2021年4月12日 (月)

次の次の次のアタリが遠い

コロナ騒ぎで、昨年は安全祈願祭がかなわなかった。
この春も昨年同様、コロナ禍中。

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しかし、この春は、昨日、安全祈願祭が挙行された。
ただし、パワーランチ抜き。
祈願祭後、沖に出ようと竿を積んできていた。
が、ヒバリが空高く啼く絵鞆に風。

明けて今日。
平日、月曜日。
あれこれあって、私は休み。

今日の日出は、5時00分。
5時20分、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

朝日がまぶしい。
朝日に照らされた海面もまぶしい。

出竿20秒でアタリ(^^)
次のアタリは、その2分後。
次の次のアタリは、さらにその2分後。

が、次の次の次のアタリが遠い。

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時合まで待とうと、こんな風景の見える海域で、再出竿。
導いてくれたのは、雅Ⅲ船長。
サンクス。

ベタナギ。

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結局、根には戻らずソウハチに遊んでもらう。

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2021年4月10日 (土)

『現代医学に残された七つの謎』を読む

副題は、『研究者の挑戦を拒み続ける人体の神秘』。

医学に残った謎が七つだけのはずがない。
本著者が、
 ・一般読者に身近な問題で興味を持ってもらえる
 ・本著者、あるいは本著者の友人が専門家としての立場で説明できる
と考えた題材から七つを選んだというだけ。

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こんな喫茶店で、読み始め。

取り上げられているる七つの謎は、
 1鍼灸の治療効果
  ツボと経絡路は実在するか
 2磁場の人体に及ぼす影響
  人体内に磁石はあるか
 3睡眠
  睡眠物質は存在するか
 4病は気から
  プラセボ効果とはなにか
 5「天然のリニアモーター」筋肉
  意思はどのように筋肉を動かすのか
 6記憶のメカニズム
  記憶はどのように貯蔵されているか
 7人体の設計図
  鍵を握る細胞質

7番目の〝謎〟。
〝設計図〟とは〝DNA〟のこと。
〝DNA〟には、生体の〝設計図〟が書かれていると何かで読んだか聞いたかしたことがある。
が、〝DNA〟の遺伝暗号に記されているのはタンパク質を構成するアミノ酸配列のみ。
本著者は、そのことを、
 DNAは家を建てる際の建築材料リストにすぎない
と表現している。

生体の構成単位は、細胞膜に包まれた袋である細胞。
細胞膜はタンパク質ではない。
タンパク質でないから、〝DNA〟には記されていない。
また、生体で最も多いのは糖質とタンパク質が化合した糖タンパク質。
その糖質とタンパク質の化合割合も〝DNA〟には記されていない。
そのことから、本著者は生体を組み上げる仕掛けが、細胞膜内にまだ発見されずにあるのではないかと睨む。

本夕、読了。

〝医学〟より何よりも、〝生命〟そのものが〝謎〟。
その〝謎〟を〝神〟のなすワザとしておけば、それで こと済んだ時代はとうに過ぎている。
〝謎〟の創造者が〝神〟であるのなら、我々はその〝神〟にX線を照射しようとする時代に生きている。

みたいなことを言える日は、明後日や十年後といった近い未来ではないだろう。
一万年も先ではないような気がするが、百年くらい先では まだ〝謎〟は〝謎〟のままだろうと思う。

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2021年4月 7日 (水)

『日本語と西欧語』を読む

川端康成の『雪国』などを英語に翻訳し世界に紹介したことが、川端のノーベル賞受賞に大きく貢献したと評されるのはサイデンステッカー。(注1)
『雪国』の有名な冒頭のフレーズは、
 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
彼は、それを、
 The train came out of the long tunnel into the snow country.
と翻訳している。

原文に主語はないが、列車に乗って窓の外を見ている主人公なのは明らか。
トンネルの暗闇を抜けると、主人公の目に映ったのは雪の積もった景色となったことが分かる。

英文のほうは、主語に〝列車〟をもってきて、〝列車〟が長いトンネルを抜けて雪国に出てきたと表現している。

本著者(注2) は、多くの例から、
 西欧語を俯瞰・鳥瞰する視点の語、〝神の視点〟の語
 日本語を地面から見上げる視点の語、〝虫の視点〟の語
であるという。
〝神の視点〟は瞬間の景色を上から見る。
〝虫の視点〟は地上にいて見る。
そして、時間の経過も見るとも。

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こんな喫茶店で読み始め。

副題は、『主語の由来を探る』。

古い時代の英語では、主語の省略は珍しくなかったようだ。
それが大きく変化したのは、イングランドがフランスに征服されたNorman Conquest(ノルマンの征服:1066年)。
その後、ラテン語・フランス語で支配された300年間で英語が変わったようだ。

「3時だ」、「寒いね」を、
 It is 3 o'clock.
 It is cold.
と、ダミーの主語を置かねばならないのが現代英文法。
その英文法を下敷きにして日本文法を語る日本の国文学会を、本著者は批判する。

本夕、読了。

 風
という文のに、ひらがなを1文字ずつ入れよというクイズを、日本人と日本語を学ぶ英・仏語ネイティブに出す。
日本人は、
 
英・仏ネイティブは、
 
とすることが多いと本著者。

以下は、私の愚考。

日本人釣り師は
 サカナ
と言う。
多分、英・仏語ネイティブ釣り師は、
 サカナ
と言うのではないか。

(注1)

川端康成は、ノーベル賞受賞の半分は自身の文学を世界に紹介したサイデンステッカーによるものだと言っている。
実際、賞金の半分をサイデンステッカーに渡している。

(注2)
カナダは10の州と3つの準州で構成され、国としての公用語は英語と仏語。
ところが、モントリオールのあるケベック州だけが、仏語のみを公用語として認め、英語を公用語から排している。
本著者は、そのケベック州の大学で日本語を教授する日本人言語学者。
日本の大学を出てから、ケベック州の大学で言語学で修士号・博士号を得ている。
カナダ在住、40年を超す。

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2021年4月 5日 (月)

と、いうことにしよう

6時00分、出航。

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こんな風景の見える海域で出竿。

悪い予報ではなかったが、沖はウネリとウネリに乗った尖った堅い波。
ソウハチ海域だが、釣りにならない。

移動して根の上に浮かぶが、ウネリの頭が白く崩れ出し、いよいよ釣りにならず。

再移動。
絵鞆半島が、消波・防風する海域に向け KON-chan号を回頭した。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

ここまでくると、海面が穏やかになった。

空は晴れわたり、透明な青。
海面は穏やか。
魚探には魚影が映る。
しかし、渋い(^^;

間もなく、絵鞆半島が防風壁の役をしない方向からの風。
それを機に、11時、沖上がりとした。

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やァ、お久し振り。
今日の同乗は、shinyaさん

ソウハチの用意をして来ていただいたが、叶わすことできず。
根のサカナの食い気もなかった。
自然を相手の遊び。
ご容赦のほど。

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同乗者の釣果。
カタを見ることができ、良かった。
と、いうことにしよう。

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2021年4月 2日 (金)

4投目は沈められず

サカナ釣りばかりやっていると、バカになる。
バカにはなりたくないが、すでに私はバカ。

8時30分、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

空気は澄み、泥色に濁っていた水も澄んだ。

魚探には27メートルから35メートル、60メートルから70メートルに濃い反応。
ただし、この濃い反応はイサダ(ツノナシオキアミ)。
これが邪魔をして、魚影を得られない。

上段の反応のすぐ上にサビキを落とすと、ポツラポツラとソウハチ。
カタは悪くないが、サビキ釣りの魚信にはほど遠い(^^;

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風が出て、波の頭が白く崩れ出した。

そんな海況になってから根の上に浮かび、100号のオモリで4インチのワームを沈めると3投3尾。
10投5尾くらいは掛かりそうな根からの反応だったが、海況いよいよ悪化。
我が艇の装備力では、4投目は沈められず。

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2021年3月31日 (水)

黄砂帯が抜けたようだ

絵鞆の展望台に立つと、黄砂で山は見えず、対岸もかすむ。
しかし、風は黄砂を払う向き。

平日だが、あれこれあって私は休み。
9時30分、出航。

水面は滑らか。
波長50メートル、波高1メートルほどのゆったりとしたウネリ。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

この海域到着時点では、オカはほとんど見えなかったが、ほんのわずかな時間の経過で晴れわたってきた。
黄砂帯が抜けたようだ。

きつい濁りが続いていたが、今日の水はクリア。

根の上で竿を出すが、食わず(^^;
移動して、再度根の上で竿を出すが、食わず(^^;
さらに、移動して、再々度根の上で竿を出すが、食わず(^^;

根から2海里ほど南の海域で8本針サビキを入れると、ソウハチが7枚。
が、サビキを入れたのは1回のみ。

移動して、再々々度根の上で竿を出すが、食わず(^^

根で掛かったのはガヤのみ。
正午、沖上がり。

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2021年3月27日 (土)

帰航は根を経由して

春は、緊張感のない よどんで、なんだか音の伝わりが悪そうな空気の日が多い。
が、今朝は寒が戻り、空も明るかった。

9時、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖の波は深くはないが、尖って堅い。
が、やがて落ち着き、正午近くにはベタナギとなった。

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ソウハチは入れ食い。
ただし、我が艇の出竿海域の群れは小さい。

帰航は根を経由して。
インチクを入れるが、不釣(^^;

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2021年3月26日 (金)

『朝鮮史』を読む

日本への外敵の侵攻は、
鎌倉時代の、
・文永の役
・弘安の役
の2回の元寇と
・太平洋戦争後半期の連合国軍反攻
ぐらいかと思えば、さにあらず。

平安時代に幾十回かあった、
・新羅の入寇 (しらぎのにゅうこう)
・刀伊の入寇 (といのにゅうこう)
と称する朝鮮及び満州民族の壱岐・対馬や九州沿岸への海賊行為

室町時代に、これも幾回かあった、
・応永の外寇
を代表とする李氏朝鮮の対馬侵攻

江戸時代末期には
・ロシアの樺太・択捉侵攻
・薩英戦争 薩摩藩‐英国
・下関戦争 長州藩‐英米仏蘭

ざっと、100回くらい。

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こんな飯屋で読み始め。

朝鮮2000年の歴史には、秀吉による、
・文禄の役
・慶長の役
や、
・倭寇の海賊行為
明治の、
・韓国併合
という日本によるもののほかに、それよりはるかに多い、大陸からの侵攻が100回、500回、1000回とある。
過去2000年間、朝鮮を外敵が襲った件数は3000回にも上る。

著者は、パリ大学教授の朝鮮古代史・文化史を専門とする韓国人。

海に囲まれた日本が外敵脅威に強かったのは当然。
が、ユーラシア大陸で漢・隋・唐・宋・元・明・清と変わっていく支配国と直接の地続きの小さな朝鮮半島が、朝鮮半島として今も地図に残る。
肝心かなめの その説明が、〝民族を挙げての闘争〟の一文だけ。

本夕、読了。

大陸(中国)の王朝に朝貢した(させられた)国は多い。
日本・琉球・シャム・ビルマ・朝鮮・ベトナム等々。

それらの中で、紫禁城(王宮)にまで使者が招かれたのは朝鮮とベトナムだけ。
日本からの使者は、紫禁城内に立ち入ることが許されていない。

現在の朝鮮(韓国)の立ち位置が見えてくる。
あちらにソッポを向けば、あちらに叩かれる。
こちらにソッポを向けば、こちらに叩かれる。
あちらも立てねばならず、こちらも立てねばならない。

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2021年3月23日 (火)

『「わかる」とはどういうことか』を読む

〝何かについて考える〟ことは誰しもの日常。
本書に書かれているのは、〝何かについて考えるということ自体〟についての考えたこと。
〝何かについて考えるということ自体を考える〟とは、〝わかる〟という仕組みを考えること。

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こんな飯屋で読み始め。

著者は、
 何かについて考えるということ自体を考える〟ことは誰でもやっている
 ことではない。
 暇な学者がやっている。
と書く。
著者は、脳出血などで認知障害を発症した人たちの診断・治療・リハビリを行う神経内科医。
認知障害とは、自然に流れていた頭の働きがあちこちで停滞する症状。
つまり、それまでわかっていたことがわからなくなってしまう症状。

先天的白内障を患って明暗しか感じられないヒトの目も、今の医学は治療できる。
で、生まれ落ちてから一度も視界を得られなかったヒトが、モノを見ることができるようになる。
が、網膜に映った像をにわかには認識できないのだそう。

「わかる」とはどういうことかが、こんな話から始まる。

本夕、読了。

自分の見ている赤色は、ほかの誰かが見る赤色と、はたして同じ赤色に認識されているのだろうか。
みたいな疑問を持ったことがないだろうか。
理知的に「わかる」ということに対し、感覚的に「わかる」ということは、はるかにその認識が困難。

「どうして、私の気持ちを分かってくれないの!」
と言われても、分かるわけがないのだ。
自分の見ている赤色は、ほかの誰かが見る赤色と、はたして同じ赤色なのか説明できないのと同じ(^^;


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2021年3月20日 (土)

てな情報が入るのは、

春分の日。
春まだ浅い。
車を出す前に、ウインドウにおりた霜をかく作業が必要な今朝の気温だった。

日出は5時39分。
6時丁度、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖は相変わらず、ひどい濁り。
加えて波・風ともあってラインが斜め後ろに走る。

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シーアンカーを入れての釣りとなった。

少し、東に来過ぎたようだ。
3海里手前の海域が爆釣海域だったよう。
てな情報が入るのは、いつも決まってオカに上がってから(^^;

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2021年3月19日 (金)

少しずつ西へ西へと

金曜日。
平日だが、あれこれあって私は休み。

9時、出航。
良ナギ。

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今日の出竿はこんな、風景の見える海域。

今日も沖の水は濁って泥色。
風は西から。
その風に押されて、船は東へ流れる。

東へ0.5海里流されると、西へ1.5海里のぼる。
マス海域から、少しずつ西へ西へと。
結局、画像の海域で、マス毛バリに代え、ソウハチ仕掛けを入れた。

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マスは掛からず。
が、ソウハチは好釣。

正午、沖上がり。

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2021年3月16日 (火)

沖はひどい濁りで、泥色水

平日だが、あれこれあって私は休み。

9時、出航。
良ナギ。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖はひどい濁りで、泥色水。
100号のオモリでワームを沈める。

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アタリはポツラポツラ。

デカいアタリが3回。
多分、マダラ。
4号のハリスを3回とも切られる。

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沖上がり前の30分ほど。
15メートルまで浮いたソウハチの群れに、6本針サビキを入れる。
ソウハチが針数付く。
投入5回で26枚。

カタは悪くない。

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2021年3月14日 (日)

帰航時、船首は羊蹄山に向く

日出は5時50分。
未明からの雨が上がったのは、その30分後。
マリーナ海域は、風穏やか。

6時50分、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
沖根。

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同乗は、星の写真家でDENEB船長のめりーさんご夫妻

ナギは昼まで持たない、早上がり必至の波予報。
そのつもりで出てきたが、海域に至る前からうねりの上に小さな尖った堅い波。

狙うのは根のサカナ。
しかし、この海況では根のサカナを狙えない。

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沖根からの帰航時、船首は羊蹄山に向く。
船首を羊蹄山に向けたのは9時になる前。

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2021年3月 5日 (金)

『アー・ユー・ハッピー?』を読む

矢沢永吉は、1949(昭和24)年の生まれ。
彼の名で出している書は以下2冊。

 '78年(29歳)の、『成りあがり』
 '01年(52歳)の、『アー・ユー・ハッピー ?』

29歳で、自分は〝成りあが〟ったと言う度胸。
52歳で、ヒトに〝アー・ユー・ハッピー?〟と言う無遠慮。(注)

前書は、糸井重里の矢沢永吉への聞き書きスタイルの本。
後書は、矢沢永吉が一人称で語ってはいるが、ゴーストライターによるものだろう。
ライターは、多分、糸井重里か その周辺の人間。
自分を『成りあがった』と評し、ヒトに『アー・ユー・ハッピー?』と言うなんてこと、いかにうぬぼれた人間だってできるずがない。
ゴーストライターの記述とはいえ、イヤらしさ はなはだしい。

ではあるが、以下、本書にゴーストライターの筆は入ってなく、本書はすべて矢沢永吉が書いたものであるという前提で。

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こんな飯屋で読み始め。

'98年、矢沢 49歳の年。
彼は、オーストラリア ゴールドコーストに土地を求め、屋上にヘリポートを持つ26階建てのビルの建設計画をすすめていた。
本書の記述によると、その計画の目的は〝拠点〟を作るため。
彼はすでに経理、著作権、演奏会場構築、グッズ販売、外国人アーティスト招聘などの管理会社を興す実業家でもあった。
二ヶ月ごとの契約書のチェック、銀行からのレターのチェック。
しかし、彼をボスと呼ぶ社員二人にオーストラリアでの拠点建設資金から30億円を横領される。
矢沢がチェックしていたのは、偽造された契約書、偽造されたレター。
入念に計画された横領計画にまんまと引っかかる。

本書の始まりはそこから。

ロスアンゼルスに住み、そこでロックを聞きレコーディングする。
そして、自分は神様から才能を与えられている、日本のスーパースターと自認していた矢沢が、米国のロックの実力に打ちのめされる。

本夕、読了。

ロッド・スチュワート、ジョン・ボン・ジョヴィらと同じステージに立つ。
ロッドには8時間のリハーサル時間が用意されているのに、矢沢には1時間もない。
そのステージで、
Who is YAZAWA ?
から、
Oh, he is great !
に変わった声を聞く。

(注)
『アー・ユー・ハッピー?』の原稿は、実際には'91年(42歳)にできている。

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2021年2月26日 (金)

『登山外来へようこそ』を読む

〝国際山岳医〟は、国際山岳連盟・国際山岳救助協議会・国際登山医学会の3団体が認定する。
10年ほど前までは、英国やスイスの大学の認定プログラムに参加しなければ得られなかった資格。
本著者は、その資格を得た日本人第一号。
今は、日本登山医学会も〝国際山岳医〟を認定するプログラムを持っている。
日本には、現在、30人ほどの〝国際山岳医〟がいるとのこと。

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こんな飯屋で読み始め。

著者は、札幌の北海道大野記念病院に開設されている〝山岳外来〟の医師。
〝山岳医〟とは、〝山〟と〝山の医療〟を知っている医師。
一定の登山技術を有し、山で起こりうる病気やケガの専門知識を持つ。

山で起こる病気やケガは低地にいても起こる。
高所に特有なのは高山病くらいのもの。
これは標高を落とせば治る。
なのだが、著者が〝山岳医〟を目指したのは、トレッキングで出かけたネパールの4500メートル地点で重症の高山病の日本人登山者を見た(診た)ことがきっかけ。
肺水腫を発症していたかもしれないが、水を飲ませ、努力呼吸(注)を教えて下山させただけ。
その処置への自信が彼女にはなかった。

本夕、読了。

低地で対処できない病気やケガを、山で治療できるはずがない。
だから、本書に書かれている病気やケガの予防・処置は、ごくごく当たり前のこと。

山での三大死因は、
   外傷
   心臓突然死(心筋梗塞)
   寒冷障害(低体温症)

落石・転倒などで外傷・出血。
この時、
 出血部位を心臓より高く上げる
 出血部位より心臓に近い部位を圧迫する
と、聞いたか読んだかしたことがある。
しかし、本書によれば、現在勧められているのは、出血部位を直接圧迫する止血法なのだとか。

デカいアタリ。
この時、
 竿を立ててアワせる
   落ち着くため、努力呼吸で酸素を取り込む

山岳医療の本を読んで、サカナ釣りを連想するのはバカゆえ(^^;

(注)
努力呼吸とは、本書によれば、まず息を吐く。
要領は、30センチ先のロウソクの炎を3秒で吹き消すイメージ。
息を吐けば、自然に吸える。

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2021年2月15日 (月)

『黄色いテント』を読む

夜行列車の、
 A寝台は、0.85メートル×2メートル
 B寝台は、0.7メートル×2メートル

山で見るテント(フライシート)の色は、黄やオレンジが多い。
ソロ登山者が背負っていくテントで一番多いのは、
モンベルのステラリッジ。
次が、アライのエアライズ。
私の山での定宿は後者。
フライシートはオレンジ色で、設営に要する時間は2分ほど。

この2つのテントは、ほとんど同じ寸法。
床寸法は、夜行列車の寝台より広く 1メートル×2メートル。
シングルサイズのベッドの、1メートル×2メートルと同じ。
2人が食事をとり眠ることができる。
ただし、テントの断面は▲の形をしているから、窮屈ではある。
だから、〝恋人同士ならば〟という条件が必要。

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こんな喫茶店で読み始め。

本著者は、山岳写真家の田淵行男。(注)
『序に代えて』と題し、自分のテントの色を彼は以下のように記している。
 〝黄色というより橙色に近い色調で、ミカン色と言ったほうが実感に近い。
  さらにニッコウキスゲ色と言い直したほうが一段と通りが良いかも知れ
      ない。〟
ニッコウキスゲとはエゾカンゾウのこと。
6月、イタンキの丘にも咲く

本著者のテントは特注であつらえたもの。
それを〝黄色いテント〟と本著者は称する。

手札判やキャビネ判のガラス乾板を10ダース。
わずか120回しかシャッターを切れない量だが、それだけでも4キロ。
総重量が40キロを超えるザックを背負って山に入る。

本夕、読了。

高山チョウを追い、大雪山系の黒岳、白雲岳などへも。
大雪山系を歩いた話に出てくるのは、いずれも私も頂上を踏んだ山。
山の景色も高山植物も高山チョウも私が見たものと同じ。

高山チョウは地味な色合い。
その大雪山系で見た高山チョウの舞いが、目に浮かぶ。

(注) 
たぶち ゆきお
1905(明治38)年-1989(平成元)年
師範学校・女学校・中学(いずれも旧制)の理科教師を勤めたのち、山岳カメラマン。

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2021年2月14日 (日)

本命はバレるが、外道はバレず

日出が、6時35分
天文薄明の始まりが、5時00分
航海薄明の始まりが、5時33分
市民薄明の始まりが、6時06分

良ナギだが、沖はガス。
薄明前の暗い海へ、5時、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

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昨日同様、画像の艇に誘導されて着いた海域は、恵山岬のちょっと北西。
この辺り、等深線が込んでいて、わずかな移動で水深が大きく変わる。

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ヘラ曳き漁の小型船が、こことそこ。
そのヘラ曳き船と同じ海域で竿を出すKON-chan号。

同乗してもらったのは、星の写真家でDENEB船長のめりーさんご夫妻。
お二人、ロックフィッシャーでジガー。
終始、ジグを放っての釣り。

私は毛バリ釣り。

ホッケがジグを追う、毛バリを追う。
ホッケは外道魚。
外道魚はバレずに、船中釣果が増えていく。

本命魚はサクラマス。
バレる。

本命はバレるが、外道はバレず。

11時、海域離脱。

帰航途中に寄った根も良かった。

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釣果の一部。

船中全釣果は、ペール缶3.6本。
サクラマス30
ホッケ多数
クロソイ多数

その全釣果を、めりーさんが腹を抜き、氷海水漬けに。

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2021年2月13日 (土)

逆光の釣り

木曜日定休のマリーナが、木曜日の建国記念日は営業。
その振替で、昨日は休業。
で、今日、マリーナの開業を待って船を下架。
ということで、マス釣りには絶望的に遅い、9時出航。

コンパス針路180°で南下。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

画像の艇はSaint Elmo。
この艇に誘導されて出竿したのは恵山岬のやや北西。
サクラマスライセンス海域外。

同乗してもらったのは、星の写真家でDENEB船長のめりーさんご夫妻。
お二人、ロックフィッシャーでジガー。
釣りがウマい。

終始、ジグを放っての釣り。

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船中ファーストヒットは、ご主人
逆光の背中を写させてもらった。
日に照らされた顔は、ニヤニヤしているに違いない。
なぜなら、彼、竿頭。

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めりーさん。
逆光だったの残念。
マスがジグを追う。

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船中釣果。
全て、めりーさんが腹を抜き、海水氷漬け。
その手際がいい。

実釣時間は短く、かつ、朝イチの時合には間に合わなかったが、悪くない釣果となった。

画像の外に、さらにマスが2尾。
そのほかにキープしたのは、ホッケ多数とマダラ。

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2021年2月 9日 (火)

『江戸の御触書』を読む

後藤新平(1857年-1929年)は東京市長だったヒト。
市長を退いて半年ほどで関東大震災。
その直後、彼は内務大臣兼帝都復興院総裁に就任し、当時の国家予算の1年分に相当する大胆な都市計画で東京を復興する計画を立案する。
その計画が具現化していたら、東京は整然とした都市になっていただろう。
が、その計画は予算を確保できず具現化しなかった。
整然とした都市が面白い都市とは限らない。
後藤新平の復興案が実現しなかったのは、悪いことではなかったのかもしれない。

札幌は計画都市。
道路幅は広い。
その札幌より、名古屋市の道路は更に広い。
戦災からの名古屋市役所の復興計画立案は大変に早く、それを進める実行力もあったがゆえ。

日本国内に幅員が100メートルある道路は3本。
広島市に1本。
名古屋市に2本。

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こんな飯屋で読み始め。

明暦3(1657)年、時の将軍は第4代家綱。
1月、江戸を焼き尽くしたのが明暦の大火(振袖火事)。

その2ヶ月後に掲げられた御触書は、
 跡々相改 道幅相極め 杭を打置候所は・・・
 (あとあとあいあらため みちはばあいきわめ
  くいをうちおきそうろうところは・・・)
延焼防止を目的に、幕府が
 ・火災跡を調査
 ・道幅を決定
 ・杭を打つ
ので、それに従え という内容。

道幅はメートル換算で、10メートル。
特に防災上の要件から、
日本橋通町は、18メートル
本町通は、12メートル
と、江戸の町の道の作り替え。

本夕、読了。

寛政8(1796)年。
将軍は第11代 家斉。
掲げられた御触書は、
 一寺住職の身ながら、新吉原へ灯籠見物として行かよひ、そが上
 遊女買上げ・・・
本書内の表現を借りれば、〝エロ坊主に気をつけろ〟ということ。

この御触書が掲げられて7年後、一人の僧侶が処刑されている。
処刑されたのは、僧侶の日動。
罪状は、59人の大奥女中をたぶらかしたというもの。
これが、のちの世に、谷中(やなか)延命院事件と呼ばれた大スキャンダル。
この事件の顛末は、500巻を超える大書、江戸幕府の公式歴史書の『徳川実紀』には記されていないという。

その理由は、再び本書内の表現を借りれば、〝幕府としてはよっぽど恥じ入る事件だった〟から。

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2021年2月 6日 (土)

寒さが緩んでプラスの気温

2月。
 3日は立春、寒い日だった。
 4日は立春の翌日、寒い日だった。
 5日は昨日、寒い日だった。
 6日の今日、寒さが緩んでプラスの気温。

今日の日の出は、6時44分。

昨日は、寒いうえに強風のため船を下架できず。
で、今朝は、マリーナスタッフが早出出勤しての下架対応。
どうもありがとうございます。

7時00分、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
画像の艇に誘導されてきたのは、マス海域。
かすみなのか雲なのか、オカは見えない。

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で、SeaDragon艇から、素敵な画像が送られてきました。
どうもありがとうございます。

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胆振沖サクラマス海域で出竿するKON-chan号、2ショット。

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先月24日にもご一緒した、星の写真家でDENEB船長のめりーさんご夫妻に同乗してもらった。
お二人、ロックフィッシャーでジガー。
ロックフィッシャーでジガーは、釣りがウマい。
お二人、ジギングで。

海域到着。
第1投後、数十秒で船中ファーストヒット。
ご主人に良型が掛かった。

やがて、風が出て波。
根に寄りたかったが、かなわず。

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私はバケで毛バリを泳がせて。

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2021年2月 4日 (木)

『モチーフで読む美術史』を読む

室蘭市青少年科学館。
1963年の開設というから、古い施設だ。

玄関を入ってすぐ右が入館窓口。
窓口に正対した壁に展示されているのが、青木繁(1882年-1904年)が描いた『海の幸』の複製画。
モリを持った10人の漁師が2列縦隊になって、大きな3尾のサメを運ぶ図。
縦70センチ・横180センチ。
日焼けした漁師の中の一人だけが、真っ白な顔。
その顔だけがこちらを向いている。

この人物は、青木繁の恋人だと言われている。

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こんな喫茶店で読み始め。

絵に描かれているモチーフを読み解いて、1枚の絵画全体を解釈していく。
見開き2ページに解説。
それをめくった見開き2ページにカラーで絵画。

読み解くモチーフは、ウサギ・果物・窓・矢・・・等々、66。

その内のひとつ。
モチーフは〝手紙〟。
解釈する絵は3点、いずれも17世紀のオランダの画家の作。
・フェルメール 『恋文』
・ハブリエル・メツー 『恋文』
・ディルク・ハルス 『手紙を破る女』

手紙を手にするのは女性。
読んでいる部屋の壁には、帆船の絵。(絵の中の絵)
この時代、オランダの男たちは世界に出て仕事をしていた。
船は恋人の象徴。

本夕、読了。

次も本書から。
フランソワ・ジェラール、18世紀、イタリアの画家の作 『クピドとプシュケ』。
クピド(キューピー)が少女にキスをする。
二人の上にチョウが飛んでいる。
チョウは魂の象徴。
サナギから脱皮するチョウは、復活にたとえられたという。

本著者は、『死ぬ瞬間』の著者のエリザベス・キューブラー・ロスが見たチョウのことを紹介している。
ロスが、ポーランドのユダヤ強制収容所内の壁で見た、石や爪で刻まれたおびただしいチョウの絵のこと。

そして、本著者はこう解釈する。
死を前にした収容者たちは、サナギから脱皮するチョウに自分をなぞらえ魂の永生を願った。
まさに、美術を超えた美術であるといえよう、と。

以下、私が調べた限りは、という前提付き。
ロスは強制収容所の壁の絵のことを、確かに自著に記している。
しかし、収容所の壁にチョウの絵なんかないようだ。

〝美術を超えた美術〟という、修辞が安っぽくむなしい。

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2021年2月 1日 (月)

『宇宙飛行士選抜試験』を読む

日本人宇宙飛行士は12名。
第1号はTBS記者で、旧ソ連邦カザフスタンの宇宙基地から打ち上げられている。
TBSの業務としてで、公務で上がったのではない。

以降の11名は公務のため。
宇宙飛行士は公募。
第1期の公募は1983年。
直近最後の第5期の公募は2008年。

採用は不定期。
第4期公募と第5期公募との間は10年ある。

第5期公募に応じたのは 963名。
書類選抜を通ったのは 230名。
第一次選抜通過者 50名。
第二次選抜通過者 10名。

本書の副題は、『ファイナリストの消えない記憶』。
〝ファイナリスト〟とは、第二次選抜通過者の10名のこと。

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こんな喫茶店で読み始め。

〝ファイナリスト〟の10名から、最終的に宇宙飛行士として採用されたのは、3名。
3名の前職は、
 ・航空自衛官 戦闘機パイロット
 ・ANA職員 ボーイング767副操縦士
 ・海上自衛官 潜水医学を専門とする外科医

本著者は、航空宇宙工学を専攻し、重工メーカーの宇宙船外実験プラットホームの設計エンジニアを経て、JAXA(ジャクサ:宇宙航空研究開発機構)職員だったヒト。
〝ファイナリスト〟の一人。

選抜が終わるまで10ヶ月。
応募書類に貼る写真の準備、健康診断書や卒業証明書をそろえるところから選抜は始まる。

しかし、著者は10名中の3名にはなれなかった。
宇宙飛行士になる夢の実現をすぐそこまで引き寄せていたのに、それをとらえられなかった。
その過程、喪失感を振り返り文章に書き起こせるまでに必要とした期間は12年。

本夕、読了。

第5期公募時、32歳だった著者は、第4期公募時は学生で応募資格さえなかった。
2021年、今年の秋。
第6期の宇宙飛行士の公募がある。
第5期公募から、すでに13年。
著者は45歳になる。
公募に応じられる年齢ではない。

宇宙飛行士になるには、それにふさわしい知力・体力を得る努力が必要。
そして、公募時期に自分の年齢のタイミングが合うという、努力のしようがない運も必要。

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2021年1月29日 (金)

『米の日本史』を読む

'13年、〝和食〟がユネスコの無形文化遺産に登録された。
それに先立って農水省が旗振り役となって作った『「和食-日本の伝統的食文化-」』と題する提案書に、〝一汁三菜〟の語が見える。
 汁物1品
 お菜3品
のこと。
〝和食〟と言ったら、この〝一汁三菜〟と〝米(飯)〟と〝漬物〟が基本形。(注)
〝和食〟とは、〝米(飯)〟を食べるための食事だと言ったヒトがいるらしい。
 確かに。

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こんな喫茶店で読み始め。

副題は、
『稲作伝来、軍事物資から和食文化まで』

著者はイネの研究歴の長い農学者。
農学の専門家としての知識を、考古学と歴史学にからめて、米の話が進む。

日本の歴史を大きく6つに区分けして、米の歴史が語られる。
 1.弥生時代の前半まで          紀元前1、2世紀頃
 2.弥生時代の後半から古墳・飛鳥時代まで 1世紀~7世紀頃
 3.奈良時代から室町時代頃まで      7世紀~16世紀後半
 4.戦国時代の後半から江戸時代いっぱい 16世紀終盤~19世紀後半
 5.明治時代から太平洋戦争敗戦まで
 6.戦後から今まで

武士ら兵士らは米を食べて戦い、商家の奉公人らも米を食べて働いた。
時に、米は価値の基準、領地の石高が領主の格を決めた。
時に、貨幣と同じに扱われ、米の生産・流通は経済活動そのものだった。
酒も米から、お菓子(餅・白玉)も米から。
神社で神々へささげる供物(神饌:しんせん)の基本も、米・モチ・酒。

が、今、米は純粋に食料になったと、本著者。

本夕、読了。

帝国陸軍の兵士への給食は1日に精米4合と精麦1合強。
宮澤賢治の『雨ニモマケズ』は、
 一日二玄米四合ト
 味噌ト少シノ野菜ヲ食ベ

本書に、最近の京都市のデータが載せられている。
京都市民の米の消費量は、年に64キロ。
米1合は150グラムだから、年に430合くらい。
一方、パンの消費量は、年に58キロあり、米の消費量とほぼ同じ。

コンビニでは、結構な量のオニギリが売れているように見えるし、義務教育の給食にも米飯が出される。
病院食も米飯が基本。

しかし、米が主食でなくなる時代は近い。

(注)

三菜は、酢の物(刺身)・煮物・焼き物とするのが普通。
会席では、汁・飯は最後に漬物と一緒に出される。
大陸の影響を受けているのかもしれない。
改まった席の中華料理は、二汁も三汁も、かつ九菜も十菜も食べた最後にパン・飯・麺。

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2021年1月27日 (水)

『椿井文書』を読む

日本最古の歴史書の『古事記』の成立は712年。
その原本は残っていない。
我々が見ることのできる『古事記』は、書写に書写が重ねられた後世の写本。
この『古事記』は偽書ではないかという説が、江戸時代から根強くある。

18世紀の終わり近く、福岡市志賀島(しかのしま)で、水田耕作中の農民が見つけたとされている『漢委奴國王』の金印。
これにも偽造説がある。

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こんな喫茶店で読み始め。

「つばいもんじょ」と読む。
〝椿井〟とは、かつて山城国(やましろのくに:現在の京都府の一部)にあった地名。
また、苗字でもある。
池田町の池田さんのようなもの。

〝椿井文書〟とは、近畿一円に残されている多量の文書・絵図。
本書では、その数量を数百点という書き方で表現している。
本書で触れているだけでも200はある。
多くの異なった筆跡、多くの異なった絵のタッチ、多くの地域の写生があるが、それらは椿井政隆(1770年-1837年)が一人で書いた文書、一人で描いた絵図。
寺社の縁起・合戦に参加した人物の系図など、地域・年代も含めて矛盾なく符合してはいるが、話半分・ウソ半分。
著者は、筆跡・絵のタッチの違いにも関わらず、それが一人の手によるもので、デタラメな歴史文書であることを証明していく。

〝椿井文書〟とは、手の込んだ高等なイタズラといっていいだろう。
それに現代人が見事に引っかかる。
1980年以降に発行されたものに限っても、〝椿井文書〟を正当な資料として郷土史に引用している近畿の市町が20。
21世紀になってからに限っても、3市町。

近畿圏の律令国名(旧国名)が分かる地図を手元に置いて読む本。

本夕、読了。

フェルメールの贋作を描き、それをナチの富豪に売ったオランダ人のハン・ファン・メーヘレンは有名。
このイタズラの質も高等。

自分の推理したストーリーに合わせた自白を拷問で引き出して、いくつもの えん罪を生み出した紅林 麻雄(くればやし あさお)のやり口はイタズラを超えている。
犯罪。

日本には旧石器時代があった。
それが真っ赤なウソ、旧石器時代は捏造だったのが発覚したのは'00年。
イタズラの手口が幼稚。

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2021年1月24日 (日)

また、行きましょう

この季節のナギは貴重。
二日続けてのナギ。
二日続けてのナギが土日というのが何より(^^)

今日の日の出は、6時56分。
6時10分、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
マス海域。
このあと雲が取れ、光あふれる沖となった。

同乗は、ロックフィッシャーお二人。

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やァ、お久し振り。
星の写真家でDENEB船長の めりーさん

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めりーさんのご主人。

ご夫妻、マスは初めてだと聞いていたが、ロックフィッシャーは釣りがウマい。
船中、ファーストヒットはめりーさん。

セカンドヒットがご主人。

船中サクラマス7尾。
めりーさん 4尾、内1尾はジャンプして海面上に全身を出したサクラマス目がけてジグを放っての釣果。
良型が揃った。

ご主人 2尾。
2尾ともジグを放っての釣果。
やはり良型。

私。
7-4-2=1尾(^^;
おまけに、船中最小魚。

帰航時に、わずかな時間寄った根が良かった。
ジグを沈めて、連続ヒット、良型のソイ・アブラコ。

マス、ソウハチ、ソイ、アブラコ、ホッケ合わせて、ペール缶3本。
デカいスケソも多数掛かったが、リリース。

また、行きましょう。

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2021年1月23日 (土)

もっと深い海域へ

5時30分、出航。

防波堤を出て、40メートルの浮標まで沖出し。
その浮標を左に見て、地球岬をかわす針路に転舵。
地球岬灯台の明かりを左正横に見る位置で、針路調整。
東北東へ。
この季節には貴重なナギ。

6時57分の日の出を登別沖で見る。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
サクラマス海域。

一昨日、昨日は寒さが緩んだが、今日は真冬日。
しかし、風穏やかで潮もゆるい。
シーアンカーを入れることなく竿を出し続けた。

102メートルから流し、110メートルで潮のぼり。

ホッケ・スケソ・ソウハチが掛かるが、マスはスカ(^^;

もっと深い海域へ行くべきだった。
深い海域で竿を出した艇は定量釣り。

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我が艇らしい上品釣果(^^;
ホッケ・スケソは、掛かるはしからリリース。

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2021年1月21日 (木)

『「歴史認識」とは何か』を読む

本の構成を考えたのは、フリージャーナリストの江川紹子。
彼女が質問し、国際法を専門とする大学教授が答える作りになっている。

江川紹子は、本書を講義録と呼んでいる。

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こんな飯屋で読み始め。

事実としての現代史の確認から、本書が始まる。
 第1章で、東京裁判
 第2章で、サンフランシスコ平和条約と日韓・日中の「正常化」
を確認する。

確認した歴主事実の知識を背景に、二人の間で、
 第3章で、戦争責任と戦後責任
 第4章で、慰安婦問題と新たな状況
 第5章で、二十一世紀と「歴史認識」
が、交わされる。

世界で生きるためには、「よりましな悪」を積み重ねていくしかないのだと、本書。
社会は、多くの「俗人」と、ほんのひと握りの「聖人」と「大悪人」からなっている。
国家は、その人間の大部分の「俗人」よりも悪い行動をとるものだ、とも。

日本の多くの「俗人」の持つ〝歴史認識〟は、国際社会からは正当視されていない現実があるようだ。
特に、〝慰安婦問題〟は韓国人だけの〝問題〟ではなく、日本人・中国人・台湾人・フィリピン人・インドネシア人・インドネシアを統治していたオランダ人にも〝問題〟で、日本(人)の対応に関心を示しているのは欧米も。

本夕、読了。

質問者の江川紹子の勉強量は豊富で、質問の質も高い、

副題が、『対立の構図を超えて』。
〝対立〟の原因となっている歴史的事実の説明は、詳細かつ信頼性が高い。
しかし、中・韓と日本の間にある 尖った〝対立の構図を超える〟ために二人の知識人の議論の末に生み出したものは、小学校や中学校のホームルームレベル。
〝対立を超える〟とは、そんなレベルのことなのだろう。

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2021年1月17日 (日)

『裁判官だから書ける イマドキの裁判』を読む

小学1年生の時のこと。
担任が問うた。
「大人になったら、何になりたい?」

その問いに対し、同級生らは、
「お母さんになりたい」
「パイロット」
「野球選手」
と応じたはずだが、何せ6歳か7歳のこと。
覚えていない。

いや、ひとつだけ、今でも忘れない返答が、
「裁判官になりたい」
それを言った子の名前も覚えている。

小学1年生の私。
ハナ垂れ小僧。
下校は家と反対方向へ、ということで親や教師を慌てさせること5度、6度。
〝裁判官〟という単語も〝裁判〟という単語も知らなかった・・・

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こんな飯屋で、読み始め。

著者は、現職裁判官(および、サポーターとしての元裁判官)の任意、かつ匿名参加者グループの「日本裁判官ネットワーク」。
このグループ設立の目的は、〝開かれた司法の推進と司法機能の充実強化に寄与すること〟。

現代的話題、例えば、ゲイのカップルの片方がパートナー以外の男性とデキっちゃったみたいな話。
この場合は、〝不倫〟・〝不貞〟を言う前に、〝同性婚〟が婚姻関係としてどうなのかという問題がある。
しかし、すでに、
夫から妻と関係した女性へ
妻から夫と関係した男性へ
〝不貞〟を理由に賠償請求する訴訟が提起されているらしい。

そもそも、
女同士のイチャイチャ
男同士のチョメチョメ
が〝性交渉〟と言っていいものなのか。
仮に〝性交渉〟だとしても、
妻が女性とイチャイチャ
夫が男性とチョメチョメ
することが〝不貞〟と言えるのか。

最高裁判例はまだないようだ。

本夕、読了。

裁判官の〝心証〟を悪くする、悪くしたというフレーズは、報道で読むし聞く。
裁判官は証拠の評価、事実の認定を自由(合理性に基づいて)に判断する。
自由心証主義。
それが、裁判官の〝心証〟。(と私は解釈したが、その解釈で正しいのかはかなり怪しい)

模型実験に詳しい工学者の書いた本を読んだことがある。
車両の衝突事故を解析。
衝突後の車両の動きを計算、さらに模型実験で確認して、裁判所に提出したことが書かれていた。

しかし、それは裁判官の〝心証〟を動かすことなく、証拠として採用されなかったと。
物理現象と現実の現象を同一視できないみたいな、訳の分からない理由で(^^;


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2021年1月16日 (土)

『アリ語で寝言を言いました』を読む

国立公園の自然保護官(レンジャー)になろうと考えていたらしい。
しかし、自然保護官は30歳くらいになると本省(環境省)に呼び戻されてデスクワーカーになるのだということを知る。
死ぬまでフィールドに出ていたい。
となると、研究室の先生方の生き方が理想。
著者が研究の道に進んだ理由が以上。

ある種のアリの女王は、巣を作る前の羽根を持っている若い頃に結婚飛行に出てオスと交尾。
5000万以上の精子を体内に貯蔵、それを使って20年間にわたって産卵する。
産卵個数、3000万。
この 精子を常温で20年間も保存できる仕組みが解明されたら、冷蔵庫の使われ方が変わるかもしれない。

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こんな飯屋で読み始め。

昆虫は頭部・胸部・腹部の3つの節で構成され、胸部には3対の脚と羽根。
アリは羽根を捨てたハチ。
このあたりまでは、多くのヒトが知っている。

昆虫とは、頭・胸・腹部の3節・・・

ところが、アリは胸と腹の間に、更に1節、あるいは2節持つ。
胸と腹の間にあるのは、腹柄節(ふくへいせつ)。
アリの体はだから4節。
または、5節。
腹柄節を持つ昆虫は、アリのみ。

本夕、読了。

腹柄節で、アリは音を出す(話す)。

それを自宅で解析中に寝落ち。
娘に起こされた時に、寝ぼけて「キュキュキャキャ」
本書名の『アリ語で寝言を言いました』の由縁がそれ。

ブラジルの国家予算の10%は、ハキリアリの駆除に使われている。
アリ語が解析できれば、ハキリアリを農園から遠ざけることができる。
かも知れないらしい。

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2021年1月14日 (木)

『買えない味』を読む

著者は国内外を歩き、見、聞き、食べ、飲み、それを文字にすることを仕事にしているヒト。
本書は、月刊誌 dancyu(ダンチュウ)に連載された『台所の時間』を編集、1冊に成したもの。

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こんな喫茶店で、読み始め。

飲食は毎日のこと。
だから、飲んだ話、食った話がネット上にたくさんアップされている。
その中には、高い・安い、入手性・希少性、天然・栽培(養殖)に関連するフレーズのせいで、下品・ケチくささを感じさせるものも。
〝うまい・そうでもない〟ということと、〝高い・安い、入手性・希少性、天然・栽培(養殖)〟をリンクさせる頭の使い方を、私に理解できないから そう感じるのだろう(^^;

本書著者の文章には、そんな下品さ、ケチくささがない。
書かれているのは、箸置きから始まって、まな板、弁当箱、冷や飯、鉄瓶、柿の葉、漬物石のこと等々。
私が言っては不遜、生意気、身のほど知らずだが、このヒトの文章の質も内容もそれほどのものではない。
しかし、飲食について 余裕のある態度で向き合うこのヒトの文章は、読んでいて落ち着く。

本夕、読了。

月・火・水・木・金と週に5日。
それを7週連続、昼食はポークカレーで過ごしたことがある。
最寄りの食堂のメニュー中、カレーがもっとも早く提供されるからだった。
米なしでは3日と過ごせないというヒトもいるが 、私は米なし生活連続11週間という経験もある。

私の舌は子供。
時々、大人の舌を持つヒトの文章を読むことが私には必要かもしれない。

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2021年1月13日 (水)

『奇跡の軍馬 勝山号』を読む

国鉄の貨物車両にワム70000があった。
馬輸送用貨車で、通風と明り取りに工夫があり、馬が6頭載せられる構造だった。
今はない。
トラック輸送。

牛が、トラックで輸送されているのを見たことのあるヒトは多いだろう。
牛は車の進行方向に対して直角に、頭を外側に向けて荷室に載せられている。
しかし、トラックの荷室に牛の頭を見たことのあるヒトはいても、馬の頭を見たヒトは少ないと思う。
馬は進行方向を向いて荷室に載せられる。
また、馬は流れる風景に興奮しやすいので、荷室の明り取り窓は小さく、かつ馬の視界に外の風景が入らないように載せられているからだ。

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こんな喫茶店で、読み始め。

馬は25年くらい生きる動物らしい。
しかし、岩手県で生まれた馬名 勝山号(かつやまごう)の生涯は、
 誕生 1933(昭和8)年
 死亡 1947(昭和22)年
の15年。

副題は、『日中戦争から生還を果たした波瀾の生涯』

著者の曽祖父は勝山号の所有者だったので、著者は勝山号に関する資料に近いところにいる。
資料に豊富に触れているせいか、話が細かいしアッチコッチへの寄り道もあり、本書は大変に読み辛い。
私の備忘のため、勝山号の生涯を以下に年表風にまとめる。

・1937(昭和12)年(5才) 
 日支事変勃発により徴発され、大陸に渡る。
 高級指揮官乗馬として大陸を転戦中、銃弾・砲弾片を受けること三度。
 内、一度は致命的重症だったが、回復。(注1)
 なお、騎乗した指揮官は6名。
 内、4名が戦死。

・1939(昭和14)年(7才)
 現地で殊勲の賞状を受け、広く報道される。(注2)

・1940(昭和15)年(8才)
 大東亜戦争対応のため、東京に移送。

・1945(昭和20)年(13才)
 生地岩手に戻る。

・1947(昭和22)年(15才)
 元第八師団(弘前)の将官獣医他二名の獣医の治療の効なく死亡。

本夕、読了。

第二次世界大戦参戦国で、戦場で馬を使わなかったのは米国だけ。

帝国では馬は重要な戦力と考えられ、帝国陸軍は騎兵学校・獣医学校を持っていた。
帝国陸軍では、馬3頭にその世話をする兵が1名の割合で配置されていたという。

本書、最終ページに近いところにあるのは、戦場でたおれた馬に水筒で末期の水を飲ませる兵の写真。
それが、哀れで悲しい。

(注1)
本書に勝山号の解剖所見が載せられている。
貫通銃創が5個所。
脳内からは、砲弾片が見つかっている。

(注2)

ドイツ兵がドーベルマンを連れて哨戒している写真がある。
映画『史上最大の作戦』には、ノルマンディーに上陸した英国兵が何十羽もの鳩を飛ばすシーンがあった。
帝国軍も、馬のほかに、犬・鳩を戦場に連れて行っている。
また、軍馬同様、功績のあった軍犬・軍鳩も表彰している。

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2021年1月12日 (火)

またという日がある

今年の寒の入り(小寒)は1月5日。
大寒が1月20日で、寒の明けは立春の2月3日。
道内各地、寒気の中。
当地も、12月29日から連日の真冬日。
今日は、しかし、それがゆるんで当地の最高気温はプラスの予報。

3連休が終わり、今日は平日。
平日だが、あれこれあって私は休み。

6時20分、出航。
7時03分の日の出は雲の向こう。
雲が赤くなることもなく、いつの間にか夜が明けた。

地球岬をかわしたのち、東上しばし。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
マス海域。

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毛バリを沈めると、フォール中にラインがふける。
3尾ともバケ尻の毛バリに掛かった。

出竿間もなく、波の頭が白く崩れ出した。
東の風。
この風向きが続けば、帰航時は波を追う航海となるので安航。
かつ、サカナもいる。

まァ、でも またという日がある。
実釣は1時間もなかったが、沖上がりとした。

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2021年1月 8日 (金)

『歴史から消された 禁断の鉄道史』を読む

国鉄・阪急・南海・東急・西鉄・近鉄・西武・阪神は鉄道会社。
上記を冠したプロ野球チームがある(あった)。
国鉄スワローズ・阪急ブレーブス・南海ホークス・・・
現在も残っているのは西武・阪神だけ。

国鉄の手による『日本国有鉄道百年史』は19巻10000ページ以上。
刊行は'75年。
国鉄からJRへの移行は'87年。
国鉄スワローズがサンケイスワローズになったのは'65年だから、『日本国有鉄道百年史』には球団のことが書かれていそうなものだが、その記載はない。(注)

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こんな喫茶店で読み始め。

'41(昭和16)年度の帝国の国家予算は200億円。
その1/5となる40億円相当の中国元が、日中戦争時、軍によって川崎市内で印刷されている。
ニセ札。
長崎から大陸へは船で渡るが、長崎までは川崎から列車で二泊三日。
ニセ札を印刷していること自体がトップシークレット。
運搬ルートも最寄駅から東京へとわざわざ遠回りして、列車を乗り継いでいる。
川崎市内では、インドルピーのニセ札や米ドルのニセ札も印刷されていたというが、運搬に使った列車は分かっていない。

本夕、読了。

現在の、中国の最高額紙幣は100人民元札。
日本円換算で1600円。
中国で紙幣を使えば、100人民元紙幣どころか最小額紙幣の1人民元であっても、その札はニセ札発見機に通されるか、親指と人差し指で表面をチェックされる。
中国のキャッシュレス化が高度に進んでいるのは、ニセ札で苦労してきた歴史があるからだろう。

(注)
日本国有鉄道法によると、国鉄本体がプロ野球々団の経営に関与できることになっていない。
なので、交通公社(JTB)・日本通運・鉄道弘済会などが出資、球団経営のための別会社を設立している。
『日本国有鉄道百年史』に国鉄スワローズの記載がない理由だと思う。

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2021年1月 6日 (水)

今日のナギは久しぶり

シケが続いた。
今日のナギは久しぶり。

9時、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

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ガイドが凍る。

根からは、好反応。
しかし、釣果配送先が留守。

最初の1尾はエラを切ってイケスで血抜き。
以降は、船上まで取り込まず、船べりで、
 クロソイ  ×4
 ガヤ    ×4
 スケソウ  ×9
をリリース。

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最初の1尾。

11時、沖上がり。

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2021年1月 2日 (土)

港内結氷

寒い日が続く。
海水はー2℃くらいで凍りだす。

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海水表面温度が、その温度まで下がっている。
室蘭港内が結氷。

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2021年1月 1日 (金)

賀正

旧年中は、海でもオカでも山でもネットでもお世話になりました。
今年も、旧年中と変わらぬお付き合いのほどを、海でもオカでも山でもネットでもよろしくお願いします。

過ぎた1日は短いし、過ぎた1年も短い。
しかし、過ぎた時間は短くても、この先の1日は長く1年も長いと感じていた頃もあります。
いつからだろう、過ぎた時間だけでなく この先の時間も短いと感じるようになったのは・・・

1日の半分は夜で半分は昼。
3分の1眠り、残りの3分の2で3度飯を食べ、働き遊ぶ。
で、
山で汗をぬぐい
海上で、掛けた・バレた

昨日と同じ今日が待っている。
去年と同じ今年が待っている。
そう、同じ日々が待っていると思える。
悪いことではないと思う。

旧年中のあんなことやこんなこと。  
     ↓↓↓
2020

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2020年12月31日 (木)

’20年 楽しく過ごした年でした

治療を終えて2ヶ月も経たない内に、その歯が欠け落ちた(^^;
再治療が終わっていない。
新しい年へ持ち越すのはそれくらい。

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山で過ごした時間を、思い出す。

トムラウシ山
長い山歩きの末、山頂直下に設営したテントで過ごした一夜。
一晩中の大雨。

十勝岳
上ホロカメットク山北の急斜面をおりたところに設営したテントでの未明の目覚め。
動かない澄んだ空気の向こうの、絵画のように瞬かない星々。

羊蹄山
何度も登った山なのに、この山の頂の岩に腰をおろすと、ガラにもなくロマンチストになる。
今回も聞こえてきた。
あゝ おまへはなにをしてきたのだと・・・
吹き来る風が私に云ふ

旭岳
森林限界の その更に上で飛び交う高山チョウ。
初冠雪のあった翌週の山なのに、この命の強さ。

Earth-cape
海で過ごした時間を、思い出す。

デカい、小さい。
バレた、切れた。
海面に刺さる鳥。
待てども待てども、魚信を得られない日も。

降られた山も、釣果のないままの帰航も、私には楽しく過ごせた時間でした。
新しい年も、あの山に登り、この海域で魚信を待つことでしょう。

良いお年を。

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2020年12月30日 (水)

蕎麦を食う

クロネコヤマトのクール宅急便が届けてくれたのは、SeaDragon副船長手打ちの蕎麦。
副船長は、確か蕎麦打ち道三段だったかと。
蕎麦打ち道の三段は師範格で、ヒトに教授できるところまで修行を積んでいる証だと聞いたことがある。

ゆで時間1分半との筆ペンでのメモ書き。
我が家だと2食分の量があるので、いただいた半分を1分半ゆで上げ、冷水で〆た。
盛り蕎麦にして昼食。
明日の昼食にもいただきます。

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蕎麦湯もうまくできました。

夫婦釣りさん、どうもありがとうございました。
ご馳走様でした。

よいお年をお迎えください。

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2020年12月29日 (火)

『恥ずかしい人たち』を読む

『週刊新潮』に現在も連載中の『この連載はミスリードです』から、抜粋・加筆して1冊にした本。
著者は、ネットニュース編集者。
年間休日は1日。
それを続けること15年。

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こんな喫茶店で読み始め。

『恥ずかしい人たち』という題名だが、真冬の北海道の沖に出て竿を出すバカや、それと同類のヒトたちのことばかりが書かれているわけではない。
Stay home は、Stay at home ではないか(注1)
とか、
話せば分かるはウソ
とか
「カフェで仕事」の先の「居酒屋で仕事」(注2)
とかとかなんぞも。

本夕、読了。

週刊誌への連載だから、毎週気の利いたことを書かなければならない。
著者の前職は大手広告代理店社員。
マスコミ業界に詳しく、月に1000本近いニュースの編集を行っているから時事にも強い。
だから、話のネタは豊富。
しかし、毎週の連載ゆえか、気の利いたことが書かれている記事は少ない。

みたいなことを言う私のような者は、『恥ずかしい人たち』の一員(^^;

(注1)
本書によれば、
Stay home は米国英語
Stay at home は英国英語
〝専業主婦〟と言うときは、米国英語でも at が必要で Stay at home mom
なんだと。

(注2)
ドトールで外から見えるカウンター席で開かれているノートは、100%Mac。
ドトールのカウンター席にはコンセントが用意されているが、それを使うのはイモ。
バッテリーだけで、Macを駆動させる。

本著者は言う。
Mac派は、居酒屋ではMacを開かないだろう。
「居酒屋で仕事」の文化は、Win派がまず始めよう、と。

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2020年12月28日 (月)

釣法下品、釣果上品

当地、岬。
風の街。
シケが続いた。
久しぶりに沖に出る。
海の中は、どんなだろう。

冬至が過ぎて日の入りが遅くなり昼の時間が増えてきたが、日の出は年明けまで もう少し遅くなる。
冬至の21日の日の出は7時01分だったが、今日は7時04分。

船内の雪かき後、7時00分、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
沖根。

40メートルより下は、どこもギッシリとスケソ。
軽いインチクだと沈降速度が遅く、フォール中にスケソに食われる。
いくらでも掛かるが、噴火湾に入ったスケソは細くて小さい。
キープサイズは掛からず。

100号のオモリを使ってワームを沈める下品な釣法を採用すると、根のサカナが食ってくれた。
しかし、時すでに遅し。
出航時はベタナギだった海面に北西風が吹き下りてきて、波。
その波の頭が白く崩れ出してきた。

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キープできたのはこれだけ。
釣法は下品だが、釣果は我が艇らしい上品さ(^^;

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2020年12月27日 (日)

『悩ましい国語辞典』を読む

東京都知事の言う、会食時に求める「5つの小(こ)」。
〝小一時間程度〟 一時間
〝小声〟     
〝小皿〟     
〝小まめ〟    まめ
もうひとつ、
人数〟    人数

恥ずかしながら、私は、 人数 という言い方はおかしい しょう人数 では、と思っていた。
思い込み、知ってるつもり。
危ない、危ない。
調べてみて分かった。
人数       は 〝人数〟 で東京都知事の言う通りで正しく
しょう人数 は 〝人数〟。

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こんな飯屋で読み始め。

『日本国語大辞典』は、本邦最大の国語辞典、全14巻。
本著者は、この『日本国語大辞典』などを担当した辞書編集者。

こういうヒトが書いた本を読んだ後は、書くこと話すことが怖くなる。

常用漢字表の所管は文化庁。
内閣告示の最新は2010(平成22)年。
常用漢字表によると、〝学〟の
 音読みは ガク
 訓読みは まな(ぶ)

では、〝学校〟はなんと読むか。
内閣告示の常用漢字表に従えば、〝ガクコウ〟であるべき。
が、これを〝ガッコウ〟と読まねばならないことを外国人留学生にどう説明したらいいのか・・・(注)

本夕、読了。

これも本書から。
〝頭蓋骨〟は、どう読む。
岩波国語辞典は〝ガイコツ〟
同じ岩波書店の辞典なのに、広辞苑は〝トウガイコツ〟

医大も、
ガイコツ〟と読ませ、〝頭痛〟は〝ツウ〟
トウガイコツ〟と読ませ、〝頭痛〟は〝トウツウ〟
の2学派あるらしい。

(注)
本書によれば、
2拍(2音)の漢字で後がキ・ク・ツ・チで終わる漢字について、例えば、
 的 テ
 学 ガ
 圧 ア
 日 ニ
のあとに、の音で始まる漢字が続くと、
 的確 テカク → テカク
 学校 ガコウ → ガコウ
 圧巻 アカン → アカン
 日記 ニキ  → ニ
と、キ・ク・ツ・チが、 〝ッ〟 になる。

そして、実際に常用漢字表に当たってみたが、これらの漢字にテッ・ガッ・アッ・ニッの読みはないことになっている。

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『週刊現代』を読む

読んだのは、『週刊現代』12月26日・1月2日合併号。

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こんな喫茶店で、読み始め。

特集は、
〝だから、人は間違える〟。
小見出しは、
・1970年代、「少子化」は「国是」だった
・みんな、原発を「夢のエネルギー」と持ち上げていた
・北朝鮮とソ連を「理想の社会」と崇めていたあのとき
・どの新聞も、小選挙区制の導入を絶賛していた
・ああ、民主党が「日本を変えてくれる」と信じてしまった瞬間

全国紙が大きく取り扱った記事を、今、振り返る内容。

あとになって、ああこう言うのは誰にでもできる。
こういうズルい記事は読み飛ばし。

新春特別企画は、
〝3年後、5年後、10年後に「生き残る会社」「消える会社 全実名371社」〟

経済・経営学者、信託・証券会社幹部など6人が、日本の大企業の行き末を予想する。
週刊誌は、こうでなくてはいけない。
今を書かなくてはいけない。
まァ、しかし、371社のこの先は、私の思うところと大差ない。

本夕、読了。

本誌、裏表紙前の何ページかは袋とじ。
・女優の「映画ヌード」 伝説の名シーン
・2020年 週刊現代を彩った「女優たちの素顔」
・紺野美沙子 23歳、夏

期待して袋とじを切ったが、期待外れ(^^;

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2020年12月23日 (水)

船長、スイーツを作る(^^) 6

ドイツで今頃食べるのが、シュトレン(シュトーレン)。
彼の地ではパン扱いされているようだが、日本人の感覚だとお菓子・ケーキ。
当地だと、もりもと や わかさいも本舗で買える。
これだなァと思っていたところに、六花亭のシュトレンが我が家に。

ンならばということで、この時期定番のデコレーションケーキを。

スポンジケーキは5号相当(直径15センチ・厚さ5センチ)。
これを焼き上げ、水平に3つに切り、
  下段にドライのレーズン・パイナップル・パパイヤ・クランベリー
  上段にシャインマスカット
  最上面にイチゴ
オトナの味を演出するために、ドライフルーツはラム酒漬け。
マンゴーも用意したのだが、3段だと挟み込むのは無理(^^;

この水平に切る作業は、家庭で使うようなナイフだと大変に難しい。
ケーキスライサーという専用の道具があることを後で知った。

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画像は1/6カットを2カット。
つまり、1/3カットを取り出した断面。

粒の大きなブドウが挟まっているので、切り分けるのも難しい。
スパっと切って、
どうだ!
という断面を見せたかったが、うまいこといかない。
これも専用の道具、ケーキカッターがあることを後で知った(^^;

すぐ下で記事にした『「うまい!」の科学』に書かれていたのは、スイーツの味の要素の〝ファッション性〟・〝芸術性〟。
しかし、我がスイーツ、〝ファッション性〟・〝芸術性〟を発現させられなかった(^^;

まァ、でも家人からは、
「すンばらしィー」
と〝ン〟入りの好評価(^^)

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2020年12月22日 (火)

『「うまい!」の科学』を読む

TVのうまいモノ紹介番組。
レポーターが必ず言う、
「あまァーい」
この〝あまい〟とは〝甘い〟なのか。
はたまた、〝うまい〟の言い換えなのか。

著者は、味の数値化を事業の柱としている企業の研究職員。
副題は、『データでわかるおいしさの真実』。

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こんな喫茶店で読み始め。

初めのほうで、いくつかの質問にYES・NOで答えることで、個人の嗜好性を明らかにする。
嗜好性タイプは、苦旨タイプ・苦酸っぱタイプ・塩酸っぱタイプ・甘甘タイプ・甘旨タイプ・甘塩タイプの6つ。(注)

明治のチョコレート菓子の〝きのこの山〟と〝たけのこの里〟。
形が違っているだけでない。
〝きのこ〟の柄はクラッカー、〝たけのこ〟の稈(かん)はクッキー。
チョコレートの量も違う。
これらによって、味の違いが定量化される。

スーパードライ・一番搾り・黒ラベルの比較。
確かに、スーパードライがドライであることが定量化されたデータで示される。

コーヒー大手チェーンのスターバックス・ドトール・タリーズ。
対する100円コーヒーの、ローソンとセブンイレブン。
また、マクドナルドとモスバーガー。
データは、コンビニ・バーガー店のコーヒーが決してバカにできないレベルにあることを教えてくれる。

本夕、読了。

ペプシコーラのTV・CMにあった、飲み比べ実験。
どちらの商品かわからないようにして飲み比べると、ペプシに軍配を上げるヒトが大半。

〝ペプシのパラドックス〟という現象のあることが、本書に書かれている。
商品をわかるようにして飲み比べた時は、多くのヒトがコカ・コーラをウマいと言うらしい。

「うまい!」というのは、そういうことなのだろう。

本書の最後も、次のように締めくくられている。
そこに科学の入り込む余地はないのかもしれない。

(注)

実際の研究の場では、22にタイプ分けをしているという。

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2020年12月19日 (土)

『プロ野球 奇人変人列伝』を読む

著者は、今年の2月に逝去した野村克也。
本書の奥付によれば、発行は'17年7月だから、書店の書架で3年ほどもたなざらしになっていた本。

題名は『プロ野球 奇人変人列伝』だが、プロ野球界の頂点をきわめた選手・監督らの並外れたユニークさ・個性を並べたもの。
帯にある〝球史に輝く 強烈キャラクター52人〟が本書の内容をよく表している。

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こんな飯屋で読み始め。

どんな世界でも抜きんでているヒトは、どこか違う。

プロ野球は、動体視力と筋肉と運動神経に秀でたヒトが抜きんでる世界。
頭はいらない。
いや、・・・

ドン・ブレイザー。
'67年・'68年・'69年の南海の二塁手。

このヒトのことを、本書は〝私の野球観を変えた野球学の「伝道師」〟と題し、奇人変人の一人として紹介している。
このヒトが野村に言ったのが、
「投球と投球の間の時間、この時間に考えて、備えなければならない」
球をよく見ろ、食らいつけ、根性だァ、の日本野球に、頭を使うことの重要性を持ち込んだのがこのヒト。
野村のID野球のスタートはこのヒトの言葉から。

ドン・ブレイザーは、
'70年から'77年まで、南海の選手兼任監督の野村のもとでヘッドコーチ(事実上の監督)を、その後、
'77年 広島のヘッドコーチ
'79年、'80年 阪神の監督
'81年、'82年 南海の監督
を務めている。

本夕、読了。

野村は、長嶋茂雄をこう書いている。
〝プロ野球界の真の天才と言えるだろう〟
そして、この天才、努力をすることにおいても天才だったと。

上で、
どんな世界でも抜きんでているヒトは、どこか違う。
と、書いた。
サカナをよく掛けるヒトも、どこか違うのか。

サカナ釣りは、どうも、奇人変人天才とかをいう世界ではなさそうだ。
普通のヒトが、ヒトと同じことをやって、なぜかヒトより多く掛ける。
ヒトと同じことやっている私には、掛からない。

私はヒトと同じことをやっているが、ヒトは私と同じことをやってはいないようだ(^^;

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2020年12月17日 (木)

『デス・ゾーン』を読む

〝デス・ゾーン〟とは、標高8000メートルから上のこと。
酸素分圧は海面の1/3。
この高度になると、ヒトは高度順応ができず、体が消費する酸素を呼吸だけからは まかなえなくなる。
つまり、呼吸によって得られる以上に体が酸素を消費するので、安静にしていても疲れが進行する。

副題は、『栗城史多のエベレスト劇場』。

栗城史多(くりき のぶかず)とは、登山家。
エベレストに臨むこと8回。
が、8回ともデス・ゾーンの標高まで到達できず。
2018年、8回目のエベレストから撤退中、遭難死。
享年35。

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こんなイートインシートで、読み始め。

北米・南米・欧州・アフリカ・豪州・南極の6大陸(6大州)の最高峰の登頂に単独・無酸素で成功した栗城史多。
アジア最高峰を登頂すると、セブン・サミッター(7大陸最高峰登頂者)となる。(注)
アジア最高峰とは、世界最高峰のエベレスト(8848m)のこと。

今金町に生まれ、札幌の大学に進学、北海道の人脈によって遠征費用を得て世界の高山を登っていた栗城史多。
エベレストの登頂も単独・無酸素でと考えている栗城史多を、著者はエンターテインメント番組制作者の立場で追う。
著者はHBCのディレクター。
北海道の人間を、北海道の放送人が追うのだから地の利がある。
が、やがて放送素材としての栗城史多の価値は、地方の放送局では扱えないほどに高まる。

著者自身も、何度もエベレスト登頂に失敗する栗城史多に興味を失っていく。
また、栗城史多の言う単独・無酸素のあいまいさに踊らされていた自分自身の愚かさにも気付く。

無酸素登頂とは〝デス・ゾーン〟圏で、酸素ボンベを使わずに頂上を目指すこと。
栗城史多の既登の6大陸の最高峰に、〝デス・ゾーン〟、すなわち、標高8000m以上のピークはない。

単独とは、既設ロープ、他力頼みの荷上げなどは行わないこと。
栗城史多は、それらを使う。

本夕、読了。

他の登山家らは、栗城史多の体力・技術を素人同然と見ていたようだ。
冬の羊蹄山さえも山頂まで上がれず、7合目から引き返すといった具合。

お調子者の大ぼら吹きのようだが、しかし、彼に実際に会った者は誰もが栗城史多を〝憎めない〟という。
エベレスト遠征には、スポンサーから1億、2億と金を集める。
仏の顔も三度までどころか、8回目のエベレスト遠征時にでさえ数千万の金を集めている。
そういう才覚というか、栗城史多とは援助、投資させたくなる人間だったようだ。

彼の人生は、天を突くエベレストの真っ白な頂のように「単独」だった。
と、書いて著者はペンを置く。

栗城史多は言うだろう。
「死んだあとに、言われても・・・」

(注)
栗城史多が登山を始めた頃には、セブン・サミッターは珍しい存在ではなくなっていた。
例えば、'92年には田部井淳子が達成している。

栗城史多の登山歴を簡単に記しておく。

'82年 今金町で誕生
'04年 6月 マッキンリー(北米最高峰 6194m)登頂
'05年 1月 アコンカグア(南米最高峰 6959m)登頂
 同   6月 エルブルース(欧州最高峰 5642m)登頂
 同  10月 キリマンジャロ(アフリカ最高峰 5895m)登頂
'06年10月 カルステンツ(豪州最高峰 4884m)登頂
'07年 5月 チョ・オユー(世界6位峰 8201m)登頂
 同  12月 ビンソンマシフ(南極最高峰4892m)登頂
'08年10月 マナスル  (世界8位峰 8163m)(*)
'09年 5月 ダウラギリ (世界7位峰 8167m)登頂
 同   9月 エベレスト  7950mで撤退<1回目>
'10年 5月 アンナプルナ(世界10位峰 8091m)7700mで撤退
 同   9月 エベレスト  7750mで撤退<2回目>
'11年 5月 シシャパンマ(世界14位峰 8013m)7600mで撤退
 同   9月 エベレスト  7800mで撤退<3回目>
'12年 5月 シシャパンマ(世界14位峰 8013m)7000mで撤退
 同   9月 エベレスト  7700mで撤退<4回目>(**)
'14年 7月 ブロード・ピーク(世界12位峰 8037m)登頂
'15年 9月 エベレスト  7900mで撤退<5回目>
'16年 5月 アンナプルナ(世界10位峰 8091m)6300mで撤退
 同   9月 エベレスト  7400mで撤退<6回目>
'17年 5月 エベレスト  6800mで撤退<7回目>
'18年 5月 エベレスト  7400mで撤退<8回目>(***)

(*)
マナスルには真のピークの手前に、数十m低い準ピークがある。
準ピークから真のピークまでは、狭い稜線を歩く必要がある。
栗城史多は自分が踏んでいる準ピークの先に真のピークがあることを知っていながら、そこまで進んでいない。

(**)
凍傷で、右手親指を除く他の9指の第2関節から先を失う。

(***)
ヘッドランプの電池を消費。
無光源での日没後の下山中の遭難のため、キャンプサイトからは滑落地点、滑落時刻を確認できていない。
滑落距離は2、3百mと推測されている。

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2020年12月15日 (火)

『女と男 なぜわかりあえないのか』を読む

ボーヴォワールの 、
「人は女に生まれるのではない。 女になるのだ」
というフレーズは、本書では否定される。

著者は、
  男は男
  女は女
であることを、50本近い論文からの引用で裏付けてゆく。
しかし、それが真であるのか偽であるのか。
本書の最終行は、
ということで、「男は強すぎる性欲に苦しみ、女は強すぎる共感力に苦しむ」というのが(とりあえずの)結論になった。 明るい話でなくて申し訳ないが。

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こんな飯屋で読み始め。

本書は、『臆病者のための楽しい人生100年計画 性愛編』と題して、週刊誌に50週にわたって連載した記事に加筆して1冊に編集したもの。

男は容姿のいい女を求め、女も容姿のいい男を求める。
違うのは、女は男に容姿を求める以上に財力を求めること。

それを証明するデータが、これでもか、これでもかと示される。
まァ、そうだろうことは、大方の予想する通り。
容姿、悪し。
財力、無し。
そんなオイラは、居場所がない(^^;

本夕、読了。

女は男に容姿を求める以上に財力を求めるのは本当か。

生まれついての、女たらしを知っている。
日焼けのない青白い肌の下は薄い筋肉。
財布の中は、せいぜい千円札が3、4枚。
そんな男に女が寄っていき、食わせる、飲ませる、車を買って与える。
で、その男、
「金、関係ない。 オンナが勝手に惚れてくる。 惚れさせさえしまえば、あとは殴っても蹴ってもオンナは付いてくる」

この男、筋肉は薄く、財布も軽い。
が、確かに、男前。
〝美人は得ねェ〟は男にも当てはまる(^^;

台湾人と仕事をしたことがある。
私、台湾ではかなりモテる、これホント(^^)

大陸人、それも北方人とも南方人とも仕事をしたことがある。
私、大陸ではモテた経験が全くない(^^;

オイラ、島国向きかなァと思いきや、日本国内ではモテたことがない(^^;

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2020年12月11日 (金)

すでに、11時

金曜日。
平日だけど、あれこれあって私は休み。

マリーナの開業を待って、給油・下架。
9時、出航。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。
沖根。

ここに浮かぶ頃には、西風が吹きおりてきて、釣り辛い海況。
100号のオモリでワームを沈めるが、根掛かり頻発。
オモリの喪失、6個。

インチクに変えるが、これもうまくいかない。
喪失1個。
もうやめようと思い始めた時、根の底に張り付いていたサカナが動き出した。
すでに、11時。

以降、1投1尾(^^)

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かつかつ50センチが1尾。
画像の外に、ガヤが11尾。

正午、沖上がり。

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2020年12月 6日 (日)

流されては、また戻る

絵鞆の展望台から見ると、カレイ釣りの船が、1艇、2艇、3艇。
釣りができる海況のようだ。

8時40分、出航。

直前に出た艇はサケ狙い。
我が艇、防波堤を出て、サケ狙い艇と反対方向へ舵を切った。

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今日の出竿は、こんな風景の見える海域。

沖根に乗った。
風は西から東。
風に押されて、船の流れが速い。
20秒足らずで根から外れる(^^;
流されては戻る。
流されては、また戻る。
せわしない釣りとなった。

何投目か後に、強い引き。
が、ワームを付けたハリの結びがほどけた。
私の結び作業の不手際(^^;

その何投目か後に、再び、強い引き。
婚姻色で濃い黄色となったデカいアブラコがあがってきた。
口にはワームの付いたハリ。
ついさっき竿を曲げたのと同じサカナが掛かったようだ。
リリース。

根の上にはガヤとスケソウダラ。
リリース。

ソイが掛かったのは、正午近くなってから。

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50センチをわずかに切るカタが3尾あがった。

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2020年12月 4日 (金)

『阿佐ヶ谷姉妹の のほほん ふたり暮らし』を読む

阿佐ヶ谷姉妹。
舞台立ち位置、
  上手(かみて:向かって右)がエリコ。
  下手(しもて:向かって左)がミホ。
エリコはミホより一つ年上。
実の姉妹ではないが、ミホはエリコのことを〝オネエさん〟と呼ぶ。
エリコはミホを、〝ミホさん〟と。

二人の初志は舞台女優。
劇団の養成所に通っていたが、しかし、それはかなわず。(注1)

エリコが住んでいた阿佐ヶ谷の六畳一間のアパートへ、ミホを同居に誘う。
そして、同居生活6年。(注2)

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こんな飯屋で読み始め。

その二人暮らしの日常が、エリコ・ミホ交互につづるエッセーで語られる。

六畳間に、こたつテーブルを挟んで、各々の布団を敷く。
起きて半畳 寝て一畳、天下取っても二合半。
そのことわざ通り、各人の割り当て面積、一畳。

商売をしている夫婦なら、仕事も食事も住むところ寝るところも一緒の生活を何十年も続けるというのは当たり前。
だから、二人が長いこと同居生活を続けていけることに何も不思議はない。

東京 阿佐ヶ谷。
深い人情の町のようだ。
近所のウナギ屋からは、夕飯のお菜にと餃子が届く。
食堂では、ランチを夜時間帯にも出してもらえる。
月曜休店の寿司屋に日曜日に入ると、在庫をさばくため寿司ネタ大盛り。

私の住む田舎町にもない、こんな空間が東京には残っている。
これが不思議。

本夕、読了。

浮き沈みの激しい芸能界に生きていることを自覚している二人。
生活は堅実。
どこにでもいそうで、案外、珍しいタイプの人柄なのかもしれない。

二人が書いた短い小説がとじられている。
これがなかなかのでき。

(注1)
お笑いコンビの阿佐ヶ谷姉妹として活動してから、女優として舞台・TVドラマへの出演を果たす。
本格的俳優訓練を受けているヒトのこと。
演技の評価は高いようだ。

(注2)
アパート隣室の住人が大学院生。
その院生が越すことに合わせて、エリコが隣へ移り6年間の同居生活を解消した。

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