2018年5月22日 (火)

『景観写真論ノート』を読む

宮本常一(みやもと つねいち)の生涯は、1907(明治40)年から1981(昭和56)年。

彼については、弊ブログに 『海に生きる人びと』を読む と題して'16年4月3日に触れた。
大変な学者で、残した著作も多いが、残した写真も多い。

Photoこんな喫茶店で読み始め。(注1)

著者は宮本常一から直接教えを受けた民俗学者。

本書に載せられている写真は、民俗学的見地から意義があると宮本常一が考えたものを著者に渡したもの。
副題に『宮本常一のアルバムから 』とあるように、アルバムに貼られていた写真を宮本常一自らがナイフではがして、その場で手渡したという。

写真術が書かれている本ではない。
書かれているのは写真から見える民俗。

宮本常一の残した写真は10万枚にのぼり、それが26年弱の間に撮られている。
全てモノクロで、ほとんどがパンフォーカスのハーフサイズカメラで撮られたもの。
民俗調査のメモ代わりに撮ったという写真。

民俗学も写真も知らずに言うのだが、解説を読まなくても、ナゼ宮本常一がそこにレンズを向けたのかが分かる。
民俗学とは人を知る学問だろう。
だから、生活を見るため、人を見るために撮られた写真ばかりである。
が、創作意識のない、自然で、何と味のある写真ばかりだろう。(注2)

大変な学者の宮本常一は、また大変な旅人でもあった。
地図帳を横に置いて読んだ。
写真を見ながら、地図を見ながらの時空を旅する読書だった。

本夕、読了。

100フィート(30.5メートル)の長尺フィルム。
これをその長さのまま、カメラにセットできるキットがある。
さすがに、多写人の宮本常一も、それは使っていない。

この長尺フィルムを切って空のパトローネに詰めるのは、フィルムカメラの時代が長かった者の持つスキル。
宮本常一もそのスキルを持っていたようだ。

大学者がダークボックス(両手だけが入る超小型暗室)作業をしている図というのは、芸術と言っていい。

(注1)
『景観写真論ノート』は筑摩書房からの出版。
その下に置いた2冊は、『宮本常一が撮った昭和の情景 上巻』および『宮本常一が撮った昭和の情景 下巻』。
こちらは毎日新聞社の出版で、編集も毎日新聞社。
これも一緒に読んだ。
どちらも同型の判で紙質も同じアート紙。
内容の雰囲気もよく似る。
実際には、『宮本常一が撮った昭和の情景』のほうが『景観写真論ノート』より4年前に出版されている。

(注2)
本書中に、プロ写真家もアマチュア写真家も〝芸術のワナ〟におちいる旨の記述がある。
ネットで見るアマチュア写真家の作品の多くが、〝芸術のワナ〟に はまっている(ように思う)。
宮本常一は〝芸術のワナ〟とは全然無縁。
メモ代わりの写真なのに、見事な芸術性をかもしている。

本文中に、三脚・フラッシュを使わなかったとある。
使っていたフィルムの多くは、多分TriX(トライ エックス)だったろう。
ISO感度100の時代のISO200(のち400)の高感度フィルムで、どこの写真店にも置いてあった。
コントラストの強い写真に仕上がる。
本書中の写真は、確かにコントラストが強い。

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2018年5月20日 (日)

春山を歩く 3

一昨日、昨日と寒かった。
しかし、今日は、好天、暖かくなる予報。
ただし、沖に出られる風ではない。
北西風強い。

登り:西尾根コース
下り:水元沢コース

18052001【画像:1枚目】
風が汗を飛ばしてくれるのだが、汗の出はそれ以上。

体が重く、脚が動かない(^^;
西尾根825メートルピークまでも行けそうな気がしない。

気がしないが、
タチツボスミレ
エンレイソウ
キアゲハ
ルリシジミ
スジグロシロチョウ
ウグイス
キジバト
にひかれて上へ上へと。

高度を620メートルまで上げると、シラネアオイの群生。

画像左下、室蘭港。
奥に見えるのは駒ヶ岳。

【画像:2枚目】
山頂にて。

ここに至るまでに雪を踏んだのは4歩のみ。

山頂の芽吹きはまだ。
山頂寒暖計は18℃。

18052002_2【画像:3枚目】
水元沢への東斜面でも雪を踏むが、11歩。

カムイヌプリから下りてきたのだろう。
先行者が、倒木のアーチをくぐる。

【画像:4枚目】
滑滝にて。

18052003_2

【画像:5枚目】
瀬に向かって咲くのは、エゾオオサクラソウ。

理由は分からないが、室蘭岳では、この花を見られるのは水元沢ルートでだけ。

【画像:6枚目】
新緑の中を歩く。
カーブミラーに映るのも新緑。

山歩き時間4時間00分。
18533歩。

全給水量は、
 ・400CC

Gps1

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2018年5月19日 (土)

『語源をさぐる』を読む

著者は言語学者の新村出(しんむら いずる)。(注)

本書の初版は1951(昭和26)年と古いが、筑摩書房・講談社・河出書房など、私の知る限り、少なくとも5社から出版され、今年になってからも新しい版が出ている。

Etymologyこんな喫茶店で読み始め。

言葉とは実に不思議だ。
文法。
動詞などの活用の規則性。
人の知的活動の産物なのだから、太古の太古、初めの初め、誰かがコントロールして成り立たせたのだろう。

 ・そちら行く
と、
 ・そちらから行く
の違い、近いようで深い断絶がある。
誰かが助詞を定義しなければ成り立たない。
そして、それをどういう手段で伝えたのか。

文法がどのようにして出来上がっていったのか、人工知能が現在の1000京倍も速くなればシミュレーションできるのか、そのさらに1000京倍速くなればシミュレーションできるのか、あるいは永遠に解き明かされないのか。

人はいつ言葉を持ったのか・・・

みたいな話が書かれているわけではない。

〝星〟を〝ほし〟というようになった経緯
〝土〟を〝つち〟というようになった経緯
〝虎〟を〝とら〟というようになった経緯
等々、ごく基本的な語彙の源をはるか過去までさかのぼっていく話。

本夕、読了。

学者らしく証拠をあげて理詰めの考察が続く。
証拠には、ラテン語・ギリシャ語・サンスクリット語・中国語・朝鮮語・英語・独語・仏語・ポルトガル語、オランダ語、アラビア語からもあげられる。

しかし、難しい言葉は使われず、理解できない言い回しもない。
文章は現代的。

著者、70歳も半ば頃の著作。
著者にとって、語源は趣味的な興味だという。
そのことと、その年齢から言わせるのだろう、学理的になることを控え、原理的になることを避けて著述した旨の記述がある。
それが、私にも読み通せた理由。

(注)

1876(明治9)年-1967(昭和42)年
広辞苑の編纂者。

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2018年5月14日 (月)

『海軍工員記』を読む

長崎県五島列島、そこで浄土宗の寺の住職をしていたのが著者。
徴用されて帝国海軍佐世保工廠の工員となる。(注)
徴用されたのは帝国敗戦の前年の6月、著者34歳の時。

Photoこんな喫茶店で読み始め。

全くの素人が、3ヶ月の見習い期間を経て現業の場に出る。

7つある船渠(せんきょ:ドック)に、戦場から帰還した艦船が入る。
著者に与えられたのは、その艦船のスクリューの状態(変形・腐食・亀裂など)の測定とその見取り図を作ること。
及び、スクリューが回っていた時間の機関員からの聞き取り。
それはスクリューの交換要否の判断に使われ、改善・開発の研究用データとして供される。

一番遠いドックまでは1時間。
つい数日前まで戦場海域で回っていたスクリューだ。
まともなものがあるはずがない。
著者は、その測定作業を徴用女学生らと行うのだが、彼女らはそれを楽しみにし、また艦側でも彼女らを歓迎したという。

本夕、読了。

佐世保工廠の勤務者数、1925年頃は5千人。
1939年で2万2千人。
それが、著者が佐世保工廠で勤務する1944、5年には、5万6千人を超えて集められている。
(この数字について、あとがきには5万6千人余と記載されているが、本文中には7万人を超えるとあって記述が混乱している)

人が多いと、どうなるか。
それも、あまりにも多いので、汲み取りが間に合わないため便槽から糞尿があふれ出すほど。
便所に入るための高下駄を作って対応したようだ。

実務においても、1人でできる仕事に3人も4人もが手をかけることになり、人の数と業務遂行量が比例するどころか、かえって非効率化したようなことが書かれている。

インターネット・エクスプローラーはIE。
マイクロソフト開発のブラウザ。
IEはIEでもインダストリアル・エンジニアリングのほう。
管理工学とか生産工学とか能率とかと呼ばれるIE。
さすがと言うか、やはりと言うべきか、これを学問の体系に整え実業の世界に適用したのは米国。
〝管理〟というのは講義で学んでも役に立たないというのが、日本人の心情雰囲気。
だからかもしれない。
今でも、日本の労働生産性は米国の7割もない。

(注)
工廠(こうしょう)とは帝国軍直営の軍需品工場。
横須賀工廠・舞鶴工廠・呉工廠・佐世保工廠が帝国海軍四大工廠。
  ・横須賀工廠は、のち米軍横須賀基地
  ・舞鶴工廠と呉工廠は、のち石川島播磨重工を経てジャパンマリンユナイテッド
  ・佐世保工廠は、のち佐世保重工業佐世保造船所
となり現在に至る。

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2018年5月13日 (日)

我が竿も曲がった。 が、

今日の日出は4時17分。
4時、出航。

空は暗く、空気は湿っぽいが、良ナギ。

180513_2【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

大型魚に食いあげられて、ベイトが水面まで追われる。
そのベイトを狙っているミズナギドリが、羽を休めている。

こういう海域は、何も見えない海域よりサカナが掛かる確率が高い。

今時期のこのへんの海域でベイトを食いあげるサカナは、ほぼサクラマス。

見えている艇は、SeaDragon
すでに3尾掛けたと。

【画像:下】
東の風が吹き下りてきた。
波立ってきた海面に、クロアシアホウドリが着水。

昨日、稚内と釧路で開花が確認できたことで、サクラ前線の気象官署による観測地点の北上が終了。
例年、最終開花観測地は根室測候所だったのだが、2010年で無人化・閉所。
その旧根室測候所の標準木(チシマザクラ)も、今日 開花したと。

胆振沖太平洋には、まだサクラマスがとどまっている。

我が竿も曲がった。
が、海面下15メートルで掛かったのは、でかいスケソ(^^;

マスは掛からず(^^;

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2018年5月12日 (土)

タモを二つ組んだ

朝一に野暮用あって、出航は8時15分。

180512【画像:上】
室蘭市内のスーパーの鮮魚コーナーには、マスがたくさん並んでいる。
マス、いる所にはいる。
それもドッサリいる。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

マスがいるだろう海域。

先の釣行でのこと。
誘導艇からの『入れ食い』情報があり、駆け付けての1投目。
仕掛けが沈んでいかない。
3点掛け(^o^)

で、一番上のマスをタモ入れ、ハリ外し。
二番目のマスをタモ入れ、ハリ外し。
まずいことに、タモ網にハリがからみ、三番目のマスは抜き上げ。
当然の帰結、ポッチャーン(^^;

今日はタモを二つ組んだ。
下心が濃厚(^^;

【画像:下】
本日、マスは掛からず(^^;

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2018年5月 8日 (火)

『いとも優雅な意地悪の教本』を読む

著者は、『桃尻語訳 枕草子』、『窯変 源氏物語』の橋本治。
筆が立つと言うか弁が立つと言うか、頭のいいヒト。

Spiteこんな喫茶店で読み始め。

子供の〝意地悪〟、大人げない〝意地悪〟。
そんな見え見えの〝意地悪〟の話ではない。
他人が(無意識に)言うこと書くことやることを分析、ニヤニヤする話。

知識とそれを使いこなす知性がなければ、それが〝意地悪〟なのに気が付かない。
著者は出し惜しみすることなく、古今の作家の文章、映画のシーン、歌舞伎の一幕等々の知識を見せる。
それらは重箱の隅つつきとは言わないが、自論に持ち込むためのいいとこ取り、我田引水、揚げ足取り。
なのだが、著者は大変優秀。
ああ言えばこう言う的な理屈をこねていることを、著者自身、十分に知った上で話を進める。

読後は、その知力、頭の回し方に、すっかり押し出されてしまった気分になるヒトが多いだろう。
世のその他大勢の一人である私も、ンな気分。
愉快な気分ではないが、頭のいいヒトにはかなわないなァと納得できる気分ではある。

本夕、読了。

帯に書かれた〝上質な意地悪が足りなかったから、日本人は下品になった。〟は、本書の内容と全然違う大ウソ。
もちろん、著者の考えとも違う。

だけど、こうして大きく表示する。
これこそが、〝いとも優雅な意地悪〟。

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2018年5月 6日 (日)

天気予報はアタったが、狙い魚はアタらず

鮭缶のサケは、アオマス(青マス:カラフトマス)。
筋子(マスコ)はアオマスの腹子の加工品。

四半世紀ほど前までは、地球岬沖でも流し網でアオマスを獲っていたのだが、今は漁に出る船はない。

当時、流し網漁船に乗っていた人によると、流し網船団の展開の初日は5月1日、海域のスタートは地球岬沖。
この流し網漁船団が浦河・広尾・釧路と東に移動し、9月、花咲で終漁したとのこと。
漁師はこのサカナを食べなかったという。
理由は、「ウマくない」

今日の日出は4時25分。
4時、出航。

20180406【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

右:Dolphin453
左:Sea Dragon
この両艇に誘導されてここに行き着いた。
登別沖。

ベタナギ。

【画像:下】
タナ17メートルで、3アタリ2ゲット。
タナ7メートルで、1アタリ1ゲット。

アオマスを釣るつもりで沖に出た。

天気予報がアタり、雨。
9時30分、沖上がり。

天気予報はアタったが、狙い魚はアタらず。
掛かったのは、アオマスでなくてサクラマス。

上品な外道釣りとなった(^^;

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2018年5月 5日 (土)

『ヨーロッパを旅してしまった猫のはなし』を読む

著者はフリーのグラフィックデザイナー。
 ・妻ミカ
 ・雑種の黒毛のオス猫ノロ
と欧州を旅する話。

20000gtこんな喫茶店で読み始め。

レンタカーで、東欧・北欧を廻る。
特に変わったエピソードがあるわけではない。

その特に変わったエピソードがあるわけではない旅の様子が、スナップ写真を添えて紹介される。
広角パンフォーカスのコンデジカメラで撮られたショット。
目を引くものはない。
しかし、そうは言っても、そこはプロの美術家。
気の利き方がさり気なく、そのことが気が利いている と同語反復。

こういう旅は、食うに困らない才能あるフリーランサーか、譲られる家督が保障された資産家の一人息子でなくてはできない。
だから、この類の本は、おおかたのヒトに、ねたみを湧き上がらせてしまうモノ。
本著者はそれを意識しているのか していないのか、ねたみを湧き上がらせてしまうような素振りを少しも見せない。

〝何か〟を求めたり、〝何か〟を感じたりすることを著者は求めない。
お茶をすすりながら読むにふさわしい本。

本夕、読了。

本著者は、旅先での、コメ、ショウユなどの入手について触れている。
こういうことが気になるヒトは、外国にいるのに日本での日常を過ごしている。
もったいないと思う。

私はコメがなくても、ミソ・ショウユがなくても全然困らない。
外国を長旅するのに向いた舌を持っていると思う。
ただし、フリーランスで食っていける才能がない。
譲られる家督が保障された資産家の一人息子でもない。
それが大いに残念(^^;

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2018年5月 4日 (金)

鳥も啼かない

Cafe羊蹄山に向いた窓。
もう私の装備力でも、この山に上がれるのだが。

雲底低く、600メートル。
風が湿っている。
見えるのは、山すそだけ。

鳥も啼かない。

こんな喫茶店で、コーヒーブレイク。

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2018年5月 1日 (火)

見ても分からない

山を歩いていて、大きな竹カゴを背負ったヒトに出会ったことがある。
私が歩く山だから、そのへんの山。
ある所にはあるようで、背中のカゴのみならず両手にもレジ袋。
キノコ。

多分、私の節穴にもキノコや山菜が見えているのだと思う。
しかし、見れども見えず。

それ以前に、山の頂に向かうのに精一杯。
山菜を探そうという余裕はない。

Photo画像は、アズキナ(小豆菜)のおひたし。
トッピングに削り節。

〝見れども見えず〟ではなく、〝見ても分からない〟。

私にわかるのはフキくらい(^^;

shinyaさんからの頂き物。
ごちそう様でした。

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春山を歩く 2

この季節、鳥たちは巣作り。
メスの気を引くためのオスの鳴き声が、あちらから、こちらから。
鳴き声を聞いて鳥の名を知ることができれば、山歩きはさらに楽しくなるだろう。

スマホに鳴き声を聞かせ、「鳥の名前を、教えてチョーダイ」
スマホからの回答は、「質問の意味が理解できません」

子供の頃、思い描いていた21世紀。
まだまだまだ、その時の幼稚な想像力の域にさえ達していない(^^;

 登り:水元沢コース
 下り:西尾根コース

18050101【画像:1枚目】
鳥の声、瀬音、ササヤブを走る風音。
鷲別川の源流の渡渉を繰り返し、詰めるとここ。

滑滝。

ここで沢を抜け尾根に上がるのだが、そこにも雪はなかった。

【画像:2枚目】
雪は596メートルコルあたりから。

画像は、山頂まで残り高度150メートル。
760メートル付近。

18050102_2

【画像:3枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は行方不明。
12、3℃はありそうだ。

【画像:4枚目】
室蘭岳山頂より望むカムイヌプリ。

空気が濁って、遠景がかすむ。

【画像:5枚目】
このあたり、クマゲラかアカゲラか。
ドラミングの音。

【画像:6枚目】
白鳥ヒュッテすぐそばの流れを覗く。
エゾサンショウウオの卵塊に〝目〟が見えてきた。

18050104_3

山歩き時間3時間40分。
17330歩。

全給水量は、
 ・400CC

西尾根を歩きながら、
 ・トップバリュ レーズンチョコ 1袋

Gpslog

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2018年4月30日 (月)

『北の山』を読む

日本で最も伝統のある登山者団体は〝日本山岳会〟。
創立は1905(明治38)年。
その日本山岳会が創立七十周年を記念して大修館から出版したのが、絶版山岳書24巻と資料3巻の復刻版。
七十周年を記念してだから、出版は1975(昭和50)年。(注1)

『北の山』はその中の1巻。

復刻版だから、装丁も当時のまま。
本書は、いわゆるフランス綴じ。
ペーパーナイフを持って読み進む本。

North_mountainこんな喫茶店で、最初の袋とじを切って読み始め。

著者は伊藤秀五郎。(注2)
著者30歳の1935(昭和10)年に出版されたものの復刻。
当時の販売額は弐圓伍拾銭。

・紀行編
・感想小論随筆編
と組まれていて、大正から昭和の初め、著者が学生時代の山行記録・随筆を主に編まれている。

本書内の言葉を借りれば、まだ〝北海道の登山が若い〟頃の山歩き。

使われなくなった峠道を歩き、廃村寸前の漁村をガケ下に見たりと、今から1世紀近くも前の北海道の風景なのに、すでに廃道・廃村という言葉が見える。

日勝峠の開道はずっと先、北見峠で石北本線も分断されていた頃だ。
〝北海道の登山が若い〟。
著者も若い。

語彙が豊か。
表現が多彩。
しかし、本書内の文章は騒がしくない。

フランス綴じ。
ページを切るには0.4秒か1.3秒か2秒か・・・
3秒はかからない。
4ページごとにやってくる ペーパーナイフを使うための短い読書の中断。
この短い時間に、次のページで見えてくるだろう景色、風、霧、岩に思いがいく。

本夕、読了。

自由に車を使えない時代。
本著者は、駅・停留所に降りて、四里、五里、八里、二十里と歩いて、山の取り付きに近づいてゆく。

〝雨。 いちにち 天幕で暮らす〟
〝ひとりで十日ほど山を歩く〟

うらやましい時間の使い方だ。

一人歩きなら私の常。
自由だが孤独。
本著者も、一人歩きの自由と孤独を書いている。

〝旅〟という言葉が何度か出てくる。
〝旅〟の一文字が明るく、そして重い。

(注1)
今も大修館から出版されている。
ただし、分売はされていないので全巻一式の購入が必要。

(注2)
1905(明治38)年-1976(昭和51)年。
生物学者。
帝大時代の北大の初代山岳部々長。
『北の山』の序文は、1935(昭和10)年1月2日著。
その翌日に米国留学の途についている。
のち、道教育大教授など。

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2018年4月29日 (日)

試運転の釣り

我が艇、発電機能を喪失してドック入り。

昨日、山から下りた その足でマリーナへ。
喪失していた機能が回復したことを確認。
マリーナメカニシャンによれば、まだ何かあるらしいが、浮かぶことには問題ないと。

システムの立ち上げは、
 ・パーツの単独試運転
 ・総合無負荷試運転
 ・総合実負荷試運転
とたどる。

まだ何かあるらしいということだから、工程は総合負荷試運転の途中ということになる。
ということになるのだが、総合負荷試運転は終わったことにして、総合負荷試運転へと工程を進めた(^^;。

18042901_2【画像:上】
朝一は風。
それが吹き止むのを待って、5時40分出航。

試運転だから、何かあった時の用心で、船が集まっている海域へ。

雅Ⅲ船長に誘導してもらう。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

良ナギだが高曇り。
オカがかすむ。

時刻が進むにつれて気温が上がり、上着を脱いで腕まくりの釣りとなった。

18042902【画像:中】
50枚あげたら帰港するつもりだったが、72枚あった。

【画像:下】
本日の出航目的は、負荷試運転。
さらに、負荷試運転の前に総合が付く。

であれば、沖根へも行かねばと(^o^)

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2018年4月28日 (土)

春山を歩く 1

入山時は、靴の下で崩れる霜柱の音を聞いた。
山の高いところは残雪。
しかし、風が吹いても舞い上がることのない 融けていく一方の春の雪だ。
雪を踏むより、土を踏むほうが多い山歩きとなった。

奇跡の季節、春。
タイトルも〝雪山を歩く〟から〝春山を歩く〟に変えた。

 登り:西尾根コース →  室蘭岳山頂
 縦走:室蘭岳山頂 → 596メートルコル → カムイヌプリ山頂
 下り:カムイヌプリ山頂 → 596メートルコル → 水元沢コース

4月22日の逆回り。

18042801【画像:1枚目】
西尾根825メートルピークから見る室蘭岳山頂。

この先の尾根は雪を踏んで歩くことになる。

【画像:2枚目】
室蘭岳山頂にて。

1週間で1メートル以上雪が減って、山頂標識がすっかり顔を出した。

山頂寒暖計は3℃。

18042802

【画像:3枚目】
室蘭岳から下った596メートルコルにて。

カムイヌプリへと続く残雪には、シカの足跡。

18042803

【画像:4枚目】
カムイヌプリ山頂にて。

山頂標識の右手に△形状にヒトの背丈以上に積もっていた雪が消えた。

春がすみで、眺望がかすむ。

【画像:5枚目】
カムイヌプリ山頂より、ついさっき山頂を踏んだ室蘭岳を望む。

【画像:6枚目】
鷲別川の源流域の渡渉を繰り返しながら、高度を落としていく。

残り渡渉2回地点にて。

成虫で冬を越したタテハが7、8・・・

画像のタテハは、クジャクチョウ。

200メートルの登り返し。
エゾエンゴサクの青が、そこここに。

山歩き時間5時間40分。
26441歩。

全給水量は、
 ・450CC

Gpslog

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2018年4月24日 (火)

『被差別の食卓』を読む

著者は被差別部落(特殊部落・同和地区:北海道・沖縄にはない)の出身。
子供の頃から、しばしば食べていた輪切りにした牛の腸の揚げ物が、部落の外では食べられていないと知ることから本書が始まる。

Discrimination_2こんな飯屋で読み始め。

話題としているのは、ソウルフード。 
差別、それもとんでもなく下の方に差別されている者たちの食事がソウルフード。
(〝ソウルフードの定義は?〟みたいな面倒な話はしない。 ここでは、本書の言葉の使い方にならう。)

各地を旅し、ソウルフードを食べる。

旅して見た差別されている者たち、差別されてきた者たちとは、
  米国の黒人
  ブラジルの黒人
  ブルガリア・イラクのロマ(ジプシー)
  ネパールのサルキ(カースト最下層民)
そして、自分自身、日本の被差別部落民のこと。

彼らを差別している(差別してきた)者たちが食材としない(しなかった)モノ、例えば、牛豚の内臓とか飼料用トウモロコシとかハリネズミなどを食べる。

今々現在のそれらは、ソウルフードを看板にしたレストランでないと食べられなかったり、食材価格が上がり決して安価な食べモノではなくなったりしていたりもする。

しかし、著者の書こうとするのは、食った・ウマイ・マズイではなく、

・被差別者となった歴史
・独裁国家に対する国際正義(であると信じている米欧的価値観)と独裁国家に住む被差別民が持つ国際正義と正反対の価値観
・糞尿垂れ流しの場で、今まさに死に至らんとする若者のほんの短い過去
・その悪臭にヘドを吐く現地の若者の心情
・著者の顔面に香水を吹きかけ、悪臭からのがれさせようとしてくれる現地の若者の心情
・ネパールのサルキと欧州のロマと日本の被差別部落民とのつながり

のこと。

ソウルフードを食べる旅をして日本に戻ってきた著者は、改めて自分のソウルフードの輪切りにした牛の腸の揚げ物を食う。
そして言う。
被差別の食卓は、被差別の歴史であると。

本夕、読了。

さて、これから夕食だ。
お湯を沸かしてジャー。
レンジでチン。
我が家のソウルフード(^^;

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2018年4月22日 (日)

雪山を歩く 4

カムイヌプリは750メートルしかない低山。
しかし、前々回の山行では、596メートルコルまでを1本西側の尾根からアプローチしたために この山ひとつ登るだけに えらく時間を使った。

今回は前々回の山歩きで得た教訓も踏まえて、

 登り:水元沢コース → 596メートルコル → カムイヌプリ山頂
 縦走:カムイヌプリ山頂 → 596メートルコル → 室蘭岳山頂
 下り:室蘭岳山頂 → 西尾根コース

と長いコースを。

18042201【画像:1枚目】
鷲別川源流域は、雪解け増水。
靴幅しかない流れも含めると、渡渉は10回を超える。
普段はナンと言うことのない瀬なのだが、今は、2番目と3番目の渡渉が難しい。

もう少し上流まで上がれば渡渉しやすくなるのだが、必要藪漕ぎ時間40分以上。

なので それはせずに、倒木を流れに入れたり、何だかんだと20分ばかり作業。

結局、何をやってもダメ。
強行渡渉(^^;

2番目の渡渉点でも3番目の渡渉点でも、靴の中に、しかも両足とも水が入った(^^;

靴のアッパーはゴアなのだが、水の浸入には対応できず。
以降、靴の中はグニョグニョ(^^;

画像は2番目の渡渉点。
こちらからあちらへ渡渉する。

【画像:2枚目】
滑滝にて。

急速に進んだ雪どけで、沢の流れが速い。

18042202【画像:3枚目】
カムイヌプリ山頂にて。

雪がすっかり汚れた。

【画像:4枚目】
カムイヌプリ山頂より、これから向かう室蘭岳を望む。

18042203_2

【画像:5枚目】
室蘭岳山頂にて。

今週は気温が上がった。
雪に埋もれていた山頂看板が顔を出してきた。

山頂寒暖計は10℃。

【画像:6枚目】
室蘭岳山頂より、ついさっき山頂を踏んだカムイヌプリを望む。

チンタラチンタラと あのピークまで歩き、チンタラチンタラと あのピークからここまで歩いてきたわけだ。

低いところではエゾエンゴサクが見え出した。

ウグイスのさえずり。
クマゲラのドラミング。

セッケイムシ(雪渓虫)は3月の末の山行時から見えていた。
今日はそれに加えてジグモ・アリ。
また、成虫で越冬したのだろう、タテハチョウも。

山歩き時間7時間20分。
27682歩。

全給水量は、
 ・600CC

室蘭岳山頂で、
 ・ロッテ ラミーチョコレート 2本

Gpslog

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2018年4月17日 (火)

『山はどうしてできるのか』を読む

大陸移動説が唱えられたのは20世紀初頭だが、正当な学説としては扱われなかった。
半世紀近くを経た1960年頃になって大陸移動説が再評価され、プレートテクトニクス理論へと発展。
それを補完する観測事実・理論が世に出てきたが、日本の地球(地質)学者の中には、1970年代に入ってもプレートテクトニクス理論を認めない人がいたようだ。

さらに、1990年を過ぎてから提唱されたプルームテクトニクス理論で、プレートの動く方向を説明できるようになる。

これらの理論を使うと、どのようにして山ができたかという造山過程の説明が、それ以前の学説による説明とガラッと変わる。
現在の高校の地学の教科書には、そのガラッと変わった造山理論が記載されているらしい。

Mountain_2こんな喫茶店で読み始め。

噴火による造山は理解しやすい。
マグマが地表に出て山ができる、マグマが抜けた分だけ どこかが陥没する。

対して、ヒマラヤ・アルプス、日本の中央アルプス・南アルプス・日高山脈などは、山体から海底由来の化石が出たりするし、地質学的にも噴火によって造山したのではないことが分かっている。(注1)

すぐ上で、〝噴火による造山は理解しやすい〟と書いた。
しかし、それでは理解したつもりだけのこと。
噴火の原動力はどこからくるのか。

ヒマラヤや日高山脈はプレートの衝突で造山されるというが、どのような原理でプレートが衝突するのか。

本書は、それらを証拠をを示しながら説明してくれる。

地球学者の時間のスケールは長い。
万年、億年。

我々の1日の何と短いこと。
朝起きて・・・
もう、こんな時刻だ・・・(^^;

本夕、読了。

今の高校生の学ぶ数学は、せいぜい17世紀までの成果。
物理だと、20世紀の初め頃までの成果。
対して、地学の教科書には、プレートテクトニクス理論とかプルームテクトニクス理論といった、今現在まさに研究対象となっている最新の情報が記述されているらしい。


『新編 中学校社会科地図(発行:帝国書院 '16年)』は、文科省検定済教科書。
主だった山の頂は▲で、火山頂は
で記されている。

私の歩いた山々をこの地図で見ると、ほとんどが

ニセコの山々も羊蹄山も尻別岳も大雪山系の山々もホロホロ山も室蘭岳も

ところが、昆布岳(1045メートル)は▲マーク。

産業技術総合研究所地質調査総合センターが'12年に発表したデータ集に当たってみた。
それによれば、昆布岳は火山。
(注2)

高校の地学の教科書には最新の知見が記述されているようだが、義務教育の教科書の記述は何か特別な基準に基づいてされているようだ(^^;

(注1)
日本アルプスは富山から静岡にかけて、形に並び、上から北アルプス(飛騨山脈)・中央アルプス(木曽山脈)・南アルプス(赤石山脈)。
北アルプスには穂高岳・焼岳・乗鞍岳・御嶽山と火山が並ぶが、中央アルプス・南アルプスには火山がひとつもない。
日高山脈にも同じく火山がない。

(注2)
『新編 中学校社会科地図』には、伊達紋別岳(715メートル)や稀府岳(654メートル)や徳舜瞥山(1309メートル)はマイナーな山過ぎて記載されていない。
地質調査総合センターの資料で調べると、これらも火山。

ということで、本ブログでGPSログを掲載した山はすべて火山だということが分かった。

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2018年4月15日 (日)

絵鞆マリン倶楽部 安全祈願祭

当地では、室蘭岳に雪が見えなくなったらマガレイのシーズンだと言われる。
〝雪代が入らなくなったら〟ということを、〝室蘭岳に雪が見えなくなったら〟と言い替えているのだろう。
5月の連休時にはまだ雪が残っている室蘭岳だが、船釣師の多くは、マリーナや釣りクラブの安全祈願日をきっかけに、沖で竿を出すための準備をする。

絵鞆マリン倶楽部の安全祈願祭は今日。
今日が、絵鞆の船釣師の釣り元旦。

180415【画像:上】
小雨だが、冷たい。

神事は工場内で。

【画像:下】
外飯(そとめし)日和とならなかったのは残念。

パワーランチも工場内で。

吐く息が白い。
鍋からも盛大に湯気が上がる。

ジンギスカン、豚汁、焼きソバ、蒸しホタテ稚貝。

豚汁のゴボウのささがきは私の手わざによるもの(^o^)

ごちそうさまでした。

寒い日となったが、ヒバリのさえずりが聞こえた。

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2018年4月14日 (土)

雪山を歩く 3

山。

 登り:西尾根コース
 下り:水元沢コース

18041401【画像:1枚目】
クマゲラのドラミング。

何の鳥か。
キリギリスの〝ギー〟を20デシベルくらい音量を上げた鳴き声。

靴底の溝だけでグリップの効く雪で歩きやすい。

西尾根825メートルピークから、山頂を望む。

【画像:2枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は3℃。

雪に埋もれていた山頂看板の支柱の頭が見えてきた。

18041402【画像:3枚目】
室蘭岳山頂より、カムイヌプリを望む。

596メートルコルまで、高度を落とす。
ノートレース。

【画像:4枚目】
596メートルコルからちょっと上がったところにて。

カムイヌプリへ縦走するつもりだった。
カムイヌプリは雪が付くと大変に歩きづらい個所ができ、先日は そこをかわすのに難儀した。
で、8ミリザイルを20メートル担いできた。

先日はここで、軽アイゼン(前爪のない6本爪)を付けた。
今回は前爪の付いた12本爪アイゼンをザックに入れて・・・

入れてきたつもりだった。
が、ザックに入っていたのは空っぽのアイゼンケース(^^;

縦走は諦めた。

18041403【画像:5枚目】
水元沢の雪は柔らかく、滑らないが踏み抜く。
踏み抜き100回。

しかし、積雪量は少なく、踏み抜いても知れている。

【画像:6枚目】
鷲別川源流の最後から2番目の渡渉。
向こう岸からこちらに渡渉。

渡渉の第一歩目、身長250センチのヒトのコンパスがなければ飛び石に乗れない(^^;
ここまできたら、脚を濡らしても大したことはないのだが・・・

右上の細い倒木に乗って、右。
小さな飛び石を伝って左。
そして、3個の大石を使って手前へと。

山歩き時間4時間10分。
17333歩。

全給水量は、
 ・150CC

Gpslog

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2018年4月11日 (水)

『自然科学の視点から考える 日本民俗学』を読む

〝自然科学の視点から考える〟とうたっているのは、著者が応用力学の専門家ゆえ。
九大名誉教授。
現在は、構造解析(数値実験・シミュレーション)会社を起業、経営。

Folkloreこんな喫茶店で読み始め。

私が言うのも僭越至極だが、題名とは裏腹、論理の展開は少しも自然科学的ではない。

〝民俗学〟とは何ぞや。
私はそれを知らない。
が、本書に書かれているのは〝民俗学〟を知らない私でも〝民俗学〟ではないことが分かる。
『下町の教育学』とか『路地裏の経済学』といった気分で、編集者が題名を付けたのだろう。

今の日本の世相のあれこれや、所属学会のこと、人文学も含めた学界のこと、自分の仕事(研究)のこと、食べモノがウマイとかマズイとか、家族のこと、老いのこと等々。
言いたいことを言い、書きたいことを書いているだけ

言いたいことを言わず、書きたいことを書かないというのは、それはそれでシンドイこと。
だから、〝だけ〟でいいのだと思う。
そして、それを赤面もせずに公にできるのは、著者が専門分野で名を成したヒトだから。

著者の専門分野について書いてあることは別として、再び僭越至極だが、本書で書かれていること程度のことは何もアンタが言わなくても・・・ゴニョゴニョ(^^;

自分のことを、超多忙人間・超仕事人間だと書いている。
自分で自分のことを多忙人間だとか仕事人間だとかと言うってのは、ナンだかなァ。
そもそもにおいて、本書程度のことを書く時間のあるヒトが、超多忙人間・超仕事人間であるはずがない(^^;

本夕、読了。

上で、〝アンタ言わなくても・・・〟と書かずに、〝アンタが言わなくても・・・〟と書いた。

またまた僭越至極。
円熟、老成の域に達したヒトには、いくら無恥・無礼な私でも〝アンタに言われなくても・・・〟とは言わない、言えない。
円熟、老成の域に達しているそんなアナタには、〝本書程度のことは言わないでも〟という気分が、〝アンタが言わなくても・・・〟という失礼なフレーズに(^^;

グダラグダラ言うヒトがいる。
もっとも、言われなくては分からないし、言われなくては分からないヒトは言われても分からない。
オイラのことだ(^^;

グダラグダラ言い、グダラグダラ言われるから右耳から左耳に通り抜け(^^;

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2018年4月 8日 (日)

雪山を歩く 2

西風強い上に、我が艇はドック入り。
沖に出られない。
ンなわけで、山へ。

 登り:鷲別川源流コース(注) →  596メートルコル → カムイヌプリ山頂
 下り:カムイヌプリ山頂 → 596メートルコル → 水元沢コース

18040801【画像:1枚目】
先週は寒さが戻った。
里にも白いものがちらついたくらいだから、山は雪。
ザクザク雪の上に、新しい雪が積もった。

シカ、キツネの足跡多数。
人の足跡はなし。

【画像:2枚目】
一番下のGPSログは、国土地理院発行の2万5千分1地形図上に記録している。

左の赤線が登りの記録。
右の赤線が下りの記録。

この地図の範囲内に、川は1本しか見えない。
が、実際に歩くと、左の赤線が右に大きく折れるあたりまでは川があった。
その川の最源流部がここ。
このあたり一帯広い範囲で水が地面から湧いて、雪を溶かしていた。

18040802【画像:3枚目】
カムイヌプリ山頂にて。

雪がなければ、596メートルコルからここへはハイキング気分。
しかし、積雪時は別。
ここに至るルートのほんの一部なのだが、雪が付くととても歩きにくくなる場所がある。
登りも下りも滑る。

どういう風の吹き方をするのか、山頂標識が見えているのに、そのすぐ北側に雪が △ 形状に積み上がる。

雪の△の頂点の向こう、室蘭岳。

【画像:4枚目】
左の急斜面を下りて、ここ。

滑滝。

Gpslog_2山歩き時間8時間00分。
登りにえらく時間が掛かった(^^;
19407歩。


全給水量は、
 ・400CC

(注)
鷲別川源流コースというルートがあるわけではない。
アップダウンが多く、右左に小さくジグを切らないと上がっていけない。
今日歩いたルートは、雪がないとヤブ漕ぎ必至。

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2018年4月 7日 (土)

この丘から見る、あのあたりで

昨日は、里でも雪。
今朝も、白いものが混じった霧雨。
しかし、最後の交差点に近づく頃、それも上がった、

昼近くになると いきなり北西風が吹き下りてくる真冬に比べれば、今時期は風の変化が緩やかに経過する。
釣師が望むのは、風穏やかなナギの休日。
今日はそんな風穏やかなナギの週末となった。

180407_2私が定点観測場所としているイタンキの丘にて。
波高50センチほどのゆったりとしたうねりが、南から浜に寄せる。

水平線がはっきりしない春がすみ。
この丘から見る、あのあたりで竿を出すのだ。

日出が5時09分。
5時10分、出航。

沖はベタナギ。

なのに、航海開始20分後に、タイミングベルト切れ(^^;

この丘から見る、あのあたりで竿を出すつもりが帰港(^o^)

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2018年4月 4日 (水)

『知の逆転』を読む

初版が'12年12月。
私の購入したのは、'17年9月発行版。
5年の経過で、すでに21刷。
今どき、〝知〟を標榜した本がこれほど増刷されているというのはちょっと意外。
〝痴〟が服を着ている私が、この本を手にしたというのは、ちょっとどころでなく大いに意外(^^;

Wisdomこんな喫茶店で読み始め。

 ・ジャレド・ダイアモンド (生物地理学)
 ・ノーム・チョムスキー (言語学)
 ・オリバー・サックス (神経医学)
 ・マービン・ミンスキー (認知科学)
 ・トム・レイトン (応用数学)
 ・ジェームズ・ワトソン (分子生物学)

私が名前を知っていたのはジェームズ・ワトソンのみだったが、本書によれば6人は現代の最高知性。
それぞれが専門分野の常識を大きく変えたということを、『知の逆転』という題名で表現している。

本書は、この6人の知の巨人たちへのインタビューを収録している。

インタビュアーが優秀でなければ、これら6人の知の巨人たちから言葉を引き出せない。
インタビュアーは優秀。
元NHKディレクターで、脳科学・認知科学を修め、現在はコンピュータグラフィックスを研究している人。
知の巨人たちに「いい質問だ」、「素晴らしい質問だ」と言わせるほどに、よく勉強してインタビューに臨んでいる。
質問の質が高く、質問への回答に対する受け答えの切れもいい。

聞かれるほうも、ストレートなモノの言い方。
答えられないことには、「それは私には分からない」と。

優秀なヒト同士の語りなので、洗練された言葉が並ぶが、文章は平易。
再読しないと理解できないような文章は一行もない。
『知の逆転』という題名にそぐわず、知の巨人たちの口からは特別変わった話や驚ろかされるような話が出てくるわけではない。
着想の深さ、ヒラメキの鋭さが語られるわけでもない。
それぞれの見解が180度異なるテーマもある。

しかし、帯に書かれた『かくもゼイタクな教養書がこれまであったか?』は、うなずけるキャッチコピーだ。
優秀な知性が時間をかけて到達した立ち位置・見方・考え方の、何と整理されて穏やかなことか。

この世界にはとても頭のいい人がいるもンだなァと、ウンウンうなずきながらの読書はとてもゼイタクな時間だった。

本夕、読了。

この世界には、とても知性の優れた人がいるように、
この世界には、とても運動神経の優れた人がいる
この世界には、とても音楽の才の優れた人がいる
この世界には、とても美術の才の優れた人がいる
この世界には、とても演技の才の優れた人がいる
この世界には、とても料理の才の優れた人がいる
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この世界には、とても釣りの才の優れた人がいる

経験・教育・訓練は大事だが、持って生まれた〝才〟がやはり大きく影響するのは、どの世界でも同じ。
努力は報われると言うが、そういうフレーズは私のような〝才〟のないボケには無益な期待を持たせるだけ。

経験や勉強を積むくらいのことでは、釣才のあるヒトに追い付くことは絶対にできない。
それが現実。
開き直るわけではないけれど、それはそれでいいではないかというのが私の気分。

ってことで、私の釣りは気分・気まぐれ。
ンで、チョボチョボ掛けては、「食った」・「バレた」と。

それで楽しいンだなァ(^o^)

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2018年4月 1日 (日)

評価は、『スゲ-なァ』

日出が5時19分。
5時20分、出航。

ゲストをお招きしての釣行。

18040101【画像:1枚目】
札幌からHiroshiさん

【画像:2枚目】
もうおひとかた。
ご近所からshinyaさん

おふたかたとも、淡水釣師。

この時期に、ゲストに竿を出してもらうとしたらソウハチ。
ただし、今現在、室蘭近海で浮いているソウハチのムレは、カタが小さい側に寄っている。
北海道の4月に25℃の気温を期待できないように、掛かるサカナが大きい側に寄ってくれるのを期待するのは、ソウハチに限らず、できない相談。

【画像:3枚目
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

モヤってオカがはっきりしない。
しかし、寒くなく暑くなく、何よりだったのはベタナギが続いたこと。

船中、ソウハチ300枚。

【画像:4枚目】
乗船3人全員に、サクラマスのアタリがあった。

サクラマスの大きさを評価するのに、体長を言わない。
評価は重量。

私の感覚だと、
  2kg前後で、『オォ、いいカタ』
  2.5kgを越えると、『スゲ-なァ』
  3kg越えともなると、『一度、見てみたい』

2.9kgがあがった。
評価は、『スゲ-なァ』

18040103_2

船頭の釣果(^o^)

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2018年3月31日 (土)

雪山を歩く 1

気温は高く、空は青。
沖に出て出られないこともなさそうで、あんな艇やこんな艇は出たンだろうが・・・

山へ。

 登り:水元沢コース
 下り:西尾根コース

18033101【画像:1枚目】
山に、もう雪は降らないだろう。
ということで、表題を、『冬山を歩く』から『雪山を歩く』に変えた。

腐ったザクザク雪で、大変に歩きにくい。
雪でおおわれていても、植物の生活熱のせいなのか地面上の枯葉の腐食熱のせいなのか、雪中に空洞ができている。
踏み抜くと太ももまで埋まるが、その場所を予測できない。
足の踏み出しを慎重に慎重に。
ではあるが、踏み抜き、6回(^^;

滑滝にて。
滝も壺も開いた。

この左の急斜面を登って、谷から尾根に出る。

【画像:2枚目】
596メートルコルにて。

室蘭岳山頂は、このコブをかわした向こう側。
ここから、300メートルちょっと高度を稼ぐ。

18033102【画像:3枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は5℃。

「室蘭山岳救助隊」のザックカバーが見える。
室蘭山岳会のスキーツアーパーティだろう。

【画像:4枚目】
山頂から見る室蘭港。
モヤって眺望が悪い。

18033103_2

【画像:5枚目】
山頂より見る西尾根825メートルピーク。

画像奥は噴火湾なのだが、モヤで海が分からない。

【画像:6枚目】
ペトトル川の源流をひとまたぎしたあと、2万5千分1地形図の等高線を3本登り返す。

樹間に白鳥ヒュッテの赤い屋根が見えてきた。

山歩き時間4時間30分。
20391歩。

飲食なし。

Gpslog

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2018年3月28日 (水)

本日、ボーズ(^^;

良ナギ。
正午、出航。

室蘭がロケ地の映画、『モルエラニの霧の中』第一部の公開は一昨年。
私はこの映画を見ていない。
と言うか、『モルエラニの霧の中』という映画の存在自体、つい1週間前には知らなかった。

18032801【画像:1枚目】
室蘭水族館北側には、臨港道路の祝津絵鞆線を挟んで〝道の駅みたら〟や〝室蘭温泉ゆらら〟や〝エンルムマリーナ〟が建っているが、元々そのあたりは海水浴ができた遠浅の海。

画像奥に見えるのは大黒島。

水族館には船着き場があり、大黒島や本輪西に船が通っていたという。

今はオカと大黒島の間に防波堤が築かれているが、小型船が通過できる切り割りがあるから、船か泳いで渡るかしないと大黒島には上がれない。

ということとは何の関係もないのだが、KON-chan号に、映画監督、男優、カメラマン、撮影助手とを乗せて大黒島へ。

どういう経緯があったのかは、さておいて。
本日、上記作の第二部に当たる『モルエラニの霧の中 冬の章』の撮影に協力することに。

【画像:2枚目】
大黒島に向かうKON-chan号船中で、カメラレンズが男優に向けられる。(注1)

北海道開発局の港湾業務艇〝みさご〟が女優・撮影スタッフ・撮影資材を乗せて、我が艇の後ろから。(注2)

〝みさご〟からは、我が艇にレンズが向けられている(らしい)。
大撮りでは、芸がない。
波と島と山と工場と、そして白い航跡が見えるよう、思いっきり引いたカットを期待したい(^o^)

と、オイラ、監督気分(^^;

大黒島の桟橋に、もやいを取る。

18032802【画像:3枚目】
ロケ風景。

青ジャンパーの若い俳優が演技中。

【画像:4枚目】
先の日曜日。
貧釣果で帰ったその日に、脚本を渡された。

こんな喫茶店で、読み始め。

監督の頭には映像イメージがあるのだろうが・・・
物語を作るというのは、やはり特別な才能のなせるワザ。

私には全くイメージできず(^^;

映画の完成には、今年いっぱいを要するらしい。
公開されたら観ようと思う。

本日、ボーズ(^^;

(注1)
オイラ、俳優としてスカウトされたンだとすっかり勘違い(^^;
女優も来ている。
もしかしたら、カラミがあるかも。
ってんで、今朝は風呂に入って入念にヒゲを剃って家を出た。
ってところが、イヤらしい(^^;

オイラには一瞬もレンズは向けられず(^^;

(注2)
以前、私はこの港湾業務艇〝みさご〟に乗船している。
'10年9月のことで、その時のことは、拙ブログに〝登別漁港祭りで『みさご』に試乗〟という記事にして掲載した。

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大黒島を登る

大黒島は国内でこそ地元の者しか知らない無人島だが、海事に携わる者にはオルソン島として国際的にその名と位置を知られている島。
上陸には、当局の許可が必要。

18032803_3【画像:上】
左手前、恵比寿島。
防波堤の先、大黒島。

春がすみ。

18032803_4

【画像:中】
島頂にて。

釣行時、大黒島灯台を右上に見上げて防波堤を出る。
海上から見るぶんには美しい灯台なのだが、灯を消して既に40年を超える。

廃墟。

【画像:下】
ペリー率いる米国艦隊の日本来航は、1853年。
それより60年近くも早い1796年、英国船が噴火湾に入っている。

その際、事故死した水夫を埋葬したのが大黒島。
オルソン島は、水夫の名前に由来している。

枯れ草の向こうに見えるのがハンス・オルソンの墓碑。
灯台を向いてたっている。

Gpslog_2

山歩き時間25分。
2629歩。

飲食なし。

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2018年3月26日 (月)

『マリファナも銃もバカもOKの国』を読む

マリファナも銃もバカもOKの国とは、米国のこと。

著者は、映画評論や米国の世相をルポルタージュするフリーライター。

Usaこんな喫茶店で読み始め。

本著者は、日本で雑誌の創刊・編集などに携わったのち渡米。
すでに滞米20年ほど。
本書には、それほどの時間 住み続けた米国が書かれている。
見る対象は米国人には当たり前のこと。
よって、ガイド本やネットでは拾えないことばかり。

通りすがりだからこそ、旅だと言え、旅情が生まれる。
が、住んでいる者は生活者、そこで生きねばならぬ。
旅は書けても、生活者、生き方を書ける人は滅多にいない。

米国の生活者、生き方が本書には書かれている。

営利目的ではないマリファナ・大麻の使用や所有は罰しない。
そんなことにいちいち対応していたら、ムダに税金が使われるだけ。

独立戦争最初の激戦地はバンカーヒル。
英国正規軍を迎え撃ったのは素人集団の民兵。
国民の銃を所持できる権利は、ここに始まる。

プロバスケットボールチームのオーナー(白人)が、チームの主力黒人選手らをさして「ヤツラを食わしているのはこの俺だ」と。
それら差別的発言に、彼はプロバスケットボール界から追放されるが、他チームのオーナー(白人)がこう言って彼を擁護する。
「この国ではバカでも許されるんだ」

本夕、読了。

本書は、週刊文春に『言霊USA』として連載が続いているコラムの、'14年3月から'15年3月分までを収録したもの。
日本で生まれ育ち教育を受け36歳で米国に渡った著者は、米国生活者の目で米国の路地を見、米国の空を見る。

しかしと言うかやはりと言うか、異邦人の目で米国の路地を見、米国の空を見る。
だから、全てのコラムにおいて最後の一文が日本人の視線。
この最後の一文を書かなければ最上級のコラムになるのに、書かずにはいられない。

釣師の書くブログも最後の一文が余計なのに、書かずにはいられないのと同じ(^^;

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2018年3月25日 (日)

時合を外したか(^^;

昨日は、所用で札幌。
で、今日の出航は、マリーナの営業開始合わせ。

8時00分、出航。

19032501【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖根。

【画像:下】
アッチの海域で竿を出した艇は、3人で竿を出して船中150尾を超したンだと。

コッチの海域も、魚探には映る。
が、これが掛からない(^^;

ソウハチを欲しいというウチがあるので、ソウハチ海域に浮かび、根の時合待ち。

ソウハチは、食い良く、30分ほどで40枚。

再び根の上に浮かぶもスカ(^^;
時合を外したか(^^;

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2018年3月21日 (水)

解除されているが、ボーズ(^^;

休日でナギ。
いいことだ(^o^)

胆振沖太平洋におけるサクラマス釣獲規制期間中の出竿許可時刻は、日出から正午まで。
が、15日をもってその規制が解けているから、ゆっくり出てゆっくり帰ってきたらいい。

釣師(のつもり)たる者。
ンな気分じゃいけない。
早く出ることができるのなら早く出る、それに限る。

5時00分、出航。

18032101【画像:上】
今日の日出は、5時38分。

地球岬をかわし、針路90度で航海中、春分の日の太陽が昇った。

【画像:下】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

出竿時間規制は解除されている。
解除されているが、正午15分、海域離脱。

規制期間中の釣獲上限は10尾。
その規制も解除されている。
解除されているが、ボーズ(^^;

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2018年3月18日 (日)

冬山を歩く 16

昨日と変わらない風・波予報。
出て出られないことはないのだが、昨日が昨日だったから(^^;

よってもって、山へ。

 登り:水元沢コース
 下り:西尾根コース

10日の逆回り。

厳冬期仕様だった山装束から1枚脱いだ。
春秋装束に、プラス防風ジャケット。
イン・アウト2重仕様だった手袋も、1枚モノに変えた。

01【画像:1枚目】
朝早くに入山したソロ登山者がいたようで、アイゼン跡が見える。

スノーシューを背負ってきているが、締まった雪で沈まない。
私もアイゼンで。

700メートルから上は、カリカリ雪。
氷化した雪を、アイゼンの爪の噛む音が頼もしい。

この斜面を上り詰めれば山頂。
無雪期はササの濃い斜面。
その斜面を斜めに登れば脚への負担が減るのだが、直登(^o^)

【画像:2枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は氷点下1℃。

晴れの予報だったが、ハズレ。
一瞬の日差しもなし。

03【画像:3枚目】
山頂から、来し方を振り返る。
画像中央に見えるコブの裏から、高度を上げてきた。

画像奥は、太平洋。
あの水平線の向こうがサクラマス海域。
風・波は西から東。
つまり、右から左。
だから、海岸寄せる波は穏やか。
昨日は、これにだまされた。
マス海域は、右から左への深い波だった(^^;

【画像:4枚目】
樹氷はほとんど見られない。
この枝をくぐって西尾根へ。

04

【画像:5枚目】
西尾根から見る室蘭港。

本船の汽笛が聞こえた。
長音一発。

【画像:6枚目】
ペトトル川の源流をひとまたぎ。

山歩き時間4時間00分。
16006歩。

飲食なし。

Gpslog

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2018年3月17日 (土)

水深ゼロメートルの釣り

日出は5時45分。
その頃には もやいを解きたかったのだが、朝イチに野暮用。

ってことで、出航は9時を回った。
北西風、強い。

防波堤を出ると、白波。

20180317【画像:上】
イタンキの丘から見た胆振沖太平洋はナギだった。

だった。

マス海域に近づくと更に風が強くなり、従って波が深くなり立っていられない。
釣りにならない(^^;

ならないが、仕掛けを入れた。

今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

【画像:下】
サルカンが海面上に見えるところで、リールの水深カウンターをゼロリセット。

と、竿先がクックッ。
リールのカウンターゼロメートルで、サクラマス(^o^)

2投目。
15メートルでスケソ。
3投目。
15メートルでスケソ。

胆振海区におけるサクラマス釣獲規制は3月15日で解除。
正午までだった出竿時限も解除されたわけだから、海域離脱時刻も制限なし。
しかし、海況が釣りの継続を許さない。
4投目はなかった(^^;

往航、1時間10分。
帰航、2時間30分。

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2018年3月14日 (水)

『世界を変えた暦の歴史』を読む

ヒトが暦を必要とし、それを作り上げてきた話。

Calendarこんな喫茶店で読み始め。

「作戦開始はヒトハチマルマル(1800)。 時計を合わせよう」
なんていう、局所・局時的な暦の同期作業は、ヒゲゼンマイとテンプの機械式腕時計の時代を舞台とする戦争・アクション映画でよく見るシーン。
今どき、年月日時分の狂ったパソコンを使っているヒトは滅多にいないが、今どきでなかった頃、同期の取れていないコンピュータは珍しくなかった。
だから、システムの暦(時刻)を合わせる作業はフィクションの世界でなくてもあった(現在でもある)。

UNIXをOSに採用しているシステムは多いが、その暦を知ると、ヒトの考える時間の短さに情けなさを感じたりはしまいか。

GPS衛星から得る暦は高精度。
一方で、高度に発達した文明世界の話の銀河標準暦(スターウォーズ)、宇宙暦(スタートレック)のいい加減さ。
多分、監督でさえ、1日の定義を言えないのではなかろうか。

紀元前6世紀の古代ギリシャでは、すでに日食を予測できていたという。
はるかに時代が下った邪馬台国(2~3世紀)では、暦も時刻も、どころか、四季の観念もなかったことが魏志倭人伝に記されていることが本書で紹介される。

日本では5世紀中頃になって大陸の暦を知る機会を得る。
その暦の作成のための天文測定手順や暦の運用方法を記したマニュアルは数冊に及ぶものだったらしい。

暦を作るのは、大変に難しい。

今現在を生きる我々が、過去200年分の天体観測データと自由に使える10000日間を与えられたとして、5世紀の知恵に届くどころか、紀元前6世紀の古代ギリシャ人の知恵にも、いったいどれほどのヒトが肩を並べられようか。

本夕、読了。

私は釣師のつもり。
だから、釣行日の月齢(潮)はチェックする。
が、〝つもり〟が後ろに付く自称釣師だから、月齢を釣果に結び付けられたことは一度もない(^^;

胆振海区におけるサクラマス船釣り釣獲規制は、12月15日から明日3月15日まで。
今度、KON-chan号がサクラマス海域に浮かぶ日は規制解除後ということになる。

釣師のつもり。
今日が何月で何曜日なのかは知っているけれど、今日が何日なのかを即答できないことしばしば(^^;
ナギなら、大みそかでも元旦でも沖に出ていくオイラ(^^;
だから、春分とか夏至とか3月15日とかは全然 関係ない。

釣師に暦は不必要・・・

ナギの休日、でもってサカナの掛かる日、それが我が好日(^o^)

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2018年3月11日 (日)

ホッの釣り

昨日は、山から下りてマリーナへ。
燃料を満タンにして、KON-chan号を下架・係留した。

今日未明、南の空に下弦の細い月。
すぐ左に土星。

日出は、5時55分。
5時30分、出航。

18031101【画像:上】
今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

2ヶ月ぶりのマス海域。
水は澄み、やがてベタナギとなった(^o^)

スケソが濃い。

【画像:下】
スケソの魚影が切れた。
と、毛鈎を入れるのだが、数分でスケソがわんさかやってくる。
これが、デカイ。
スケソにソウハチが混じる。
毛鈎を底近くまで落とすとポンタラ。

ポンタラ1尾のみキープ。
他の外道はすべてリリース。

私のサクラマスへの釣欲は極めて控え目(^^;

 1尾も掛からなくとも、まァ、そんなもンでしょう(^^;
 1尾掛かれば、ホッ(^o^)

ホッの釣りとなった(^^;

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2018年3月10日 (土)

冬山を歩く 15

風が落ちた。
が、沖に出て行ける海況ではない。

山へ。

 登り:西尾根コース
 下り:水元沢コース

2月25日の逆回り。

18031001【画像:1枚目】
気温が上がり、木曜の昼から金曜の朝にかけて里は雨。
雪も随分減った。

だから、山も。
と、里の気象と山を単純にシンクロさせて考えてはいけない。
800メートルから上は、別世界。
むしろ、雪が増えた。

ツボ足なのだが、表面がクラスト(氷化)し締まった雪なので歩きやすい。

この樹氷の枝をくぐって山頂へ。

【画像:2枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂寒暖計は氷点下1℃。

ここで、雪を沸かし、コーヒーを淹れた。

18031002

【画像:3枚目】
水元沢ルートの596メートルコルへとつながる広い雪の斜面。

ウサギの足跡もない。

【画像:4枚目】
背中は鷲別川の源流の沢へ下りる斜面。

画像ずっと奥のダケカンバ。
その1本に、ツタウルシがからみついている。
これが、秋になると紅色鮮やかに。

一昨年の秋。
私が いま立っている ここに緋毛氈を敷き、ひとり野点(のだて)をするソロの女性登山者を見たことがある。
美しい秋だった。

「お前は、本当にそれを見たのか」と問われると、返答に窮する・・・
私は、まぼろしを見たのかもしれない・・・

なんぞと、白い世界で紅色の思い出にひたっていられる時間は せいぜい3秒。

このあたりから腐った雪で、どうかすると腰まで埋まる(^^;
かと思うと、右脚だけが太ももまで埋まり、左脚は埋まらない。
その逆だったり。

この先、ザックにくくり付けてきていたスノーシュー(西洋かんじき)を履いて歩いた(^o^)

北から南へと飛ぶサーブ340の双発ターボプロップ音が。
ここは、丘珠と函館を結ぶ〝V2〟航空路の ほぼ真下。

Gpslog

山歩き時間4時間45分。
16072歩。

全給水量は、
 ・150CC

室蘭岳山頂で、
 ・可否茶館 ブルーマウンテン№1 1ドリップ

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2018年3月 8日 (木)

『オッペケペー節と明治』を読む

19世紀最後の年の1900(明治33)年に録音されたレコード盤が、'95年に英国で発見されている。
いま確認できる限りでは、日本人の最古の歌声の音源だとのこと。
youtubeで、その日本人の最古の歌声を聞くことができる。(注)

歌は、〝オッペケペー節〟。

Oppekepeこんな喫茶店で読み始め。

1889(明治22)年頃から、2年ほどの内に日本中に知られる流行歌となった〝オッペケペー節〟。
その流行に大きく関わったのは、落語家で新派劇役者だった川上音二郎。
川上一座は、米国・欧州へも公演して回るに至る。
youtubeで聞けるのは、川上一座がパリ万博で公演した際の録音。

ところで、国産蓄音機の販売は1910(明治43)年。
小学校で音楽が教科として採用されたのは1907(明治40)年。
ラジオの定時放送の開始は1925(大正14)年。

〝オッペケペー節〟の流行はそれより前。
〝オッペケペー節〟は、どのように流行していったのか。

著者は、それを鉄道網の充実、声文化から文字文化への変化に解を求める。

新橋・横浜間の鉄道の開通が、1872(明治 5)年。
上野・高崎間 1884(明治17)年
新橋・神戸間 1889(明治22)年
上野・青森間 1891(明治24)年

男性の就学率、
1886(明治19)年 62%
1902(明治35)年 96%

新聞雑誌総発行部数、
1883(明治16)年    5730万部
1892(明治25)年 2億4420万部

と。

実は、〝オッペケペー節〟はネタに過ぎない。
明治とは、〝オッペケペー節〟の流行といった程度のエポックをネタにしてさえ、本を1冊書けるほどの時代であったことが本書で知らされる。

本夕、読了。

本書では触れられていないのだが、私は軍隊(帰郷軍人)による情報の地方拡散の力が大きかったのではないかと考える。
帝国陸海軍の創立は1871(明治4)年で、同時に軍楽隊も組織される。
徴兵制の始まりが、1873(明治6)年。
陸軍2年、海軍3年で兵役免除で帰郷。
それと一緒に、情報が地方に移っていったのではなかろうかと。

さて、〝オッペケペー〟とは何なのかに答えるには、

すっとこどっこい
タマゴの親じゃ、ピヨコちゃんじゃ、ピッピッピヨコちゃんじゃ、アヒルじゃガァーガァー
ずいずいずっころばしごまみそみそずい
おちゃらかおちゃらかおちゃらかホイ
やァーれんそォーらんそォーらんそォーらん
えんやらどっこいしょ

とは何なのかに答えるほどに困難(^^;

(注)
歌として残っているという意味での最古の音源。
日本人の声が録音され、その音源が日本にもたらされ再生された最初の記録はもっと早く、1889(明治22)年。
駐米公使だった時の陸奥宗光の声。

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2018年3月 4日 (日)

サンクス、Sea Dragon

週末釣師のみならず、出航日に制限のない釣師にとっても竿を出せる海況の日の少なかった2月だった。
さて、3月はどうなることやら。

風が吹く予報。
なので、今日も山を歩くつもりだった。

が、昨日 船を下架・係留、今早朝 沖に出た艇があると。

で、マリーナ営業開始の8時を待って、我が艇も出航。

180304【画像:上】
今朝の予報だと、地球岬をかわして太平洋に出る航海は ちと気持ちが悪い。

噴火湾内へ。

きょうの出竿は、こんな風景の見える海域。

見えているのは、昨日のうちに船を下架・係留し、今早朝に出航していたSea Dragon

我が艇の到着時には、すでに、30尾だか40尾だかあげていたところ。(大いに驚愕)
そのSea Dragonに誘導されて、我が艇も根の上へ。

サンクス、Sea Dragon。

【画像:下】
雨が落ちていたが、気になる量ではない。
良ナギが続いた。

13時、沖上がり。

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2018年3月 3日 (土)

冬山を歩く 14

2月。
沖に出ていける海況だった週末は、1回だけ。

3月。
始まりは荒天。
1日は雪の付いた東からの強風。
2日はそれが南から西へと回って、前日にも増す強風。

今日。
西からの風が強い。
と言っても、釣師基準で言うところの〝強い風〟。
冬の山なら 並みの風だ。

沖には出て行けない。
しかし、山は歩ける。

スダレの滝往復。

01【画像:上】
だんパラスキー場のリフト乗り場では、搬器の掘り出し作業中。

里は大した積雪ではなかったが、山は随分と積もった。
4、50センチは増えただろう。

いつもは入山口から遠い駐車場に車を入れるのだが、まだ除雪されてなく、それはかなわず。
スキー場ロッジに近いところに車を入れた。

【画像:下】
画像奥がスダレの滝。

ペトトル川にオーバーハングしているガケからしたたる水が凍る。

わずかしか歩いていないのだが、ここでザックをおろし、雪を沸かしてコーヒーを淹れた(^o^)

にしても、こういう写真を掲載するってのが〝いかにも〟で、その感覚が この上もなくイモ(^^;

Gpslog_2

山歩き時間1時間00分。
6565歩。

全給水量は、
 ・150CC

スダレの滝で、
 ・可否茶館 ブルーマウンテン№1 1ドリップ

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2018年2月28日 (水)

『「日本の神様」がよくわかる本』を読む

この世の始まり。
現れたのは、造化三神(ぞうかさんしん)の三柱。(注)
次に、別天津神(ことあまつがみ)の二柱。
その前はない。

以降、神代七代(かみのよななよ)とくくられる七代十二柱。
一代目は一柱。
二代目も一柱。
ここまでは、独神(ひとりがみ:独身の神で男女の区別はない)。

しかし、子神を持つ独神もいる。

三代目から七代目が、男神・女神の二柱ずつ。
以降、神々が増えていく。

Godこんな喫茶店で読み始め。

大石神社の祭神は大石内蔵助、江戸のヒト。
東郷神社の祭神は東郷平八郎、明治のヒト。
本書には、だから、大石内蔵助や東郷平八郎などは書かれていない。

7世紀の書の古事記・日本書紀に登場する神々について読むことになる。
のかと思ったら、古事記・日本書紀成立前のヒトである聖徳太子はともかく、9世紀のヒト、菅原道真が掲載されていたりする。
もっとも、神社としての天満宮の格の高さから、掲載は理解できるところではある。

糞尿から生まれた神々もいるし、吐しゃ物から生まれた神々もいる。
日本の神々は、病気にもなるし、殺しあったりもするし、最後は他界する(黄泉の国に入る)。

古事記・日本書紀に書き記されていることに、後世かなりの年を隔ててから更に解釈が加えられたりしているので、その神徳(しんとく:恵み)が交通安全に及んだり、なかにはメガネやカメラに及んだりする神もいる。

本書内で扱われる神々は百柱を超える。
巻末に50柱ほどの神々の系譜図が載せられていて、それを参照しながらの読書となる。
それでも読み進めていくのが困難で、ほとんど最初から系譜関係があいまいなままでの読書となった。

装丁の割には、読みづらい本である。

本書は神々のプロフィール・エピソード集(のようなもの)。
旅行などで立ち寄った神社の祭神に興味を持った時に、参照に使う本だろう。

しかし、古代人の想像力の何と広く深かったことか。
現代のSF作家、ファンタジー作家のはるか上。

本夕、読了。

ギリシャ神話やローマ神話にも多数の神々が現れる。
一方で、キリスト教やイスラム教のような世界宗教として有力な一神教もある。
それを考えると、古代の日本人が太陽・月・雨・風・雷・噴火・森・山・川・海などに神性を感じたのは自然で素朴な感覚なのか。

ヒトの意識の普遍さと偏りを思う。

(注)
日本の神の数え方は、一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)・・・

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2018年2月25日 (日)

冬山を歩く 13

風強く、我が小船では沖に出られない。
山へ。

 登り:水元沢コース
 下り:西尾根コース

入山時は雪がちらついていたが、間もなく空に青が見え出した。

18022501_2【画像:1枚目】
下りに水元沢コースを使うと、最後に200メートル近く高度を取り戻す登り返しが必要。
逆に、登りに水元沢コースを使うと、登りの初めに200メートル近く高度を捨てなくてはならない。
どちらにしても、他ルートより稼がなくてはならない高度が200メートルほど増える。

そのこととルートが長いからだろう、水元沢コースを使うヒトは少ない。

冬は、いよいよ使うヒトが少ない。

水元沢は動物の気配の濃いルートで、
低いところでは、シカ・キツネ・ヤチネズミ、まれにタヌキの足跡を見、
クマゲラが木を叩く音を聞き、
トドマツの幹にリスの駆け上がるのを見、
カワガラスが沢に潜るのを見、
沢の流れに渓魚の影を見る。

やや高度を上げると、ウサギの足跡を見、
エゾライチョウの羽音を聞く。

更に高度を上げると、広い雪面に風の足跡。
画像は、風の足跡。(シュカブラ:雪面の風紋)

18022501_3【画像:2枚目】
このあたり、無雪期はヒトの背丈を超えるササ原。
今、そのササ原を埋めた雪の上にいるのだから、身長4メートルのヒトの目を得て歩いているようなもの。

その視界に入るのは、大きく開けた眺望。

と、同時に感じるのは孤独。
いや。
山での孤独は感じるものではない。
山での孤独は見えてくるもの、聞こえてくるもの。

てな気取った気分にさせてくれないのが冬の山。

風の冷たさのせいだ。
鼻水が出る(^^;
オシッコをしたくなる(^^;

18022502【画像:3枚目】
山頂にて。

雪のブロックを積み上げ防風壁を作ったヒトがいるようだ。

この壁の中でしばし休憩、息を整える。

山頂寒暖計は、氷点下7℃。

【画像:4枚目】
樹氷の枝をくぐって、西尾根へ。

18022503

【画像:5枚目】
西尾根825メートルピークにて。

振り返り見る山頂。
山頂からここまでの間、時折 耐風姿勢をとらなければならないほどの強風。

【画像6枚目】
ペトトル川の源流をひとまたぎ。
わずかに登り返すと、間もなく白鳥ヒュッテ。

山歩き時間5時間00分。
14878歩。

飲食なし。

Gpslog

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2018年2月22日 (木)

『「その日暮らし」の人類学』を読む

明日のことなら、おぼろに見える。
明後日のことなら、おぼろにも見えない。

昨日のことなら、おぼろに憶えている。
一昨日のことなら、おぼろにも憶えていない。

私のことだ。

〝その日暮らし〟の私(^^;
本書内の言葉を借りれば、〝Living for Today〟

Living_for_today_3こんな喫茶店で読み始め。

我々はモノ・サービスの価値を貨幣で換算する世界で暮らしている。
それを受け入れる世界は、
大きく言えば、「民主主義」を無邪気に認める世界、「貨幣に換算された価値」を無邪気に認める世界。
小さく言えば、「早寝・早起き・規則正しい生活」を無邪気に認める世界、「適度な運動・腹八分目」を無邪気に認める世界。

教育(環境と言い換えてもいい)のせいだ。
我々は〝知らない〟だけなのだと思う。
というか、誰かの言った「いい・悪い」、「高い・安い」、「うまい・まずい」・・・をオウム返ししているだけなのだと思う。

〝その日暮らし〟だから、今日は食っていける。
〝その日暮らし〟でも、明日も食っていける。

それが、副題の『もう一つの資本主義経済』の意味。

本夕、読了。

本書『「その日暮らし」の人類学』の調査フィールドは、中国・タンザニア。
著者によると、〝(文化)人類学〟とは、〝我々とは異なる生き方とそれを支える知恵や仕組み、人間関係を明らかにする学問〟だと。

中国やアフリカに調査に行かなくては、それを知り得ないってのは、〝人類学〟とは何と か弱い学問か。

街を歩いてみよ。
沖に出てみよ。
山を歩いてみよ。
さすれば、自分とは異なる生き方とそれを支える知恵や仕組み、人間関係をたった一日で明らかにできる。
と、考える私は、〝変人類学〟を知っている(^^;

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2018年2月18日 (日)

冬山を歩く 12

我が小船で沖に出て行ける風ではない。
山へ。

 登り:西尾根コース
 下り:冬コース

18021801【画像:1枚目】
ペトトル川の源流をひとまたぎして登りに取り掛かかる。

この何日間か使ったヒトがいなかったようで、西尾根は全ルートにわたってトレースなし。

今朝まで雪。
わずかな区間を除いてスネまで沈む雪で、山頂まで続いたラッセルで大汗(^^;

【画像:2枚目】
西尾根825メートルピークにて。
左から右への強風が舞い上げる雪煙で、山頂を見通せない。

18021802

【画像:3枚目】
この樹氷の枝をくぐれば間もなく山頂だが、氷化した雪の重みに枝が耐えられず、おじぎ。
右に巻いて、樹氷帯をかわす。

【画像:4枚目】
室蘭岳山頂にて。

山頂に立つ頃には、空に青が見え、時折 陽射しも。
風もおさまってきた(^o^)

冬コースをスキーで上がってきたパーティ。
カッコいィなァ。

昨日 仮設した寒暖計が機能している。
氷点下5℃。

18021803

【画像:5枚目】
冬コースの3本のデポ旗。

これにならって高度を下げていく。

【画像:6枚目】
下り切って見る、白鳥ヒュッテの煙突からのケムリ。

山歩き時間4時間10分。
10627歩。

飲食なし。

Gpslog

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2018年2月17日 (土)

冬山を歩く 11

午前中にも風が強くなる予報。
我が小船で沖に出ていける予報ではない。

山へ。

 登り:冬コース
 下り:冬コース

18021701【画像:1枚目】
冬コースは、樹林帯を抜けると大きく広がる雪原。
目印になるものがないから、雲が低かったり吹雪かれたりすると、向かう方向を失いがち。
その対応にバックカントリースキーヤーが設置してくれたのだろう、山頂間近にデポ旗が3つ。
その延長線上が山頂。

3つあるうちの一番下のデポ旗は雪に埋まっていたので、掘り出して打ち直しておいた(^o^)

雲底低く、800メートルから上は雲中登山。

風は左から右。
左が西。
強風。
上から横から吹雪。
下から地吹雪。

【画像:2枚目】
山頂にて。

先日 来た時には、山頂寒暖計が堅い雪の下に埋まっていた。
で、今日、新しい寒暖計を1本持って上がり山頂鐘の支柱に仮設。

仮設山頂寒暖計は、氷点下8℃。

18021702【画像:3枚目】
西尾根を下山しようと行きかけるが、視界はホワイトアウト寸前。

最短ルートの冬コースに戻った。

降雪多く、加えて地を払う風が強い。
ついさっきの自分の登りのトレース(足跡)が もう消えている。

【画像:4枚目】
樹林帯に入って以降は視界も得られ、粉雪を踏んで快適に高度を落とす。

白鳥ヒュッテが見えてきた。

山歩き時間2時間30分。

10427歩。

Gpslog_3

飲食なし。

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2018年2月16日 (金)

『魚影の群れ』を読む

本書におさめられているのは、
「海の鼠(ねずみ)」
「蝸牛(かたつむり)」
(う)」
「魚影の群れ」
の4編。

この4編で1冊の成書とし、当初の出版の表題は「海の鼠」。
ページ数は、「魚影の群れ」よりも「海の鼠」の方が倍近くも多く、本書全体の約半分は「海の鼠」。

しかし、のちに「魚影の群れ」に改題されている。

本記事では、「魚影の群れ」にのみ触れた。
魚影とはマグロのこと。

School_2こんな喫茶店で読み始め。

主要登場人物は3人。
マグロの1本掛け漁師と そのひとり娘とその夫。

漁場は津軽海峡。

本書中に、
糸から腕に伝わるサカナの引きの描写がない。
ハリの掛かった場所の描写がオカシイ。
などなどと釣師の気分で言ってはいけない。

著者は釣りをしたことがない人に違いない。
そもそもにおいて、著者の興味は釣りでもマグロでも漁師の生活でもない。
著者の興味は、〝ヒト〟。

〝魚影〟というタイトルに食い付いた私は、サカナと同じ程度の頭の構造(^^;

本夕、読了。

増毛は『駅 STATION(監督:降旗康男)』のロケ地として有名。

増毛駅舎に ほど近い国稀酒造創業家の本間家旧宅。
旧家が居間としていた部屋には、見学者のために40インチほどのモニターが据えられている。
そのモニターの前の小さなテーブルに置いてあったのは、映画のDVDパッケージ。

映画の題名は『魚影の群れ』。
増毛は、『魚影の群れ(監督:相米慎二)』のロケ地でもある。

なお、映画の『魚影の群れ』は、小説の『魚影の群れ』を下敷きにして作られているから、登場人物の構成やストーリーの全体感がよく似るのは当然のこと。
が、小説は小説、映画は映画。

小説の『魚影の群れ』は、小説の『魚影の群れ』。
映画の『魚影の群れ』は、映画の『魚影の群れ』。

映画の封切りは'83年。
本書の「海の鼠」から「魚影の群れ」への改題も同じ年である。

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2018年2月12日 (月)

冬山を歩く 10

昨夕から冷え始め、今朝の里は吹雪だった。
もちろん、我が小船で沖に出られるような海況ではない。
山へ。

 登り:夏道コース
 下り:冬コース

18021201_2【画像:1枚目】
締まって堅い雪。
かと思うと、ヒザまで埋まるパウダー。

間もなく山頂。
風は左から右の強風。
その風に乗って若い声が。
冬コースを上がる6人パーティが目に入った。

【画像:2枚目】
山頂にて。

山頂寒暖計は、雪に埋もれて掘り出せない。
エンペックスの携帯サーモの表示は、氷点下18℃。

【画像:3枚目】
降る雪が増え、眺望なし。

カメラのオートフォーカスが定まらない(^^;
ホワイトアウト。

【画像:4枚目】
ここまで高度を落としても、林を抜けてくる風が鋭く冷たい。

冷気を割って、クマゲラの木を叩く音が聞こえてきた。

山歩き時間2時間40分。
10022歩。

飲食なし。

雪の上だから、決まったルートがあるわけではないが、GPSログの、
右線が夏道
左線が冬コース

Gpslog_2

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2018年2月10日 (土)

雪が降ってきた

ナギの週末は久しぶり。
なのに、朝イチに野暮用が入り、出航は9時15分。

サクラマス海域で竿を出したかったが、マス海域までの所要航海時間は1時間とちょっと。
一方、ライセンス制限時刻は正午ゆえ、マス海域の はるか手前で船を止めざるを得なかった(^^;

17021001【画像:上】
きょうの出竿は、こんな風景の見える海域。

雲が低く、オカは見えない。
色のない世界。

【画像:中】
根は好釣(^o^)

【画像:下】
雪が降ってきた。

13時15分、沖上がり。

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2018年2月 9日 (金)

『胎児の世界』を読む

うぶ湯のタライの中から見た光の記憶から始まる小説を読んだことがある。
それは新生児の世界。

本書は うぶ湯をつかう前の世界。
胎児の話。

Fetusこんな喫茶店で読み始め。

宇宙の終わりは必然なのかもしれない。
しかし、宇宙の創成は必然だったのか奇跡だったのか。

著者は解剖学者。
だから、本書は自然科学的に筋の通った理屈を積み上げて章がすすむ。

生命の終わりは必然なのかもしれない。
しかし、生命の始まり、これは奇跡だ。

本著者の研究過程で得た知見を語る表現は、自然科学者の言葉ではない。
うぶ湯のタライの中から見た光の記憶から始まる小説を書いた作家をはるかに超える筆力。
だが、奇跡を語るのに、ヒトの持つ表現力の程度でどうして足りよう。
どう表現していいのか分からない。
でありながら、どうあっても表現しようとする著者の気持ちが伝わってくるページが続く。

本夕、読了。

何十億年も前。
古代の海から生命が出現し、あるものは海にとどまり、あるものは陸に上がり、あるものは陸から再び水に戻った。
鶏卵の観察から、
サケの卵の観察から、
ヒトの胎児の観察から、
いずれも発生の初期段階は ごく似ていることが知られている。
本書を読む時間は、生き物の悠久の歴史をさかのぼってゆく時間だ。

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2018年2月 4日 (日)

『A Pale View of Hills』を読む

12月22日に読了したのは、Kazuo Ishiguro の『遠い山なみの光 』。

『遠い山なみの光』は会話文が多いのだが、日本語で読む限り、それは口語的でない。
また、地のセンテンスは短く、読み返さないと理解できないような複雑・難解な文章はない。

ンで、原書も読めるだろう、と。

A_pale_view_of_hillsこんな喫茶店で、読み始め。

日本語訳で読んだ通り、単語こそ義務教育レベルを超えるが、構文に複雑なものはない。
翻訳本ではあったが、一度 読み切っているというのが効いているのだろう、それほど時間をかけずに本書を読み通すことができた。

すでに、先々月の22日に拙ブログの  『遠い山なみの光』を読む  で記事にしたから、それ以上のことをああこう書くつもりはないけれど、やはりストーリーを言うのもテーマを言うのも難しい。

Hayakawa Onlineの『遠い山なみの光』の紹介文が、本小説のストーリーをわずか2行でまとめている。
これが、とてもウマイ。

本夕、読了。

著者の他の長編の邦訳版の題名は、原題を日本語に ほぼ直訳。
ところが、本書の邦訳版は、初め『女たちの遠い夏』として出版され、のち、原題に近い『遠い山なみの光』に改題されている。
この改題された『遠い山なみの光』にしても、彼の他の長編ほどには、原題をストレートに訳していない。
翻訳者が何を考えたのかを私は分かっているつもりなのだが、とても2行でそれを言えるものではない。

題名の説明が大変に難しい本である。

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2018年2月 1日 (木)

『病が語る日本史』を読む

困っちゃった事態の当事者になると、入院しちゃうヒトがいる。
病気にでもなりたくなる気持ちは分かる。
ただし、その困っちゃった事態からの避難・時間稼ぎのために、入院し療養が必要な旨の診断書が出され特別室が用意されるのは相当な大物。

Illnessこんな喫茶店で、読み始め。

あとがきで、本著者はこう書く。
「今でこそ医学は自然科学に属するが、病み、治療する歴史は、科学史より文化史である。 医療は体の文化史である。」

著者は、医師だが非臨床医。
専攻は医史学。
古文書を読み解き、絵図を見解きして、現代医学の知識で日本人が罹患した病がどのように歴史へ関わっていったかを考えていく。

古代。
疫病の流行、あるいは貴人の重病は政治に不具合があったからと考えられていた。
だから、天皇や将軍を含めた政治の中枢者は それを払拭するため、宗教儀式のほかに大衆への施薬・療養所の開設を行っている。
その施策質量は意外なほど高かつ大。

歴史観とは視点。
病から見る歴史も単眼的ではない。
大変に深い。

本夕、読了。

有史前遺跡からは人糞も発掘される。
それには大量の寄生虫卵が見られるという。
だから、有史前人は、寄生虫によって栄養障害・腹痛・下痢だったのだろうと。

有史前人の皆が皆、自分の腹に大量の寄生虫を飼っていたのだから、それによる健康障害は普通のこと。
そうでない状態を知りようがないのだから、それをどうしたいこうしたいとは思うことがなかったに違いない。

私は腹ではなく、頭の中に虫を飼っている(^^;

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