とは骨董商の屋号。

骨董を通じて目をかけられた資産家に引き立てられ、高級料亭の支配人となる。
やがて、そこを追われ、また骨董の世界に戻る男が主人公。

 

Masujiibuseこんな喫茶店で読み始め。

主人公にはモデルがいるようで、北大路魯山人に請われて料亭星ヶ岡茶寮(ほしがおかさりょう)を切り盛りした秦秀雄(はた ひでお)。

本書には、骨董商人としてよりも、料亭支配人としての主人公の記述が多い。
秦秀雄は北大路魯山人と並ぶ鋭い味覚の持ち主であるとともに、ヒトをもてなす技を持っていたヒトだったよう。
本書内にも、下げられた器の中を見て、料亭客が何を好み何を好まないかをカードに整理し、次回以降の来訪に備える気のつかい方が表現されている。

著者の井伏鱒二も旧家の息子で、食にも骨董にも強い人物だったが、主人公の力を描き切れるほどの舌・目を持っているわけではない。
だから、主人公の、
・皿・器の調達
・接客女中の採用
・味噌・ネギの購入先への訪問
などの記述に、著者の苦労が読み取れる。

本夕、読了。

骨董品がホンモノかニセモノか。
ホンモノなら、どれほどの値が付くのか。

本書巻末の白洲正子のエッセイ「珍品堂主人 秦秀雄」に、骨董品の値踏みを生業とした秦秀雄の素顔が描かれている。
オンナに目がなく、手も早い。

美しいモノをカネで評価できるのが、資本主義経済の便利さ。
美しいモノをカネで評価するのが、資本主義経済の悲しさ。

悲しさを知る者が、一流の骨董屋、オンナたらしになれるのならば話は美しい。
が、ニセモノと知っていながら、それを売りさばくみたいな汚い商売も彼はした。

ただし、オンナに使うカネはすこぶるキレイ。
〝これは〟と感じ入った骨董には、工面してカネをつくり自分のものにする。

美しいモノには、〝惜しみなく〟カネを使う主人公の生き方が見事。

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2019年1月18日 (金)

『画像診断』を読む

副題が、『病気を目で見る』。

 

Photoこんな喫茶店で読み始め。

X線、超音波、CT、MRIなど、体の中を見る技術の話。

体をグルリと透過して得た大量の点・点・点・・・のデータから画像を作る。
ンなことは、コンピュータがやってくれるンだろう、なんぞと考えているようでは軽すぎる。

体の中を見る目的は、病気の発見と診断。
病気か健全か、悪性か良性かを見分けられなければならない。
そのための造影技術。
病んでいるのに健康と診断してはいけない。
健康なのに病んでいると診断してもいけない。
そのための読影技術。

そして、それが治療につながらなくてはならない。
治療は医学によるのだが、その源は経験・化学・物理・数学・工学・・・

本夕、読了。

放射線を扱うことを職業としている人がいる。
重工企業のある室蘭市なら、非破壊検査(放射線透過試験)技術者。
福島第一原発の廃炉作業者もそうだ。
そういう人たちを放射線障害から守るための規則がある。
「電離放射線障害防止規則」がそれ。
もとになっているのは「労働安全衛生法」。
それによれば、被曝線量の許容上限値は、
 ・1年間で50ミリシーベルト(mSv)
 ・5年間の累積で100ミリシーベルト(mSv)

この値は十分な余裕を見ているようで、人命救助などの緊急時対応の際はこの何倍もの被曝を許している。

体の中を見る診療放射線技師。
『病気を目で見る』ための影をとらえる人たちも、「電離放射線障害防止規則」で守られる。

『病気を目で見』てもらう我々の側は、「電離放射線障害防止規則」の外。

胸のエックス線撮影、1回の撮影での我々の被曝線量は0.06ミリシーベルト。
バカがますます進行中のオイラの頭部エックス線CT。
1回の撮影での被曝線量は、10ミリシーベルト。
胸部エックス線撮影の100倍以上の線量だが、そう毎度毎度 頭の中を見ることはないし、上記の規則に照らせば十分にゆるやか。
ということなのだろう。

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2019年1月16日 (水)

今年も自家製タラコ

11時頃になると胆振海区の110メートル付近海域には底曳き漁船が現れ、正午になると網を入れる。
獲るのはスケトウ。

190116サクラマスを狙って出している私の竿にも掛かる。
この海域のスケトウはデカく、メスが多い。
抱卵魚も多い。

で、今年も自家製タラコ(^o^)

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2019年1月14日 (月)

大変お世話になりました

6時30分、出航。

昨日は、南東の水平線から昇る太陽を、地球岬をかわしイタンキ沖を針路45度で航海中のKON-chan号から見た。

今日も、南東の水平線から昇る太陽を、地球岬をかわしイタンキ沖を針路45度で航海中のKON-chan号から見る。

190114【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

今日もサクラマス海域。

【画像:下】
水面下1メートルくらい。
あるいは、水面下50センチくらいか。
いや、もっと浅い。
水面下30センチくらい。
サクラマスが泳いでいるのを見る。
今日もマスからの魚信を得られそうだ・・・

昨日同様、今日もスケソウは掛かる。
が、昨日掛かったソウハチ、今日は掛からない。

そして、魚信を得られそうな気分にさせたサクラマス。
これが掛からない(^^;

ライセンス時刻の正午まで、残り1時間。

シーアンカーを回収、潮のぼりしようと・・・
クラッチが入らず(^^;

SeaDragonご夫妻には大変お世話になりました。
どうもありがとうございました。

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2019年1月13日 (日)

こんなに掛けてどうしよう(^o^)

晴夜だったので、放射冷却で冷えた朝となった。

南東の空、明けの明星、金星。
その斜め左下、木星。
金星の真下、サソリの心臓、アンタレス。
それらが、白み始めた空に溶けてゆく。

日出は7時03分。
6時30分、出航。

19011301【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

今日もサクラマス海域。

工場の排蒸気が、真っ直ぐ上がっているように見える。
予報も穏やか。

しかし、サクラマス海域には北東からウネリ。
そのウネリの頭が20波に1波くらいの割合で白く砕ける。

立っていられない(^^;

【画像:下】
私、〝釣ない釣師〟、〝上品釣師〟と自称しているが、その意味するところは〝釣ない釣師〟(^^;

ライセンス海域内のさくらます釣獲制限は10尾。
だが、私の気分は、マスが、
 1尾も掛からなくとも、まァ、そんなもンでしょう(^^;
 1尾掛かれば、ホッ(^o^)
 2尾掛かれば、納得(^o^)
 3尾掛かれば、満足(^o^)
 4尾掛かれば、十分(^o^)
 5尾以上掛かれば、こんなに掛けてどうしよう(^o^)

十分以上。
こんなに掛けてどうしよう(^o^)

画像の外に、
スケトウ30尾。
ソウハチ12枚

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2019年1月12日 (土)

さァ、行こう

朝の来ない夜はない
だから、
ナギの来ないシケはない
とも言えるけれど、
夜の来ない朝はない
シケの来ないナギはない
のも確か。
この正月休み、カレンダー通り勤務者には意地悪な天候だった。

しかし、今朝。
シケていた海がナギ、暗かった空に陽の色が見えてきた(^o^)

南東の空。
明けの明星。

この季節のナギは貴重。
さァ、行こう。

ってところだが、朝いち野暮用あって、出航は8時15分。

190112【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

サクラマス海域。

地球岬をかわすまでは、ウサギが跳ねる海況。
そこを16ノットで通過のちは、20ノット、22ノット、24ノットと増速。

出竿海域到着は10時近かった。

【画像:下】
帰港後に聞いた話。
今日はマスの食いが良く、定量者多数だったと・・・

我が艇。
ちょっと沈めるとソウハチ。
で、思いっきり沈めるとスケソかと思いきや、ソウハチ。

が、マスのアタリ4回。

上品な釣りが、私の身上かつ信条かつ心情。
2尾取りこぼし(^^;

下のマス、掛かったあとは食い上げ。
ラインの高速巻き取りで対応。
で、水面で大跳ね。

まだリングが水面上にあるタモに自分で入った(^o^)

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2019年1月 6日 (日)

『大空への挑戦』を読む

風に旗がたなびく。
風が吹き下りてきて竿が鳴る。

 

Karmansvortex190106【画像:上】
たなびくのも鳴るのも、風がウズを巻いて通るのが理由。

そんな現象を地球規模で見ることがある。

今日(14時07分)の気象衛星ひまわりの観測画像。

赤線で囲った左上すみが屋久島(1935メートル)。
そこから北北西の季節風に吹かれて、南南東にウズ状の雲が並ぶ。

黄線で囲った左上すみが八丈島(954メートル)。
そこから北北西の季節風に吹かれて、南南東にウズ状の雲が並ぶ。

【画像:下】
北北西を左に
南南東を右に
して、大雑把に描くと・・・

左の斜線を入れた丸が屋久島、あるいは八丈島。
風は左から右。
ンで、こんな感じに雲が見えないだろうか。

ウズとウズの間隔bを1とすると、
ウズとウズの幅aは0.28くらい。
ウズの列が安定すると、この値になる。

これが実験的に求められたのではなく、数学的に求められたということにヒトの知性のスゴサを感じる。

 

Von_krmanこんな喫茶店で読み始め。

上記を解析したのがセオドア・フォン・カルマン(1881年-1963年 ハンガリーのヒト)なので、カルマン渦(カルマンうず)と呼ぶ。

本書は、カルマンのメモ・口述を科学ライターが自伝の形にまとめたもの。

日本語の表題は安っぽいが、原著名は,〝The Wind and BEYOND (風、その先)〟。

読み始めたのは雪の降る前。
その100ページほどまで読み進んだところで放り投げていたのだが、この正月休みに一気読み。

本夕、読了。

原著はもっと大冊。
本書は、原著の後ろのほう数章を割愛して翻訳されたもの。
それでもなお、2段組で600ページ。

私が読み通せたのは、数字・数式が全くないから。

カルマンの1930年以降の研究拠点は米国。
本書に書かれている大部分は米国での活動のこと。

米国に渡るその前、1928年に神戸の川西航空機(二式大艇・紫電改の設計・製造会社。現、新明和工業)で、風洞の設計を指導している。
カルマンにとって、そのことは大した出来事ではなかったのだろう。
本書には、日本でのことについて記されていない。

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2019年1月 5日 (土)

『怪魚を釣る』を読む

著者の定義する〝怪魚〟とは、体長1メートル、あるいは体重10キロとなる〝淡水魚〟。
著者は世界各地で、10年かけて50魚種をあげている。
国内だと、
・アカメ
・イトウ
・オオウナギ
・ビワコオオナマズ

 

Fishingこんな飯屋で読み始め。

〝怪魚〟といわず、どんな小さなサカナでも、釣り場に立ち竿を出さねば釣ることはできない。
〝怪魚〟となると、その釣り場への旅程が簡単ではない。

だから、〝怪魚〟を釣るのなら学生時代。
でなければ、2週間の連続休暇を取れる職業に就いているヒトであると。

本書中、〝怪魚〟釣師の先輩格となる『オーパ!』の開高健に何度か触れている。
開高健の釣りは、釣り場までの案内付き、アゴアシ付き。

本著者の場合は、どこに行けば〝怪魚〟と出会えるのかという調査から。
論文読みも調査に入るのは、生物学科出身者ゆえ。

本夕、読了。

「忙しいので釣り場に行けない」、「家庭があるので釣り場に行けない」というヒトには、「職を辞めればいい」、「離婚したらいい」と。
生物学者への進路に乗っていた著者がそれを降り、自営業者となり独身でいる理由でもある。

私は一度も、「忙しいので」とか「家庭があるので」とかという理由で、釣りに行けないと言ったことはない。
しかし、風には負ける。

この季節、拙ブログにしばしば現れるフレーズは、
〝北西風強く、我が小船では沖に出られない〟(^^;

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2019年1月 3日 (木)

冬山を歩く 9

北西の季節風強く、我が小船では沖に出られない。

山へ。 
今日も体が重い。
しかし、長く歩きたい気分。

登り:西尾根コース
下り:水元沢コース

19010301【画像:1枚目】
昨日から今朝にかけて、里にも雪が積もった。
山も古い雪の上に新雪が乗ったが、それほど埋まらない。

西尾根825メートルピークにて、山頂を望む。

空は濃い青なのだが、ここまで上がると、左から右へ強風。
ジャケットのフードをかぶり、強風に耐える。

【画像:2枚目】
山頂にて。

山頂寒暖計は、マイナス6℃。

19010302

【画像:3枚目】
樹氷に背を向け、水元沢コースに踏み入る。

ヒトの踏み跡なし。
あるのはシカとウサギの足跡。

西尾根とは雪質が違って、こちらはヒザカブ近くまで沈む。

左足を雪から抜き、前に踏み出す。
踏み出した左足が沈む。
右足を雪から抜き、前に踏み出す。
踏み出した右足が沈む。

100メートル先が遠い。
300メートル先が遠い。

残行程、5キロ。
遠い(^^;

【画像:4枚目】
左の急斜面を下りて、滑滝にて。

滝はほとんど閉じ、滝壺も結氷。
ここで、給水、エネルギー補給。
さァ、行こう。

山歩き時間、7時間10分。
16035歩。

全給水量は、
 ・250CC

滑滝にて、
 ・柳月 ボンヌ 2個

Gpslog_3

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2019年1月 1日 (火)

冬山を歩く 8

北西の季節風強く、沖に出られない。

山へ。

登り:西尾根コース
下り:南尾根(夏道)コース

一昨日、登り切れなかった西尾根へ。
体がナマって、重い。

19010101【画像:1枚目】
雪は締まって固く、埋まらない。
その雪の上に、昨日から今日にかけての新雪。
アイゼンの爪が固い雪まで届き、グリップが効く。

左からの猛風に対抗するため、ジャケットのフードをかぶる。
そのフードを尖った雪が叩く。

吹雪。

西尾根825メートルピークにて。
画像中央やや右が山頂なのだが、吹雪で見えない。

山頂までの尾根も見通せない。

【画像:2枚目】
樹氷の枝をくぐり左に折れると間もなく山頂。

19010103【画像:3枚目】
左から右への風。
樹氷は風の方向に成長する。

中央右端に山頂標識。

【画像:4枚目】
山頂にて。

山頂寒暖計は、マイナス9℃。

山歩き時間、3時間20分。
12740歩。

飲食なし。

Gpslog

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あけましておめでとうございます

旧年中は、海でもオカでもネット上でもお世話になりました。
旧年と変わらぬお付き合いのほどを今年もよろしくお願いします。

1872(明治5)年。
旧暦(太陽太陰暦)の12月3日を新暦(太陽暦)の1月1日としたことで、今日が1月1日、年の初めとなっています。
旧暦の12月3日が何か由緒ある日ではありませんでしたから、新暦の今日の1月1日はなおさらのこと由緒のある日ではありません。
しかし、季節が一巡する地球の公転周期の1年は、自然を相手に遊んでいる私には便利なサイクルです。

その程度の長いサイクルでないと、頭も体もついていけない私(^^;
てことで、そのサイクルに乗って今年も遊ぶつもり(^o^)

旧年中のあんなことやこんなこと。  ↓↓↓

2018_4

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2018年12月31日 (月)

'18 楽しく釣りができました

今年もよく遊んだ年でした。

唯一の遊び抜けは、テントとシュラフを背負って大雪山系を歩けなかったこと。
天候と休日がかみ合わなかったためで、これは今度の夏の天候に期待です。

2018081231掛けるつもりで竿を出しながらも、掛けられなかったサカナがありました。
それは自分のウデの問題。
今年に限ったことではありません。

必要なのは、ウデの研鑽。
ですが、私が ンなことするわけないのは新しい年も同じ(^^;

今日からの連続が明日だと言う人もいます。
が、ヒトの生活だと、やはり、24時間で区切るのが便利。

私が、自分の一日だなァと感じるのは、
・サカナ釣りの日は、日の出1時間くらい前から正午くらいまで
・山歩きの日は、日の出頃から15時くらいまで
これが、新しい年も同じ。
まァ、何というレベルの低さか(^^;

グダラグダラの一年でした。
明日からの一年もグダラグダラ。
それで結構楽しいンだから、いいかなァっと(^^;

良いお年を。

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